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悪の勇者の異世界征服  作者: 東乃西瓜
最終章  悪と正義
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悪VS正義 魔王 後

 勇者の剣を『魔剣』で捌きながら、少しずつ『魔炎』を作り出す。

 この男が赤魔法と緑魔法を使えないことは聖女に聞いていたからな。



 離れて唐突な剣撃を警戒するよりも、近くで斬り合っていた方が危険でないと判断したため。

 勇者にオレ様の作り出した『魔炎』を警戒させながら近距離で戦った方が優位に立てると判断したため。



 そして、オレ様の『魔剣』が勇者の身体に届いた。



 だが




 ザシュッ




 ---------何の意味も持たぬか。



 勇者を斬りつけた傷はすぐに癒えた。

 すぐに治るような浅い傷ではなかったはず、ともすれば即死も免れないような一撃だった、それでもすぐにだ。



 斬られても勇者は怯まない。

 ただただ剣を振るう、表情も変えず、攻撃の流れも何一つ変えず。



 背に『魔炎』を当てても無駄、急な痛みや驚きにも怯みはしない。

 戦いの中では常に痛みがあるものと知っていても、これほどの無反応はそうできはしない。



 治ると言っても痛みはあるだろうに、斬られたという恐怖はあるだろうに。

 勇者はなにひとつ変えることなく、オレ様と剣を交わし続けた。



「正義に呪われた哀れな勇者よ、貴様は一体どこまで行かねばならぬのだ?」



 名乗りを上げ、戦いを始めて終わらせるつもりだったはずだというのに。

 なんとなく、疑問が湧いた。



 正義を捨てることもできたはずだったこの男が、あの悪人に殺されるためだけに正義でいるという事実。

 正しくあるということだけを追い求めてきた男が、間違え続けた悪人の間違いに屈しようとしている事実。




「幸せに辿り着くまで、かな。全ては君と親友次第だよ」



 ……この男の、メタルドラゴンや他の魔物たちを殺した正義はどこへ消えた?

 オレ様が殺さなければならない宿敵は、この男で間違いないはずだというのに。



 オレ様にはもはや、この男に対する怨みはないと言えるほどに、この男が哀れに見えた。

 それは既に、魔王であるオレ様ですら勇者を殺すことが可哀想だと思えてしまうほどに。



 正義を押し付けられた勇者と、正義を押し付けられた悪人。



 この男たちが、哀れでならない。



 生きるということが正義という存在に呪われている人間たち。

 間違いではないはずというだけの正義に、奪われ続けた人間。



 当然悪の側にいる奴らも例外ではない。

 こいつらが本当に悪なのかと思えるほどに、ナナシ・バンディットの周りは優しさと笑顔で溢れていたというのに。



 それでも、奴らが悪なのか?

 正義でないからか?

 それだけで、全てが悪なのか?



 正義だということが、それほどまでに絶対だというのか?

 悪だということが、それほどまでに間違いだというのか?



 互いに正義や悪を捨てて、平穏無事に全てを終わらせてもいいのではないか?

 オレ様が魔族だから、人間の考えと違うから、この考えは間違っているのか?



「……幸せ、か。それが。」



 人並みの幸せを望むことすら、いや、人並みの幸せを理解することすら勇者にはできないのだな。

 親友に殺されることが、断じて幸せなことではないということは、魔族であり、魔王であるこのオレ様ですら分かることだというのに。



 不幸であるという現実から殺されること、それだけが幸せで、それだけが勇者にとっての不幸だというのなら。

 この男の生きてきた証に、どんな幸せが残るのだろう。



「そうだね」



 これほどまでに、意味のない戦いも初めてだ。

 食うためでもなく、恨みがあるわけでもなく、奪いたいものがあるわけでも、失いたくないものがあるわけでもない。



 全ては、正義と悪というなんでもないようなもののために。

 まるで、何故この空が暗いのかという疑問のように、些細で、どうでもよいことのために。



 人間が、人間を、殺して、殺そうとして、殺されようとしている。



 友を、仲間を、敵を。

 これが正義を騙るための戦いだというのか。



 人間は、ずっとこうして生き続けてきたのか。

 種を生存させて、継続させることが生きるもの全てにおいての正解だというのなら、こんな人間たちが正しいのか。




 瞬間。




『魔剣』が、弾き飛ばされる。




 やはり、オレ様にはできそうもない。

 あの悪人でもできなかったことを、たかが魔族の王であるだけのオレ様に、できるわけがない。


 オレ様がこうして思考している間も、必死に戦い続けていた勇者を。


 正義であるために、魔王であるこのオレ様を倒そうとしていた勇者を。




 -------これほどまでに哀れな勇者を、オレ様は最後まで、殺す気になれなかった。







 そして





 勇者の剣が





 オレ様に





 届いた。


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