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彼女が聖女になった理由(ワケ)  作者: 山川空海
ケット・シーと勇者の剣
14/15

晩餐

 二人は連れ立って店を出た。

 外は、陽が落ちると身震いする位に気温が下がる。

 しかし、ジャスパーは相変わらず袖の無い服を着ていた。


「寒くないの、ジャスパー」

「ああ、別に。鍛えてるからな」

「そ、そう」


 お前も鍛えろなどと言われない様に、ヒスイは話題を変える。


「その像、持ち歩かなくても良いんじゃないかと思うんだけど」

「これか?」


 大事そうに四六時中背負っているし、細長い形をしているしで、英雄の剣ではないかと疑ったヒスイだ。

 更には、ジャスパーが英雄の神木から選ばれた勇者なのでは、とまで考えていた。

 その推測は見事に外れたが、森で彫像を拾ったと言う彼が、何故それを持ち歩いているのかは謎のままだ。


「重そうだし、お店にでも飾っておけば良いのに」


 ジャスパーは口角を上げる。


「確かに重いな。だから身体を鍛えるには丁度良い」


 どうやら、話題を変えようとした筈が、変える事が出来なかったらしい。

 ヒスイが困っているのを気にも留めず、ジャスパーは続けた。


「それに、こいつの持ち主が、いつ現れるか分からないしな」

「持ち主?」

「そうだ。落ちてたって事は、落とした奴がいる筈だろ。それを探してるんだよ。それらしい奴がいた時、持ってれば直ぐに見せられるだろ」


 それらしい人を見付けたら、店まで連れて来れば良いだけの話ではないのか。

 ヒスイはそう思ったが、ジャスパーは違うらしい。


「持ち主が、人間とは限らないしな」


 思いもよらないその言葉に、ヒスイは顔を上げた。


「そっか。森で拾ったなら、魔物が落とした可能性もあるのよね」


 魔物とは、人間以外で魔力を持つ生物の総称である。

 魔力の作用で、大きさが桁違いだったり、成長の早さが異常に早かったりする生物もいる。

 ヒスイが森へ返した黒猫が、正にそれだ。

 マンティコアやコカトリスの様に、普通の生物では考えられない容姿の生物もいる。

 中には魔法を駆使し、高い知性を備えた輩も存在する、などと言う伝説もある。

 英雄の神木が本当の話なら、ヒスイ達が知らないだけで、悪魔や邪神もいるのだろう。

 そう言った輩が彫像を持っていたとしても、何ら不思議は無い。


「それで、いつも森に行ってるのね」

「まあな。それもあるが」


 ジャスパーは空を仰ぐ。


「森は、居心地が良いんだ。他の奴等は恐ろしい魔物がいるからって近寄ろうとしないが、魔物にだって色々いる。人間を食べる奴等ばっかりじゃないんだぜ」


 釣られて、ヒスイも空を見上げた。

 そこに輝く星達の美しさに、目を細める。

 ジャスパーの言う事は、本当なのだろう。

 恩返しをしてくれた黒猫に、それを届けてくれたケット・シー。

 そんな生き物が、森の中にはきっと、他にもいるに違いない。


「そんな事を思う俺も、実は人間の姿をした魔物かも知れねえけどな」

「やだ、それ笑えないわ」


 そう言いつつも笑ったヒスイは、石畳の段差に足を取られる。

 バランスを崩して前に倒れるヒスイの身体を、ジャスパーが抱き留めた。


「おいおい。気を付けてくれよ、お嬢さん」


 彼の太い腕に救われたヒスイは、しかし妙な表情をしている。


「どうした?」


 ジャスパーが聞くと、ヒスイは慌ててジャスパーから離れた。


「あ、ありがとう」

「いや、大丈夫か?」

「うん。あ、うち、そこだから。送ってくれてありがとう、じゃあお休みなさい!」


 早口でそう言ったヒスイは、くるりと踵を返して駆け出す。

 そして二軒先の家の戸を開けると、振り返って手を振り、中へ入って行った。

 手を振り返したジャスパーは、その手を下ろさぬまま首を捻る。


「俺、何かやらかしたか?」



 ***



 翌日。

 バル・キングフィッシャーには、不機嫌なジェイドと、それを宥めるジャスパーの姿があった。


「だから悪かったって。次からは、メモの一つなりドアに貼っとくから」

「ええ、是非そうしていただきたいものです。お陰様で、大騒ぎでしたから」


 ジャスパーがヒスイと店を出てからジェイドが店に戻るまでの間に、一人の客が店に現れた。

 週に一度は顔を見せるその客は、いつも出迎えてくれる二人がいない事を不審に思い、たまたま見回りで外を通りかかった衛兵を呼び止める。

 その衛兵もたまたま店の馴染みだった為、近隣の住民に声を掛けて情報提供を呼び掛けたのだ。

 人当たりが良く、良い印象しかないジェイドと、いつの間にか店に居つき、客と仲良く酒を酌み交わすジャスパーが消えたとあって、ご近所さん達は色めき立った。

 そこにたまたま自警団の団長も居合わせたので、団員が集められ、捜索が開始されようとしていた。

 騒ぎに気付かぬまま店に戻ったジェイドは、その光景に唖然とする。

 呆気なく解決した事件に、初めの客も衛兵も自警団もその他ご近所さん達も、胸を撫で下ろすと同時に、店を空けるなら何故一言言わないのかと不満を露わにした。

 その場を収める為、ジェイドはその場にいた全員に、酒と料理を振る舞う羽目になる。

 程無く戻ったジャスパーは、勿論彼らと共に呑み騒いだ。

 店内はこれまでに無い程の盛り上がりを見せたが、ジェイドの表情がこれまでに無く冷たかったのも事実である。


「お陰様で店は今月、大赤字間違い無しです。ただでさえ、一人分の酒代回収の目処が立たないのに」

「いや、ホント悪かったと思ってるから」


 ジャスパーが謝り倒している所にヒスイがやって来て、目を丸くした。


「こんにちは。どうしたの、店の中が大変な事になってるけど」


 店の中はまだ酒瓶が転がったまま、料理も食べ散らかされたままだ。

 普段ならジェイドがこの惨状を許さないが、今日はジャスパーに片付けさせようと放っておいた。

 しかし、明け方まで騒いでいたジャスパーが今し方目を覚まし、今に至る。

 ジェイドは氷の様な目でジャスパーを見遣った。


「大丈夫ですよ。これから彼が綺麗にしてくれるので」

「あ、ああ。今から片付けるよ」


 ジャスパーは立ち上がると、その辺に散らばった酒瓶を拾い始める。

 それを少し気の毒そうに眺めてから、ヒスイはジェイドに目を遣った。


「何があったの?」

「彼が君を家まで送っている間に、ちょっとしたトラブルがありましてね」

「そうなの? やっぱり送ってもらわなきゃ良かったかしら」

「君が気にする事ではありません。彼がメモの一つも残して出ていれば、防げた事ですから」

「でも、あなたも向こうに行ったきり戻って来なかったじゃない。一体何をしてたの?」

「君のお父様に、先日のお礼をと思って酒を探していたんです。珍しい種類のものなので喜んで貰えるかと。貯蔵庫に置いておいた筈が、見付け出すのに手間取ってしまって」

「父さんに?」


 首を傾げたヒスイに、ジェイドは頷く。


「見付けて戻ったら騒ぎになっていて、結局その酒も空けられてしまいましたが」


 残念そうに酒瓶の一つを目で捉えたジェイドは、肩を竦めた。


「また改めて、お礼に伺うと伝えてください」

「うん、分かったわ」


 言ってから、ヒスイは何かを思い付いた様に声を上げる。


「そうだ、昨日のコカトリスの肉」

「ええ、捌いてありますよ。持って来ます」

「じゃなくて、あれを料理して、父さんに食べさせてあげたら良いじゃない」


 その思い付きが余程気に入ったのか、手を胸の前で合わせたヒスイは満面の笑みを溢した。


「父さん、ジェイドの手料理また食べたいって言ってたし。ナイトも、あの肉を私が料理して変な味になるより、ジェイドに美味しくしてもらった方が嬉しいだろうし。ね、良いでしょう? 私も手伝うから」


 呆気に取られていたジェイドは、余りに楽しそうなヒスイに思わず微笑む。


「分かりました。お父様のご予定は?」

「明日は仕事、休みだって言ってたわ」

「明日ですね、折角なので貸し切りにしましょうか。手伝うなら、朝早く来てくださいよ」

「ありがとう!」


 ヒスイは、ジェイドに抱き付かんばかりに飛び上がるが、すんでの所で思い止まった。

 頬を赤らめて、片付けに勤しむジャスパーに目を向けると、腕捲りをする。


「それじゃあ、私はジャスパーを手伝おうかしら」

「そうですか。では、私は奥で仕込みをして来ます」


 踵を返すジェイドの頬もまた、赤くなっていた。



 ***



 次の日、初めてバル・キングフィッシャーに足を踏み入れたリチャードは、感嘆の声を漏らした。


「こりゃあ、雰囲気の良い所だな。酒の品揃えも良い。旨い飯も食える。最高の店だ」

「いらっしゃいませ! ね、来てみて良かったでしょう」


 出迎えたヒスイは、何故か自慢げだ。


「お前の店じゃないだろうが」

「良いじゃないの。私も料理、手伝ったのよ。ほらほら、こっち」


 テーブル一杯に料理が並べられている。

 全てコカトリスの肉が使われたものだ。

 茹でた身をほぐして野菜と和えたサラダに、塩を振って焼いたステーキ、薄く衣を付けて揚げ焼きにしたカツ、屑肉を一口大に纏めて素揚げし餡をかけたもの、皮をパリパリに炙ったもの、骨から出汁を取ったスープ。

 辺りを漂う良い匂いに、お腹の虫が鳴く。


「今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 ジェイドが丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、こんな旨そうな料理を作って貰って、ありがとう」


 そう言ってからリチャードは、ジェイドの横に立つ見知らぬ男に目を向ける。


「ええと、君は」

「俺はジャスパー。ここで厄介になってるんだ」

「ただの穀潰しですよ」

「ちょ、酷えな」


 二人の会話に笑いながら、リチャードは納得した様子で頷いた。


「君がジャスパーか。ヒスイから話を聞いてるよ。力が強いんだってな」


 横倒しの大きな馬車を一人で復元した事が衝撃的だったヒスイは、父親にその事を話していた。

 ジャスパーは、それ程でも、と頭を掻く。

 促されて椅子に座ったリチャードに、ジェイドがグラスに酒を注いで渡した。


「先日は猫を預かる事に了承をいただき、ありがとうございました。お陰様で、森に返した後もしっかり餌を自分で獲れている様です」

「いや。猫の世話をしたのは娘だし、家の事はお前さんがやってくれたし、俺は何もしちゃいないよ」

「あの家はお父様の家ですし、見守ってくださっただけで有り難いです」


 リチャードは、はにかむ様に笑うと酒を受け取る。


「皆んなも食べるだろ。座ってくれ」


 その言葉を受けて、三人も席に着いた。

 その日は二日前とは違い、和やかな晩餐であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジャスパーがただの筋肉かと思っていたら、妙な収集癖のある筋肉だった?!(全部変態につなげたがる) それでもって、ジェイドは動物を拾う癖があったようで。毛が無い動物に興味がないなら、筋肉のあ…
[一言] ご主人に獲物を持って来るのは猫の習性ですもんね。かわいいナイトと、ぶれないジェイド。彼が恋愛できる日はくるのかしら。ヒスイが猫化すればあるいは……? ちょっとしたトラブルも、お酒を共にすれ…
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