第三話
午後七時半、自宅に帰って来たふたりは着ていた上着を上着掛けにかけ、履いていた靴を脱ぐと猫背の女性は我先にと家の中に上がる。一歩遅れて家の中に入る背高の男性。
猫背の女性は背高の男性の方を振り向く事もなく炊事場に向かう。
「もー、置いてかないでよ。何をそんなに焦ってるの?」
「馬鹿か? お前は。早く食事の準備をしないと夕飯食う時間無くなっちまうだろうが」
「その夕飯の食材を持ってるの、僕なんだけど……」
次の瞬間、猫背の女性は踵を返すように背高の男性に近づき、食材の入ったビニール袋を無言で奪い取る。
「……僕も、食事の準備手伝うよ」
猫背の女性の頭を撫でながら、そう話しかける背高の男性。しかし猫背の女性は辛辣な言葉を返す。
「死にたくなかったら黙って居間でテレビでも見てろ。毒盛るぞ」
「……愛情を盛って欲しいな」
瞬間、猫背の女性は遠心力を利用して、食材の入ったビニール袋を、背高の男性の顔面に命中させた。
午後八時。苦手な激辛ラーメンをふたり分作った猫背の女性は早速、盆の上に激辛ラーメンを乗せて居間に運んでいく。
「……ほれ、作ってやったぞ。さっさと胃の中に流し込め。ボケ」
背高の男性のいるテーブルへ歩いていく猫背の女性。盆の上からひとつ、激辛ラーメンを差し出す。
「……ありがとう」
猫背の女性は、背高の男性のお礼を無視するかの様に自分の分の激辛ラーメンを、背高の男性と向かい合う様に配膳する。
「……何じろじろ見てんだよ?」
胸元を隠すように、両腕で盆を抱きしめる猫背の女性。その姿に背高の男性は、嬉しそうにこう言った。
「いやぁ、君のエプロン姿は何時見ても可愛いなぁって」
それを耳にした瞬間、猫背の女性は箸をラーメンの中に刺して、激辛汁を背高の男性の両目掛けてはね飛ばす。
「ぐはぁ!! 何で!? 褒めただけなのに!!」
「五月蝿ぇ!! 良いから冷める前にラーメン食っちまえ!! このエプロンフェチが!!」
両目に激辛汁が直撃した背高の男性は、洗面所に向かい急いで目を洗浄する。その内に猫背の女性はテーブルに跳ねた激辛汁を布巾で拭き取り、盆を炊事場に置いてくる。
五分後、洗面所から出て来る背高の男性。
「ふうぅ……死ぬかと思った……あれ?」
居間の扉を開けると、猫背の女性はラーメンに手をつけず、ふて腐れるようにテレビを見ていた。
「遅ぇぞ……何やってたんだ」
「いや、君が目を攻撃……それよりも、どうしたの? 先に食べてて良かったのに」
その言葉に猫背の女性は、頬を赤く染め、テレビを見つめたままこう言った。
「……ひとりで食っても美味くねぇだろ。糞が」
「……そういうもの?」
「……そうだよ。良いから早く座れ。ボケ」
「……はいはい」
背高の男性は猫背の女性に促されるままに席に着き、ふたりはラーメンの前で手を合わせる。
「頂きます」
「……頂きます」
そして、ふたりはようやく激辛ラーメンを口にする。
「糞辛えええええぇぇぇぇぇ!!!!! ボケがあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」