ここからが始まり
僕は丈君の胸の中で、もうとっくに泣き止んでいるのだが、恥ずかしさ故に顔を上げられないでいた。
「…丈君、怒らないで聞いて。」
「ん、どないした?」
「制服に鼻水べったりついた。」
「ええよ気にすんな。」
「いやそこ怒る所でしょ!?」
意外すぎる反応に、僕はばっと離れてつっこんでしまった。
…あー。
今、自分でも一瞬にして赤面したのが分かった。
「ははっ、赤なっとるー!」
「泣いたくらいで、なーに恥ずかしがっとんねん。」
それで照れた訳じゃないんだけどな
改めて言われると、そちらも恥ずかしくなってきた。
ていうか丈君って、本当にみんなに優しいから、こんな事されたら誰だって恋に落ちるよ。
丈君で騒いでる女の子達相手だったら、コンマ一秒で告白でしょ。
「ホンマに奈良橋やんなぁ。」
丈君は大きな瞳で僕の上から下までじろじろと見る。
見た目は完全に御坂だもんな、そりゃ困惑するわ。
「でも、良かった。」
「えっ、何が?」
「最近の奈良橋、言われてみれば不自然極まりなかったもんな。突然のキャラ変に自己申告。俺、ホンマに何か悪いもんでも食ったんやないか思った。」
「…変な物食べてあんなにポジティブ人間になれるのなら、食べたいくらいだよ。」
「えー、やめてぇ、奈良橋はそのままでええんや。」
いい訳ないのは自分で分かっているけど、この場面における丈君のフォローは素直に嬉しかった。
なんていうか、人間が出来ている。
あ。
僕は大切な事を思い出した。
「ミポリンー!」
「何やいきなり、誰やそれ」
「さっき、たこ焼き代わりに焼いてくれてた子!僕…じゃなくて、御坂の友達で、さっき御坂と合流するって言ってたけ…今の事があったから一人で彷徨っている絶対!」
「そうなんや、…俺、意外と会えてるような気がすんねんけど。そのミポリン?とメグ。」
「そんな根拠ないでしょ!探さないと!」
「根拠はないけど。こんな時、友達に頼りたいと思うんが普通やろ。入れ替わって会えてなかったんなら、尚更。」
「…」
「さっき二人、楽しそうにたこ焼き焼いてたで。…奈良橋もさっき、友達の俺に頼ったやろ?そういうもんなんやない?」
僕がさっき丈君に打ち明けたのは…
もっと深い…いやまぁそれも理由だけど。
たしかに、そういうものかもしれない。
少なくとも、
「今、俺らには絶対会いとうないやろな。」
僕もそう思う。
「これからどうしよう…。」
僕はつい、不安な気持ちが声に出てしまった。
「まず、話し合うことやろな。今日は無理だとしても、早いうちに。着拒されとるんやっけ?ほんなら、俺が間に入ったるから、明日にでも会おうや。」
「そうだね…ありがとう、本当に」
「いや、俺も責任感じとんねん。…メグがこうなった原因の一因は俺にある。」
僕なんかのために、こんなに親身になってくれている。
…正直、あのときの冷たい目線と言葉は、僕の心に、しっかりトラウマを残した。
心のどこかで、御坂は受け入れてくれると思ったのかもしれない。
そんな事あるわけないのに。
人の気持ちは上手く考えられないのに、自分は許されたいなんて…悪い意味で僕らしいって感じだよな。
「んじゃ、決まりや!…一緒に回るか?」
「!?いやいやいや、丈君。自分がどれだけ目立つ存在か、そろそろ分かろう?僕、今、女の子!学校中の女子が泣くぞ!」
「大袈裟やねん。ええやん、実際めぐと付きおうてたんや。この際堂々と行こうや。」
あちらのメグとは明日話つけるけど。と丈君は言った
「なんでいきなりオープンになった!?…あんなに隠したがってたじゃん。」
一年間も僕に黙っていたくらいには。
「せやけど、一部の人らにはまぁまぁバレてきてるしな。…明日でもう、終わりやけど。」
そう言って僕の手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと待てよ。手…」
「お前今、女やから全然平気や。」
そういう問題じゃなくて!
…僕の心臓がもたないよ。
丈君は冗談のつもりで、深い意味なんてないのだろうけど、僕は初めて手を繋いだことに、こんなにもドギマギしているというのに。
まぁ、いいや。
今日は久しぶりに、心から楽しもう。
この一ヶ月、地獄みたいな一ヶ月だったんだ
今日くらいは…いいよな?
僕らは、丈君に手首を引っ張られるがままに、トイレを出て、校内を廻った。
御坂が今、どんな気持ちでいるのか
このときもうちょっと考えていれば、
あんな事にはならなかったのかもしれない
閲覧ありがとうございます。
次回は丈翔視点の物語です。
よろしくお願いします!
黒川渚