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運命の相手~愚かな間男と賢い夫~

作者: Ash

 運命の相手と出会った時、人は雷に打たれたような気分がするという。


 リリーもまたそれを経験したことがある。

 それはリリーが親戚が決めた結婚相手の下へと向かう途中に起きたことだった。

 王都のほうに向かう旅の途中だったリリーと彼は宿に入ったところですれ違った。御者に連れられていたリリーはすれ違った彼に運命を感じたが、彼はリリーにそう思わなかったらしく、何事も起きずに翌日それぞれの馬車に乗り込んで宿を立ち去った。


 それから十年ほど経ち、リリーはあの運命の相手と再度邂逅することとなった。結婚後、夫の領地に籠もっていたリリーは、夫に連れられて王都に出ることを許され、社交界に初めて出た。そこで再会したのだ。

 煌びやかな王都での生活を夫は「君と二人で領地にいるほうがいい」と言っていたが、見るものも聞くことも初めての経験ばかりだったリリーは魅了された。もちろん、夫がここでも領民たちに慕われていたように多くの人々に慕われている姿を見て改めて感動もした。

 だが、それでも運命の相手との再会に比べたら小さな出来事だった。

 リリーは夫の隙をついて何度も彼と話し、やがて会う約束を取り付けることができた。

 まるで夢のような出来事で、リリーは待ち合わせの場所に一人で出かけた。王都で一人で出歩くのは、淑女としてはありえないことだと夫に言われて、必ず侍女や従僕が付き添ってくれていたので、誰にも告げずに館を抜け出した。

 馬車で出かける道を自分の足で歩いて行くのは、不思議な体験だった。それでいて、行き交う人々の活気はリリーを怖気付かせ、止まることのない馬車に気を付けながら見知らぬ道を横断するのに神経を使い果たした。

 ようやく待ち合わせの場所に着いた時にはリリーは帰りたくなってしまっていた。

 だが、どうしても運命の相手である彼とゆっくり会いたかった。夫の目を気にして会うことがどのようなことを意味するのかわからないほど子どもではない。わからないでいたのなら、夫が王都に借りている屋敷で会っただろう。

 何が待っていようと、リリーは運命の相手と会いたかった。

 会うことですべてを忘れてもいいと思えるのか、それともすべてを捨ててもいいと思えるのかはわからない。

 それでも会いたかった。


 人妻でありながら、リリーは恋に狂っていた。

 その想いは夫の恩など忘れてしまうほどのものだった。親戚が決めた結婚相手は金はあっても若い娘が望まぬような相手だった。そんな相手との結婚から救ってくれたのが夫だ。リリーが運命の相手と会ったその旅路で出会った夫がリリーの親戚にかけあって、妻殺しの噂がある男と結婚しなくてもいいようにしてくれたのだ。

 だが、リリーが運命を感じたのは夫ではなかった。

 運命の相手はリリーに運命を感じず、夫はリリーに運命を感じて妻にした。


 リリーは待っていた彼とほとんど話さないまま、馬車に乗り込み、貴族たちの使う逢引宿まで連れて行かれた。

 これから起こることにリリーは陶然としていた。夫との間に何人も子どものいる身であるリリーは運命の相手と結ばれるかと思うと、部屋に向かう足すらもおぼつかなくなった。

 部屋に導かれ、とうとう十年遅れで成就されると喜びでリリーの涙があふれた。

 扉の鍵のかかる音がし、後戻りができない状況になってもまだリリーは初恋に酔っていて、自分の愚かな振る舞いに気付いていなかった。


「愛しているよ、美しい人」

「ああ。モーリス。あなたとこうしていられるなんて幸せだわ」


 何かがぶつかる無粋な音がすべてをぶち壊した。次いで、扉が床に倒れる重い音。

 扉のなくなった部屋の入り口にあるのは夫の姿。


「待たせたね、リリー」


 そう言って、夫は微笑む。


「あなた・・・」


 恋の熱に浮かされていたリリーはすぐに我に返った。間男もリリーの夫の名を呟くが、夫は彼のことなど目に入っていない様子だった。


「僕に心配をかけさせたいからといって、こんな場所まで来る必要はないだろう?」

「違うわ。あなたを待っていたわけじゃないの。私は彼を愛しているの」

「こんな負け犬を?」


 夫はリリーが恋について子どもたちにせがまれて教えていたので、間男がその相手だろうと推測したようだ。


「モーリスは負け犬なんかじゃないわ」

「君があの妻殺しと結婚する運命から救おうともしなかった男を愛していると? この男が何もしなかったせいで君は死ぬところだったんだよ? 僕が君の親戚とかけあわなかったら、君は今頃墓の下で眠っていたことだろう。僕と出会う前に君が出会った男はみんな負け犬だ。そんな負け犬には肉はおろか、骨すら与えるのはもったいない」

「あなたが彼の何を知っているというの! 彼は金で私を買ったあなたと違って、素晴らしい人よ!」

「そうとも。僕は君を金で買った。君の親戚は金さえ払えば、君の結婚相手が誰だろうと構わなかった。妻殺しだろうが、没落貴族だろうが、金さえ払えば君の夫になれた。だが、その男はその金を払わなかった」

「彼はその時、お金がなかったのよ。男爵であるあなたと違って、財産なんてなかったのよ」

「君と出会っておきながら、爵位を継がない立場ではないからと何の努力もしない男をかばうのか? 財産がなければ、駆け落ちすればよかったのにその勇気すらない腰抜けを?」

「モーリスと出会ったのはあなたと出会った旅の途中よ。見ず知らずの相手と駆け落ちなんかするはずないでしょ」

「そうして、その男は君を見殺しにした。妻殺しと結婚する君はその時に死んだも同然なんだよ。その気持ちを今もまだ持ち続けているのが滑稽だ。その男にとって、君は死んでも死ななくてもどっちでもよかった。たとえ、妻殺しに嫁いで死んでいても惜しくない相手だった。運命だ、恋だと騒いでいても、君の為にすべてを失う覚悟リスクも負いたがらない男が運命の相手だって?」

「違うわ! モーリスはそんな人じゃないわ! 彼は私が妻殺しと結婚するなんて知らなかったんだから!」

「そうだね。だけど、本当に君のことが欲しいなら、僕と出会う前に君と話をして君の事情を知っているはずだ。それに今だってただの火遊びでないなら、僕に決闘を申し込んでいるか、既婚夫人である君と駆け落ちをしている。だが、こうやって既婚夫人と恋愛遊戯に耽っているところを見ると、君とは違って本気ではないようだ」

「違う! 違うわ!」

「既婚夫人との駆け落ちで、その男は大好きな社交界に二度と出られなくなる。爵位も持っていないから、僕と別れた後でも永久に無理だ。社交界は男の放蕩や未亡人の火遊びには寛大でも、既婚夫人との駆け落ちまでは優しくない。ふしだらだと悪評を持つ娘や高級娼婦を妻にしたほうがまだ受け入れられるものさ。決闘で僕に勝とうが、駆け落ちしようが、君たちは身の破滅だ。その男の親族も手当を打ち切るだろう」

「し、失礼する」


 夫の言葉を聞いて図星を差されたのか、間男は逃げるように部屋を出て行った。


「僕は君と結婚する為に君の親戚に渡す金を工面して、領民に何年も迷惑をかけた。直さなければいけない借家の修理を遅らせ、農地を改良するのも放置した。収穫高の高い麦の品種が開発されても、それを買わなかった。老人や病人への支援もちゃんとできなかった。全部、君の為に背負った借金の為だった」


 男というものは虚勢を張りたがるが、上流階級では妻子に苦しい姿や財産について考えさせるのは屈辱と考えて口に出さないことが多い。苦労話をするのは情けない男と思われて、嘲笑の的になっても仕方ない行動だった。

 屈辱で死にたくなるからこそ、借金しすぎて返せなくなった者が入る牢獄などという現代人には存在理由がわからない上流階級向けの刑すらある。

 だが、夫はそれを告げた。


「そんなの・・・私のせいじゃない! 私は知らなかったわ!」


 リリーはどこにでもいる上流階級の女性だった。親を亡くしていたので親戚に勝手に結婚相手を決められ、財産や金銭管理は夫に任せっきりで経済概念がない。

 勿論、親戚の家に身を寄せていた時から、厄介者扱いされていたのを嘆くばかりで働いて自立しようと考えたこともない。そんな前進的な考え方をしている女性たちを頭がおかしいと思っている保守的な女性だった。


「知らなかったとはいえ、言っていいことと悪いことがある。爵位があるから金がある? それは幻想だ。爵位があるからこそ、親戚に手当を渡す必要もあるし、領民の生活にも責任を持たなくてはいけない。君にとって僕が結婚の為に支払った代償が今も軽いものだと思うなら、あの男を追って行ったらいい。その代わり、子どもにも男と駆け落ちしたふしだらな母親の血を引いていると悪評が付きまとって、君の親戚がまとめたような縁談しか結婚相手は見つからないだろう」

「なんで? そんなの、おかしいわ。なんであの子たちがそんな目に遭わないといけないの・・・?」


 恋に狂っていたリリーは子どもたちの将来を突きつけられ、ようやく母性を取り戻したようだが、上流階級の常識はまだ思い出していないようだ。


「君がやろうとしてることが非常識だからだよ。長男は爵位持ちになるから支障は出ないだろうが、次男や娘は駄目だな。最悪、娘には修道院に入ってもらうとして、次男には社交界とは縁の薄い軍人になってもらおう。勿論、これから先、僕が生きている間には子どもと二度と会わさないし、子どもたちから軽蔑されることも覚悟して行くんだね」

「こんなひどいことをどうして言えるの? あの子たちには何の罪もないのに?」

「子どもたちには罪がないよ。ただ、既婚夫人でありながら男と駆け落ちするような愚かでふしだらな母親がいて、その罪を支払わされるというだけだ」

「私はふしだらなんかじゃないわ。それはあなたも知っているでしょう? 彼と会ったのはあなたより先だったけど、私は身体を許していなかったわ」

「他の男と二人きりで待ち合わせをして、逢引宿にやって来たのにふしだらでないと?」

「だって、これは・・・」

「君にとってあの男が運命だろうが、こんな愚かなことをしでかす価値はあったのかい?」

「当り前よ。モーリスは――」

「見捨てられた今でもそう言えるのかい? そう言えるんだろうね。捨てられたとわかっていても、あの男をかばうのだから」

「!」


 捨てられた事実を突きつけられてしまえば、彼が出て行ってからお茶も冷えない時間しかたっていないのだとリリーは思い出した。


「わかったよ、リリー。君とは離婚するよ。離婚すれば、子どもたちへの悪評もまだましになるだろう。僕から自由にしてあげるから、離婚が成立するまで君の親戚の家に戻ってくれ。君が結婚するはずだった相手もつい先日、妻を亡くしたそうだし、次の夫になるんじゃないかな」


 妻殺しだと言った相手がまた未婚状態になっていて、再婚相手になるだろうと告げられ、リリーは忘れていた恐怖を思い出した。

 付き添いもなく、一人で見知らぬ結婚相手のもとに向かっていた時のことを。結婚相手の評判を聞いて、逃げ出したくてたまらなかった。

 しかし、休憩で入った宿から逃げれば御者に連れ戻され、馬車に軟禁されて休みもとってくれなくなった。

 日が暮れてようやく馬車は停まり、その日の宿に入ることが許される。

 その時にリリーは運命の相手とすれ違った。ただそれだけだった。

 再度、宿から逃げ出そうとして、性質の悪い酔っ払いに絡まれたところを夫に助けられた。

 そればかりか、夫はリリーの事情を知って求婚してくれ、御者にかけあって親戚のところまで同行して、妻殺しの婚約者から解放してくれたのである。


「未亡人と違って離婚した場合はまた別の相手との結婚を強要されるだろうが、それも君の選んだことだ。未亡人は夫が死ぬまで待つという賢さがあるから一人前として認めてもらえる。結婚もせずに親戚に迷惑をかけるだけの娘が自立できると認められるはずがないだろう」


 リリーの明るくない予言を告げて夫は戸口から立ち去った。

 蹴破られた扉が転がる室内でリリーは、運命の相手(モーリス)が運命を感じていなかったのをようやく受け入れて、十年越しの初恋に終止符を打って夫の後を追った。


 リリーは知らない。

 夫がリリーに密かに監視を付けていたことを。

 その監視がリリーと間男の待ち合わせを夫に伝えたことを。

 待ち合わせ場所から向かった馬車の方向で逢引宿の目星を付けて知らせを送ったことを。

 尾行した監視が逢引宿のどの部屋に入ったのか確認していたことを。

 そうでなければ、夫がリリーのいる部屋を強襲できるはずがない。


 愚かな間男とリリーは賢い夫によって永遠に引き裂かれた。

 だが、リリーがいくら愚かでも、賢い夫はリリーを愛している。運命の相手だった愚かな間男から奪うほどに。

浮気を容認していないのに妻に浮気される夫は間抜けな夫。浮気を容認していない賢い夫は妻に浮気する気が起きなくなるようにじゃじゃ馬慣らしをする、という話。

又は運命の相手を手に入れる機会を自分で捨てた間男と幸運の女神の前髪をつかんで運命の相手を手に入れる機会を活かした夫の話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まとまったストーリーでした。 [気になる点] リリーがおバカすぎましたね。 [一言] まずまず面白かったです。
[一言] これしっかり離婚すれば文学になるけど、運命の相手がどうとかで離婚無しで元サヤなら「所詮なろう作品」の分類に入る微妙なところですね。 なろう作品は文を通して人が何かを学べないですからね。都合の…
[一言] 面白かったです しかし、この夫に馬鹿な妻はもったい…… 子供達の為にも、離婚した方が良いのでは?
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