悪
--------激痛、ってこれなんだろうな。
フィーナの持つ剣が俺の胸を綺麗に貫いている。
クソ痛え……こいついつもこんな痛みに耐えてたのかよ……
「……………な………」
……へへ、言いたいことは分かるぜフィーナ。
友達なんだからよ。
「なんでだナナシ!?なんで避けなかった!?」
そうだよなぁ、さっきまで平気で避けてた剣がいきなり当たるなんて思ってなかったよな。
「……っぐ……は………」
うお、まともに声が出ねえ。
つーか話すと口から血が噴き出てきて喋れたもんじゃねえ。
「………僕は……ナナシを…ナナシに……それで……終わりだって……」
知ってるさ、最後に殺されて終わろうとしてたことくらい。
だからそんな泣きそうな面すんなよ。
「………ま……だ…」
終わってねえだろ?
どっちかが死ぬまで終わらねえんだよ。
「……い……いやだ……いやだよナナシ………僕は……」
………舐めてんなぁ。
でも嬉しいぜ、こんなになった俺を、こんなにまでなった俺をまだ友達だって思ってくれてんのが。
でもよ
ドスッ
-------動揺、しすぎだぜ
俺の胸を刺せるほど近くに寄っていたフィーナの胸を、今度は俺の魔剣が貫いた。
「…………っ!?」
フィーナはそのまま魔剣の刃に沿うようにして俺の方へ力無く倒れてくる。
やっと、届いた。
『勇者』の、いやフィーナ・アレクサンドの心に。
フィーナの胸を貫いた傷は回復することなく、ただただ無慈悲に赤い血を流し続ける。
……はは、そうだよな。
やっぱりそうだと思ってたんだよ。
お前を殺す俺の武器は最初からこれしかなかった。
『俺』が『お前』の『親友』であること。
俺の命を終わらせようとすることで、お前は俺に勝てなくなるってな。
フィーナを殺す最大の武器は、魔王の力でも、ドス黒い悪意でもなく、友である俺の命だった。
「……もう…回復……しね……えのか……?」
「……ごほっ……ふふ………うん……もう……いいよ……」
フィーナは俺に抱きかかえられるように、魔剣が胸に刺さったまま辛うじて立っていた。
そんなこと言うなよ、寂しいじゃねえか?もっとやろうぜ?って言いたいとこなんだけどな、もう俺にそんな力残ってねえんだよな。
お前もそうなんだろ?
お前の場合は戦う力ってより戦う意志って方が合ってんだろうけどよ。
「……馬…鹿だな、お前」
「……ふふ……死な…なかった……方の、勝ち……だね……」
「……は…は……死ねな……かった方…の…負けだろ」
そして最初から、俺がフィーナに勝つ方法はこれしかなかった。
フィーナと本気で戦えて、その上でフィーナに勝つ方法はこれしかなかった。
殺されて心を殺す。
それが、それだけがフィーナに勝つための最低条件だった。
正義に対してずっと盾にしてきた俺の身体が、ようやく盾の役割を果たせたってわけだ。
でも結局、お前は俺を殺せなかったな。
心臓のある場所に刺さってないぜ、お前の剣。
最後の俺の魔剣だってよ、お前避けなかったもんな。
躱すかどうか、迷ったんだろ?
それで、躱さなかったんだろ?
やっぱり馬鹿だよ、お前。
『正義』の『勇者』として生きることより、『魔王』の『親友』として死ぬことを選んだんだぜ?
--------あぁ、そうか。
お前の方だったんだな、最後まで『親友』でいることを選んでくれたのは。
俺にはそっちを選べなかった、最後には『勇者』の『敵』であることを選んだ。
だから、俺は刺した。
フィーナ・アレクサンドの心臓を。
だからもう、時間はねえんだよな。
「……本気、だったよ……ナナシ」
「………あぁ……分かってる」
でも、俺と友達でいることに、だろ?
「……ふふ、泣く……なよ、ナ……ナシ……」
「………っ」
なんで、お前が笑ってんだよ。
親友に刺されたんだぜ?親友に殺されるんだぜ?
逆だろ?
復讐を果たした俺が笑って、親友に殺されるお前が泣くのが普通だろ。
なんで、そんな満足そうな顔してんだよ。
「………『勇者』が『魔王』に殺されんのに、笑ってんじゃねえよ、馬鹿野郎」
回復、してきちまったな。
フィーナに刺された傷から流れてた血が、止まってきてる。
「……ふふ、いい…んだよ……これで………ナナシは………やっと自分…の………人生……を………」
…………そんなことかよ。
これで俺の復讐が終わるから、これから俺を自分のために生きさせるためにって。
そのために……お前は死ねるのかよ……
「………そう、なのかもな」
本当にそうなんだろうか。
これから俺は、自分の人生を生きることができるんだろうか。
『正義』を、『勇者』を、『親友』を、自ら望んで殺した俺がこの先本当に生きていられるのだろうか。
「……そ、う……だよ……」
「………フィーナ」
こんなに俺のことを思ってくれている『親友』を殺しておいて、この先の人生で幸せになれるのだろうか。
今だって、今ですら、涙を流すほどに後悔してるってのに。
「………お前のこと、自慢するぜ。魔族の奴らによ、俺のたった1人の大事な『親友』だって」
「……うれ…しいな……ぁ……」
フィーナの言葉が途切れる間隔が少しずつ長くなっていく。
それが命の終わりが近いことを表しているなんて今更だってのに、それが酷く、堪らなく寂しい、寂しいんだよ。
「なぁフィーナ、俺とお前が初めて会ったときな?爽やかな好青年だったからクソほどムカついたんだぜ?知らなかったろ?」
「………は…は….」
お前は知らないかもだけどな。
そりゃまあ言ってもねえけどよ。
「学園に入る前日にお前と模擬戦したの覚えてるか?あの時メアリーと俺が残ってお前とエルザが先に宿に帰った時なんかよ?メアリーのヤツお前らがヤってんじゃねえかとか言ってたんだぜ?あの清楚な見た目でひでぇ女だよなアイツ!」
「………は………はは………」
ほんとひでぇ女だよアイツ。
性格さえもっとまともだったら彼氏の1人や2人平気で作れるくらいの見た目してるくせによ、本当にもったいねえよなぁ?
「ネザーの奴もギルドに初めて行った時なんか……あ、これは知ってるかもな!じゃあれだ!ナーガを鍛えてた時にフィーナとエルザが学園の裏庭でキスしてたって冗談言ったらよ!アイツ魔力のコントロールできなくなって毒の風ごとボン!!ってよ!!笑えるよなあの馬鹿!!」
「……………」
くく、あん時は笑ったな。
ナーガの奴気付いたらタメ口になってやがってよ、その方がなんとなく気は楽だったからいいんだけどな。
「後……後な、そうだ!!リリレイ!!アイツ魔界の奴隷として売られててよ!!魔王に金寄越せっつったらアイツ金持ってねえとか言いやがってよ!!魔王のくせに奴隷の1人も買えねえのかよってな!!結局店主脅してリリレイ巻き上げたんだけどな!!」
「……………………」
そうそう、それでメアリーとナーガに身体売って稼いでこいとか言ってめちゃくちゃ睨まれたんだよな。
ほんと女は怒らせるもんじゃねえよな。
「…………ああ!他にもよ!イツァム・ナーいたろ!?アイツ魔王の魔力忘れてやがってよ!!火山登ってる俺らに溶岩流して来やがったんだぜ!?信じらんねえよな!?覚えてなくたっていきなり溶岩はねえと思わねえか!?」
「………………………………」
あん時はギリギリなんとかなったけど下手したら死んでたぜアレ。
これだから脳みその小せえトカゲは、とか言ったらあの爺さん怒るだろうな。
「………後……後な?………後はよ……えと……なんだ………他にも色々あってよ………あの……」
まだ、あるはずなんだ。
話したいことが、教えたいことがたくさんあるはずなんだよ。
「……………………………………ナ………………シ………」
「……っあぁ!!なんだよ!?なんか聞きてえことあるか!?何でも答えてやる!!」
なんだ?何が聞きたい?何を話したい?
なんでもいい、なんでもいいから話そうぜ。
どんなことにだって答えるから。
「…………い……き…………………て………」
………は?
「……………なに……言ってんだよ……」
「…………………」
「なぁフィーナ!?なに言ってんだ!?当たり前だろそんなこと!!生きる!!生きるに決まってんだろ!!!そんなことよりもっとあるだろ!?なんか話したいこととかねえのか!?」
「………………」
もっとあるだろ!?そんなんじゃねえだろ!?
親友じゃねえかよ!!もっと話そうぜ!?そんな当たり前のことじゃなくてよ!!
「………なんで……いまさらそんなこと言うんだよ………また……また後悔しなくちゃいけなくなるだろうが!!!」
「…………………」
「ずっと!!お前と出会ってからずっとそうだ!!!」
そう、ずっとそうだった。
お前と出会っちまってからずっと、俺は後悔しかしてこなかった。
「お前と学園に行ったことも!!ギルドの前でお前と敵対したことも!!ガリアとリーを見殺しにしたことも!!リリレイを助けたことも!!魔王を殺して『魔王』になっちまったことも!!お前を殺そうとしたさっきも!!」
-------そして、お前を殺し終えてしまった今も。
「…………………」
なあ、フィーナ。
今更遅すぎるけどよ、やっぱり結局そうだったんだ。
「…………『正義』は俺たちを救ってなんかくれなかったじゃねえか!!!!」
お前と過ごした時間のせいだ。
俺は『正義』を、信じてしまった。
『親友』を信じて死ぬのがお前で、『正義』を信じて生きてきてしまったのが、俺だった。
『悪』として生きていれば、『正義』が全てを終わらせてくれると信じてたんだ。
しかしやはり『悪』は救われるべきじゃなかった。
本来なら人が背負って生きられるようなもんじゃねえ程の大きな後悔を背負って、死ぬまで生きなきゃいけねえんだから。
「…………終われねえ!!!『正義』が負けて!!『勇者』が死んで!!!『魔王』が勝って!!『悪』が生きたままじゃ!!!終われねえだろ!!!!」
あぁ、近くにアイツらがいなくてよかった。
メアリーにも、ナーガにも、ネザーにも、ディーンにも、イツァム・ナーにも聞かせられねえ。
こんな情けねえところ絶対に見せらんねえ。
こんな終わり方じゃ、アイツらはきっと笑えねえ。
「………ああ、分かったぜフィーナ。生きるさ!生きてやるさ!!『魔王』として!!『悪』として!!この先ずっとな!!」
「…………………………」
フィーナからの返事はさっきからない。
もう、きっと。
「お前の後に現れる『勇者』も全員ぶっ殺してやる!!『正義』なんてもんは見かけるたびに滅ぼしてやる!!!」
「…………………………」
だから、ようやく。
「それが俺たちの終わりで、俺の始まりだ」
やはりフィーナからの返事はない。
もうフィーナは終われたんだ。
ドサッ
友の亡骸を払うように地に捨て、俺の胸に刺さった剣もフィーナの亡骸に向かって投げ捨てる。
そして俺はようやく、それに背を向けることができた。
俺は、ようやく捨てることができたんだ。
『正義』を、そして『親友』を。
コンコン
フィーナの亡骸に向かって投げた剣が転がり、フィーナの着ていた鎧にぶつかる。
それはまるで、いつものノックのような音を小さく立てた。
「…………誰だ?」
いつものようにしていた問いかけに、答える者はもういない。
頬を伝うように流れていた涙を拭い、前を向いて呟く。
「………チッ、これでようやく『悪』かよ」




