月の魔女と太陽の騎士5
缶詰がすっかり空っぽになり、ハーブ水をちびちびと飲んで妙に落ち着いていると、私の薄紫の瞳が大きく見開かれた。
何かを感じ取ったのか、オーギュストも勢いよく立ち上がり暗闇でしかない森を見渡す。
「なんだ…」
異様な気配にオーギュストの意識がピンと張り詰める。それと同時に私とオーギュストの視線の先で大きな爆発が起きた。
「…クリス」
「おい!待て!危険だ!」
私が立ち上がると持っていたカップを手から落とし、中に入っていたハーブ水が焚火に落ちて激しい水蒸気が上る。走り出そうとした私の腕を掴んで引き留めたオーギュストに私は月の明かりを反射した美しい薄紫の瞳に怒りを宿した。
「侵入者だ…」
「は?」
「誰かが攻めてきた」
「そんな馬鹿な。先の戦争が終わって、今はどこも攻め入る金も人力も割けるような余裕は…」
オーギュストに掴まれた腕を引き抜こうとするがびくともしない力に、私は苛立ち死なない程度の雷魔法を放つ。
「っ?!そりゃねぇぞ!」
「離せ!お前は化け物か!」
手加減はしたが普通の人間なら感電死していてもおかしくない威力だったにも関わらず、一瞬片膝を着いて怯んだだけでまた立ち上がり更に強く私の腕を掴んだオーギュスト。
「落ち着け!何が起こってるのか分かるように説明しろ!そしたら手伝ってやる!」
「はぁ?手伝うって…」
「困ってるんだろ。手伝ってやる」
私の掴まれた腕は熱く肌がチリチリと痛みを訴える。私はオーギュストのアイスブルーの瞳の中に真意を求めるが、ただ真っ直ぐと目の前の美しい少女を見つめているだけだ。
「お願い…」
「任せな」
「…ちょっとやそっとじゃ死ななそうね」
「当たり前だ。オルアンスのっおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ニカッと笑う自信に満ちたオーギュストの腕を逆掴んだ私は、まるでオーギュストが小石程の重さとでも勘違いしそうな程軽々と持ち上げて宵闇の空へ放り投げた。
トッと地面を蹴った私は体勢も整えられずに風圧に顔を歪ませるオーギュストの隣を飛んでいる。体勢を整えようと風圧に逆らうオーギュストが「ふん!」と気合を入れれば上手く軌道に乗れたようだ。
「無茶苦茶だな…お前…本当に混沌の魔女じゃねぇのか…」
「違う。混沌の魔女はいない」
気を抜けば風圧で圧死しそうな衝撃に口元を引き攣らせながら笑うオーギュストに、私は真摯に涼しい顔で答えた。
(この男は…私が魔女だと気づいていたのに…)
「…魔女と分かっていて何故捕まえようとしなかった」
「お?あぁ…俺が会いたかったのは混沌の森の魔女だからな」
「それ以外はどうでもいいと…」
「いや…ヴィオレットは美人だからなー別の意味で欲しくなったが」
「落とすぞ」
「おいおいおい!死ぬから!さすがの俺でも死ぬから!」
このスピードで地面に激突すれば鍛え抜かれたオーギュストと言えど、ただでは済まないだろう。ふと風圧が和らぐと私がオーギュストの背中を押して目的の場所へ突き落す。
「マジで加減しやがれぇぇぇぇ!」
ゴォゴォと風を切る音と近付く爆心地。目の前に迫る石畳に剣を突き付けてスピードを落とし土煙を上げて着地する。
「ゲホッ!ゲホッ!なんなのよぉ!」
土煙の中から聞こえてきた女の声に反応し、オーギュストは剣を構えた。