第一話『世界最強の姫』
ヒロイン登場です。
アールド大陸西方にあるリディベル王国。
その北西に位置する国境は今一部分を、天敵であるアスタロス帝国の属国・クレメンス公国と接していた。
そして現在帝国は、この国境を王国侵攻の橋頭堡とするべく、クレメンス公国軍を差し向けていた。
この戦いの舞台は、両国の要塞に挟まれた湿地帯、カルナ湿原。ぬかるんだ土地柄ゆえ重装歩兵・騎馬兵団の運用は難しく、軽装歩兵同士の戦闘となった。
互いに騎馬兵団を中心として軍略を組んでいるため――もともと公国が帝国の軍門に下るまで、両国の関係は良好だった――戦闘開始から十日間が過ぎたが、こう着状態であった。
この現状を打破するため、両軍の将軍は本国に増援を要請。
公国軍は帝国の魔術兵団を。王国は騎士団を。
戦闘開始から十一日目の早朝。
朝霧たちこめるカルナ湿原に、両軍が出陣。
出陣した帝国魔術兵団は、さっそく公国歩兵たちを盾に湿原を駆け、湿原最大の湖・カルナ湖のほとりに腰を据えた。そして彼ら魔術兵は、団長の指示に従い、それぞれ魔術式を展開していく。
『飛沫は礫、波は大鉈……』
『……大鯨あげるは、赤き潮。喰らうは命。我が天敵の』
朗々と魔術兵が唱えるのは、世界の根源であり魔術の原動力、マナの方向性を定める呪文。この呪文に従い魔術式が組みあがっていく。
そしてその魔術式は魔術士一人で組みあがるものではなかった。多人数合算魔術式。
複数人で組み上げる大型魔術。発動させるには多くの魔術士が必要であるがその分、効力も大きい。
いま組み上げられているのは、対軍・対要塞攻撃魔法であり、水気の多い湿地帯で効力を発揮する水属性魔法……。
『全てを喰らい薙ぎ払え! 大鯨の顎!!』
魔術兵団長の呪文によって完成したのは、大波によって攻撃対象を押し流す攻撃魔法。
カルナ湖から迸った激流は、湖からリディベル王国要塞へ繋がる川を伝って王国軍を喰らうために突き進んだ。
「この戦……勝ったな」
兵団長は勝利を確信し、笑みを浮かべた。
今回の戦闘経過から、要塞に駐留する王国軍に、魔術兵団が組み込まれていないことは判っていた。
魔術士集団がいたとしても、その規模はせいぜい中隊規模。軍団中核はあくまでも騎士や歩兵。その上、援軍として派遣されたのも騎士団。そこに所属する魔術士を合わせても、彼が率いる魔術兵団の規模には届かないと考えられた。
そうである以上、彼らが生み出した『モディ・バースト』を防ぐことなど不可能。
戦果を確認する前に、彼がそう考えても何らおかしなことではなかった。
そう、彼の戦術はおかしくなかった。
ただ今回は、『相手』がおかしな存在であるだけだった。
「クロス・ロジックか……こういった戦に於いて、その選択は間違いではない。ただ、今回こちらには私がいることに気付くべきであったな」
『モディ・バースト』の影響でより視界が悪くなった戦場に、場違いなほどに可憐で凛とした少女の声が響いた。
「何……?」
鈴のように心地よい音色を持つ声に、しかし兵団長は不気味な響きを感じ取った。
「この程度のさざ波、私にはどうという事はないのだが。兵たちには少々きつい……。消させていただく。砕けろ! 破砕式!」
少女の一声によって、『モディ・バースト』以上の密度をもった術式が展開され、かの術式を侵食した。魔術現象を方向付ける魔術式が食われ、砕かれ、消滅。王国要塞を飲み込もうとしていた大波は形を保つことが出来ず、無害な雨となって湿原に降り注いだ。
「なぜ……どうして……っ!?」
全く予想できなかった現実を見せられ、帝国魔術兵団の者たちは唖然とした表情を浮かべ、雨に打たれていた。
そうして雨が上がり、一陣の風が霧を彼方へ連れて行くと、彼ら帝国・公国連合軍の視線の先には、一人の少女を先頭にリディベル王国軍が展開していた。
先頭に立つ少女……。深紅の髪を一つにまとめ、その髪と同じ深紅の瞳で敵軍を見つめていた。
小柄で少女らしい細身を、美しい輝きを放つ白銀の鎧で包み、白馬にまたがった彼女はその手に持った剣の切っ先を敵軍に突付け名乗りを上げた。
「我が名はリリア! リリア・リディベル!! リディベル王国近衛騎士団、第五騎士団長である! 此度はカルナ要塞軍の要請により助太刀に参った! これより私は、全力をもって祖国の敵である諸君らを打ち倒す! 命が惜しいなら早々に立ち去れっ! そうでない者は私に立ち向かってくるがいい! 私に勝てば、その者が新たなるドラゴン・スレイヤーとなるやも知れんぞ!!」