月の魔女と太陽の騎士
・・・混沌の森
私はプラチナブロンドの髪をたなびかせ、魔力を抑えるために少女の姿でゆったりと木の枝に腰を下ろす。森の魔物を激しい爆炎で倒していくオーギュストを見下した。
(しかし…派手に森を汚してくれているわね…)
街で猫の私に肉が串に刺さった物を食べさせてくれた陽気で朗らかな印象とは真逆。まるで太陽の炎を纏った鬼神の如く魔物を焼き払っていた。
(あれが聖騎士の戦い方なの…?美しくないわね…)
あまりにも不躾な訪問者に私は久々にイライラする。様子を見るだけにしようか、一瞬でオーギュストの首を胴体から引き離してしまおうかなどと考えながら頬杖をつく。
ドォン!! ゴォォォッ!!
激しく燃え上がる森の一部に私がクルッと指回せば燃え盛っていた炎が一瞬で鎮火した。
「誰だぁぁ!」
アイスブルーの瞳には明確な殺意が宿っている。深紅の髪が風に攫われる度に炎の揺らめきに見えた。オーギュストは何かに追われている様子でピリッと空気が張り詰めている。
大きく剣を振り上げて狙いを定めたようにそれを振り下ろす。
(あっ…)
オーギュストが振り下ろした剣の先には、最近生まれたばかりのフェンリルの子供がいた。魔物の弱肉強食の生態に関しては一切手を出すつもりがない私だが、生まれたばかりの魔物は気にかかる。
「ちっ…子供か…」
ふぅと大きく息を吐いたオーギュストが怯えるフェンリルの子供から剣を引いて、さっきまでの燃え盛るような殺気を沈めた。
それを木の上から見ていた私も同じように長い息を吐いた。
少し視線を反らして戻した時にはオーギュストの姿が視界から消えている。
「…どこに」
慌てて辺りを見渡してみるがあれだけ目立つ赤が視界に留まらない。首筋に無機質な冷たさと背中に燃え盛るような熱を感じて目を閉じる。
チャリッ…
「っ…」
全身を刺すような殺気と喉元に添えられた輝く刃に息をのむ。指先でも動かそうものならこの刃が私の白く細い首を胴から離してしまうだろう。
「何者だ?お前が混沌の森の魔女か…?」
地の底から這い出すような怒気を含んだ声が耳元で聞こえた。つっと私の首筋に冷や汗が流れ出す。全身に突き刺さる殺気は本気のそれだ。
「答えろ。お前が混沌の森の魔女か」
クッと刃が私の首の薄皮に押し当てられチクリと痛めば、冷や汗とは違う少し温かな血が白い首から垂れた。
「混沌の魔女はいない…」
「…月の光を浴びた絹のような髪。血のような深紅の瞳…」
か細い私の顎を掴んで力を込めて振り向かせれば、射殺すようなアイスブルーの瞳が驚きに瞬く。混沌の魔女と思い込み乱暴に掴み上げた少女の瞳は薄い紫だったのだから。
「深紅の…瞳…じゃない…あれっ」
「だから言ってるでしょう。混沌の森の魔女はいない」
「じゃあ何でこんな所に…」
「木登りが得意なの」
「ふざけるな」
オーギュストはかなり乱暴に扱った私に対して、混乱を極めていた。それを面白いと思った私は大抵の男はイチコロになる可憐な少女の瞳を煌めかせ小首を傾げた。
深く息を吐いたオーギュストは剣を鞘へ納めると、私の体を難なく肩に担ぐと一気に枝から飛び降りる。
「すまなかった…直ぐに手当てをする」
初めて見た時の陽気さはないが殺気も怒気も消え去ったオーギュストは、眉間に深い皺を寄せると困ったような顔をして私を岩の上に座らせるとバッグから傷薬を取り出す。
「ねぇ…」
「…何だ」
さっきまでの乱暴な力ではなく、オーギュストは労わるような指で私の首の自分が着けてしまった傷に薬を塗り込む。
「何でフェンリルの子供を殺さなかったの?」
「あぁ?何だそこまで見てたのか…」
殺気と怒りに包まれていてはたかがフェンリルの子供くらいで剣は止められはしなかっただろう。私が疑問を口にすれば、ギロムの葉(治癒薬草)に傷薬を塗りつけて傷口に押し当てた。
「…まだ子供だろう」
ぽつりと呟き不機嫌そうに口を尖らせてオーギュストは視線を伏せる。
(子供…だから?)
意外な言葉に私は笑いをこらえようと頬をひきつらせた。手際よく傷を手当てしたオーギュストは、またゆっくりと私を抱き上げて森を見渡した。
「さて…お前は混沌の魔女ではないんだな…まぁ…こんな子供なわけもないだろうし…どうするか」
森を見渡したオーギュストは私の頭を一撫ですると、バッグを抱えて歩き出した。