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彼女が聖女になった理由(ワケ)  作者: 山川空海
シャ・ノワールと少女の涙
11/15

別れ

 食後再び自室に戻り、遊び疲れて寝てしまった猫を枕に、自分もウトウトしていたヒスイは、部屋の戸を叩く音に起こされた。

 開けると、ジェイドが立っている。


「そろそろ、行きますよ」


 頷いてから、彼の様子が明らかに疲れている事に気付いた。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」

「何かあったの?」

「何もありませんよ。ほら、あの子を起こしてくれますか」


 納得は行かないが、言いたくないのなら仕方が無い。

 ヒスイは猫を起こしにかかった。


「ナイト、お外に行くよ。起きてー」

「……」

「ナイトー」


 顎を叩いたり耳を引っ張ったり、脇をくすぐってみたりしたが、猫は中々起きてくれない。

 ヒスイは奥の手を使った。


「ナイト、ご飯だよ」


 飛び起きた猫は、キョロキョロと辺りを見回す。

 そしてヒスイを見付けると、グルグル喉を鳴らした。


「起きたね、偉いわ。お外に行こうね」


 二人は猫を連れて家を出る。

 外は肌寒く、空を見上げると半分程は雲に覆われて、その隙間から三日月が顔を覗かせていた。

 ヒスイの家は、街を囲む城壁の東西南北にある門の内、東門に近い場所にある。

 東門は魔物が出現する森に面している為、警備は厳重だ。

 どう魔物を連れて出て行くのかと聞けば、眠ってもらうと答えが返って来た。

 今夜警備に就いているのは、どうやら三人である。

 当然、彼等の目は爛々と冴えている様子だ。


「あの三人を、どうやって眠らせるって言うの」

「まあ、見ていてください」


 そう言って笑うジェイドの手には、氷の塊が三つ浮いている。

 三人の男達目掛けて飛んで行ったそれは、それぞれの頭上で霧の様に砕け、身体に纏わり付いた。

 男達は声を上げる事も無く、その場に文字通り凍り付く。


「もう大丈夫ですよ、行きましょう」

「本当に大丈夫なの、あの人達」

「ええ、朝には氷も溶けて目を覚まします」

「それなら、良いけど」


 凍った見張りの脇を通りながら、ヒスイはご愁傷様、と呟いた。

 街を出た二人と一匹は、森へ向かう。

 一時間も歩くと、森の端まで辿り着いた。

 鬱蒼とした森は、夜に見るとその不気味さを更に増す。

 ヒスイは寒いのか恐ろしいのか分からないまま、自分の腕を抱いた。


「この辺りで良いでしょう」


 ジェイドに頷いてからヒスイはその場にしゃがみ、猫を撫でる。


「ナイト、前から言ってたけど、ここで私達とはお別れよ。もう自分でご飯を捕まえられるんだし、一人でも大丈夫よね」


 猫は分かっているのかいないのか、喉をグルグル鳴らしてヒスイの頬に頭を擦り付けた。

 ヒスイの目に涙が浮かぶ。


「ごめんね。私も本当はずっと一緒にいたいんだけど、魔物は街にいてはいけないの。あなたは森で暮らすべきなのよ。ここには仲間もいるし、あなたならきっと、楽しくやって行けるわ」


 ヒスイは猫を抱き締めた。

 その目から、とうとう涙が溢れ出る。


「元気でいてね。森から出たり、人を襲ったりしたら駄目よ。後、森で困った人を見掛けたら、助けてあげてね」


 猫は、口を開けてモゴモゴ何かを呟いた。

 何か喋ったのか、それとも唸り声を上げただけなのか定かでは無いが、ヒスイにはそれが了承の返事に聞こえて目を丸くする。


「良い子ね、ナイト。ちゃんとお返事出来るのね」


 ヒスイが更に強く抱き締めると、猫は再び喉を鳴らした。

 しばらくそうしていたヒスイは、やおら立ち上がって涙を拭く。

 そして森の奥を指差し、猫に向かって眩しい笑顔を見せた。


「行って、ナイト」


 猫は一つ瞬きをすると、ヒスイから離れて歩き出した。

 ヒスイの言い付け通り、真っ直ぐ森の中へと向かう。

 やがて、その姿が木々に隠れて見えなくなると、腕を下ろしたヒスイは俯いて言った。


「元気でね」


 ヒスイは顔を歪め、横にあったジェイドの服の裾を掴む。

 ジェイドがその髪を撫でてやると、ヒスイは堰を切った様に声を上げた。

 目を瞑って、ジェイドの胸に頭を押し付ける。

 彼は優しくその肩を抱いてくれた。

 嗚咽が収まり、呼吸が落ち着いても、彼はヒスイを自分から引き剥がそうとはしない。

 その温かさと心地良さと、妙な胸の高鳴りに、ヒスイは開いた目を再び閉じた。


「あの子、大丈夫かな」

「大丈夫です。魔物は丈夫な生き物ですから」


 優しい声がくっ付けたままの頭からも響いて、くすぐったい。

 ヒスイは思わず顔を上げた。

 そんなヒスイの頬をそっと指で拭って、ジェイドが言う。


「君は、もう大丈夫ですか」


 ヒスイが頷くと、その身体がようやく離れた。

 それが何故か酷く寂しく感じられて、ヒスイは思わずその手を伸ばす。

 服の袖に触れられたジェイドが、こちらを向いた。

 暗がりを照らす月の光を受けて、銀の瞳が輝く。

 心臓が、掴まれた様に跳ねた。

 驚いて、ヒスイはその手を離す。


「どうしました?」

「あ、いや」


 狼狽えながら自分の腕を掴んだヒスイは、必死で息を整えた。


「何でもないの」


 その答えに一つ瞬きをしたジェイドは、ジャケットを脱いでヒスイの肩に掛ける。


「冷えますね。そろそろ帰りましょう」


 踵を返したジェイドの後を、ヒスイは赤い顔で追いかけた。

 先を行くジェイドの顔もまた赤かったのだが、彼女の位置からそれは見えない。

 月がそんな二人を、静かに照らしていた。



 この時、森に返された猫はやがて、牛程の大きさにまで成長する。

 大人になった猫は、後に勇者となる人物を助け、勇者の騎士(ナイト)として語り継がれる事になるのだが、それはまた、別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] ナイト……しんみりしました。ヒスイは徐々に目覚めつつあるようで。かわいいです。夜のデート、いいですね。そして勇者が出てくるのですか!? ナイト、かっこいいですね!
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