それぞれが抱えている嘘
「奈良橋、待たせたな。」
「丈君。…と、御坂…」
御坂と会うのは、一ヶ月ぶり
僕たちは、初めて三人が顔を合わせた公園で落ち合った。
厳密に言うと昨日の文化祭ぶりなんだけど、会話も無ければ、目も合わせていない。
だから久しぶりに対面して、僕は今までにないくらい緊張していた。
「何?」
相も変わらず御坂は鋭く僕を睨みつける。
その目線に狼狽えそうになるが、ここはぐっと踏ん張る
逃げちゃ、ダメだ。
「よ、呼んだ理由は…分かるでしょ?」
一つしかない。
「あの件なら、私の意見は変わらないから。」
御坂はピシャリと言い放った
そうだよな、じゃないと今も着信拒否されている理由がないもんな。
「…ギャル語、辞めたんだな。」
一人称も『私』になってるし、以前のチャラチャラした口調や雰囲気も皆無である。
別にどうでもよかったけど、引っかかった。心境の変化か?
「私、元々ギャルじゃないから。丈翔がギャル好きって言ったから、してただけ。…それも嘘だった訳だけども。」
え?
「丈君ギャル好きなの?」
「やから、違うって嘘や言うたやろ今。」
「あ、あぁ」
作っていたのかあのキャラは。
すごいな、好きな人の為なら変われるとはよく言ったものだけど、ここまでとは。
「丈君のこと、…本当に好きなんだね。」
「だから、ずっとそう言っているじゃない。」
気のせいかも知れないけど、丈君の表情が一瞬曇ったような気がした。
「でも、身体は返して欲しい。流石に。…もう、結構限界なんだよこの生活。」
「元に戻っても、また三人とかで会えばいいだろ」
「何で三人?アンタはいらない。それに私は今が一番幸せ。」
僕、すっかり嫌われちゃっているな。
「さっきから聞いてりゃ、私、私って…自分のことばっかやん。奈良橋の気持ち、少しくらい考えられへんのか?お前は…
「いいんだ?」
御坂の横合いから入った、何かを確認するような言葉と目線が、丈君を止めた。
…え?何が?
もしかして、丈君、何か隠してる?
「ねぇ、それってどういう…
「なんでもないで。…彼氏なのに私にそないな事言うてええんか?…みたいな意味やろ?メグ」
御坂は今の丈君の言葉に、ニヤリと笑った
僕でも分かる。
今のは多分嘘だ。
何?
丈君は僕に心配をかけまいと、明るく振る舞った。
「とにかくや。自分の身体は自分だけのモノなんやから、あるべき姿に戻るんが普通やろ。…まぁ奈良橋は美少女から冴えない男に戻ってしまう訳やけども…」
「誰が冴えないって!」
分かってるから、言われなくても!
まぁ、今のはピリッとした空気を一新するための、丈君なりの冗談だと思うので、僕も乗った。
「…非常に残念ではあるけど、僕は冴えない僕に戻りたいです。」
自分で言っていて悲しくなってくる
「別に冴えなくなんかないよ」
意外な事に、そんな僕への励ましの声とも取れる言葉を発したのは、御坂だった。
「奈良橋君、今までおしゃれとか無縁だっただけでしょ。身だしなみある程度気にして、明るく振る舞えば、普通にモテると思う。一ヶ月この身体で過ごして、実感したことだけど。」
「アンタが、私の身体を活かしきれていないようにね。…自分次第って訳。」
妙な説得力があった
そう。僕は今、御坂の姿形をしている訳だけれども、その通りである。
以前のようなヘアアレンジや化粧などをするわけもなく、することと言えば、顔を洗っただけで少し乾燥した肌に、髪をとかして下の方で一本結びにしただけの有様である。
正直それでも、十分可愛らしいんだけど、元本人が言うんだからきっとそうなんだろう。
「ごめん。」
何故か謝ってしまった
「別にいいよ。これからはアンタの身体なんだから、好きにすればいい。私には関係ない。」
「いや、だから!
僕が声を荒げて反論しようとしたら、またも御坂のハッキリと通った声により遮られた。
「仮に」
「元に戻るとして、どうやって?何か算段でもあるわけ?」
「あるよ。」
「前に言った、入れ替わる方法の話の続き。」
「あ、そういえば二人どうやって入れ替わったん?」
そっか。御坂、僕の気持ち丈君に黙ってくれてたんだ。
「今は、いいから。…時間もないし後でね。」
丈君に知られるわけにはいかないので、僕は話を戻そうとする
「だから、その条件は満たしてないって前に言ったよね?私。そんなの…
「僕は君を信用していない」
今回は僕の方が御坂の言葉を遮った
「君は僕に嘘をついたし、一ヶ月の間にこれだけの仕打ち…信じられる訳がないだろ?」
「え?どゆことなん?」
「丈君は黙ってて。」
「だから僕は
君の言葉を信用しない。自分が正解だと思ったことをやるよ。そこには」
少ししょんぼりした目をした丈君と納得のいかない顔をした御坂を前に、勇気を振り絞った。
「お互いの恋愛が成熟したら、元に戻るって…書いてあった。」
僕は言った
そのかなり厳しげな条件を。
「…それって、メグと奈良橋が両想いになるってこと?」
丈君は大きな目をさらに丸くして、僕に尋ねた。
「違う。…それでも条件は満たしているのかも知れないけど、絶望的だろ。」
「僕と御坂が、誰かと両想いになればいいってこと。」
「なぁんだ!どっちにしろ奈良橋君、絶望的じゃない。」
御坂はアハハと笑った
「メグ、いくらなんでも今のは奈良橋に失礼やぞ。謝れ。」
丈君が真剣に僕をフォローしてくれた。
「って言ってるけど、私、謝った方がいい?間違ったこと言ったかなぁ?」
ニヤニヤと僕を見る
この女、本当に性格が悪い。
嫌いな人には容赦なく攻撃してきやがる。
僕は、目の前の御坂と困った表情の丈君を交互に見た。
そう、間違ったことは言っていない。
目の前のこの人と、両想いになるなんて、絶望的だ。
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黒川渚




