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腐れ外道の城  作者: 詠野ごりら
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戦国英雄伝

       井藤砦


 「いけぇぇい!」

 黒田三郎兵衛則久が絶叫ともいえる雄叫びを挙げると、それを合図に雑兵や侍が小高い丘のを目指し、斜面を駆け上がって行く。

 斜面の先、標高三十メートルほどの頂上には砦が築かれている。

 砦は簡易的な構造ではあるが、丘の稜線をなぞるように板塀が打ち付けられていり、その西端と東端に物見台があって、そのほぼ中心部に櫓組の建造物がある急ごしらえとはいえ、かなり本格的な砦である。

 それを目指し男どもは自らと周囲を鼓舞するように叫び、吠え、息を弾ませ砦を攻略せんと登って行く。

「怯むな行け!行けぇ!」

 この砦奪取を任された総大将、黒田三郎兵衛則久は小柄な躯の底から野獣のような声を発しつつ、緩やかな斜面までは馬上で指揮を執り、急な上り坂にさしかかると下馬馬し、自らも前線に駆けだして行った。

「三郎兵衛様、おやめ下され!大将が撃たれてはどうにもなりませぬぞ!」

 三郎兵衛の側近、栗原十吉がたしなめるが、三郎兵衛は意に介さず、指揮棒を振るい、斜面を進む。

 その姿に奮い立ち、周りの兵が我先に丘を登って行く。

 斜面がもう一段階急になり、弓矢の射程内に入ると、三郎兵衛は兵の中段まで下がり前線に指示を出した。

「薪枝を前へ!」

 その指示で、「薪枝」と呼ばれる干した藁に細い木の枝を巻き付け、人一人が隠れるほどの太さにした「盾」が前線に運ばれ、それが整列し、動く城壁となって緩やかに兵団は登頂して行く。

 その間も敵からの矢玉は雷雨のように、三郎兵衛たちに降り注いでくる。

 このような場合、攻める側の三郎兵衛側は圧倒的不利である。

 何故ならこちらは、山頂を目指しつつ移動しながら不利な姿勢で弓矢を射らなければならず、一方砦側から見れば敵は恰好の的なのである。

 砦側の攻撃で怪我人や死人が出始めると、自然と攻める足が鈍る。それを見越したかのように三郎兵衛は短い槍を杖にして兵団の前列近くまで上がり、敵側を挑発し始めた。

「この黒田三郎兵衛に矢を当てて見よ!我が殿本田忠康を裏切り、土地を掠め獲ろうとするような外道の矢など儂等精鋭に当たる気骨などあるわけがない!今宵その砦に首を転がされたくなければ、今すぐ降伏せよ!さすればこの黒田三郎兵衛が忠康様に取りはからってやるぞ」

「三郎兵衛様!いい加減になさって下され」

 十吉は叫ぶように懇願するが、その視界には信じられない光景があった。

 なんと敵の矢が、まるで意思を持っているかのように三郎兵衛を避け、中には三郎兵衛の前で失速して落ちる矢もあるのだ。

 この男は多聞天か阿修羅の化身か、十吉は我が主君ながら、目の前の男から発する波動に身震いを覚えた。

 敵も味方も皆三郎兵衛に怯む中、なおも敵を威嚇し続けた。

「よく聞け!貴様らの腐れ主君、井藤十兵衛は、我が殿忠康様から平野の土地を拝命されたにもかかわらず、その恩を踏みにじり、反旗を翻した腐れ下郎ぞ!貴様等はその砦を井藤砦などと呼びいい気になっているようだがこの丘も、その先にある平野城も忠康様のものなのだという事を忘れるな!」

 三郎兵衛は平素、中年農夫のような見てくれで、温厚で物静かなのだが、こと戦場に立つと人が変わり、口汚い言動が喉の奥からあふれ出る男なのだ。

 その口汚い罵りに触発され、敵兵の一人が合いの手のように敵をのの知り始めた。

「そうだそうだ!そんな砦ワシ等がぶん取って、黒田砦にしてやるわい!」

 それをきっかけに三郎兵衛隊がワッと沸き立ち、ジリジリと歩を進め、攻撃にも勢いを増し始めた。

 前進を続ける三郎兵衛隊を弓矢と投石が襲う。

「三郎兵衛様、敵の投石の範囲に入りましたぞ!ここは一端止まらねば」

「うむ!皆この場で迎え撃て!」

 戦国前期はもとより、戦国末期まで、鉄砲が登場した後でも、投石は飛び道具の主流であり続けた。

 投石は、弓矢や鉄砲より攻撃の連続性が保て、「弾」となる石は容易に確保出来るうえに、相手の戦意を喪失でき、さほど技術もいらず敵兵を殺傷可能な、優秀な武器なのである。

 三郎兵衛たちは、投石の射程範囲すれすれで踏みとどまり、応戦を続ける。

 これ以上前進をすれば、味方の損失が大きくなる一方、こちらから反撃をする余裕が無くなるのだ。

「くっ!甲四郎の奴め、しくじったか」

 十吉が苦い顔で吐き捨てる。

「十吉よ我が息子を信じるのだ、今頃甲四郎も必死に砦に取り付こうとしておるのだ」

 十吉の息子栗原甲四郎は、井藤砦攻略戦前日にみずから三郎兵衛に、丘の東側斜面から奇襲をかけるべきだと申し出ていた。

 しかし、奇襲をかける頃合いはとうに過ぎている。

 ここは奇襲が無いことも考えて戦略を練り直す必要があるだろう。

「やはりあのような小僧に任せるべきではなかったのです」

 十吉は歯ぎしりをしながら


  ×  ×  ×  ×  ×


 三郎兵衛が井藤砦に向かって前進を命じ、雄叫びを挙げるより数刻まえ。

 栗原十吉の息子、甲四郎は三郎兵衛の家来で、五十半ばの加藤甚六と十人ほどの足軽を伴い、東側の斜面を登り初めていた。

 井藤砦のある小高い丘は、変わった形状をしていて、なだらかな丘の稜線は、東側の端で突然切り崩されたような断崖になっている。 そのほぼ垂直ともいえる絶壁を、甲四郎達は登頂しなければならないのだ。

 斜面近くに来ると、甲四郎は崖登りなど稚児の頃から慣れ親しんだ遊びだ、と高をくくっていた自分を恥じた。

 足場となる土は軟らか、しっかり踏み固めながら登らなければならず、その中に混ざっている小石が尖っていて足の裏に刺さる。

 そのうえ、手をかける草木も思いの外少なく、前進を阻んだ。

「甲四郎様、ここは彼奴らにならい具足を取りましょう」

 同行している足軽衆は皆崖の麓で甲冑類を捨てて、背丈ほどの短い槍を杖に苦も無く斜面を上がってゆく。

 それを見て加藤甚六は甲四郎に進言してくれた。

 加藤甚六は、昨夜甲四郎が崖を登頂し奇襲を仕掛けたいと申し出た時に、三郎兵衛がつけてくれた下級武士である、

 甚六は、息子ほど年下であり、ほぼ初陣に近い、齢十八の甲四郎に対し「甲四郎様」と呼び、出しゃばった真似や、自分の経験を押しつけるような事は決してtせず、寡黙に甲四郎に仕えてくれている。

 三郎兵衛が甚六をつけてくれた時、甲四郎は頑なにそれを拒んだ。

 甲四郎は、経験のない自分は、経験豊富な甚六の指示に従わざるおえなくなるのでは無いかと感じたのだ。

 だが、経験は無いが自信だけはある甲四郎の闘志を、三郎兵衛は摘んでしまいたくはなかった。

 三郎兵衛は、鼻息の荒くなっている甲四郎を諭すような目で見てこういった。

「甚六はな、儂が見てきた誰よりも我をわきまえ見本とすべき武士だ、けして出過ぎたまねはせん」

 そう言われても、甲四郎は納得のいかない顔で口を真一文字にし、無言の拒否を張り続けた。

 三郎兵衛は、はじめから東側斜面と中央突破の二面攻撃を考えていた。

 その東斜面の攻略には、甚六に三十ほどの兵を付け、守りが手薄な東側の見張り台を攻めさせようと考えていたのだが、甲四郎が持ってきた作戦は、三郎兵衛の考えていたそれよりも遙かに過酷で、実現が困難なものである。

 甲四郎の提案は、断崖を攻略し、手薄な東面から攻め崩すというものであり、しかも、使う兵は三郎兵衛の手持ちの者ではなく、普段山賊紛いの生活をしている足軽の中から、僅かな精鋭をつかうのだという。

 確かに砦側から、東の崖を登ってくる者を容易に発見することは容易ではないだろう、が、三郎兵衛は斜面の険しさを心得ている。

 思い悩む三郎兵衛の前に、甲四郎の父であり、三郎兵衛の右腕である十吉が進み出た。

「奇襲が無ければ砦は落とせますまい、よろしければわたしが甲四郎を伴い」

「いやそれには及ばん」

 三郎兵衛は十吉の言葉尻を遮ると、もう一度甲四郎の目を見た。

「その奇襲の件、甲四郎に委ねよう。だが儂とて重要な策に経験のない者をつけるほど甘くは無い、し損じることのないよう、相談役として、父を伴い行くのか、甚六を伴い進むのか決めよ」

 三郎兵衛は目の前の若者がどちらを選択するのか当然解っていた。


 崖の麓で具足を取りながら、甲四郎は甚六を見た。

 まだ年若い甲四郎に、甚六を付けてくれた三郎兵衛の配慮の全てに気づくことはできない。

 だが、甚六でなく父の十吉とここにいればこうも素直な心持ちで進軍は出来なかったであろうし、十吉ならすべてを自らの思い通りに動かそうとしていたことだろう予測はたっていた。

「間に合わせなければな、三郎兵衛様の為にも」

 甲四郎は素直な目で甚六を見て言った。

「さようですな」

 短い会話を交わすと、二人はふたたび崖を登り始めた。

 足軽衆等は手慣れたもので、短めの槍を射杖に、まるで平地を行くように斜面KJ:7012を蹴り上がって行く。

 それを甲四郎と甚六が息を切らせ追って行くかたちだ。

 戦国初期の足軽とは、謂わば傭兵のような組織で、大名や国衆などに雇われれば戦地へ向かう、地域社会から逸脱した集団で。

 日常は盗賊や山賊、沿岸地域では海賊のような暮らしで生計を立てているをしている粗野な者どもで、雇い主である領主や指揮をとる者に対してなんの忠誠心も持たない集団なのである。 

 だが、実際に足軽に接していると、乱暴な野獣のような集団では無く、仲間を思い集団を家族のように扱う、国という考えに縛られない、こりはこりで理想の集団のありかたなのではなかと、甲四郎は感じ始めていた。

 山頂付近まで辿り着くと、人が数人休めるほどの平地があり、甲四郎達はそこで休息を取る事にした。

 その間、足軽衆のい中でも身軽な者数人で斥候をたてていた。

 その中でもぐんをぬき小男で背中の丸まった「マシラ」と呼ばれている男が、渋い表情で休息地に戻ってきた。

「こりゃなかなか厄介な形をしとる山でゲスぜ」

 マシラは薄笑いを浮かべたような顔で言う。「厄介とはどういうことじゃ」

 甲四郎は険しい表情で返すと、額の汗を拭った。

「砦のある山がこう・・・ありやょ・・・」

 マシラは枝で地面に丘の形状を簡単に描いて見せた。

「この山が切れて谷になっとる所をアシらは登って来て、今、ココでげさぁね」

 マシラは崖の頂上付近を枝先でつついて見せてから。

「アシらはこのストンと落ちてる所を登りきれば砦の東側と地続きになってると思って登ってきやしたが、ココとココは」

 とマシラは崖の山頂と砦の東端を突き、その間に湾曲した窪みを書き足した。

「このように、繋がってねぇでゲスよ、アシらが遠くから見ていたココは、木が茂って一つに見えたって寸法で・・・」

「ではそこまで下りて砦を目指す」

「その考えはどうでゲショ・・・」

 マシラは地面に描かれた砦の東側を指し、丘の窪みのぎりぎりの所に砦の東の見張り台があり、そこから東側に取り付くにはまず、誰かが見張り台に攻撃を仕掛け、そのすきに砦に侵入しないと難しいだろうと説明した。

「栗原様、よろしいでしょうか」

 甲四郎のすぐ後ろでマシラの描いた「図解」をクソ真面目に見ていた加藤甚六がゆっくりと前に進み出た。

「私がこの崖の頂上まで行き、そこから見張り台を弓で狙います故、その間に甲四郎様は皆を連れ、砦をお獲り下さい」

 甚六はそれだけ言うと身を引き、小声で「弓の腕には多少自信があります故」と付け加えた。

 甲四郎は軽く頷き、足軽大将に「行くぞ」と小さく言い、立ち上がった。


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