精霊を探そう
旅の大きな目的は精霊を見付けてアリスの秘められた魔法の力を引き出してもらう事。
その他、アリスはボウガンの鍛練がある。シズはしばらく国を離れるついでにアリスに同行する事になった。剣の鍛練に加えて自分を捨てた親の情報を得る予定。その他、精霊にメグの体質について訪ねる予定。
「暑いですね~」
日差しを少しでも避けるように目深に被ったフードから降り注ぐ容赦ない太陽にアリスは溜息をつく。
波留国を旅立ってはや5日。2人は精霊の情報を集めつつ南に下っていた。
目指す国は取りあえず波留国とも交流が深い隣国である那柘国。
南に位置するため波留国より気温が高く、砂漠も広がっている。
シズはアリスのナビに付いて後ろから馬を走らせている。
これと言ってトラブル無く来ているが、砂漠には商隊を狙った盗賊団が横行しているため注意が必要だ。
目深に被ったフードは注意深く周りを見渡す。
突然襲撃を受ける可能性もあるのだ。
「……」
今の所特に目立った異変は見られない。
「シズ殿、もうすぐ最初のオアシスです。休憩出来ますよ」
アリスの声にシズは頷いた。
「長い旅路をようこそ、旅の方々。2人とは少ないね。腕に自信がお有りかい?」
到着したオアシスはこじんまりとしており、宿屋を兼ねた休憩所が在るだけだった。
「部屋は空いてるようです。もう夜も遅いし宿を取りましょう」
アリスはテキパキと女将に交渉する。シズは宿を見渡す。木造の簡素だが清潔な宿。宿泊客らしき冒険者達が談笑している。ここはもう那柘国に近い場所なのでそちらからの冒険者が多いようだ。
「また特殊部隊が殺られたらしいぜ」
冒険者風の剣士がぼやいている。
「もう3、4人にはなるか?『疾風』にかかっちゃ特殊部隊も形無しだな」
シズは話に興味を引かれて冒険者達の話に加わる。
「波留国から来た者だが…詳しく聞かせてくれないか」
シズの声に彼らは席を譲る。
「兄ちゃんえらい綺麗な面してるな。モデルさんかい?いやそれがな…」
「ずっと砂漠での野宿だったから宿に泊まれるのは嬉しいですね」
アリスがベッドに腰を降ろす。ツインルームの一室は清潔なベッドシーツに包まれていた。
シズは先程冒険者達から入手した話を反芻しながらアリスに連れられて部屋に入り、はた、と立ち止まる。
アリスと2人きりの宿屋。
「……」
クラッドやセイが旅立ち前にシズをからかっていた様が目に浮かぶ。
すっかりくつろいでいるアリスはシズと同室である事など全く意に介していないようだ。
「そうだ!お風呂お風呂…シズ殿も折角だから入ってきて下さいね。はい、鍵」
アリスはいそいそと着替えを用意して立ち尽くすシズに鍵を渡して部屋を出て行った。
シズは途方に暮れそうだったが、取りあえず風呂には行くことにした。
那柘国の特殊部隊は数が多い。数十人は居ると言われている。
波留国と違い兵士の一部であり国の治安の顔として隊を組んで仕事をこなしている。ただし殺しは御法度。
先日波留国で捕らえられてたスパイも那柘国の特殊部隊の1人だが、彼は殺人を犯したので永久追放された。
特殊部隊であるからにはそれなりに剣の腕は確かだと思われる。内部事情は分からないが魔法使いも居るかもしれない。
波留国と那柘国は近隣の国として交流は盛んだ。最近の主なニュースは波留国の深琴姫が那柘国の王子との縁談を蹴った事と先日の2国間協議で波留国の対人部隊の殺人任務内容がヤリ玉に上がって解散になった事くらいだ。
特殊部隊同士の交流などは在るはずも無いが波留国の対モンスター部隊は那柘国でも大人気らしい。
その那柘国の特殊部隊が『疾風』と名乗る窃盗団にことごとく破れ殺しまで起きているらしい。
『疾風』は最近那柘国に渡ってきた窃盗団で、元々は北の芙由国から発生したらしい。北の国の剣士は腕の立つ人物が多いとは聞いていたが…。
「今後『疾風』が波留国に流れて来る可能性は充分有り得るな…」
この大陸は大まかに円形状のドーナツ形をしており、真ん中に大きな湖が広がっている。湖は4当分され、国の許可を受けた船だけがその湖を行き来出来る。旅人や冒険者は陸地を通って北の芙由国から西の暁国、南の那柘国、東の波留国へと渡る。波留国と芙由国は位置は近いが間を険しい山脈に阻まれている為人が通るのは不可能であった。
「那柘国の現状と『疾風』の情報を入手して根絶出来れば良いんだけど…」
シズは考えながら風呂に浸かっていた。
アリスは風呂から上がってハナへメール中。やっと宿に泊まる事になった事を報告。すぐに返事が来た。
「……『頑張って女らしさをアピールしてね☆』何ソレ」
若い子の考えは良く分からないがハナの底抜けの元気良さが最近のアリスの元気の元だ。
以前はあんまり関わりたくなかったが、今ではもう親友の勢いだ。
「鍵、君も持ってたんだ」
シズの声にアリスは顔を上げる。風呂から上がってさっぱりした顔のシズが立っていた。
「はい。人数分の鍵があるらしくって。すみません。お風呂急がせちゃったですね」
「いや、別に…早風呂派だから…」
シズは言葉少なに部屋に入るとベッドに腰を降ろして濡れた髪をタオルでふき取っている。
あんまり風呂上がりのアリスを意識しないようにちょっと必死。
アリスはいつにもまして言葉少ないシズに首を傾げる。
「そう言えば先程冒険者の方と何か話をしていましたよね」
「……うん」
「何の話を?」
「そうだ。その事なんだけど…」
シズは顔を上げる。思ってた以上にアリスが近くに居たらしい。固まってしまった。
「……シズ殿?」
「いや、何でも……ない…」
勇気を振り絞ってアリスに向かい、シズは『疾風』の話をかいつまんで説明した。話が終わりアリスも眉を寄せる。
「那柘国に着いたら王に謁見を申し込みましょう。私は取りあえず顔が利くと思いますので」
「旅の目的に逸れるかも知れないけど良いの?」
アリスは頷く。
「国の為の旅ですから。シズ殿も給料もらってるんだから手伝って下さいね」
「分かった。君がそう言うなら」
どこまでもアリスに甘いシズであった。
「良い天気。嫌みなくらい!」
翌日。差し込む朝日に目を細めながらアリスはカーテンを開ける。今日も一日暑そうだ。
那柘国までは後3日前後。今の所精霊についての手掛かりはさっぱり無し。
「シズ殿?朝ですよー」
布団を被って微動だにしないシズにアリスは溜息をつく。とにかくシズは低血圧にて朝に弱い。
砂漠でも起こそうとしたら剣を突き立てられた事があった。シズの剣はその後アリスが起こす前にシズから離している。
アリスはシズのベッドに乗り上げて起こす。
「シズ殿ー……っと」
勢い余ってシズの上に倒れ込んでしまう。衝撃でシズは不機嫌そうな顔で目を開ける。
「ごめんなさい…」
「……」
自分の上に乗っかってるアリスにシズは仰天した。
「今日のシズ殿はやけに覚醒が早かったですね」
「……はあ…」
シズは馬を走らせながら今後宿を取る時は自分だけ野宿しようかとちょっと本気で考えていた。
やはり宿だと色々意識して困るのだ。これがアリスじゃなければ全然平気なのだが。
でも今日のハプニングはちょっとビックリしたけど嬉しかった。アリスは意外と軽……。
「……何考えてんだ僕は……」
「シズ殿ー?何1人で苦悩してるんですかー?」
「……いえ、何でも無いです……」
1人落ち込むシズにアリスは首を傾げた。
常夏の国、那柘国。色鮮やかな大振りの木々と石造りの頑丈な建物。大通りは人と物で溢れ帰っていた。
アリスとシズは波留国からの正式な通行許可証を提示した後入国した。
「窃盗団が闊歩してるならもっと静かだと思ったけど意外……」
門の警備の兵士は頷く。
「窃盗団『疾風』の事かい?あいつらは金持ちからしか盗まないから町の者には関係無い話なのさ」
「でも人を殺してるって聞きましたよ」
「殺されたのは特殊部隊で一般人には関係が無いからな。まあ特殊部隊はピリピリしてるがね」
アリスは通りをどんどん歩く。
「呆れた。あの兵士、自分には全く関係無いって顔!巻き込まれる危険があるなんて思わないのかしら」
シズはアリスの後に付いて歩く。
北から来た窃盗団。北に多く住んで居ると言われている獣人や鳥人等人以外の人種が混じっている可能性もある。
「宿は後にしてまずは先に王に謁見しましょう」
アリスは城に向かって一直線に歩き出した。
「何と、波留国の特殊部隊の方とな……顔を上げなさい」
那柘国の王は波留国の王が一周り歳を取ったような人物だった。髪に白いものの混じる王はしかし、暖かく優しい目をしていた。謁見の申し込みに王は快く応じてくれた。
「特殊部隊、対モンスター部隊のアリス=テイラーと申します。こちらは…私の付き添いの者です」
2人は謁見の間にて『疾風』の事について聞いた。
「彼らがやってきたのが約半月前と言われておる。バラバラに行動しており詳細な人数は不明だ。だが盗む前に必ず予告状が届くのだ。1番始めの予告状が半月前の話だ。予告通り品物は見事に盗まれた」
2人は王の話に耳を傾ける。
「まあ警備を強化すると言っても、暁国の様に機械が発展している訳でも無いから次の予告状の時にうちの特殊部隊を予告状の場所に多数配置したのだ。そうしたら……」
王は言葉を詰まらせる。
「……殺されたんですね」
王は力無く頷く。
「盗みの現場に踏み込んで取り押さえようとした所、やられたらしい。鋭利な刃物で喉を切り裂かれて……」
「酷い……」
アリスは言葉を失う。シズも眉をひそめる。
「そして数度目の予告状の期日が明日に迫っておるのだ」
「王、私達にも窃盗団逮捕への手伝いをさせて下さい」
「しかし貴方は波留国の特殊部隊。命を危険に晒させる訳には……」
「今後彼らがいつ我が波留国に来るやもしれません。ここで対峙するも同じ」
王は頷く。
「頼もしい味方を得た。宜しく頼みますぞ。では今後の指示は特殊部隊のリーダーであるカイリに一任する」
王の声掛けで扉が開く。開いた扉から1人の人物が進み出てきた。体にピッタリした軍服に、流れる長い黒髪は後ろで
一つにまとめている。目鼻立ちのくっきりした若い女性だった。
驚くアリスとシズに女性は深々と頭を下げる。
「那柘国特殊部隊リーダー、カイリ=サーキスです。以後宜しくお願いします」
アリスとシズは城の一室に連れて行かれた。訓練所の様な所だった。
「特殊部隊の命の安全を守る為、3回目からの予告状以降、積極的な確保は避けてきた。しかし、それでも確保しようとがむしゃらに追った結果、死に至った者も居る。だから今回は本当に腕の立つ者しか連れて行かない」
カイリはアリスとシズを見遣る。
「見た所、剣士の様だが……申し訳無いが協力を得る前にその腕を拝見させて頂きたい」
2人は頷いた。足手まといは要らない。当然だ。
「私はボウガンを専門に。剣は補足程度です」
アリスが進み出る。カイリは頷き、訓練所の奥の的を指差す。アリスはボウガンを構えた。
ピュン!
「……大した腕だ。特殊部隊の名は伊達じゃないようだな」
的の中心に深々と刺さった矢にカイリは頷く。
「僕は剣だが」
シズの言葉にカイリは頷き訓練所に置いてある剣状の棒を持ち、一本シズに放った。
「女だからと、手加減無用」
シズは受け取った棒を肩に置く。
「構えは要らないのか」
「……構えるのは好きじゃない」
「そうか。では行くぞ」
カイリは突き出すような構えで飛び出した。
「……っ…」
カイリの腕から一瞬にして棒が弾き飛ばされた。弾かれた衝撃からか、痺れる腕にカイリは思わず顔を上げた。
変わらぬ静かな表情で棒を片手に持っているシズ。しかしそんな彼が一瞬垣間見せた冷たい目はカイリの脳裏に焼き付いて離れない。あれは『人殺しの目』だった。
「お前は…一体……」
「大丈夫ですか?」
アリスが駆け寄る。カイリはそれを制して立ち上がる。
「波留国の暗殺部隊である対人部隊が最近解散になったらしいが……まさか…」
カイリは首を振る。
「素晴らしい腕前。貴方方の力なら明日こそ『疾風」が一掃出来るかもしれない。ご協力、誠に感謝する」
カイリは改めて2人に敬礼した。
「明日出動予定の者です」
特殊部隊の控え室から呼び出されたのは5人の若い男性だった。
「皆剣士だがそれなりの使い手だ。こちらは波留国特殊部隊のアリス殿とその付き添いの剣士殿だ」
2人の参戦に5人は湧く。
「あ、俺知ってますよ波留国の対モンスター部隊!可愛い女の子揃いで……君も可愛いなあv」
「うちの部隊女っ気無しでさ。唯一の女がアレだから……おっと」
カイリが睨んだので隊員は首を竦める。
「命の危険があるんですが……皆さん怖く無いのですか?」
アリスの問いに隊員達は首を振る。
「怖いけどさ。力を認められてる証拠だから……嬉しいんだ」
「そうそう」
隊員達はにこやかに頷き合った。
その夜、城の1人部屋でくつろいでいたアリスはノックの音に扉を開けると。そこにはカイリが立っていた。
「悪いね、失礼するよ。うちの特殊部隊は能無しばかりで驚いただろう?」
「いえ…皆仲良さそうで楽しそうだなと…」
アリスは苦笑する。確かに彼らには対人部隊の様な特殊な力は感じられなかった。きっと剣の腕も劣るだろう。
「波留国の元対人部隊のクラッドとは面識があるよ」
カイリは勧められた椅子にゆっくりと身を沈める。
「ヘラヘラと笑ってばかりの男だが戦いになると別人に化ける。特殊部隊ってのはそんな人物が居てこそなんだが…あんたの付き添いの彼みたいな…ね」
「はあ」
アリスはちょっと緊張して曖昧に頷く。カイリは大きく溜息をつく。
「うちの国は兵士が片手に農具持ってる様な平和主義なんだ。少し腕の立つ刺客が現れたら降参さ。情けない話だ。
波留国は兵士の教育も行き届いているらしいね。上が優秀だと聞いた事がある。羨ましいよ」
カイリはしばらく考え込む。
「そうだ、うちの特殊部隊を波留国で鍛えて欲しい。波留国の王に取り次いでもらえないかい?」
「そうしたいのは山々なんですが……私達は旅の途中なんです。しばらく国には帰らないので……あ」
アリスはバッグから携帯を取り出す。カイリが珍しそうに覗き込む。
「那柘国の王に謁見する前にうちの王に許可をもらってなかったあ!!」
「……別に良いんじゃないかい?」
「でも!どうしよう!ちょっと相談してきます!」
アリスは一目散に部屋を飛び出して行った。
「ヤマダさん!開けて下さい!大変なんです!」
やっと1人になってくつろいでいたシズはアリスの声とドンドン叩く扉の音に何事かと扉を開けた。ちなみに『ヤマダ』はシズの国外での呼び名である。
「……どうしたの?」
扉を開けると今にも泣き出しそうなアリスが立っていた。後ろにカイリの姿もある。
「うちの王に無断で那柘国の王に謁見してしまいましたあー!」
「別に良いんじゃない?気になるなら明日にでも事後報告したら良いし」
「ううう……そうします…」
ガックリとうなだれるアリスにシズは微笑む。
「大丈夫だよアリス。君は攻められる事は何もしていない。自信を持って良い」
「ありがとうございます……」
アリスはまだ脱力の余韻が抜けないのか、ヨロリとしながら部屋に向かう。シズはちょっと心配だったがカイリが付いているようなので任せる事にした。
カイリはアリスに付き添いながら振り返る。
「まるで兄の様だね。彼女が気になるかい?」
「……大事な人ですから」
「へえ。あんたの様な良い男からなら私も言われてみたい台詞だね」
カイリは肩を竦めて去って行った。
次の日の朝、アリスの報告を聞いた波留国の王は驚いた。無理もない。自分の直属の部下が隣国の手助けに深く関わる事になっていたのだから。那柘国と言えば先日のメグ誘拐事件あり、対人部隊解散の原因あり。最近あまり良い感情を抱いていなかっただけに波留国のエリート達をこき使う事に王はちょっと立腹した。
「王。この問題は那柘国に留まらない可能性もあるのです。窃盗団『疾風』が今後我が国に流れて来る可能性も否定
出来ません」
『アリス。我が兵力を疑うのか?』
王の言葉にアリスはプチ切れる。
「私は大切な者をこれ以上1人たりとも無くしたくないんです!そんな事も分からないんですか!!」
しばしの沈黙。向こうで王が息を飲んだようだった。
「……すみません。取り乱して」
『いや。誠に…誠にアリスの言う通り。ではお前とシズ殿で協力して窃盗団撲滅に協力するが良い』
アリスは携帯を握り締めて深々とお辞儀をした。
「許可下りた?」
横に待機していたシズがのんびり問う。
「はあ…何とか」
半ば王を言いくるめた様な形になってしまった所為か、アリスの表情は冴えない。
「……君もたんか切ったりするんだ」
意外そうなシズにアリスはちょっと落ち込む。
「こんな短気で強気な性格だから彼氏すら出来ないんですよね~…」
シズは何とも言い難い顔でアリスを見つめる。
小さく溜息をつくアリスはシズから見れば充分優しく魅力的な女性だと思われるのだが、多分彼氏が出来ない理由はアリスが余りにも天然過ぎる所為では無いかと思われる。
「まあ、取りあえず今は旅の目的を達成する事が先決ですからそんな事言ってられませんけど」
アリスは小さく溜息をつく。
「早く波留国に帰りたいな……」
「うん。君のボウガンも大分様になってきたしね。……頼りにしてる」
「え!?本当ですか?」
シズの呟きにアリスは目をしばたく。剣の達人であるシズからまさか『頼りに』される日が来るとは思わなかった。
ちょっと嬉しい。や、かなり嬉しい。
これは後でハナに報告だ。
先程とは一転してウキウキしている所にカイリがやって来た。
「お早うお2人さん。予定通り今日はあんたらの指示通りにするけど……でも本当に良いのかい?」
シズは頷く。アリスはカイリの言っている事の意味が分からず2人を見比べる。
「今回の大捕物をあんたら2人に任せるなんて」
「……はい?」
アリスは思わずシズに向き直った。
「大丈夫です。任せて下さい」
シズは静かに答えた。
「信じられません!」
アリスの大声にシズは耳を押さえる。
「折角那柘国の特殊部隊の人もカイリさんも一緒だと安心していたのに!何で私とあなたの2人ぽっちなんですか?」
「……返って不安だろ……あんな奴ら」
シズは呟く。使えない兵士など居ない方がマシ。
「でも!窃盗団が集団で襲ってきたら!」
シズは穏やかな目をアリスに向ける。
「……だから言っただろう?頼りにしてるって」
アリスは何か言おうとして何も言えなくなってしまった。
クラッドが良くぼやいていた。『セイもいい加減我が儘だがシズには負ける』と。
剣の腕に絶対の自信があり、その自信が揺らぐ事の無い強さを兼ね備えているシズ。
彼が絶対だと言ったら全てが絶対の存在になる。波留国対人部隊最強にして最高の強者。
「……買い被り過ぎです」
「僕は昔から君をかっていたけど?」
シズは静かに答える。確かに今までも対人部隊との合同任務に際してシズはアリスの働きを評価していた。
「君は実務に適した行動を的確に行えている。評価出来る部分は大きい」
アリスはそんなシズの答えにちょっと引っかかりを感じた。別に自分だからかっていた訳ではない、自分がシズの評価に値する人材だっただけの話なのだという事に心なしか少し胸が痛くなる。
今回の旅もアリスという評価に足る人物の戦力アップへの協力なのだ。アリスは一緒に果てしない不安な旅に付いて来てくれるシズに感謝の気持ちやその他様々な想いが芽生えつつあったのだが何だか色々しぼんでしまった。
確かに遊びに来ている訳では無いのだがやはり喜びは分かち合いたい。楽しく行きたい。しかし彼は違うのか。
「今更ですが……シズ殿はどうして私に同行してくれる気になったんですか?私が貴方の評価に足る人物だったからですか」
シズはアリスの戸惑った様な不安げな眼差しを静かに見つめる。
「……すみません。今のは忘れて下さい」
思わず弱気な言葉が出てしまった。自分の存在意義を考え出すとつい暗くなってしまうのは悪い癖だ。
シズが必要としているならそれで良いだろうにまだ足りないとでも言うつもりだったのか?
アリスは首を振る。恋人同士でもあるまいしシズに多くを求め過ぎている。甘え過ぎている。
気を引き締めて行かなければいけない。
「行きましょう」
アリスは軍人の顔に戻ってシズに声を掛けた。シズは少し複雑な表情で、それでも小さく頷いてアリスに続いた。
2人が謁見の間の近くを通りかかると部屋からカイリが出てきた所だった。
「ああ、丁度呼びに行こうと思っていた所だ。ちょっと面倒な客がやってきててね」
アリスとシズは顔を見合わせ取りあえず謁見の間に入った。
「……あんたらか?波留の特殊部隊は」
奇妙な2人組だった。1人は屈強な髭面の30代程の男、1人は小柄な20代程の短髪の女。
2人とも腰に銃を差している。男の問いに取りあえずアリスは頷いた。
「『疾風』は俺等に任せてもらおう。うちで取り逃がした賊だ。あんた等の出番は無い」
「暁の者だな?」
シズの問いに男は頷く。
「うちで奪った銃で警備手薄な那柘国の抱負な財宝を狙っている。此処は俺等暁の特殊部隊に任せてもらおう」
「賊は剣も使う」
シズの一言に女は頷く。
「だから私達が来たのです。暁の兵士が取り逃がした賊の処理を国王の命を賜り此処に来たのです」
「処理…。殺すのですか?」
アリスの問いに男は頷く。
「暁でもまだ貴重な銃を使う特殊部隊が出ると言うことはそういう事だ」
アリスは口を閉ざす。出回る事の殆ど無い貴重な暁国の兵器、銃を使う特殊部隊の存在は知っていたが彼らがこのような暗殺部隊だとは知らなかった。
良く知らないが銃は一瞬にして人の命を奪う危険な代物らしい。
「僕らは引いても構わないが君等の銃は連射式じゃない。懐に潜り込まれないように気を付けた方が良い」
男はシズの一言に油断のならない目を向ける。
「……やけに詳しいじゃねえか。銃の扱いに知識があるのか」
「君には関係の無い話だ。行こうアリス」
シズはアリスを伴い、部屋を出て行った。
「アタシは賊が捕まれば誰が出ても構わないんだがね。殺しはちょっと遠慮願いたいね……」
アリスの話にカイリは表情を曇らせる。暁国の2人の特殊部隊は王の許可をもって『疾風』の抹殺に乗り出したらしい。
「仕方無いか。あんた等には世話を掛けたね。ゆっくりするなり那柘国を見学するなり好きにするが良いさ。そういや何であんた等は那柘に来たんだい?」
カイリの言葉にアリスは精霊探しの件を伝える。カイリは首をひねる。
「精霊だの魔法だのは那柘にはとんと縁の無い話だね。波留か芙由に多く魔法使いが居るんだから波留に居なければ芙由に居るんじゃないかい?精霊様は」
「ですよね~…。多分そうだと思います。精霊の世界に一番近いとされる芙由国は遠いし寒いからあんまり気が進まないんですがやっぱり行くしかないんでしょうね…」
精霊は予告無しに人の前に姿を現す。とは言え出現したり目撃情報の多いのが芙由国なのだ。
「ヤマダさん。どうします?」
「……嫌な予感がするんだ。僕は『疾風』の件を見守ろうと思う。申し訳ないが出発するなら明日にしてほしい」
不安気な表情のシズにアリスは頷いた。
「結局捕獲かよ…」
予告状の場所近くに待機しているのは暁の特殊部隊2人とカイリとアリスとシズの5人。
予告の時間は近い。
『殺しはいかん。奪われた財宝の在処が分からなくなるからな』
那柘国王の鶴の一声で今回の目標が定まった。
「波留も那柘も手を出すなよ」
予告状の場所の物陰に隠れて周囲に目を光らせながら男は不機嫌そうに言う。
「ったく、狭いしやりにくいったらねえな」
シズは無言で立ち上がる。
「ヤマダさん?」
「やりにくいらしいから……僕は外に居るよ」
シズはさっさと部屋から出て行った。アリスはカイリと顔を見合わせる。
「銃の巻き添えになりたくないし邪魔だってのなら……」
アリスもカイリと一緒に部屋の外に出る事にした。
狙われたのは那柘国大富豪の所有物である大きなダイヤモンド。
別名『精霊の涙』と呼ばれ、その凝った美術品は芸術的価値も高い。
『精霊の涙』のある部屋には暁の2人、その部屋の外にはシズとアリスとカイリが待機する。
「予告時間だ」
カイリが時計に目を向け呟く。
ドン…!ドン…!
聞き覚えの無い大きな音が2回した。
「銃…?」
アリスにシズは頷き扉の隙間から部屋の中を覗き見る。先程まで明るかった室内は今は暗い。火を消されたのか。
シズは目を凝らす。暗闇に動く影は二つ。背中合わせで銃を持っているようだ。ロープがつり下がっている。
上にもう1人手引きした人物が居るようだ。窃盗団『疾風』だ!
暁の特殊部隊は銃を一度撃ったようで弾の充填に時間を要している。その間ターゲットは放置状態だ。
「……まずい…」
ダイヤに手を出そうとする賊にシズはナイフを投げる。
「!!」
手を掠めたナイフを見、賊の銃口がシズに向く。シズは明るい室外から室内に滑り込んだ。アリスも続く。
「……新手か!」
「取りあえずダイヤを。早く引き上げよう…」
「そうはさせない」
シズの剣の鞘が賊の1人の鳩尾に決まった。賊は一瞬呻いた後、腹を押さえてうずくまった。
「よくも!」
もう1人の賊が動いた。至近距離でシズに銃を突きつける。
「死ね」
賊の声と同時にアリスはボウガンを発射させる。
ドン…!
銃が鳴った。アリスは大きく目を見開く。その目に砕け散る豪奢なシャンデリアが映った。
銃はアリスの弓に弾かれて頭上に発射されたらしい。
頭を庇っていたシズは剣を取り出そうとする賊の喉笛に素早く剣を突きつけた。
賊が降参するように手を挙げようとした時、頭上で呻き声と共にもう1人の賊が落ちてきた。
上で手引きしていた者が流れ弾に当たったらしい。シズの注意がほんの少し逸れたのを賊は見逃さなかった。
隠し持っていたナイフを取り出し斬りつけてくる。
「シズ殿!!」
「……!」
アリスが叫ぶ。シズはとっさに避けたが切っ先が左頬をえぐる。血が流れる。
「死ね…」
ポタポタと流れる血を拭いながらシズは賊を見遣った。至近距離だが賊は黒ずくめで容姿は良く分からない。
ナイフを持つ手は太く、骨張っている。男のようだ。黒ずくめの男はさらにシズにナイフを突き出した。
「五月蠅い……」
シズの目が細まる。音もなく動いた彼の剣は黒ずくめの男のナイフを弾きその剣は男の喉を…。
「シズ殿!!」
アリスの大声にギョッとした様にシズの動きが止まる。黒ずくめの男はへたへたとその場に崩れた。
「いけない……殺す所だった…」
シズは首を振って剣を鞘に戻した。落下してきた3人目を縛り上げていたアリスは安堵の溜息をついた。
「銃の充填完了…っと。あれ?」
「もうとっくに終わってるよ」
顔を出してキョロキョロ見回す暁の男と女に待機していたカイリは大きく溜息を吐いた。
腹を押さえたまま泡を吹いて失神している男、本気のシズに剣を突きつけられてすっかり腰を抜かした男、そして2人を手引きした男。アリスは3人を入念に縛り上げた。
「……んん?」
男達の顔を見回したカイリは落下してきた男を見て仰天する。
「何て事だい……こいつはうちの王子じゃないか!!」
「この馬鹿王子が!!」
幸いにも流れ弾は王子の腕を掠っただけに留まったらしい。右腕に包帯を巻かれて小さくなっているのは那柘国の第一王子であるウィリアム王子であった。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまで愚かだとは思わなかった…」
王は嘆く。
「ウィリアム王子、何故今回の事になってしまったのかお聞かせ願いたい」
5人は賊を伴ってすぐに城に戻った。『疾風』の2人は改めて尋問されるとの事で牢獄に連行され、5人とウィリアム王子は謁見の間に来ていた。
まだ歳は二十歳前後だろう王子はあどけない顔をしていた。カイリの問いに王子はボソボソと話し出した。
「最近……何をやっても上手く行かなくて何もかもが楽しくなくって…。城を抜け出して城下町で遊んでいたらあの2人に会ったんだ。そんで意気投合して……。あいつ等が殺しまでするなんて思わなかったんだ。でも途中で抜けられなくて……」
「王子は自分の身分を話したのですか?」
ウィリアムは首を横に振る。
「良かった。話していたら十九八九体の良い人質にされて今頃お命は無かったかもしれませんね」
カイリの言葉にウィリアム王子はうなだれる。
「……ごめんなさい」
王は大きく溜息を吐いた。
「お前は手引きだけで手は下してなかろうな?」
「そ、それはもちろん…。そんな度胸僕にはとても……」
「波留国の深琴姫に振られたのがそんなに答えたか?」
「……」
王子の顔に朱が走る。図星だったらしい。
「お前の処分はまた後でな。下がれ!」
うなだれたままウィリアム王子はカイリに付き添われてスゴスゴと退室した。王は4人に向かって深々と頭を下げる。
「あなた方は身内の尻拭いに良く働いて下さった。お礼のしようもない」
「俺等は何もしていない。暁の銃は充填に時間が掛かり過ぎてね。実際に確保したのは波留の2人だ」
暁の男は肩を竦めた。女も頷く。
「我らは少々銃に頼りすぎていた。今回は良い教訓を得ました」
王は頷く。
「暁の特殊部隊は……殺人の請負も公的に認められているのか?」
男は頷く。
「もちろん。死刑執行人も兼ねていますからね。どこの国ももそうでしょう?別に大したじゃない」
「いや…うちは殺人は禁止しておるし波留国はその…」
王がアリスをちらりと見遣る。アリスは苦笑する。
「先日波留の特殊部隊のうち対人部隊が那柘国との2国間協議で解散したのです」
男は目を丸くする。
「何だって?波留の対人部隊っていやあ名の知れた伝統ある精鋭部隊じゃねえか。冗談だろう!?」
「はあ…それが本当の話で」
「意義を申し立てる。暁と芙由はその話に合点が行かない。早急に復帰させることですね」
王は頷く。
「今回の件も含め、特殊部隊の大切さが私にも分かった。波留国ともう一度話し合いの場を設けて対人部隊の復帰を是非願い出ようと思う」
「本当ですか!?」
アリスは顔を輝かせる。シズも目をしばたく。
「対人部隊は両親の居た思い出の部隊なんです。良かった…」
「両親?あんた名前は?」
暁の男が興味をひかれて声を掛ける。
「アリス=テイラー」
アリスの答えに男が女と顔を見合わせる。王もちょっと手を止める。
「…あの波留のテイラー夫妻!?竜と心を通い合わせた伝説の剣士…」
アリスは誇らしげに頷いた。
4人には個室があてがわれ、那柘国の最後の夜を過ごす事になった。
シャンデリアの破片を被ったシズは早急に那柘の救護班に連行された。左頬に当てた応急処置のガーゼからはジワリと血が滲み出ている。
「綺麗な顔なのに跡が残るかもしれねえな…」
暁の男がポツリと呟く。アリスはそれよりも俯いた彼の沈んだ表情が気になった。
「アリスさんよ。芙由国に向かうなら暁まで一緒に行かないか?どうせ賊の尋問には時間を要するだろうからな。一旦俺等も一度暁に戻るつもりなんだ」
アリスは思案する。確かに旅の人数は多いにこした事はない。暁の特殊部隊なら素性もしれているから安全だ。
「そうですね。良い案だと思います。ヤマダさんにも相談してからお返事します」
男は頷く。
「自己紹介が遅れちまったな。俺はサリード。こいつはジュリ。ファーストネームは割愛な」
「一瞬ですが貴方のボウガンの腕を見ました。素晴らしい腕前に感服いたしました」
ジュリは微笑んでアリスに握手を求める。短い赤髪がさらりと揺れる。アリスも恐縮する。
「始めたばかりなんで…まださっぱりなんですけど…」
「俺もあんたの腕に惚れたぜ。あんたなら凄腕のスナイパーになれる。暁で本格的に銃を使ってみないか?リーダーにあんたを推薦したい」
サリードも絶賛する。アリスの腕は暁から見ると余程素晴らしい人材に映るらしい。
「暁に着いたら銃の訓練所に案内させてくれ。一回あんたの銃の腕を見たい」
すでに勧誘すら始まっている。アリスは眉根を寄せる。
「と、取りあえずヤマダさんと話を…」
サリードとジュリの勧誘から逃げる様にアリスはその場を後にした。
「銃は確かに強力な武器だけど波留じゃ弾の補充も出来ないし第一殺傷能力が有り過ぎるしなあ…」
アリスはシズの部屋を探しながら小さく溜息を吐く。波留の武器は剣とナイフとボウガンが中心なのだ。
「それより精霊…。そういやさっきのダイヤの名前も『精霊の涙』って言ってたっけ」
アリスの旅の目的は精霊を見付けて自分の魔法の力を高めてもらうことなのだ。
「暁の銃もちょっとは魅力だけど…精霊に会う事を一番に考えなきゃ…」
シズの部屋に着いたアリスは扉をノックした。
反応無し。
「シズ殿?」
空いていたのでそっと扉を開ける。シズはベッドの端に腰を降ろしてぼんやり窓の方を向いていた。
「手当は済みました?」
アリスの声にシズは小さく頷く。相変わらず向こうを向いているシズにアリスは首を傾げる。
「どうしたんですか?先程から元気無いみたいですけど…。座りますね」
アリスはシズの前に椅子を持ってきて腰を降ろす。
しばらくシズは無言だったが、大きく溜息をついて顔を上げた。
「……助けてくれてありがとう、アリス。礼を言うのが遅れた」
先程の戦闘中、アリスのボウガンの援護射撃が無ければシズは銃に撃たれていたのだ。
アリスは首を振る。
「シズ殿が頼りにしてくれましたから私も撃てたんです。…もしかして元気が無い理由はそれですか?」
シズは小さく頷く。
「命を危険に晒し、しかも無意識に人を殺す所だった…。僕は対人部隊リーダー失格だ…」
自分の腕に絶対の自信を持っていたシズなので落ち込むのも無理はない。
「シズ殿……。気持ちは分からないでも無いですが…」
アリスはシズの肩に手を置く。
「私はいつも失態ばかりですよ?魔法も駄目、剣も駄目。いつもハナやクラッド殿…そして貴方から救って頂きました。
だからたまには私が貴方を救う事があっても良いんじゃないですか?」
シズは顔を上げる。
「貴方が落ち込むなら私はどうなるんです?既に対モンスター部隊辞めて兄の推薦する相手と結婚して田舎で子育てをしててもおかしくないですよ?」
「それは嫌だな…」
アリスはげんなりするシズに微笑む。
「でも私は此処にいます。つまり人という字は支え合って成り立つ。これです」
「何、それ」
シズは苦笑する。アリスも笑う。
2人でひとしきり笑った後、シズが穏やかな表情でアリスに向かった。
「……ありがとうアリス。何とか気持ちの切り替えが出来たみたいだ」
「いえ。少しでもお役に立てて良かった。これからも宜しくお願いしますね」
「こちらこそ」
立ち上がったアリスにシズも立つ。アリスの目にシズの左頬の大きめの絆創膏が映る。
「そう言えば…傷、大丈夫ですか?」
「うん。跡は残らないだろうって救護班の人が言ってた」
無意識にシズの頬に手をやるアリスの手をシズはそっと取る。
「シズ殿?」
「アリス……」
シズは取った手を引き寄せー……。
「お二人さんに朗報だ!!」
バーンと扉を開け放って入ってきたのはカイリだった。シズはぱっとアリスの腕を離す。
「お取り込み中だったかい?」
「……いえ。何でも…」
シズは沈んだ声で小さく答えた。アリスはそんなシズに首を傾げる。
「どうしたんですか?カイリさん」
「そうそう。今回ウィリアム王子を救って賊を捕獲した褒美に『精霊の涙』があんた等に渡される事になったんだ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。暁の2人には内緒でな。さあ、王の元に行っとくれ!」
カイリに押し出される様に2人は再び謁見の間に連れ出された。
「何度もご足労かける。何せ明日早くに発つと聞いていたからな」
王の前に再び畏まったアリスとシズは首を振る。
「那柘国王、我らは褒美が欲しくて働いた訳ではありません。受け取る訳には……」
アリスの答えに王は首を振る。
「対人部隊の解散の迷惑料込みだ。遠慮なく受け取ってくれ。それにこのダイヤにはもう一つ不思議の力がある。何と精霊を一度だけ呼び寄せられるらしい」
一瞬その場が静まった。
「……その話は本当ですか…?」
震えるアリスの声に王は頷く。
「まあ呼び寄せたらダイヤは砕けてしまうらしいがな。世界各地にある精霊召還の宝石の中でも信頼出来る物だ。カ
イリから君らが精霊を探していると聞いた。これで旅の目的は果たせるだろう」
「はい……まだ信じられませんが…」
アリスはまだ放心している。
「王、どうやって精霊を呼びだすのですか?」
「知らん」
シズの問いに王はきっぱり答える。またその場が静まった。
「……まあ、精霊の研究に力を入れている芙由国なら誰ぞ知っているかもしれんな」
王の答えにアリスとシズは顔を見合わせ溜息をつく。
「そんな事だと思った…」
「やっぱり芙由に行かなきゃならないんですね…」
アリスは精霊を呼び出すダイヤ『精霊の涙』を王から譲り受けた。何らかの方法で精霊が一度だけ呼び寄せられるらしい。その方法は不明。精霊の研究が盛んな北の大国、芙由国でその方法を探す事になりそうだ。
部屋に戻ったアリスはそれでも希望が出来た事に少し胸が弾んだ。旅は順調に進展している。この分だと波留に帰る日も遠く無いかもしれない。
「よーし!!」
アリスは思いっきりベッドにダイブした。スプリングが大きく軋む。今日はぐっすり眠れそうだ。
シズはその頃波留国王に事件の報告と那柘国王や暁国からの対人部隊解散撤回の意見を電話で報告していた。
「……帰国?」
『そうだ。お前に去られて我が国の治安は日々悪化しておる。セイとクラッドに働いてもらっているが追いつかない状態
でな…。対人部隊復活なら尚更お前には波留に戻ってもらいたい』
「しかし…アリスの件は…」
『元々1人旅の予定だったし彼女は彼女なりに自分の身を守る術も持っておる。心配なら波留の兵士を送るが』
「……どうしても戻らなければなりませんか?」
戸惑うシズに王が声を押し殺す。
『……実は今日セイが傭兵相手に深手を負ってな。先程城にかつぎ込まれた所なんだ…』
「セイが!?」
『ああ。命に別状は無いらしいが…。慣れたお前と組むのとは勝手が違ったのだろう』
シズとセイは2人で行動する事が多く、統率も取れていたがシズの居ない今は単独か、もしくはクラッドと組んでいるはずだ。勝手が違って思わぬ傷を負ったに違いない。シズの頬を冷たい汗が流れた。
旅立つ時セイは少し不安そうな顔でシズを見送っていた。その不安が見事に的中したのだ。
「……分かりました。波留に戻ります」
シズは静かに電話を切った。
次の日。アリスはシズから波留の現状を聞いて驚いた。
「あのセイ殿が傷を負うなんて……」
シズも頷く。セイの腕はシズも認めている。余程の事態だ。
「それでシズ殿は波留に戻るんですね」
シズは申し訳無さそうに頷く。アリスも大きく頷く。
「波留をしっかり守って下さい。皆を守って下さいね」
「僕は……君の事も心配なんだ」
アリスは首を横に振る。
「私の事は大丈夫です。暁までは特殊部隊の方と一緒しますし何とかなりますよきっと」
「……済まない、アリス」
「何で謝るんですか?」
ちょっと泣きそうなシズが可愛くてアリスは微笑む。
「毎日メールしますよ?」
「……うん」
この別れはちょっとハナとの別れを彷彿させる。アリスは長身のシズの頭をよしよしと撫でる。
「少しは役に立つアリスになって帰って来れるように頑張りますから…シズ殿も頑張って下さいね」
シズは穏やかな表情でアリスを見つめ頷く。
「君の旅に幸多からん事を」
「……はい」
アリスはシズと握手を交わし、2人は那柘国で別れる事になった。
アリスの旅はもう少し続く。だが、今後は自分の身は自分で守らなければならない。
「……大丈夫」
震えそうになる体を抱き締め、アリスは自分を呼ぶ声に答えた。




