白猫と太陽の騎士
ギラギラと照り付ける太陽。賑やかな人の声。チロチロと湧いて出る水に手を浸してしてゆっくりと口に運ぶ。
「やぁ。今日も綺麗な毛並みだね」
「あら。お腹空いてんじゃないかい?」
「わぁ。可愛いねー」
みんなが口々に私を見ては笑顔を振りまいていく。
トコトコと見慣れた街を軽快な足取りで歩けば、いつも美味しい肉が串に刺さった物をくれる店の前に辿り着く。
背筋をシャンと伸ばして顔を上げて、気位高く歩く姿に街のみんなは私を"お嬢様"や"お姫様"と呼ぶ。真っ白な猫なのに。
「おっ。すげぇ美人だな」
随分と上から聞こえた声と、照り付ける太陽から遮るように大きな影ができる。
「兄ちゃん。その子はダメだぜぇ。人見知りな上にプライドが高いからなぁ」
「へぇ…ほら。これやるから、ちょっと抱かせろや」
「まったく…」
頭上で繰り広げられる会話に視線を向けると、太陽を背にした真っ赤な大柄の男が私を見下ろして、手に持った肉が串に刺さった物を私の前に差し出すようにしゃがんだ。
「…ほら。食っていいぞ。その代わり抱かせろ。俺はオーギュストだ…よろしくな」
ニカッと笑ったオーギュストは太陽に負けない眩しさで笑った。
(何だ?見たことない人間…)
目の前の肉が串に刺さった物とオーギュスを何度か交互に見て、悪い気はしないから肉にかぶりついた。
「おぉ…珍しいなそのお嬢様が初対面の人間から餌を貰うなんてな」
「食ったなら触ってもいいだろ」
店主が感心したように顎を撫でている。大柄のオーギュストがソッと手を伸ばしてくるから、私はゆっくり腰を下ろす。
「ほぉ…見た目通りの滑らかな手触りだ!あんたは美人で気立てがいいな!」
(ふふん)
褒められて気分が悪いわけもなく、オーギュストがいい塩梅の力加減で撫でるから暫くそのまま撫でられる事にしてやった。
「よし…そろそろ…」
オーギュストが肉を食べ切った頃合いを見計らって、私の腹に手を回す。その瞬間、全身の毛がゾワワッと逆立ち一気にオーギュストから飛び退いた。
「シャァァァァ!!」
「おっと…悪ぃ悪ぃ」
私が全身で威嚇すると、オーギュストは困ったように頭を掻きながらこちらの様子を伺っている。
「言ったでしょう。プライドが高いんだって」
「そうだな。まるでお姫様みたいに綺麗な猫だもんなぁ」
店主と赤い男は大口を開けて笑いあっていた。
(こいつ…魔力持ちか…)
この辺りでは500年前から魔力を持った者が生まれていない。それもこれもオルドローズが王子に呪いをかけた魔術師達の一族を根絶やしにしたからだ。
(魔力を持った余所者…まさかこいつもあそこに…)
私は赤い男を値踏みするように上から下まで凝視する。
「おぉ!お姫様は男を値踏みするのか」
そんな私の様子を見ていた赤い男は、愉快そうに腹を抱えて笑い出す。
(周りには警戒するような気配もない。この男だけなら塔に着くまでに殺せる)
「どうだ?お姫様に似合いの騎士だと思わないか?」
ゆっくりとしゃがみ込んで赤い男がニカッと笑いながら手の平を差し出した。
(魔力を持った騎士…どこかの国の聖騎士か…?)
上から下まで見渡した赤い男には何処にも自国の紋章の刻まれた物はない。
懐に隠し持っている可能性はあるが、どの国の騎士も自国を誇りに思い必ず人から見えるところに紋章を携えているものだけど。
得体の知れない聖騎士の出生を探るべく、あえてこの男の手に乗ってみるか。
ソッと一歩赤い男に近付こうと片足を上げたところで、ピリッと一瞬で空気が張り詰めた。
赤い男が大きな躯体を素早く動かし、地面をドスンと一蹴りすると風のように私の横をすり抜けた。
ジャキン!! ズバッ!! ドサッ!!
振り返る間もなく背後から耳障りな金属のぶつかる音と、鈍い音が立て続けに聞こえる。
《…っ》
背後が静かになったと思いソッと振り返ると、地面に這いつくばる何処かの騎士のような男が三名。赤い男は美しく輝く剣を鞘に戻そうとしていたところだ。
キラッと輝く剣の柄に見えたのは、ここから東にあるオルアンス王国の紋章だった。
《…っ!…ィオ!…ヴィオレット!!》
(あっ…クリス?どうしたの?)
《どうしたのじゃないだろう!さっきから何度も呼んでいるのに!》
(あら…ごめんなさい。ちょっと目が離せなかったから)
《どうでもいい!早く帰って来てくれっ!!》
私は赤い男の事が気になっていたけど、頭の中で怒鳴られてイラッとしながら踵を返して街の裏路地に入って行く。