プロローグ
「聞いたかい。新しい仲間のこと」
夕暮れ近くの小高い丘のてっぺんに、男が四人、地上を見下ろすようにして立っている。和服に洋装、はてはスウェットというバラバラの服装に、背丈も髪の色も違えば、年齢も違う。唯一見つかる共通点といえば、彼らの腰にぶらさがった武器か。全員が大小さまざまな刀を腰に差している。そのうちの一人、左端のオッドアイの青年によって投げかけられた言葉に、少し前までの喧騒が嘘のように静まり返った。
「そう……」
肩まである黒髪の少年が表情を変えずにマフラーを鼻先まで引き上げた。
「半年ぶりじゃない? 珍しいこともあるんだね」
「このタイミングでってのが気になりますね。どう見ても偶然じゃないでしょ」
そう推測してみせたのは、黒いスエットの上下を着た金髪の青年だった。一見すると遊び人風にしか見えないが、その表情は至って真面目だ。
「こればっかりはしかたないとはいえ、今回もずいぶん急な召集でしたし」
「ああ……最近多いね。疲れるのに」
「来世さんはそればっかですね。とはいえ、新しい仲間が来たのなら今よりはマシになるんじゃないですか。そう考えたら、新人もいい時に来てくれたって気がして――」
「ふん。……まるで鶏と卵だな」
それまで話に加わらず、少し離れた場所から丘の下を見下ろしていたポニーテールの男がぼそっと呟いた。
「……どちらにせよ、俺たちには関係ない話か」
「珍しいね。重厚のほうから話に入ってくるなんて。新人が気になるの?」
黒髪の少年が少し意外そうな顔をする。
「関係ないってことはないんじゃないですか?」
金髪の青年もすかさず口を挟んだ。
「まだですよね、新人の配属先の発表。ひょっとしたら、うちの隊に入るかも――」
「ありえない話だ」
「その自信はどこから?」
「予想がつくだけだ」
「予想?」と金髪に代わって黒髪の少年が聞く。
どういうわけだかポニーテールの男は言葉に詰まった。勢いよく口を開け、何かしらの言葉を言いかけるが、急に思い留まったように口を閉ざす。言いたい言葉は確かにそこにあるのに、それを言ったらいけないと理性で抑えているかのようだった。それでも、二人の問いかけるような視線が途切れないとわかると、けっきょく男は観念した様子で口を開いた。
「……別にたいしたことじゃない。ただの予想だ。大方、新人の配属先は情二さんのいる一番隊か、エリート部隊と名高い四番隊のどちらかだろう。間違ってもうちの隊にくることはない。理由? 我らがお荷物三番隊には、既に才三さんがいるからだよ」
「え? ここで俺の名前?」
それまで微笑ましそうに頷きながら成り行きを見守っていたオッドアイの青年が驚いた声をあげた。何かの間違いではと言いたそうに自分を指差す。しかしポニーテールの男は何も言わず、黒髪の少年と金髪の青年は互いに顔を見合わせ、やはり黙ったままその視線を青年に向ける。誰も何も言ってくれず、そのうえみんなして自分を見つめるので、青年は居心地悪そうに頬を掻いて苦笑した。
「そんなふうに見つめられると恥ずかしいのだけど……ええとそうだね……言いたいことはあるけど、とりあえず、この話の続きはあとにしても構わないかい? そろそろ時間のようだ」
前方を向いた青年が、何かに気づいたようにその色違いの瞳を細める。
「というより、ちょうどだね」
その言葉と同時だった――突然の地響き、地割れを思わせるような激しい大地の揺れに、早送りするように空が夕暮れから夜へと切り替わる。瞬く間に辺りは闇に呑まれ、後方からの唯一の明かりが再び世界を光の下に置く。丘の下では、湿った不気味な風が草原を静かに波立たせていた。昼間見た時は草原に流れる黒い川のようにも、無数に枝分かれし、大地に広がる黒い根のようにも見えたが、今では鈍色に光り、血の赤色へと変化したため、大地がおびただしい量の血を流して傷ついているようにしか見えない。
そこから、赤い地面を割って灰色の手が幾本も現れた。瘡蓋だらけのおぞましい腕が数え切れないほどたくさん地面を破った。それなのにまだ増え続けている。止まらない。
丘の下はあっという間に歩く異形の者たちで溢れかえった。
「あいかわらずゾッとする見た目ですね。夢喰いってのはどこもあんな感じなんですか」
金髪の青年が感心とも嫌悪ともつかない感想をもらす。黒髪の少年が頷いた。
「ゾンビっていうらしいよ。噛まれたら仲間になるとか」
「どうりで。……急に親近感が湧いてきましたよ」
「みんな準備はいいかい」
オッドアイの青年が腰に差した日本刀らしき刀に手をかける。それを合図に、黒髪の少年と金髪の青年もそれぞれ腰の刀を抜く。ポニーテールの男だけ動かない。
「……重厚?」
オッドアイの青年が名前を呼ぶ。
「それは納得いってないって顔だね」
「……聞きました」
ポニーテールの男が俯いてぽつりと言う。
「何がだい?」とオッドアイの青年がやさしく問いかける。
「新人のことです」
「というと?」
「誤魔化さないでください。久しぶりの新人は珍しいけど、別の意味でも珍しいそうじゃないですか。――なんでも、自分たちとは違うそうじゃないですか」
意を決したように顔を上げ、告げられた言葉に息を呑む気配がした。黒髪の少年は大きな目を丸く見開いた。金髪の青年は信じられないという様子で「まさか……ありえない」ともらした。ポニーテールの男でさえ自分の言葉に傷ついたように震える拳を握る。みんな動揺していた。その中でただ一人、オッドアイの青年だけが平然としていた。
三人の視線が黙ったままの青年に向けられる。みんな次の言葉を待っていた。
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
やがて、オッドアイの青年が言った。
「心配いらない。仮にそうだったとして、そうなったとして、彼は君たちとうまくやれるはずだから」
「何を根拠に……」
「うん、実は昼間彼と会ったのだけどね」
その時のことを思い出したかのように、青年はくすりと笑う。赤く燃える一本の蝋燭のように輝く塔を背に、オッドアイの青年は空に向かって両手を広げてこう言った。
「驚いたよ。なかなかどうして、彼も根が深そうだ」