悪VS正義 勇者 前
僕が勇者になってから、どれだけの月日が流れたのだろう。
魔力石で魔力を鑑定して、王の前に連れられ、勇者となってから。
10年ってところかな?
長かったのかな、いや、きっと長かったんだ。
たかが100年やそこらしか生きることのできない人間にとっての10年を、正義に費やした勇者としての人生は。
初めて魔物を殺した時のことも、初めて悪人を殺した時のことも、もう覚えていない。
生きていることが許せず、死んでも許せないような連中のことも、今はもうどうでもいい。
---------魔王を倒すこと
それだけが僕の生きる理由だったんだから。
それが終わりに近づいている今、そして最後に訪れるのは僕の死ねる理由。
友に、殺されること。
あぁ、辛いな。
初めてできた親友に、殺されに行かなきゃいけないなんて。
寂しいな。
初めてできた親友と、こんなふうに別れなければならないなんて。
でも
「…………これで……やっと」
僕は何も考えず、思わず呟いた。
全てがこれで終わるという安心感からか、身体の力も抜けてきているような気がする。
やっと、終われるのだから。
仲間の魔族のために戦い、仲間の魔物のために戦った、僕が殺さねばならなかった魔王を殺すということすら、罪悪感を覚えてしまっているような人生を。
目の前で倒れている魔王を見て、後悔すら浮かんでくる。
殺そうとしていたクセに。
何故こんなことに、共存は不可能だったのか、なんてことが。
今更脳を駆け巡っている。
「…………ごふっ」
仰向けに地に倒れている魔王が血を吐いた。
僕たちと同じ、赤い血。
ただ肌の色が違って、角や翼が生えているだけの、魔王から、僕たちと同じ赤い血が流れる。
魔王はまだ、生きている。
殺さなくては、とどめを刺さなくては。
それが僕の使命なのだから。
そのためだけに、人に平等に与えられているはずの生を、痛みと苦しみの道に費やしたのだから。
「……くく、やはり……愚かだな……」
今までも何度か言われたこの言葉、今までは理解できなかったものも多かったけどこれだけは分かる。
ここで死んでおけば、今以上に不幸になることはないのに。
きっとそう思っているんだろうね。
でも違うんだ、違うんだよ魔王。
死にたいわけじゃない、殺されたいわけじゃない。
初めてできた大切な友に少しでも後悔のないように、初めてできた大事な親友が今までの不幸に勝るとも劣らない程の幸せを手にするための人生を歩むために。
そのためになら僕は、どんなことだってする。
それこそナナシは望まないだろうけど、正義を捨てて悪に染まれと言われても、僕は多分それを受け入れる。
それでナナシが、ほんの少しでも、僕を許してくれるなら。
僕を殺したとしても、ほんの一瞬でも、それを躊躇ってくれるなら。
僕はきっと、幸せに、後悔することなく、死ねる。
ふふ、勇者になって10年か。
たくさんの人を救って、たくさんの人の笑顔を守ってきたつもりだったけど、最後がナナシとはね。
でももう、十分だよ。
これ以上は魔族も悪人も殺したくない、殺さない。
魔王みたいな魔族がいると知ってしまって、ナナシみたいな悪人がいると知ってしまったから。
だから魔王、君で終わりにしよう。
正義のために、魔王だからというどうしようもないような理由で、まだ殺せてしまう自分に吐き気すら催しそうになるけど。
「……そうだね、思い返せばやり直したいことばかりだよ」
僕のその言葉を聞いた魔王が目線だけを僕に移す。
こうして話を聞いてくれる人すら僕の周りにはそう多くなかったのに、話を聞いてくれるような人たちばかりが敵になって、殺さなければならないなんてね。
「魔物は殺さなくちゃいけないと教えられた時、もっと考えるべきだった。本当にそうなのかを、知ろうとするべきだった」
魔王はふっ、と笑うと目を閉じた。
そうすれば、もしかすれば、無理かもしれないけど。
魔族や魔物と一緒に人間が笑える世界になったかもしれない。
人間界や魔界のように別の世界みたいに分けられることもなく、ただ一つの世界として成り立っていたかもしれない。
「……僕はこれから君を殺すから」
魔王からの返事はない、魔力を感じるからまだ息耐えてはいないはず。
だからこそ、言わなければならない。
正義を騙り、正義の最前線に立っている僕だからこそ、言わなければならない。
「……本当に、ごめん」
魔王は再び、僕の方を見た。
信じられない、とでもいうような表情を浮かべながら。
当然だよね、勇者が魔王に謝るなんてね。
「…………君の友達を、数えきれないくらい殺した。……許してもらえるなんて思ってないけどね」
「………くく」
僕の言葉に魔王が笑う。
今にも死んでしまいそうなほどの傷を負いながらも、とても満足そうな顔をして。
「……あや……まることはない……オレ様とて、貴様の友を殺した……では……ないか……?」
……あぁ、そういえば、そうだった。
えっと、あの2人の名前……あぁ、そうだ、ガリアとリーだ。
そんなこともあったね。
「……ならば……オレ様も………….詫び…….ねばな………………許せ…………勇」
魔王はそこまで言うと言葉を止めた。
「いや……そう……だな…………すま……なかった…………フィーナよ……」
---やめて、くれないかな。
君を、殺せなくなってしまう。
そんなふうに言われたら、君とも、友達になれたのかもしれないなんて夢のようなことを思ってしまう。
そして、また後悔してしまう。
「…………そして……最後だ……」
魔王が再び言葉を紡ぐ。
まだ、何か後悔させるつもりかい?
「………ようやく……だな」
「あぁ」
 




