不可解な男女交際
僕は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
聞き間違いかな?
「ごめん、よく聞こえなかった。もう一度お願い。」
「やから、好きやないって」
丈君は表情を変える事なく、今まで聞いたことのないくらい、まるで波の無い夜の海のような
冷たく、怖いほど落ちついたトーンで言い切った。
「何回聞いても変わらんで。」
「何で?」
これは、丈君と向き合っている身体、もとい御坂としてではなく、僕自身の気持ちで聞いた。
「いつから?」
「いや、いつからも何も…そういう契約やろ。俺らの関係は。」
分からない
分からない
分からない。
話せば話すほど、謎が増えていく。
何だよ、契約って
男女の付き合いに、そんな事務的な言い方、ありえないだろ。
じゃあ御坂も?本当は丈君のこと好きじゃないってこと?
「あれから一年やんなぁ、ホンマ早いわ。」
え、君たちそんな長いこと付き合ってたの?
僕は今日までの一年間、ずっと隠されていた事実にショックを受けた。
「…早いね」
抜け殻のようになった僕は、言われた事をただ繰り返す。
「せやで、ホンマ。まぁ俺らあんまり会ったりせえへんかったからなぁ。」
「奈良橋にどこまで言ったん?」
どこまでの意味が分からないが、キスとかそういう行為とかのことを言っているのか?
だとしたら、何にも聞いてないよ僕は。
聞きたくも無いし。
「…付き合ってるって事くらい。」
しか聞いてない。
「ほぉ、ほな何を相談したんや?」
「…秘密」
「そーかい。」
全然興味なさそうなのに、何で聞いたんだ。
「ホンマに言うてへんの?俺らの事」
だから、何が!
さっきから丈君は何をそんなに気にしているの?
僕に知られたらそんなにマズイ事な訳?
そこまで言われたら、気になるどころの話じゃねえぞ!
「うん」
僕はもう、次から次へと入ってくる情報で頭がパンクしそうになっていた。
しばらくして、
「ほんなら」
またな。と丈君は立ち上がり、あっけなく公園から姿を消したのだった。
僕は考える。
つまり丈君と御坂は付き合ってはいるものの、丈君に恋愛対象として見られていない御坂。ってことだよな?
なんだか字面にすると、とんでもなく丈君が最低な奴みたいな感じに思えるが、御坂はそれでもいいと了承済みって感じなのかな。
お互いが好き合ってない線も考えてみたが、そうすると二人に何のメリットがあるんだって感じだし、御坂の様子から見て、それはおおよそあり得ないと思う。
何故なら。幸せそうに、ジョーカ、ジョーカと言っている姿を僕は目撃している。
…もし違かったら僕は今度こそ、重度の人間不振になるぞ。
とにかく、当事者に話を聞くしかないよな。
僕は急いで、僕の家へ向かった。
…
「え!まだ帰ってきてない?…ですか?」
僕は自分の家なのに、インターフォンを押して、毎日顔を合わせている母親と、こんな風に会話する日が来るとは思わなかった。
「そうなのよぉ、ごめんなさいね。」
さっきお友達も来たんだけどねぇ、あの子ったら。そう言った母親の顔は、申し訳なさよりも興味本位の方が勝っているような表情をしていた。
「…」
丈君、家に来たのかな。
「ねぇ、あなた…もしかして」
「あの子とお付き合いしているのかしら?」
はいはい、そう来ると思ったよ我が母よ。
「はい。奈良橋君とお付き合いさせていただいてます、御坂めぐみと申します。」
僕は話の通りがスムーズになるように、敢えて嘘をついた。ごめん、御坂
「あんらまあ!こんな可愛らしい子がウチの子と!信じられないわぁ!何かの間違いじゃないかしらぁ。」
はい、間違いですよ。
あなたの息子は、こんな可愛らしい子とお付き合いしていません!
「さぁ、上がってお待ちになって!」
「あ、いえ、ただ忘れ物を届けに来ただけですので…また今度、もっと早い時間にお邪魔させてください。」
僕は咄嗟に、鞄の中に手を入れてテキトーに取り出す。
「これ…渡しておいていただけませんか?」
ピンクの音楽プレーヤーだった。
流石に無理があったか。
「あら、いつのまに買ったのかしら…まぁいいわ。帰って来たら渡しておくわね。」
母は再び、ニッコリと笑った。
母さん、頼むから詐欺とかそういう類のものにはくれぐれも気をつけてくれよな…。
あまりにもアッサリ信じる母が、僕は少し心配になった。
それでは。と僕は颯爽と僕の家から立ち去り、次の心当たりへと向かった。
閲覧ありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。
黒川渚