並び立つ悪意
無事フィーナとエルザを追い払い、食事に向かう。
食べ歩きでもいいのだがせっかくなら学園の近くで店を探しておきたい。
「おうメアリーお前適当に旨い店聞いてこい、俺とネザーは適当にふらついてるからよ」
「ナナシさん最近私の扱いが雑ではないですか?さすがにそろそろ心が持たないのですが」
「うるせえな、いいからとっとと探してこい。ぶち殺されてえのか」
「……はぁい」
メアリーはふらふらとその辺を歩いている人に話しかけ始める。
側から見たら美人局にしか見えないがそれもメアリーのルックスあっての事だろう。
「……本当に扱いが雑だなバンディット、スラム街で奴隷でも見ている気分だったぞ」
「いいんだよ、恋人同士とは言え上下関係はハッキリさせとかないとな」
「ほう、貴様達そういった仲であったか。全く気付かなかったぞ?」
「なんだよ、気の利いて察しのいい奴だと思ってたがそうでもねえみたいだな」
「……あのやり取りを見て貴様達をそう思う者などそうはおらんと思うぞ」
すると早くもメアリーが小走りで戻ってきた。
「ナナシさん、あそこのパイが絶品だそうですよ。ミートパイからフルーツパイまで品揃えも良いそうです」
「そうか、ネザーもそこでいいか?」
「うむ」
メアリーがお礼は?お礼はないんですか?としつこいが腹も減っているため店にはいる。
店に入ると焼いたパイの香ばしい匂いとフルーツの甘い匂いが漂っている。
「ほう!これは食欲を煽る良い香りだな!」
「あぁ、この店は当たりだな。雰囲気と匂いでわかる」
「私が!私が人に聞いて見つけました!」
「ミートパイを頼むつもりだったがこの甘い匂いを嗅ぐとフルーツもいいな」
「うむ、他の客も皆フルーツパイを頼んでいる事だ。さぞ旨いのだろう。よくやったぞロッドよ」
「……ナナシさん?」
「おいメアリー早く決めろ」
「……ベリーパイで」
「僕は葡萄のパイにするとしよう」
皆注文が決まったところで店員を呼び、各々の食べたいパイを注文する。
オレは柑橘類のパイにした。
注文すると15分程で店員がパイを持って来た。
どうぞ、と言いながら3枚のパイをテーブルに置きそそくさと去っていく。
「うむ、目の前にするとまた香りが際立つな。どれ……」
ネザーが我慢出来ないと言わんばかりにパイにかぶりつく。
サクッという音と共にネザーの口元から葡萄のジャムが垂れる。
「うむ!うむ!!これは旨い!!葡萄の酸味と甘味がパイの香ばしくも甘さのある味わいと見事に噛み合っておる!」
「はい!しかもこのジャムの下に敷かれているこのプルプルしたものは…?……!!メープル!メープルのプディングです!!」
気付くとメアリーもパイにかぶりついていた。
2人とも随分満足げにしている。
どれ、俺も食べるとしよう。
ーーーサクッ
確かに旨い。葡萄やベリーはどうだか分からないが柑橘のパイは底のメープルのプディングと見事に噛み合っている。
しかし、ネザーのいうパイの甘味は特に感じない。
そうか、柑橘の甘さを際立たせる為に敢えてパイの甘さを抑えているのか。
俺は一言も話す事なくパイを食べ終える。
美味しい物を前にして言葉で味を語るなど無粋なのだ。
「いやはや、今までは城のシェフの作った物ばかり食べていたがなかなかどうしてやるではないか」
「満足したか?満足したなら腹ごなしに向かおうぜ」
「……くはは、言っておくが僕は貴様の本気を前に気を保てると言い切れる自信はないぞ」
「お支払い済ませてきました!」
「おうメアリー、転移頼む」
「はぁい、かなり離れた場所に行くので今回は詠唱しますね」
そう言いながら店の外に出るとメアリーは詠唱を始める。
目を閉じてぶつぶつと1人喋っている様は側から見るとなんとも気持ち悪い。
「……転移!」
メアリーが詠唱を終え転移を唱えると森の中だった。
目の前には洞窟の前がある。
「強敵の多い迷宮の入り口です。ここなら誰かに魔力を感じられても個人が疑われる事はないでしょう。では、私は適当な場所にいますので、30分くらいしたら戻ってきますね、転移」
メアリーはそう言うと返事も聞かずいなくなった。
だがこれで本気が出せる。
誰かを気にする事なく本気の魔力を解放できる。
何度我慢させられた事かわからない全力をやっと出せるのだ。
「んじゃネザー、早速やるぜ」
「うむ!バンディットよ!今度こそ貴様の本気を見せてくれ」
「あぁ、お前が見れたらな?」
ーーーー
ネザーとの試合で使った【完全超悪】
黒魔法におけるただの魔力の解放に敢えて名前をつけたのは相手に警戒させる為である。
また、この能力を人に呼ばせる為、覚えさせる為。
この力に於いて、相手に対抗手段を練られるよりも相手がそれを知っている方が効果があるとナナシは踏んだのだ。
言ってしまえばただの威圧。
だからこそいざと言う時のため、相手にこれを強調しておく必要がある。
この力を使えば誰かが行動不能になるかもしれないぞ?
この力を使えば誰かがまともに行動出来なくなるかもしれないぞ?
そう思わせておく必要があるのだ。
何かに対する極度の警戒は時に十分な隙となる。
そしてこの【完全超悪】に耐性を持ち、その隙を逃さず狙う事が出来る仲間がいる。
ナナシがネザーを連れてきたのはその為だ。
ナナシの本気の【完全超悪】に耐える事が出来るか。
その上で動く事が出来るか。
入学前夜の夜の魔力の解放を思い出してほしい。
[魔力の解放をしようとした]時の事を。
勇者のパーティーの1人であるあのメアリー・ロッドが膝を着き、まともに魔力のコントロールも出来ないような状態まで陥った黒魔法の出来損ない。
今日のネザーとの模擬戦。
ネザーは全力でないとはいえナナシの【完全超悪】に耐え、戦闘を行っていた。
戦いの経験も多く、幾多の恐怖を乗り越えてきた勇者のパーティーの1人よりネザーが戦いの経験があるだろうか?
恐怖に対する耐性があるだろうか?
これにより、一つの説が浮上する。
ーーこの黒魔法は悪に対して全力を発揮しない
もちろんこの説は2つ、前提があっての話である。
ネザーがそれだけの悪しき心を持っている事。
メアリーがそこまで悪しき心を持っていない事。
しかしもしこの説が本当であるならばネザーはナナシの全力の魔力の解放と同程度の威圧を持つ3割ほどの【完全超悪・魔眼】に耐え、意識を保っていたネザーはこれ以上ないほど力になる。
もしネザーがこれに耐えるならばなんとしてもネザーを味方に引き入れなければならない。
またメアリーの悪の意識を強くしなければならない。
敢えてナナシが全力を見せて欲しいというネザーの話に乗ったのはこれを確認する為である。
もしかしたらネザーがこの力に怯えナナシの敵に回るかもしれない。
この力に危険を感じ、アルメリアの国に報告するかもしれない。
それだけのリスクを抱えていたとしてもこの力の事は知っておかねばならないのだ。
そしてナナシは魔力を練り始める。
目を薄く開き、1番楽な自然体の体勢で身体に魔力を集める。
ゆっくりと呼吸をし、自分の背中当たりに練りに練った黒く冷たい魔力があるのがわかる。
ロンドに教えられた血が一気に噴き出すイメージ。
「……いくぜ」
3mも離れていないネザーにも聞こえるかどうかわからないほど小声でナナシは呟いた。
ガサガサと森がざわめき出し、ナナシを中心に魔物が離れていくのがわかる。
先程まで青々と生い茂っていた木々がまるで枯れたように感じる。
「オラァ!!!!」
ナナシの身体の周りから半径3mほどの範囲で黒い魔力が広がる。
ネザーの身体にギリギリ触れるか触れないかほどの距離。
メアリーならば間違いなく気を失うほどの威圧。
フィーナでも恐らく声を発する事は難しいだろう。
ナナシは魔力を安定させ、上手く纏う事が出来たのを確認するとネザーに顔を向ける。
声を出してなどいない、しかし顔を見ると確かにネザーは笑っていた。
貴族らしく偉そうに腕を組み、少しの汗を流しつつもその笑みが絶えることはない。
「く……くははははは!!!!貴様!バンディット!!貴様そこまで堕ちておったか!!そうか!!そうであったか!!!くははははははははは!!!!」
ネザーは声を上げて高々と笑う。
やはり、というべきかこのネザーという男にも相応の悪意があったようだ。
「……意識は、あるみてぇだな」
「馬鹿を言うなバンディット!!このネザー・アルメリアが今この瞬間も意識を保つ事に全力を注いでおるのだぞ!!!なるほど、これではロッドも気を保てず逃げ出すわけであるな!!!くははははは!!!!」
ナナシはふぅ、と一息つくと解放した魔力を抑え込む。
ネザーもそれを見ると同じように一息つき、ナナシに近づく。
「貴様のその悪に満ち溢れた心、実に見事であった。してバンディットよ?貴様とてただ自慢で僕に全力を見せたわけではあるまい。何か僕に言いたい事があるのであろう?」
ネザーはニヤニヤとしながらナナシに問い掛ける。
ネザーの察しの良さは相変わらずである。
そしておそらく言いたい事はわかっているのだろう。
「ちっ、どうせわかったんだろネザー」
「くはは!当然だ!!そして貴様もここまで言えば答えもわかっているのだろう?」
「あぁ、ネザー・アルメリア。オレの仲間になってくれ」
ナナシはネザーに対してその言葉をハッキリと伝える。
ネザーは分かっていたと言わんばかりに腕を組んでいる。
「理由を聞こうか、バンディットよ」
「自分が正しいと正義を振り撒いてるクソ共を殺す為だ」
理由を聞くとネザーはキョトンとした顔をする。
そして腕を組んだまま手を口に当て、少し考えた後に笑いながらこう答えるのだった。
「くははは!!面白いな!!それは本当に面白い!!いいだろう!このネザー・アルメリア、いついかなる時も貴様の力となる事をここに約束しよう!!」
そう言ったネザーの目には愉悦を含んでおり、悪同士にしか分からない悪意の視線を交わし、2人は笑い合うのだった。




