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悪の勇者の異世界征服  作者: 東乃西瓜
二章  邪悪に魅せられた者たち
36/130

緋剣の陽が沈む夜

 ーーーーー

 私は、そこそこ腕は立つ。

 王国騎士団として幾度となく死線は潜り抜けて来たし、御伽噺の英雄として緋剣と呼ばれる私の事を親が子に話す定番となった今では小さな子供でも私を知っている。


 油断がなかったとは言わない。

 相手が誰だろうと相手は名も聞いた事がない一学生、フィーナ・アレクサンドやエルザ・アルカを相手にしているわけではない。


 調子に乗っている学生が痛い目を見てしまう前にお灸を据えてやろうと言うくらいの気持ちだった。


 ただの学生が私に隙を作るためだけの為に自分の命を盾にするなど誰が思うだろうか。

 決闘と名を打っておきながら、彼は私と対面した時からずっと自分の命を人質にして私と戦っていたのだ。


 そして結果はこのザマだ。

 この有様だ。


 私の王国騎士としての誇りのマントはズタズタに破かれ、目の前に捨てられている。

 ボロボロになったマントは私の血と土だけの汚れでなく、彼に踏みにじられて靴の跡までついている。



 私は命こそ助かったもののまだ身体に力は全く入らず、白魔法士に支えられながら【ヒール】をかけてもらっている。


 腕も足も骨は砕けているのだろうな。

 少し動かそうとするだけで身体に激痛が走る。

 しかし激痛が走ろうとも痛みを叫ぶ為の声が出ない。


 身体中ボロボロだ。

 やっと顔の治療が終わってきたのか先程までぼやけていた視界が次第にクリアになっていく。


「大丈夫ですか!?ディーン様!?」


 私を心配する女性の声が聞こえる。

 喉がまだ治療中の為まともに声は出ないが答えようとしたその時だった。




「………うわあああああ!!!」


 目の前に現れたのは女性の顔。

 そして私の目を見つめる目。


 倒れた私を縛りつけたあの目ではない事は分かっている。

 分かってはいるが、脳が、心が、私の目を見つめる目を拒絶する。


 この感情には覚えがある。

 初めて魔物と向かい合った時のあの感じ。

 それは紛れもない恐怖だった。


 純然たる恐怖。



 この私が。

 緋剣の英雄ディーン・ナイトハルトが。

 人の目に恐怖を覚えている。


 私を見つめるその目が、再び私を縛り付けるのではないかと怯えている。


 今すぐここから逃げ出したい。

 しかし手足はまだ動かない。

 身体の治療はまだ終わらないのか。


「身体……まだ……終わらな…いのか?」


 私は治療途中の喉で必死に問い掛ける。


「あ………いえ……」


「………?……はっきり……して…くれない……か?」


「……あの……身体の治療はもう終わっています……もう…動けるはず…なんです……」



「……………え?」




 身体の治療が終わっている?

 そんなはずはない。

 本当に終わっているならば何故私の身体は動かないのだ?



「………本当……なのか……?」


「……はい……あと……その……喉も治療は終わっています……もう全部治ってるはず……です…」


 

 私の身体がもう治っている?

 潰れた喉も治っているだと?


「……どうし…て?」


「ワシが説明するとしよう」


 少ししゃがれた声と共に女性の白魔法士の後ろから初老の白魔法士が現れた。


「これはワシの憶測の話にはなるが、恐らくはトラウマというやつじゃろうな。ディーン殿は戦いの中であのナナシという者の目に過度の恐怖を覚えていたのじゃろう。それが約3時間以上、トラウマになるには十分すぎる時間じゃな」


「……トラウマ……私が……?…あんな子供…に…?」


「………トラウマを克服したいのであればまずは認め、受け入れる事じゃな。ディーン殿が今、敗北を喫したあの少年に対する恐怖でそうなっている事を」



 そうか


 敗北


 私はあの少年に負けたのか


 ふ、それはそうだろうな。

 いくらなんでもこのザマで実は自分が勝っていたのでは?と自惚れるほどの私ではない。



 なるほど、ナナシ君。

 今は私の敗北を認めよう。

 しかし次はこうはいかない。


 必ずこの感情を克服して君にリベンジを果たすとしよう。






 ーーーーー 


 しかしディーンのリベンジは果たされる事はない。

 彼は今後2度とナナシと戦う事はない。

 戦う機会がなかったというわけではなかった。

 戦う勇気がなかった、彼は勇者ではないのだから。


 ディーンは結局トラウマを克服する事はなかった。


 ナナシだけではない。

 戦いにおいて相手の目を見る事が出来ない人間が対人で簡単に戦えるわけがない。


 ナナシが彼の目に植え付けた恐怖はディーンが2度と人の目を見て戦う事のできなくなるほどの呪いだった。


 その後の彼の人生は語るべくもない。

 王の御前で王の目を見る事もできず、誰かと目を合わせる事すら恐怖を覚える彼が幸せになれるはずがない。



 そして彼は王国騎士団を退団した。

 彼はもう、騎士団の誇りを掲げていた緋剣ではない。



 そして数ヶ月後の退団式、人と目を合わせる事のできない男がその目から涙を流しながら退団して行く中、大勢のギャラリーが涙する中で1人の白髪の男だけが怪しく笑みを浮かべていた。

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