ナナシとフィーナ
ネザー・アルメリアを無事仲間に迎え入れ、戻ってきたメアリーの転移によってその日は街に戻り1日を終えた。
学園の寮に届いた荷物をまとめ、やっと自分の部屋で休む事ができる。
それにしてもネザーに関しては入学初日から大きな収穫だった。
ネザーならば分かっているはずだ、俺の側につくという事は遠くない未来にアルメリアの国すらも敵に回す可能性があるという事を。
推測の域を出ない想像の話にはなるがそれでもネザーは俺についたのだ。
一王国を敵に回す方が面白いと思ったのか、俺の側についた方が有利だと考えたのかは分からないがあのネザーの目からしても俺にはそれだけの期待値があるという事。
唯一不安の要素になったのはメアリーの事である。
あいつは俺に仕えるとは言ったもののまだ悪を体験していない。
まだメアリーは勇者のパーティーの僧侶として俺の傍にいるのだ。
誰かを殺すという事になった時、何かを奪うという事になった時、その立場と経験の無さは一つの綻びとなる。
その綻びはここぞという時に俺達の前に危険を引き出す原因となることもある。
そう考えるとまだメアリーが俺の仲間だと考えるのは時期尚早なのかもしれない。
まだメアリーの誓約による力も把握していない以上、そう簡単に信頼を置くことはできないのだ。
ーーーーコンコン
フィーナのノックだ。
部屋が変わっても分かるものなんだなと思わず笑みが溢れる。
「誰だ?」
俺は昨日のように閉じたドアに向かって問い掛ける。
「僕だ」
ガチャとドアを開けフィーナが部屋に入ってくる。
友達ができていれば今日くらいそいつの部屋に行っただろうに可哀想な事だ。
「ようフィーナ、初日くらい学園で出来た友達の部屋に行くもんかと思ってたぜ」
「うるさいよナナシ、友達はできなかったって校門で言ったじゃないか」
「はは、そうだったな」
「笑い事じゃないよ全く、これじゃ学園に来た意味がないじゃないか」
それにしても本当に学園に友達を作りに来たのは驚きである。
これだけ性格が良く、見た目も整っているというのにわざわざ学園まで来る必要があったのだろうか。
「で?なんか用でもあんのかよ?」
「別に?なくても来たっていいじゃないか?ナナシと僕の仲だろ?」
「ドキドキワクワクの学園生活初日の夜を一人で過ごすのに耐えられなくなったんだろ」
「うるさいよ」
どうやら図星のようだ。
フィーナとの会話は本当に楽しいから困る。
山賊の皆と過ごしていた時を思い出す。
フィーナに対して程ではないにしろ最初こそ嫌悪や憎悪を抱いていたが長年一緒にいる事でそれはいつしか霞んでいた。
しかしフィーナに限ってはそれを許す事はできない。
俺の家族を皆殺しにした張本人なのだから。
それが依頼された事だというのはわかっている。
こいつが好きで人を殺すわけなどない事はわかっているのだ。
皆が殺されるだけの事をしてきたという事も、皆がいつか殺される事を受け入れた上で山賊として生きてきた事もわかっているのだ。
はっきり言ってしまえばフィーナは悪くないのだから。
殺されるような事をずっとしてきた山賊が悪い。
それを受け入れてフィーナ達と学園生活を純粋に楽しむ事が出来たならどれだけ幸せな事だろう。
その方がきっと俺もこいつも幸せになれるのだろう。
だが俺の心がそれを許さない。
冷たく黒く濁った心がそれをよしとしない。
勇者フィーナを殺し、復讐を果たせと俺に言う。
これが悪に理由があってはいけないというボスの教えにも逆らっている事も分かっている。
これだけ多くの理解があり、納得出来るだけの理由を持っていても心がそれを許してくれない。
いや、この復讐を果たした所でボスが昔言っていたようにスッキリする事はないのだろう。
この復讐を果たす事で幸せになる者などいないのだから。
俺ですらこの復讐が果たされた時にはフィーナという友を失うだけなのだ。
この世界に来て初めての好敵手で、初めての憎き相手で、初めての友達。
俺にとってのフィーナは突き詰めてしまえば仲間でもあるのだ。
目の前で俺にからかわれ不機嫌そうに目を細めているこいつが嫌いなわけではないのだ。
呪うべき相手で憎むべき相手で殺すべき相手。
ただそれだけ。
あの時のように脳裏によぎる。
その時が来たら俺はフィーナを殺す事が出来るだろうか?
もしエルザがそれを邪魔した時にエルザを殺す事が出来るだろうか?
それはやはり許せないとメアリーが目の前に現れた時に殺す事が出来るだろうか?
そこまでする事はないとネザーが止めに入った時に殺す事が出来るだろうか?
この感情すら俺は殺さねばならない。
誰かの為ではない、俺の為に。
「フィーナ」
「ん?なにさ?」
「……明日は友達ができるといいな」
「うるさいってば!嫌味にしか聞こえないんだよナナシの励ましは!」
別に何を言おうとしたわけでもないが不意に名前を呼んでいた。
フィーナに悪態を飛ばすのが楽しくてつい嫌味を言ってしまう。
からかわれているのをわかっているが、それも満更でもないのだろう。
俺たちは2人で笑い合う。
いつか自分の手でこれを終わらせなければいけない時が来るから。
俺たちは1番の親友として笑い合う。
せめてその終わりに向かう始まりが来るまでは。




