月の魔女と太陽の騎士2
軽々と荷物と私を抱えながら歩くオーギュストには一欠けらの疲れさえ見えない。オルアンス王国元聖騎士第2隊長オーギュスト。歩きながら自分の話をするこの男は本当に腕の中の少女を魔女と思っていないのだろうか。
数年前にやっと終結したエルフェンダス大陸戦争では聖騎士団第2部隊の隊長として、数千の騎士を引き連れ大勝利に導いた立役者だ。戦争が終わっても尚、混乱が冷めやらぬ国内。
先の戦争で勝利した国の民衆とは言え、戦争の傷跡が直ぐに癒えるわけではない。
◆◆◆
「聖騎士長であり、アルベール伯爵家次男。オーギュスト・デル・アルベール!王太子暗殺未遂の首謀者として投獄する!大人しく捕縛されたし!」
「なっ…王太子暗殺だとっ!」
「暗殺未遂だ…王太子殿下が亡くならなかった事だけが救いだ」
自室にて書類を確認していた俺の腕に後ろ手に魔力制御の枷を着けた聖騎士団長ジークベルト。全くもって身に覚えのない罪名と幼い頃から何度もその尊い命を狙われ続けたグウェナエル王太子殿下を、腹心の部下である俺が暗殺未遂を企てるなど誰が思おうか。
「ジークベルト団長!何かの間違いだ!俺は…あの人に剣など向けないっ!!」
「大人しく投獄されるんだ。オーギュスト」
「だん…ちょ…」
一切の異論は認めないとジークベルトの瞳には強い意志がみられる。事実無根。無実の罪で投獄をされるしかない俺の心には怒りと悲しみ、そして幼馴染の王太子の安否でドロドロに溶けた鉛が溢れ出しそうだった。
魔力制御の枷をつけられ、投獄された俺はチラチラと揺れる松明の明かりと人影を射殺すような瞳で睨み付ける。敵か味方か見極めて最善の行動をするのは騎士として当然だ。
「隊長…」
「…フレデリック?」
「しっ…」
一瞬竦み上がった人影が俺が閉じ込められている牢に近付き口元に人差し指を立てた。人影の相手が部下であるフレデリックと分かり、俺の殺気が少しは落ち着いたが、フレデリックが味方なのか疑心は捨てない。
「いいですか…王太子殿下は少し掠り傷を負われましたが、すぐに宮廷魔導士の治癒魔法でケガは完治されています」
「ほっ…」
フレデリックは牢の鍵を開けると、俺の背後に回り込み魔力制御の枷を外しながら説明をする。枷が外れた手首を撫でながら俺はフレデリックを様子を伺う。
「今…王宮内では今回の王太子暗殺未遂の首謀者は隊長だと言う事で結論が出ています」
「なっ!?」
「しっ!分かってますって。王太子に心底惚れてる隊長がそんな事するわけないって…ただ…貴族派の連中の罠に…今回ばっかりはひっかかっちまいましたね」
フレデリックは辺りを慎重に確認して牢から出る。俺も気配を絶ちながら冷たい石の床に転がっている牢番と兵士を跨いでフレデリックの後を追う。
「隊長…今から貴方は王太子暗殺未遂の首謀者と脱獄と…まぁその他諸々で指名手配になります」
「はぁ?!」
「しっ!看守が気付いて知らせに行くまでは…5時間程ですかね。一刻の猶予もありません。荷物は纏めています!はい。こいつを連れて行ってください」
混乱する俺を余所にフレデリックは淡々と説明をしながら、人懐っこい犬のような目でバッグと馬の手綱を俺に差し出す。
「行けって…何処へ…」
「混沌の森です。あそこに住む魔女が力になってくれるはずですから。ほら!早く!」
フレデリックは俺の背中を押して馬に跨がらせると、胸元から魔法石を取り出し大きく横に振った。
「絶対…死なないで下さい」
未だに混乱したままの俺だが、フレデリックの合図で開き出した門を見据えて肺一杯に吸い込んだ空気を一気に吐き出す。
「あぁ…」
フレデリックに向かって不敵な笑みを浮かべ、門を開いている若い聖騎士に手を振ると、勢いよく馬を走らせた。
生きて…魔女に会う…。