最終話
時刻は日付が変わる五分前……とあるビルから、今も力強く明かりが点いている。
そのビルの一室から、こんな声が聴こえてくる。
「良し! 今日のバグ確認終わり!!」
デスクワークをしていたその背高の男性は小気味良くENTERキーを押すと、背もたれのついた椅子に思い切り寄りかかり、背伸びをする。
「何が『今日の』だ。まだ全体の二割強しか確認出来てねぇじゃねえか。糞が」
隣で同じくデバック作業を続ける猫背の女性。画面とにらめっこしながら、背高の男性に口汚い言葉を投げ掛ける。
それを聞いた背高の男性は、ゆっくりと立ち上がると猫背の女性の背もたれに手をかける。
「まあまあ、そんな事言わないで。困った時はお互い様でしょ?」
「私は迷惑をかけた事なんかねぇ」
猫背の女性は、出社するなり隣の部署のデバック作業を押し付けられた不満を、背高の男性にぶつける。
「またそんな事言って……君だって人知れず、迷惑のひとつやふたつやみっつやよっつ、かけた事あるかも知れないよ?」
「んなこたねぇ。絶対ねぇ」
「もう……強気だなあ……」
背高の男性は猫背の女性の頭を優しく撫でると、猫背の女性は素直にこう言った。
「……もっと撫でろ」
「君が落ち着くなら……」
背高の男性が頭を撫でれば撫でるほど、キーボードの打つ速度が速まる猫背の女性。自分の作業範囲であるバグ確認が終了すると、素早く立ち上がり背高の男性の方を振り向く。
「……褒め撫でろ」
猫背の女性は、背高の男性の手を両手で掴むと、自分の心地良いように頭を撫でさせる。
「良くできました……」
バグ確認を終えたふたりは一息つくため、部屋を出て休憩室へ向かう。
「なに飲む?」
背高の男性は自動販売機に陳列された商品を指差しながら、猫背の女性の方を振り向く。
「てめぇと同じもんに決まってんだろ。糞が」
猫背の女性がそう答えると、背高の男性は自動販売機に小銭を入れ躊躇無く黒い商品を買おうとする。
「じゃあ、ブラックコーヒーで」
「死なすぞ!」
背高の男性の臀部を、後ろから強く蹴り込む猫背の女性。背高の男性は勢い余って自動販売機に倒れ込む。
「……ま、良いけどよ」
「良いんだ……」
背高の男性は臀部を擦りながらブラックコーヒーを二個購入し、一個を猫背の女性に手渡す。
「無理に僕に合わせなくても良いんだよ?」
「てめぇが買おうとしたんじゃねえか、ボケが」
猫背の女性はそう言うと、ブラックコーヒーのリングに指をかけて蓋を開ける。背高の男性も蓋を開けると、ブラックコーヒーを手で弄ぶように回しながら、語りかける。
「ねぇ、今回は何徹するのか、賭けてみない?」
「賭けるわけねぇだろ、塵が。何の意味があるんだよ」
はっきりと背高の男性の提案を断ると、猫背の女性はブラックコーヒーに口をつける。
「糞苦ええええぇぇぇぇ!!!! ボケがああああぁぁぁぁ!!!!」
瞬間、休憩室中に猫背の女性の絶叫が木霊する。
「ほら、だから言ったのに。別なのにしたら?」
「五月蝿ぇ! 死ぬほど眠いから、これで良いんだよ!!」
猫背の女性は背高の男性の言葉を聞き入れず、再度ブラックコーヒーに口をつける。
「だああああぁぁぁぁ!!!! コンクリで埋めんぞ!!!! こらぁ!!!!」
「どんな怒りかた?」
それでも猫背の女性は、何とかブラックコーヒーを飲みきり、怒りに身を任せる様に缶をゴミ箱に投げ入れる。そんな猫背の女性の頭を、褒めるように撫でる背高の男性。
「……もっと撫でろ」
「良くできました……」
背高の男性は頭を撫で終えると、その手を猫背の女性の右手に絡め、恋人繋ぎをする。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
「……面倒くせえな」
そしてふたりは、仕事の続きをするために休憩室をあとにした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
このお話を読んで、もしきゅんきゅんして頂けたら幸いです。
……そして、黒くなって読めなくなっている部分は『表示調整』を変更すると隠されたお話しが読めるようになりますので、そちらもお楽しみ頂けたら幸いです。