第一話
時刻は午後6時……その高層ビルからは今もこうこうと明かりが漏れている……
その高層ビルのある一部屋からこんな声が聞こえてくる。
「よし! 今日の仕事終わり!!」
デスクワークをしていたその背高の男性は小気味良くENTERキーを押すと、背もたれのついた椅子に思い切り寄りかかり、背伸びをする。
「そっちの調子はどうだい? 相棒!」
背高の男性は一度深呼吸すると椅子の背もたれに腕をかけ、隣で同じくデスクワークをしていた猫背の女性に馴れ馴れしく声をかける。
「誰が相棒だ。私はお前を相棒と思った事は一度も無い」
辛辣な言葉を投げ掛ける猫背の女性。パソコンとにらめっこしながらキーボードを打ち続ける。
「……もう少しで終わるから、ちょっと待ってろ」
猫背の女性は背高の男性にそう答えると、背高の男性はゆっくりと立ち上がり、猫背の女性の背もたれに寄りかかる様に手をかける。
「もー、早くしてよ? 君の居ない部屋に独り帰るなんて寂し過ぎるから」
「殺すぞ……?」
背高の男性の言葉に暴言を吐きつつも、頬を赤く染める猫背の女性。ふたりはこれでもしっかりとリア充を満喫していたりする。
「それにしても、まさか定時で上がれるなんてねぇ、何の奇跡かな? 嫌な事が起きなければ良いんだけど」
「お前、何で余計なフラグ立てやがんだ? 首締めるぞ……?」
猫背の女性は言うが早いか右手でブラインドタッチしながら、余った左手で背高の男性のネクタイを胸元まで引っ張り下ろす。
「…………ちょっ……締まってるん……締まっ……」
「五月蝿ぇ……私が仕事終わるまで、黙って側にいろ……」
猫背の女性は耳を貸さずに、そのまま右手のキーボードを打つ速度を速める。
最後のENTERキーを押すと猫背の女性は掴んでいたネクタイごと素早く立ち上がる。と同時に、再び首を締め上げられる背高の男性。
「……ほら、仕事終わったぞ……何やってんだ? 死にそうな顔して」
「……ネクタイ……離して……くれない……?」
「……ああ……」
……猫背の女性は、気づいたかの様に背高の男性のネクタイを離すと、背高の男性はだらしなく床に尻餅をつく。
「……し、死ぬかと思った……」
猫背の女性は恥ずかしさを隠すように俯き、背高の男性に手を差し出す。
「……帰る準備ぐらい済ませておけ。ボケが」
「……君が首締めてたんだけど……」
……それでも背高の男性は、ゆっくりと立ち上がり所謂恋人繋ぎで彼女の手を取り……尋常ではない速さで仕事場を出て行った。
……その少しあとだった。仕事場に、上司が入ってきたのは。
「あれぇ? あのふたり、どこ行ったんだ? 別部署の仕事、頼もうと思ってたのに」
息急ききって、会社をあとにするふたり。見事、残業から逃れることに成功した。