悪と勇者の入学前夜
ーー国立アルメリア王国学園
俺が通うことになった学園だ。
アルメリアの街に来てから国の補助で宿を借りて生活していたがそれも今日までである。
明日からは学園の生徒として寮暮らしすることになる。
「ま、こんなもんだろ」
荷物をまとめ、1人呟く。
そんなに豪華で過ごしやすい部屋ではなかったがいざお別れと思うと寂しいものだ。
コンコン
そんな事を考えていると来客だ。
このノック音はフィーナだな。
「誰だ?」
「僕だ!」
質問に答えながら勢いよくドアを開ける。
答えになどなってはいないのが残念なところではあるが。
「ナナシ、来客に誰だ?はどうかと思うよ。僕じゃなかったらさぞ機嫌を損ねている事だろう」
「お前だと分かってたから雑に対応したんだよフィーナ」
この自分は君にとって特別な誰かだろうと言わんばかりの言い方にはフィーナには長い間友人がいなかったであろう過去が読み取れて悲しくなる。
「ふふふ、そうかそうか!まあ親しき中にも礼儀有りとは言うけれど僕とナナシの間柄ならそれすら無粋というわけだ!」
「ま、そういうこった」
まあまた随分嬉しそうである。
この勇者、いつか君と仲良くなりたいとかほざく魔族に唆されて後ろから刺される日すら来るのではないかと心配になる。
頼むから俺以外に殺されないでくれよ。
「で?なんか用があってきたのか?」
「いや?用がなければ来てはいけなかったかな?なら何かしら用を作ってくるけど」
「……いや、気にすんな。こういうのができるのも仲の良さってもんだろうしな」
フィーナは笑顔でこくこく、と頷いている。
ここに来るのがエルザかメアリーであればこういうのも別の嬉しさがあるのかもしれないが、ここにいるのは俺と同じくらいの体格の男だ。
もちろんエルザとメアリーとも仲良くしている。
エルザとはフィーナの愚痴とは名目ばかりの「全くアイツには私がいなきゃ駄目ね!」という話に相槌を打つだけの簡単な作業。
メアリーとはフィーナとエルザを早くくっつけてあげたいという名目の今日はこんな事があったという雑談が多い。
半年ほどこいつらと過ごして分かったがエルザは意外と初心でフィーナに惚れており、メアリーは僧侶とはなんだったのかというほど人の恋路にちょっかいを掛けるのが好きな小悪魔だった。
「んで?お前はもう荷造りは終わったのか?」
「あぁもちろんさ、これからの寮暮らしではきっと夜誰かの部屋に集まって男同士で夜通し語ったりするだろうからちょっとしたゲームまでバッチリさ!」
「どんだけ友達に飢えてんだよ勇者ってのは」
「ベベベ別にいいだろう!勇者になってから同性の友達と言えるのはナナシしかいなかったんだから!」
それもつい半年前である事を考えるとフィーナのこの面倒な彼女の様な性格について来る者はいなかったのだろう。
それも変わっていない事を考えると学園生活も思わず察してしまうところである。
「ま、荷造りが終わってんなら問題ねえな。明日は絶対遅刻出来ねえし、このまま朝まで付き合ってくれよ」
そう言うとフィーナは満面の笑みを浮かべる。
「もちろんオーケーだ!荷物は鞄1つだから持って来るよ!」
「おー、ちょっと瞬間的な部分強化の模擬戦相手が欲しかったんだ。雑談前にちょっと付き合ってくれ」
フィーナはドアを勢いよく開けながらあぁ!と言って自分の家に戻っていった。
20分程でフィーナは戻ってきたが、何故かエルザとメアリーも付いてきた。
「ちょっとナナシ!仲がいいのは良い事だけど学園入学前の最後の日まで男2人で過ごそうなんてちょっとあたし達に遠慮がないんじゃないの!?」
「いいだろ別に、それともアレか?寮は男女別だからフィーナと一緒にいる時間が減っちゃう!って焦ってんのか?」
「んなああああああ!!そんなわけないでしょ!?バカじゃないのナナシ!!」
キーキー言っているエルザの横で綺麗に微笑むメアリー。
ずっとこの笑顔でこの2人の馴れ初めを見守って楽しんで来たのかと思うとまぁ恐ろしいものである。
「まぁいいじゃないですかエルザさん、ナナシさん?私達も朝までご一緒しても構いませんか?」
「あぁ構わねえよ、ただこの後フィーナと模擬戦したいからお喋りならその後でいいか?」
「もちろんです」
そんな話をしながら宿から少し離れた草原まで歩く。
その最中すら俺とフィーナは魔力を練る練習を忘れない。
「じゃフィーナ、やろうぜ」
「あぁ構わないよ、今日は3割くらいでやろうかな」
「……おうエルザ、明日の入学式挨拶フィーナの代わりにやる練習しとけや」
「はいはい」
これもこの半年で分かった事だ。
フィーナは戦闘において絶対的な自信を持っている。
それは自身の類まれなる才能と弛まぬ努力、磨かれたセンスに裏付けされた違う事ない実力である。
それを敢えて周りに見せる事で自分にプレッシャーを与え続ける、一度たりとも負ける事は許されない。
フィーナはその一敗がもしかしたら取り返しのつかない一敗になるかもしれない事を自覚し続けている。
才能に胡座をかいてくれたならばどれほどフィーナを殺すのは楽だっただろう。
勇者という立場に選ばれた才能は
勇者として戦闘で磨かれたセンスは
勇者のため日常で築かれた努力は
瞬間瞬間でフィーナ・アレクサンドを成長させてきたのだ。
フィーナが急に目の前に現れ、俺の左腕に向けて模擬刀を右上から振るう。
俺は戦闘の最中は常に目と脳を部位強化しているため、瞬時に部位強化を左腕と右足に切り替え出来る限り左腕で威力をいなし、右足で吹き飛ばされない様こらえながら受け止める。
受け止めた瞬間にすぐ右足の部位強化を右腕に切り替え、模擬刀を持つフィーナの右手首を掴む。
もちろん掴むだけでは終わらない。
強化した右腕でフィーナの右手首を握り潰す。
「ぐっ!」
フィーナの短い悲鳴が聞こえ、思わず剣を落とす。
「右腕貰いいいいい!!!」
フィーナも魔力強化で右腕を庇うが少し遅い。
既にフィーナの右手首の骨にはヒビが入っているだろう。
しかし次の瞬間頭に衝撃が走る。
フィーナが頭を部位強化して、俺に頭突きしたのだ。
思わず尻餅を着くがそれで終わりなんて模擬戦ではない。
フィーナは俺に飛びかかると覆い被さるようにマウントポジションを取り、左手と右足で俺の両手を押さえ手首の折れた右腕を部位強化する。
俺は勢いをつけ、両足をフィーナの首に絡め思いっきり締める。
だがフィーナは構うものかと右腕を俺の顔面に叩きつけ、組み手はそこで終わった。




