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ドラグーン戦記〜世界最強の姫と辺境貴族の物語〜  作者: 国伊都
第0章 『それぞれの日常』
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第三話『願い』(前編)

前話の方、初回投稿から加筆しております。

よかったらそちらを読んで、こちらをご覧ください^o^



 戦闘が終了して数時間後。

 カルナ湿原を覆っていた霧もはれ、頭上を見上げれば雲ひとつない青空。ほがらかな陽光が湿原の植物たちに降り注いでいた。

 そんな正午。ダービット将軍との軍議を終わらせたリリアは白馬にまたがり、湿原を公国方面へ進んでいた。供は側近の女性騎士――アリア・マクスウェル、ただ一人であった。


(まったく……。普通ありえんぞ? 御旗たる王族が、側近一人だけで戦場を闊歩するなど)

「バロン。それは仕方がない。これは私が提案したこと。私が動かなくてどうする?」


 耳ではなく、直接心に語りかけてくる声――バロンにリリアは、アリアに気付かれない程度の小声でそう返す。神妙な言葉ながら、気軽な響きを持った声は、この状況を楽しんでいるようであった。

 まあ公人とはいえ、いつもいつも騎士団に張り付かれていれば窮屈にもなるというもの。たまには彼女も羽を伸ばしたいと思っても仕方のないことだ。


(だとしても、もう少し穏便に動くべきだぞ? 騎士団全員とは言わんが、もう少し人数を増やすべきだった。要塞の参謀どもなど、胃を押さえておった)

「護衛を増やせば、あちらの警戒をあげてしまう。そして最悪、戦闘再開だ。私は話し合いをしにいくのであって、戦いに行くのではない」

(ドラゴン・スレイヤーたるリリィが出向く時点で、公国軍は最上の警戒を持つことだろう)

「……うっ」


 バロンの容赦のない指摘に、さすがのリリアも言葉に詰まる。


「殿下、どうされましたか?」


 リリアのかすかな変化に気付いたアリアが、そう声をかけた。


「なんでもない。ただ、こうゆっくり進んでいたのでは日が暮れてしまう。少々急ぐべきかと考えただけだ。アリア、速度を上げる。ついてこれるか?」


 バロンとの話を悟られぬよう、話題を変えたリリアに、アリアは頷く。


「御意。少々足場が悪いのですが、戦場を駆けるわけではないので可能です。殿下の愛馬たるバロンには及びませんが、私の愛馬も脚に自信がありますので」

「そうか、では往くぞ。バロン!」

(任された!)


 リリアの掛け声に、彼女を背に乗せた白馬――バロンは、主人の心にそう言葉を返し、足場の悪い湿原を颯爽と駆けるのであった。




※※※




 そうして湿原を駆けること、三十分ほど。

 彼女たちの眼前に、巨大な砦が腰を据えて待っていた。

 湿原に流れる川を利用し、巨大な外堀に囲まれた砦。クレメンス公国の要塞である。

 先の戦闘での混乱は収まったのか、あるいは恐怖のため息を潜めているのか、開いていれば橋になる跳ね扉を閉めた要塞は、静かな気配をまとっていた。


「どうなされますか、殿下? 私が先触れとして要塞に赴きましょうか?」

「アリア一人だけでは、矢の的だ。ここで呼びかける」


 部下の提案にリリアはそう返すと、バロンから降り一、二歩要塞に近づく。神経を集中させ要塞の気配を探る。彼女の鋭敏な感覚は、物見やぐらの物陰から自分を見つめる気配を的確に捉えていた。

 リリアはその気配から、死への恐れを感じ取った。


(さもありなんだな。私が出向いたのだから……)


 リリアは判っていた。自分が彼ら、要塞にこもる公国軍の死の象徴だと。

 このアルティナにおいて最強種たるドラゴン。そのドラゴンと同等の力を振るうことが出来る存在がドラゴン・スレイヤー。

 護られる者たちにとっては偉大なる英雄。だが刃を突付けられる者にとっては絶対なる死の象徴。先の戦闘で彼女はその力を存分に見せ付けた。

 人間種がアルティナの大地に繁栄を築く礎たる源――魔術。その魔術をリリアは、いとも容易く破壊した。

 魔術の過程を呪文によって世界に刻まれ展開される魔術式。その複雑怪奇な術式を外部から干渉する術を人間は未だ持ってはいない。仮に持っていたとしても、その他者が展開する魔術に干渉するためには、繊細なまでのマナ同調が必要である――だからこそ、多人数合算魔術式クロス・ロジックを習得していた帝国魔術兵団は勝利を確信していたのだ。


 それを、このまだ十代後半の可憐な少女は、粘土細工を扱うように簡単に干渉し、瞬時に無力化した。まさしく、人間業ではない。


 世界の管理者たるドラゴンに勝利し、祝福を受けたものだけが得られるドラゴン・スレイヤー。その力なくば絶対に不可能なことを彼女は彼らの目の前で見せつけたのだ。恐れるなと言う方がおかしい。

 だが、だからこそ彼女は出向いたのだ。無駄な血を流さないために。自分ドラゴン・スレイヤーであればそれができるという確信があったからこそ。

 リリアは紅い瞳で硬く門を閉ざす砦を見つめ叫んだ。


「私はリディベル王国、第二王女にして王国近衛騎士団第五騎士団団長、リリア・リディベルである!! 此度の戦を、剣ではなく言葉によって終結させるために参った!! 是非ともクレメンス公国軍の代表者とお話したい!! どうか、門を開けていただけないか!!」


 彼女の願いに、しかし応える声はなく。だが、数分の沈黙の後、ギギギッという軋んだ音とともに、門がゆっくりと開いていく。そして堀の外側に並べられた石畳に接触。ドンという重厚な響きがなった後、城門は見事開ききった。

 その橋を渡りリリアの前に現れたのは、一人の壮年の男。公国軍上位者だけが袖を通すことを許されている、緑の軍服に身を包んだ男。

 彼、クレメンス公国カルナ湿原要塞の主は、リリアの瞳を真っ直ぐ見つめ、こう言った。


「ようこそお越しくださった。リリア・リディベル姫殿下。私はクレメンス大公よりこの要塞を任されております、カール・ウォルターというもの。あなたと言葉を交わせること、龍神が哀れな我らに与えてくださった祝福なのでしょうな」



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