第二話『姫団長・リリア』(2018.3/5加筆)
「我が名はリリア! リリア・リディベル!! リディベル王国近衛騎士団、第五騎士団長である! 此度はカルナ要塞軍の要請により助太刀に参った! これより私は、全力をもって祖国の敵である諸君らを打ち倒す! 命が惜しいなら早々に立ち去れっ! そうでない者は私に立ち向かってくるがいい! 私に勝てば、その者が新たなるドラゴン・スレイヤーとなるやも知れんぞ!!」
一つにまとめた深紅の髪をなびかせて、鎧をまとった少女はアスタロス帝国・クレメンス公国連合軍にそう名乗りを上げた。
それに合わせ、彼女の後ろに控える騎士団が団旗を掲げる。旗に描かれるは、リディベル王家の紋章たる寄り添う鐘。そして、それを護るように抱く深紅のドラゴン。
「あ……ああ……っ!? 《ブラッティ・ベル》!!」
リディベル騎士団が掲げる旗を見、そこに描かれた意匠が何を意味すかに気付いた公国軍兵士が恐怖に引きつった叫びをあげる。
一人の兵士の叫びが軍勢に恐怖を伝播させる。
《ブラッティ・ベル》――。
その二つ名は、戦場で理不尽な死を撒き散らす少女に与えられた名前。
少女……リディベル王国第五近衛騎士団団長『リリア・リディベル』を指し示す忌み名である。
「……正直、その仇名は好きではない。もう少し可愛らしい名前にしてもらいたいのだが」
馬上において、リリアは可愛らしい顔をしかめて呟く。
(忌み名とは元来そういうものぞ、リリィ。そんなことを気にするのなら、戦場に立つべきではない)
「うっ……そんなことは判っている。だがもう少しマシな名前はないものかと思っただけだ、バロン」
透き通った低い声――その声は彼女以外には聞こえていない――にそう応え、リリアは嘆息する。
「殿下、いかがなさいました?」
「アリア、何でもない。気にするな」
心配する側近――同性の騎士にそう返し、リリアは剣を構えなおし、再び敵へ宣告する。
「もう一度言うぞ! 命の惜しいものは即刻立ち去れ! 我は無益な殺生は好まぬ! だが、王国に仇なす者に容赦はしない!! どうするか帝国軍の長よ!」
リリアの宣告に、実質的な連合軍トップである帝国魔術兵団・兵団長はこう返した!
「戦場において何を阿呆なことを! この戦を止めたくば、貴様の首をおとなしく差し出し我が帝国の軍門に下れ! 凍てつく牙を鮮血に染め我が敵を噛み砕け! 氷虎の槍牙!!」
リリアの宣告を兵団長はそう嘲笑すると、素早く呪文を唱え魔術式を展開。巨大な氷の槍が猛スピードでリリアに突き進んでいく。
「それが答えか……。よかろう! はっ!」
リリアは氷の槍を見据え、そうにやりと笑みを浮かべると、騎乗する白馬の腹をこづき突撃。
「せいっ!」
そして短い掛け声と共に剣を一閃。瞬間、氷の槍はいとも容易く砕け散る。
「化け物め……お前たち何をしているか! 魔術を、ありったけの魔術をあの小娘に叩き込むのだ! ドラゴン・スレイヤーとて所詮は一人。数で押せば、我ら魔術兵団の敵ではないわっ!!」
「「「はっ!!」」」
兵団長の命令に、魔術兵団所属の魔術士たちは各々が発動できる最強の魔術式を展開していく。だが、リリアは馬の速度を緩めることなく一直線に魔術兵団へ向ってゆく。
そして魔術士たちの魔術が完成する直前、彼女は自らが持つ剣を軽く振るった。
「砕けろっ!」
その瞬間、いままさに完成しようとしていた全ての魔術式が消滅したのだ。
「なっ……何ッ!?」
ありえない結果に兵団長が驚きに変わる。その時には既にリリアは彼に狙いを定めていた。
「これが、ドラゴン・スレイヤーたる私、リリア・リディベルと戦うということだ!」
そしてリリアは剣をみたび一閃し、魔術兵団長の首を跳ね飛ばす。
「言ったぞ……命が惜しくば立ち去れと……。敵将、討ち取ったり!」
陽の光に照らされ、白銀に煌く剣を掲げ、リリアはそう勝ち鬨をあげるのであった。
※※※
その後の戦闘は実にあっけないものであった。
指揮官である帝国魔術兵団長が敗れたことにより、魔術兵団は瓦解。統制のとれない魔術士たちは、魔術を展開するそばから無効化していくリリアに為すすべもなく、彼女の部下たちに討ち取られていく。その上、公国軍兵士たちはリリアに恐れおののいて逃亡していく始末。
まあ、帝国に無理やり戦わされている彼らの士気は高くなく、こうなることは予想できること――だからこそ、リリアは魔術兵団を優先的に狙った――であったため、特に混乱することなく、王国軍は戦闘を終了。
リリアは部下である近衛騎士たちを伴って、本隊であるカルナ要塞軍と合流。今後の動きをどうするかを決めるべく、軍議を開いた。
「此度は、殿下のご尽力により見事、戦に勝利することが出来ました。あらためて感謝を」
感極まった声でそう言い、カルナ要塞軍司令官である将軍はリリアに跪き頭をたれる。
その姿に、しかしリリアは渋面をつくって首を振る。
「よしてくれ。私はあくまで援軍要請にしたがって助太刀に参っただけのこと。第一、軍の階級では将軍の方が上ではありませんか。感謝をあらわす為とはいえ、部下に跪くのはいかがなものか。……というか、わざとやっておるだろう? 爺よ……」
リリアの言葉に、頭をたれていた老将軍は顔を上げる。満面の笑みで。
「そんな、わざととは。臣下が君主に跪くのは当然のこと。それに本来であれば、臣下とは君主を支える存在。それなのに、逆に助けられてしまうとは。まったくお恥ずかしい話で、申し訳なく思っておるのです」
「小さい時から世話になっておるのだ。そういう言葉をかけられると、こちらが申し訳なくなる。だいたい私が来なくとも、ここの防衛は何とかなったと思うがな?」
「かもしれませぬ。しかし、兵の犠牲はいまよりももっと増えていたことでしょう。ですから感謝を」
「ふぅ……判った。その感謝、素直に受け止めておく。で、前置きはこのくらいにして、今後の話だ。
ダービット将軍、将軍はどういう考えだ?」
リリアの問いかけに老将軍――ダービット・ワイズマン将軍は、先ほどの好々爺然とした笑顔を納め、にべもなく応えた。
「追撃を。この機にカルナ湿原は、王国が手にするのがよろしいかと。昔ならともかく、帝国の手先と成り下がったクレメンス公国に気兼ねする必要はないと、私は考えております」
「カルナを取ることに異論はない。しかし、そのために公国と積極的に事を構えることは得策か?」
「何を言っておりますか、殿下? 先に刃を向けたのは公国です。今回の戦で我が国の兵士も命を落としております。敵への情けはその者たちへの侮辱となります」
「侮辱する気はない。彼らのてい身には、王家として報いるつもりだ。だがそれとは別に、公国との関係をことさらに悪化はさせたくない。再び友好国となった際の遺恨はない方がよい」
リリアの言葉に、ダービットは片眉をあげ驚きを表す。
「ほう……? 殿下は公国が帝国の支配から脱することが出来るとでも? それとも殿下が解放するのですか?」
「私かどうかは判らぬが、お父上は――陛下はそう考えておられる。だからこそ、お主を要塞へと送ったのではないかな?」
「さぁ……なんのことやら」
「……まあ、よい。ともかく私の考えはそういうことだ」
「では、殿下はここで戦闘をきりあげろと?」
「いや……」
ダービットの言葉に、リリアは否と応えニヤリと笑う。
「私に良い考えがある」