月の魔女と太陽の騎士4
混沌の森の木々は魔力を多く含み、まるで意思を持っているかのように出口への道を隠している。
「はぁ…こりゃまた一晩ここで野宿か…ヴィオレット。お前は森から出れるのか?」
「…うん」
「そっか。じゃあ陽が暮れる前にちゃっちゃと森から出るんだ」
てっきり森からの出方を聞かれたり、私自身を案内役に森から脱出する手段をとるのかと思っていたが、オーギュストはすっかり野宿を決め込む様子で私をゆっくりと土の上に下ろした。
「…野宿するの?」
「あぁ。俺だけなら一晩くらいなんとかなるからな」
「…変な人」
せっせと薪になりそうな枝を集めようと木々の間を散策し始めたオーギュスト。私はオーギュストを放置して塔へ戻る事なんて一瞬で出来る事が、荒々しいくせに朗らかで優しい元聖騎士の様子をもう少し見ていたいと思った。
「どうした?」
一歩も動こうとしない私を見下ろすと、オーギュストはゆっくりと子供の目線まで屈む。
「帰り道忘れちゃった」
「…ふっ」
西日にキラキラと輝く私の瞳に真っすぐ見つめられ、オーギュストは困ったようにガシガシと頭を掻いたが、諦めたように私の頭をワシワシと撫でる。
「本当にお前には危害を加えないんだろうな?」
陽が暮れて薄暗くなってきた森の奥に目を凝らすオーギュスト。視線の先には紅蓮の殺気が燻る瞳に睨まれた魔物は一歩また一歩と遠ざかっていく。
「大丈夫よ」
「なら…森の夜は冷える。火を起こすから待ってな」
「うん」
森の闇から複数の赤い目がこちらの様子を伺っているが、一定の距離以上に近付いてくる気配もない。オーギュストは集めた枝に手を翳して小さな火を点けた。
「腹減ってんじゃねぇか?こんなモンしかねぇけど…」
「…缶詰」
「これを…こうやって…」
バッグから取り出した二つの缶詰の蓋を懐から取り出したナイフで開けると、火の勢いが増してきた焚火の真ん中に置く。
「暫く待てば食える」
「へぇ…」
灼熱のサラマンダーと契約し火の魔法を操るオーギュストには焚火の中に手を突っ込む事など造作もないのだろう。私は焚火の中の缶詰が食べ頃になるのが楽しみでワクワクと目を輝かせる。
「オーギュスト」
「ん?」
寝床の準備をしているオーギュストに、焚火から目を離さず私は呼んだ。
「何で私を…ここに置いたの?」
「…?」
オーギュストは月明かりにプラチナブロンドの髪を輝かす、幼くも美しい少女がユラユラと揺れる炎に照らされる横顔を見つめた。
「お前には俺に対する敵意がねぇからな」
「敵意?」
「あぁ。俺を害するつもりがねぇなら、俺の敵じゃねぇ」
「…単純ね」
「よく言われるな」
ゆっくりと私の向かいに腰を下ろしたオーギュストは、人好きのする笑顔で焚火の中から缶詰を取り出した。
「熱いから気をつけろよ」
缶詰に布を巻き付けてスプーンを突っ込んで私に差し出すと、もう片方の手で自分の缶詰を焚火から取り出す。
「ありがとう」
それをしっかりと両手で受け取った私は、湯気が立つ缶詰にソッと息を吹きかけた。
この真っ赤な元聖騎士は私の正体に気付いているだろう。それでも何も言ってこないところを私は表には出さずに困惑していた。