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竜とお姫様  作者: 大玉 由美
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振り回されるのは下々の輩

「忙しいところ誠に申し訳ない、アリス」

吹き抜けのセンスの良い王宮に呼び出されたのは王直属の特殊部隊。しかし…。

「…王。何で私1人っきりなんですか?隊への召集と聞きましたが他の2人は?」

大広間には憤慨した女性が1人ぽつんと立っているだけだった。

肩までのサラサラの黒髪がややきつい印象を与えている長身の女性で年は22才。

身のこなしはすっきりとしており隙が無い。

「他の隊員は別任務でな。まあ終わり次第合流するようメールしてるからさ」

ヒラヒラと手を振りながらまだ中年と言うには年若き王がにっこり微笑む。

「対モンスター特殊部隊員アリス=テイラー殿に命ずる。うちのバカ娘を連れ戻してくれ」

「またですか…今度はどこのモンスターですか?」

「竜人だ。場所は分かるな?今回は対人特殊部隊の3人にも協力を要請している。6人で仲良くやってくれ」

アリスは一礼して退室した。


人とモンスターや不思議の生き物が共存する世界。彼らは個々に王国を築き、発展してきた。また、種を越えた愛も育まれた。人と人以外のハーフなど珍しくなく、中には何の血が入っているのか分からない程の混血種

もいる。純血を守る種もいるがほぼオープンに世界中で愛は育まれている。

人と小型竜のハーフがいわゆる竜人と呼ばれ、数の増えた彼らは小さな部落を作って生活するまでに発展していた。彼ら竜人の住処は人間の住む王宮に近い所為もあってか、良く城下に顔を出しては好みの女性をナンパする。竜人のワイルドな顔立ちに惹かれる女性も多く、一部社会問題として取り上げられた事もあった。

しかし竜人の国内への出入り制限の法案は人間の男の魅力が足らないからだと王から先日却下されたばかりであった。

その竜人の男に、我が国の姫がナンパされて連れ去られた。

「いい加減その尻の軽さを何とかしてほしいわ全く…」

アリスは自室に戻って旅の準備をする。太陽電池の永久携帯もバッグに放り込む。

「…今回は例の3人も入るし、荒れそうだ…」

アリスはバッグ片手に部屋を飛び出した。








「はいはーい。こちらマルモのハナでーす。って、なーんだ。アリスか」

歩きながらアリスは隊員に連絡する。携帯からは弾んだ声が聞こえてきた。

「何だじゃないわよ。今どこ?」

「えーっと、どこだっけ?あ、西500キロの砂漠なりー。砂トカゲの盗賊団捕獲完了☆」

「一緒に誰か居るわね?じゃあ仕事は託してすぐこっち向かって。王命出たから」

「やー。体ベタベタだもん。シャワー浴びたい~」

甘えた声に、アリスは頭を抱える。

「さっさと来る!今回は対人部隊も来るんだから」

「え!うっそマジ?すぐ行く!キャー!!待っててシズ様~vv」

「ハナ、マルモじゃなくってちゃんと対モンスター部隊と名乗りな…」

ブツッ!!

「………」

着られた電話を手にアリスは溜息をついた。

「相変わらず礼儀のなってない奴…」

端から見れば充分アリスも礼儀のなっていない女性なのだが他の2人に比べたら全然常識人だと、アリスは断言出来る。

特殊部隊は王の部下の中でもいわゆるエリート部隊である。

王の勅命で動き、命の無い時は自由。しかし常識もモラルも持ち合わせない人物揃いなのだった。

王は竜人の集団攻撃を恐れ、なおかつ穏便に事を済ませようと思って特殊部隊全員に召集をかけたのだろうが、アリスに言わせればそれがそもそもの間違いだ。

対モンスター部隊の3人は精霊の血を引き魔法を使える貴重な人材。故に多方面への被害甚大。

対人部隊の3人はナイフや剣の類い希なる達人揃い。隣に仲間がいると返って危ないようだ。

はっきり言って、1人で行ったがマシ。

「でも王命は絶対…はあ…。今月の給料見込んで欲しかったピアスのローン組んじゃったしな~」

誇りっぽい城下町をトボトボと歩く。保存食の買い出しをして城を出る頃にはハナも到着するだろう。

「竜人の部落までは馬と徒歩で3日くらいか…」

召集をかけたところで全員が集まった試しは殆どない。アリスは3人分の携帯食料を買って、馬を見繕いに行った。








「……ZZZZZ」

「…あ」

道端で、浮浪者に混じって高いびきを上げている男。埃まみれだが隙の無い物腰。

アリスは無言で腰に差したレイピアを抜いて男に突きつける。

「…物騒だなあ相変わらず」

薄目を開けてちらりとアリスを見た男は小さく笑った。

「ここで何してるんですか?対人特殊部隊隊員、クラッド=ハーレイ殿?よもや…王命を無視して昼間っから酒浸りなんて事は無いでしょうね…?」

男の寄りかかっている建物は国一番の酒場。クラッドを探したければまずはここに来るのが一番てっとり早い。

無類の酒好き女好き。しかし大剣の素晴らしい使い手で、対人部隊の中では一番普通な人物である。

「朝まで飲み明かしちゃってさ。もうちょっと寝かせてよ」

「駄目ですよ…王命出たの知ってます?」

「知らん。酒の間の携帯は切る主義なんでな。それより、この可愛い剣をいい加減どけてくれないか?」

アリスはレイピアを腰に戻した。剣でこの男にかなうはずも無い。

「一緒に来て下さい。今回は6人での任務です。他の2人にも連絡を」

クラッドは仕方無い、と立ち上がった。

「シズもセイも通じねえと思うがな。そっちもメグとは通じねえんだろ?」

「メグは緊急時のみの召集ですから、あえて連絡は入れていませんよ」

「そうだな。精霊と人間のハーフ様はこんな汚れた空気自体が毒だもんな~…俺も滅多に会った事はねえが…」

クラッドは埃をはたいて携帯の電源を入れた。








「さーて…電話はモチロン通じないし、いつものメンバーで行きますか」

クラッドは携帯を尻のポケットに押し込んで歩き出す。

アリスも慌てて後を追う。

コンパスの大きなクラッドに付いていくにはやや早歩きが求められる。

クラッド=ハーレイ。男。年は29。銀の短髪に濃い蒼の涼しげな瞳、肌の色は浅黒い。恵まれた体躯は素手での格闘も得意とするが背中に差した大剣こそが彼の本職。様々な大陸を渡り歩いてきた傭兵だがこの地で対人部隊に抜擢された。

魔法の通じないモンスター退治にも召集される事が多く、対モンスター部隊との交流も一番多い人物である。

酒癖は悪いが気の良い気さくな性格で、頼れる兄貴分である。

「何か最近お前と2人きりばっかだよな。いい加減この顔見飽きただろ?」

アリスは苦笑する。

「いいえ。頼りにしてます。私はあんまり戦力にならないし…」

精霊の血をひいていても魔法が使える者は極わずかで、それ故珍重されている対モンスター部隊。精霊の血が濃い程その力は大きい。精霊と人間のハーフであるメグは国賓並の扱われようで、彼女を狙う諸国は後を絶たない。最大の人間兵器とも言われている。ハナはクオーターであるが力は強く、対モンスター部隊第一人者として立派に勤め上げている。

「私は血をひいているかすら定かじゃないんですよね。隊員志願も始めは対人に志願していたくらいですから」

毎年開催される志願テストに参加したアリスは何故か魔法の腕を見込まれて急遽対モンスター部隊に所属となったのだ。

「魔法が使えるといっても子供の手品みたいなもので…全然戦力にならないんですよね」

「そういやお前が戦場で魔法を使うのを見た事はないが…。魔法ってやつは訓練とかどうするんだ?」

「さあ…精霊なら分かるのでしょうが今の私には何も。だから私は私に出来る事をしたい」

「それが剣の訓練か。でも中途半端な剣は身を滅ぼす。下手に相手を刺激しかねない…俺はあんまり賛成しかねるな」

クラッドは微笑む。

「剣を向けるという事は殺されても文句は言えない。俺が居る時は剣を振るのは止めとけ」

アリスは首を横に振る。

「それでは…私は只の足手まといです。隊員になった意味がありません」

「女は黙って男に守られていればいいんだぜ?アリス」

「……口説き文句は酒場でどうぞ」

「あれ。乗って来ないの?」

「落ち込んでいますから…。せめて魔法がもう少し使えたらと…」

精霊は人間の前に姿を現すことは稀であり、存在すら魔法が無ければあやぶまれたくらいなのだ。

「まあ、王がお前をどう評価しているか分からないが、もうちょっと肩の力を抜いて良いさ」

「ありがとうございます。私なりに貢献出来る事を探しますね」

「俺はアリス殿の正確な目的伝達と旅の万端なる準備、目的地への的確なナビだけでもう充分過ぎる程の働きは出来ていると思うがね」

クラッドは頭をボリボリ掻きながら地図を眺める。

「相手さんからの要求は?」

「何も。我が国の姫である事を知っているのかも定かではありません」

「目的は?」

「姫奪還。邪魔をするなら最悪、死も辞さないと」

「フーン…でも殺しは止めたが良い。竜人との争いの元だ」

「そうですね」

「当事者の姫が帰るのを嫌がる場合は?」

「強制送還です」

「何回強制送還された事やら」

クラッドは苦笑する。姫は惚れっぽい性格らしく、今まで何度も強制送還をくらっているのだ。

「さっさと結婚すりゃいいのに」

「隣国の王子との縁談は姫の好みに合わずに破局となったらしくて…」

「……騙してでも連れて行けよ…」

クラッドは地図をアリスに返す。

城門の近くの馬小屋は目の前だ。目的に応じた大小多数の馬が並んでいる。

「うちの2人はは手が空き次第合流すると思うがそっちは…?」

「ハナがもうじき帰るので一緒に出られるかと。到着まで待ちましょう」

クラッドは頷き、馬小屋の隣の休憩所に入った。








「いらっしゃいませ。クラッド様、アリス様」

顔見知りの主人は2人を奥に案内する。簡素だが清潔な休憩所だ。

所内はフリーの冒険者達がパーティーでまとまって談笑しており、とても賑やかだ。

冒険者達は世に害をなすモンスター退治で生計を立てている。殆どが剣の使い手だが一部魔法使いも居るらしい。

「すごい…」

高級そうな重装備にアリスは目を見張る。

クラッドは気にも止めずに飲み物を持ってテーブルに着く。

「冒険者って儲かるのかな」

「ピンキリだろうが最近は数が増えて商売上がったりらしいぜ。マナーの悪いのも多いしな」

マナーの悪い冒険者…国内で犯罪を犯した者等の処分は対人部隊の任務の大きな役目の一つだ。クラッドは飲み物をゆっくり口に運ぶ。

「そういえば…ずっと気になっていたんですけど、対人部隊の顔があまり知られていないのは…」

クラッドは声を潜める。

「そう。仲間を殺られた冒険者からの襲撃を防ぐためさ。俺はここではただのフリーの冒険者で通っているし、シズやセイは人前には殆ど顔を出さない。ま、あいつらがそれだけヤバイ仕事を請け負ってるって事だが」

アリスは頷く。確かにシズやセイはクラッドより小柄で身のこなしも素早い気がする。

「俺の武器自体暗殺にゃ向かねえんだ。だから喧嘩の仲裁やらモンスター退治に雑多に駆り出されているのさ……おっと」

さっきからクラッドをじっと凝視していた女剣士がすっと近づいてきた。

友好的な雰囲気ではない。女はテーブルの前に立ちはだかった。

沈黙の後、女が切り出す。

「あんた、クラッドとかいう剣士だろ?この間はうちの仲間が世話になったそうじゃないか」

「……何の話かな」

「3日前、酒場で酔い潰れて乱闘を始めた男2人をあっさり外に放りだしたのは…あんただろう?」

「だとしたら…?」

クラッドの蒼の瞳がスッと細められる。女はゆっくりと手を挙げ……。



「あんた気に入ったよ。アタシと組まないかい?」

女剣士の手がクラッドに差し出された。アリスは拍子抜けして腰の剣から手を離す。

「うちの仲間はあれでも名の知れた冒険者でね…もう別れちまったけどさ。それからあんたをずっと探してたんだ」

女の申し出にクラッドは苦笑する。

「魅力的な申し出だがあいにく連れがいてね」

女はアリスに目を向ける。

「こんな小娘なんか止めときなよ。命がいくらあっても足りないよ」

「……」

アリスはピクリと体を竦める。腹は立たないがやっぱり悲しい。

「俺は彼女が良いんでね。残念だが他を当たってくれ」

「へっ…?」

クラッドの腕ががアリスの肩を抱き寄せる。アリスは驚いて目を白黒させる。

「女の趣味の悪い男はこっちから願い下げだよ」

女剣士は興味を無くしたように出ていった。アリスはほーっと息を吐く。

「危ない所でしたねー…」

「アリス…つーか対モンスター部隊は顔割れてるんじゃないのか?」

半ば呆れながらクラッドは腕を放す。

「派手な活躍のハナと国の祝典演出に出席するメグを知らない者は多分居ないと思いますが…私は地味なのであんまり知られていないみたいで」

「へーえ。便利だな。さすが対人部隊志願者」

「変な誉め方しないで下さい」

アリスはマグカップに口を付けながらクラッドを睨んだ。

「クラッド殿は…冒険者になろうとは思わないのですか?」

クラッドはキョトンとアリスを見つめる。

「思わないな、今の所」

「ずっと傭兵だったんですよね。どうしてこの国で王属になろうと思ったんです?」

クラッドは曖昧に微笑む。

「まあ、良いじゃねえか。他人の事情なんて」

アリスはクラッドほどの腕があれば冒険者として間違い無く成功するだろうに。

何か、彼をこの地に止める事情があるのか。

ピピピ…。

携帯のメール音が鳴る。

「お、シズだ。何々…『気が向けば行く』……」

クラッドは超スピードで返信した。

「何て返したんですか?」

「『アリスも待ってる。早く来い』」

「私の名前を出しても来るわけ…」

ピピピ…。

『すぐ行く』

クラッドは腹を抱えて笑い出す。アリスは首を傾げる。

「何でこんな返事が来るんですか?私何かしました?」

「いやいや。そうだな…強いて言えばシズはお前が気になるのさ」

「…は?」

「お前があんまり無防備すぎて不安なんだろう」

「そういう事だと思った…」

アリスがムッとして呟く。

「まあまあ、気にされる事は良いことだ。思う存分シズ君に甘えなさい」

「嫌です!」

アリスは大きな溜息をついた。

さっさと出発したいのだが、ハナは何を手間取っているのかー…。

「お久ー!」

予告無しにバターンと大きな音を立てて扉が開いた。アリスはお茶を吹き出す。

底抜けな明るい声に、振り返った冒険者達は一斉に息を飲む。所内がにわかに騒がしくなる。

軽快な足取りで室内に入ってきたのは国内でも知らない者は居ない程の有名人、対モンスター部隊隊員、ハナであった。








「お、おいあの娘…」

休憩所のざわめきは益々大きくなる。周りの視線を一心に浴びても動じる事無く部屋内に入ったハナは周囲を見回した。

アリスと一瞬視線を絡ませ、ハナは肩を竦める。

「居ないや。おっかしーな」

「ハナ!あんた対モンスター部隊のハナだろ?誰探してるのさ?対人部隊かい?」

冒険者達がぐるりとハナを囲む。

「俺ら対人部隊にちーっとヤボ用があってね…」

「俺もだ」

「俺はあんただ。ハナ殿に是非うちのパーティーに加わって頂きたい!」

「うちが先だよ!」

騒ぎ出す冒険者達に乗じてアリスとクラッドはこっそり建物の外に出て行った。

冒険者達の言い分が一区切り付いた所でハナは出口に向かう。

「ハナ殿!質問に答えて頂きたい!」

「えー?ハナ冒険者になる気ないしー?今は休暇も取れるしお給料すっごく良いからさ☆やっぱ雇用交渉して良かったって

感じ?モンスター退治に手こずる時は王宮通じて是非対モンスター部隊にご依頼下さいな」

「おい!対人部隊の情報を教えてくれ!」

「知らないよー?管轄外☆知ってたら手合わせするからハナにも教えてねvじゃ!」

手を振ってハナは階段を下りていった。

後に残った冒険者達は三者三様の顔で顔を見合わせた。

「生ハナっち可愛かったなあ…vv」

「ああ…超小顔!ベビーフェイス!」

ハナファンの冒険者達がうっとりと酔いしれる。

「…ちっくしょう…絶対対人と接点を持っているハズなんだが…城や町ではいつも1人だし…」

対人部隊探しの冒険者が頭を掻きむしる。

「今度こそ仲間に入れる!借金してでも彼女の言い値の給料を…!!」

ハナを仲間に入れたい冒険者達は算盤で計算を始める。

「ハナっちファンクラブの者ですが!生ハナっち出現との情報を入手して参りました!!」

「どこですか?ハナっちー!L・O・V・Eラヴリーハナっち!!!」

ハッピの軍団が怒濤の様に押し寄せてきた。ハナの非公式ファンクラブの会員達である。

「うるせー!!」

「てめーの方がうるせえ!!」

休憩所内はパニック状態に陥った。








有名人ハナとの接触には細心の注意が必要だ。彼女と関係のある人物だと疑われたら終わりだからだ。

国内での連絡は携帯。隊単位の任務の待ち合わせは先程のように会って一度別れ、国を出た先の丘を越えた目印の木の下で合流する。移動中も極力目立たないように大きなマントで姿を隠すよう強いられている。

最近はマナーの悪いファンのおっかけが多く、いつ情報が漏れるか分からないのだ。

「俺はたまに城下でハナと飯食ったりしてるぜ?俺は表向きはフリーの冒険者だからな」

馬小屋で馬の用意を頼んだ後、クラッドはこそっとアリスに耳打ちする。

「良いんですか?」

「良くないけど…いつもあいつ1人で飯食ってるからさ。誰か誘えって昔言ったんだ。そしたらあいつ何て答えたと思う?自分と一緒に居た友人が冒険者に殺された事があるからそれからは誰とも一緒に食わないんだと」

「嘘…」

アリスの顔が青ざめる。そんな話は初めて聞いた。いつも明るく、悩みとは縁が無いように見えるハナの暗い部分を垣間見てしまった様で、アリスは胸がチクリと痛んだ。

「……今度、ご飯に誘おうかな…」

「是非そうしてくれ」

クラッドは微笑んだ。






竜人の集落は人間の住む王国から遠く離れた岩山にあった。

洞窟を利用した自然の要塞。ここで竜人の大半は生活している。

入り口に立つ2人の見張りの竜人は欠伸を噛み殺す。

「退屈だな…早く交代の時間にならねえかな…」

手にしたヤリを弄ぶ。シッポをパタパタと振る。

小型竜と人間の混血である竜人は皮膚にうっすらウロコがあり、目はは虫類のそれと同じだ。

シッポはあったり無かったり。二本足で立ち、人間と同じような生活を送っている。

「そういや…また若が人間の国に出かけてるんだって?」

「ああ。あの方は人間の女の透き通るような白い綺麗な肌が大好きでな」

「嫁探しって訳か」

「まあ、あの容姿なら人間の女も喜んで嫁に来るだろうがな…。お、噂をすればだ」

遠くから数人の竜人の群が見えてきた。

2人は姿勢を正す。

「お帰りなさいませ」

「お疲れさん」

数人の竜人が道を空け、その間から優雅に進み出たのは竜人の中でも一際逞しい竜人…長の息子のガイルである。

シッポは無いが皮膚に浮き出たウロコと鋭いキバ、やや尖った目つきは竜人の証。

ガイルは後ろを振り返る。

「籠を中に。大事な客人だ」

籠が運び込まれ、ガイルも洞窟の中に姿を消した。

「若も年頃だからなあ…」

見張りは顔を見合わせて頷いた。








「窮屈な思いをさせてしまったな。気分は悪くないか」

洞窟の奥は空気も澄んでおり、岩肌には豪奢な造りがしつらえてある。

籠の隙間から顔を出した女性はゆっくりと周りを見渡した。

漆黒の艶やかな髪に透き通るような白い肌。長い時間籠に揺られた所為か、顔にはやや疲労の色が見える。

しかし薄物の合わせをスッと引き寄せて立ち上がった姿はそんな疲れなど微塵も感じさせなかった。

取り出した扇をハラリと口元に当て、小さな赤い唇を隠して微笑む。

「思ったより、楽でした」

「そうか…それは何よりだ」

ガイルは眩しそうに女性を見つめる。

「フラリと立ち寄った人の国でこんなに理想通りの女性に巡り会えるとは思わなかったな。女、名は何と言う?」

上等な絨毯の上にあぐらをかいてガイルが尋ねる。女性はチラリとガイルを見、睫を伏せる。

「名乗るなら先にご自分からが礼儀と言うもの…」

鈴の音を転がす様な軽やかな声に、ガイルは嬉しくなる。

「俺はガイルと言う。ここの竜人の部落の長の息子だ。あんたの名は?」

女性は一つ瞬きをしてガイルを見つめた。

「私は…深琴と申します」

「ミコトか!良い響きの良い名だ。上等な身なりをしているが、地位のある者の娘か?」

深琴は首を横に振る。

「身分はどうあれ私は不幸でした……。自由さえ無い牢獄のような場所から抜け出して参りました。あなた様に見初められ、私は初めて自由になる事が出来たのでございます」

「そ、そうか。それなら誘った甲斐があったな。……ん?」

ガイルは自分を呼ぶ竜人に目を留める。

「ではミコト殿、今宵はゆるりと楽しむが良い。また宴で会おうぞ」

深琴を残してガイルは部屋の外に出た。








「何だ?」

自室に戻ったガイルはすぐに問う。連れ出したのはガイルの世話役のカーターと言う名の同年代の青年であった。

ガイルよりやや細面でヒョロリとした長身の竜人で幼い頃からのガイルの付き人である。

「ガイル様…本当にあの人間の女を伴侶とされるのですか?」

「気が合えばな。数日過ごして決めようと思っているが…ほぼ気持ちは決まっている」

「竜人の部族に人間が入るのを反対する者も多いかと…それを私は危惧しているのです」

「何を今更!竜人は元々小型竜と人間のハーフであろうに!」

「今の小型竜には我らの様な知識はありません。我らは竜人と竜人での血族結婚を通して今まで繁栄してきたのです。戯れで人間の女と遊ぶのは構いませんが、結婚となると話は別。あなた様には婚約者もおられる!」

ガイルは渋い顔をする。

「ナルか。あいつが気に入らない訳ではないのだ。しかし俺達は長く一緒に居すぎた。今では兄妹の情しか湧かんのだ」

ガイルの婚約者、ナルはガイルの従兄弟で一番身近な存在である。

ガイルの女遊びにも寛容で、どこまでも優しく奥ゆかしい。

「兄妹と結婚など出来ぬ。俺は深琴を選ぶ」

「ガイル様…」

カーターは悲しそうに呟いた。








深琴は1人、フカフカの絨毯に沈み込む感触を楽しんでいた。

国の1人娘として半幽閉生活の毎日。幼くして母親に生き別れた1人娘にとっては辛い日々だった。

大人に囲まれての窮屈な生活。日々の勉強。ちっとも楽しくない。

幼い頃一緒に遊んだ友達もいつか離れていった。

『もう、イヤ!』

深琴はある日を境に全く親や大人の言う事を聞かなくなった。

勉強もせず城下町に毎日出かける。目新しい物に興味を持ち、楽しい所に連れていってくれると誘う男性に付いていく。

どこに連れて行かれても深琴は容姿の所為か、無下に扱われた事は無い。

今も上物のお客扱いである。

深琴はまた、それが嫌だった。

普通の人間として、普通に扱ってほしい。

昔一緒に遊んだ男の子の様に……。

深琴の中の一番の暖かい大切な思い出がその男の子と過ごした時間だった。

「いつか、また会える日が来るだろうか……」

物憂げな表情で深琴は扇に視線を落とした。








「改めてお久ー!みんなのハナでーす☆」

待ち合わせの木の下。青のローブを頭から羽織ったハナと2人は合流した。

ハナ=モートン。女。18歳。明るい肩までのオレンジの髪を左右で三つ編みにしている。鳶色の大きな瞳に長い睫、白い肌

に健康そうな薔薇色の頬。朱と白を基調とした服装は動き易さを兼ね備えている。腰に差した杖を媒体に様々な魔法を繰り出すが、杖が無くとも魔法は使えるらしい。祖母が精霊のクオーター。モンスター退治の第一人者として広く慕われている。

明るい裏表のない性格は皆に親しまれており、美貌にはファンクラブまで発足しているくらいの人気ぶりである。

「お疲れ様。大丈夫?続いての任務で疲れてない?」

「大丈夫~。今回ハナの出番無かったんだ。砂トカゲ団は兵士さん達が確保して連れてったよ。ねね、それより…」

ハナがキョロキョロして周りを見回す。

「……嬢ちゃん、シズは居ないぞ」

「えー?マジー?ハナ超悲しいんですけどー?」

「すぐ来るらしいけど…まだ来ないわね」

クラッドは携帯を取り出して電話する。

「……お、シズ?お前今どこだ。……は?分からない…?」

クラッドは無言で携帯をアリスに差し出す。アリスは躊躇ったが電話に出る事にした。

「あの…シズ殿…?またいつもの…?」

『…………』

アリスの問いに携帯はしばらく沈黙を紡ぐ。

『……ゴメン…出来るだけ直ぐ行く』

「はあ。じゃあ直ぐ来て下さい」

ハナがさっと手を出して携帯を奪取する。

「もしもし?シズ様ー?……あ」

ツーツーツー……。

電話は既に切れていた。

「もー!照れ屋さんなんだから☆」

「シズは嬢ちゃんが苦手なんじゃねーか?」

クラッドは携帯をポケットに仕舞った。

「さーて、お姫様方、そろそろうちの姫君奪回に行きましょうかね」

「えー?また姫騒動?もう勘弁って感じー」

ハナは馬に乗り込んだアリスの後ろに乗りながら溜息を付く。

「あのお姫様とは相性が悪いのよね…性格の不一致ってゆうかー」

「どっちもどっちだろ…」

「何?オヤジ!」

ハナがギロリと睨む。クラッドは肩を竦ませて馬の手綱を握り直した。








3人が旅立った翌日。3人は切り立った岩山の前に居た。

ここから竜人の住処までは馬は通れない。徒歩になる。

「馬は此処で返すしかないな。残念だが」

飼い慣らされている馬小屋の馬には帰巣本能があるため放せば帰っていく。

「後は徒歩でどのくらいかかる?アリス殿」

「あと2日くらいかな。道が険しいからもう少しかかるかも」

アリスが地図とコンパスを見ながら呟く。

「しゃあない。行きますか」

クラッドが3人分の荷物を抱える。3人は無言で歩き出した。

竜人からの要求はまだ何も無いとの事。

「私いつも思うんですけど……何故王が直接竜人に訴えてくれないのでしょうか」

姫君の誘拐だ。国際問題だと訴えれば戦わずして姫奪還が計れるだろうに。隊員が出る事も無くなるだろう。

「ナンパにひょいひょい付いていくような姫だと世間に知られたくないんじゃない?」

アリスの呟きにハナは歩きながら答える。

「今度連れ戻したらその綺麗な顔にパンチ食らわせてやるわ」

「物騒だな…嬢ちゃんは。でもその気持ち分からなくも無いな」

クラッドは苦笑する。

「今回も…ハナには迷惑掛けちゃうわね。ミコト姫の方は宜しく頼める?」

ハナは鼻息荒く答える。

「当たり前!ハナに任せなさい!!」

「この間の捕獲は誰だったんですか?私は別任務で居なくて」

クラッドは少し考える。

「シズ…?いや、セイだったな。珍しくあいつが顔出したんで頼んだんだ。今までの最短時間で確保しやがったぜ」

「何分?」

「場所到着後13分」

「へえ…」

「今回もセイがさっさと片付けてくれたら一番良いのにね!」

「無理言わないの……え…」

アリスは岩山を流れる空気のよどみに足を止めた。

「何か…」

クラッドとハナもアリスの見る先を見つめる。

「最初の難関だ。どう出る?」

岩山の影から覗く先には竜人の警備隊。数は8人。

「竜人の武器はヤリが主流で剣を使う者も少数いますが魔法は殆ど使えません」

目の前の竜人の持っている武器も見慣れた鉄のヤリだ。

「気付かれないならそれに越したことはない。このまま通り過ぎるのを待つか…」

3人はその場に待機して竜人の通り過ぎるのを待った。

しかし、竜人はなかなか通り過ぎようとしない。

何かを探しているようだ。

「…どうやら賊が入り込んでいるらしい…」

竜人がボソボソと話すのが聞こえる。

「ガイル様の命令で怪しい者を見かけたら始末せよ、と」

「人間か?」

「昨日の焚き火の後は人間の物だったらしい…」

3人は顔を見合わせた。

「何?もうバレてる訳ー?」

ハナが情けない声を出す。

「考えられる点は3点ある」

クラッドが周囲に目を配りながら声を押し殺す。

「1点目は何らかの偶然で俺らの跡が見つかった。2点目は誘拐され慣れた姫から竜人に警戒の指示を出した。3点目は…

シズかセイの単独行動の囮にされた。3点目は前回のセイの使った方法だが…いつも事前の相談一切無し!」

クラッドが恨めしそうに空を仰ぐ。

「さてどうしたものか…」








「…何やってんの」

後方からボソリと呟く声。3人は一斉に振り返る。ハナの顔が華やぐ。

「シ……ムグ」

アリスがハナの口を塞ぐ。眠そうな顔をしてそこに突っ立っているのは隊人部隊隊員シズであった。

シズ=ミル。男。年は20代半ば。サラサラの黒髪黒目、驚くほど眉目秀麗な整った顔立ちの男である。長身で、細いが鍛え込まれたしなやかな筋肉で細身の剣とナイフを華麗に扱う。出身等素性は不明。隊人部隊のリーダーに位置し、経験も実績も一番抱負な人物だが方向音痴である。いつも大きめのサングラスと厚手の服で素顔を隠し、殆ど人目には晒さない。

「てめえこそ何チンタラしてやがる…。何で遅れた?」

「……道に迷って」

クラッドにシズは淡々と答える。アリスは溜息を吐く。

「まだ方向音痴直ってなかったんですね…」

万能な彼の唯一の弱点だ。

「うん…でも君が無事で良かった、アリス」

「はあ?」

眉をひそめるアリス。ハナは青くなってシズとアリスを見比べる。

「君に何かあると僕の道案内役が居なくなってしまう」

「はあ。そうですか…」

シズは涼しい顔で岩山の間に目を向ける。顔を覆っていた大きめのサングラスをずらす。

「下手に攻撃を仕掛けて双方が被害を被るより、逃げ回るより、確実な方法があるよね…」

クラッドは嫌な予感に捕らわれる。

「おいシズ…?まさかとは思うが……」

「そのまさかをやるつもりみたいですよ?」

「ちょ、ちょっとぉ…マジー…?」

竜人達の部隊の前に突然白旗が上がった。竜人達は旗を指差し頷く。

白旗は降参の印。

アリス達4人は竜人の部隊に捕らえられ、竜人の住む洞窟に連行されて行った。








「ここに居ろ。おかしな真似をしたら殺す」

4人は洞窟に到着後、両手を後ろ手に縛られたまま奥の牢獄に運ばれた。

「痛あー…」

竜人達が出ていった後、ハナが振り返って自分のヒリつく手を見、溜息を吐いた。

「シズ様に久々に会えたのは超嬉しいんだけど…何でこうなるの~…?」

「おいシズさんよ…。こうなった全責任はお前あるんだ。策はあるんだろうなあ?」

クラッドは半キレ気味でシズに蹴りを入れる。

「下手すりゃ全滅だぞ。武器も携帯も没収されちまったし…」

「でもここまでかなり険しい道のりだったけど、担いで連行されたから私は楽だったですよ」

「お前は気楽で良いなあ…」

クラッドは微笑むアリスを見、溜息を吐く。

「竜人は見かけによらず残忍なんだ。理由無く人を殺す事も多いらしいぜ」

シズはサングラス越しにじっと牢獄の先を見つめている。

「おいシズ…!」

「静かにしてくれクラッド。隊のリーダーはどちらだ?」

先程のぼんやりした彼とは一変、鋭い言葉で場を沈める。

「策はある。誰も殺させない」

シズの手からハラリと頑丈な縄が落ちた。厚手の手袋に仕込んだ仕掛けナイフで断ち切ったのである。

「わお☆さすがシズ様v」

4人は手の戒めを解いて自由になる。

「戒めはしたままの振りをしてくれ。洞窟の地図だ。アリス、攻略はどう見る?」

シズは懐の奥深くから小さく畳んだ羊皮紙を取り出して広げた。どこで入手したのか分からないが詳細な洞窟の内部図である。

「相変わらず抜け目が無いな。どこで盗んだ?」

「企業秘密だ」

アリスはシズの手際の良さに驚きつつも一点を指さす。無数の客室の中でも入り組んだ奥に構える一室。

「姫はおそらくここに」

「僕も同感だ。深琴姫奪回はハナに任せる。姫の背後から回れ」

ハナは頷く。

「一斉に此処を出る。ハナの通路を最優先とし、出来るだけ竜人に遭遇したら穏便に峰打ちを行う。ハナ、アリスにあらかじめ伝えておくが…火の魔法は極力使わないように。洞窟だと逃げ場が無くなって犠牲が出る」

「そりゃそうだ」

アリスは剣に手を伸ばし…。

「そう言えば武器無い…」

「荷物は僕が奪回する。取りあえずハナとクラッドは素手で。アリスにはこれを」

シズは懐から小振りの短剣を取り出してアリスに渡す。

「何本仕込みナイフ在るんだよ…魔法の懐だなオイ」

クラッドが半ば呆れて呟く。

「私は風の魔法でいく。少々の怪我は多目に見てもらうわ」

ハナは魔力の籠もった数珠を腕に巻き付ける。いつもは宝玉が埋め込まれた杖を使うがこの際仕方がない。

「クラッドとアリスは背中合わせで一緒に行動してくれ。僕は武器を奪還した後、ここの長に掛け合う」

「承知」

クラッドとアリスも頷いた。

「善は急げ。姫と竜人が仕掛ける前に攻略を。無理はするな。最悪、降参しても構わない」

シズは3人を見回し、頷いた。

「…行動開始」







「どうでも良い事ですけどすごく疑問に思う事があります」

アリスが背中合わせになっているクラッドに話しかける。

牢から一斉に走り出した4人は最初の分岐点でシズと別れ、姫が居ると思われる道にハナを行かせた。

2人の背後にはヤリや剣を振りかざした竜人達が集まって来ていた。

「何だー?何でも答えてやるぞ?」

竜人から奪ったヤリを振り回しながらクラッドが陽気に答える。

玩具のように楽々と頑丈なヤリを振り回しているので竜人は近づく事すら困難を極める。

隙をついて鳩尾にヤリの背を突き出すのでたちまち辺りは竜人達の山となって行く。

クラッドの持ち味はその剛力と果てしない体力。隊一番のタフさを兼ね備えている。

今も、戦いの最中だからこその会話を楽しんでいるのである。

アリスも奪った剣の鞘で軽快に竜人達をなぎ倒している。

対人部隊の戦力とは比べものにならないが、手先が器用で瞬発力も並外れて高いアリスは殆ど怪我無く余裕の表情である。加えて時に繰り出される魔法の力は竜人達を怖じ気かせるのに充分な破壊力を持っている。

毎日怠らない剣の練習。隠れた努力は、裏切らない。

「どうしてシズ殿は計画が発動されると方向音痴が直るんですか?」

クラッドは眉をしかめる。

「本当にどうでも良い事だな。シズは目的がしっかり定まれば無敵になるんだ。いつものほほんとした坊ちゃんだがな。何だ?あいつが気になるのか?」

アリスは竜人の剣を弾き飛ばした。

「色々謎の多い人だから興味はありますね」

「俺もシズの事は良く分からん。時々突拍子も無い事をしやがるからな。っと…」

クラッドが言葉を切る。

竜人の集団を割るように進み出て来たのは竜人の長の息子、ガイルと世話役カーターであった。

「話は後だアリス。こいつらは段違いに強いぜ」

クラッドはヤリの矛先を変えて2人に対峙した。








「本当にこっちの方なんだよねえ…?」

風の魔法で竜人達をなぎ倒してハナは洞窟の奥深くを進んでいた。

段々と狭くなる内壁に不安は募る。

「う~…あたしも誰かと一緒が良かったよ~…」

つるつるとした岩肌は滑りやすく、歩くのに神経を使う。

奥に進むにつれ、暗くなっていく明かりが益々不安感を増大させていた。

「ん?あそこかな?」

明かりが差し込む先に開けた場所があるようだ。ハナはほっとして歩を進めた。

「うわあ……」

開けた場所に飛び込んだハナは嫌そうな声を上げた。

そこには深琴姫は居た。

ただし頑丈な結界に包まれて。

「深琴姫!」

ハナの叫びに深琴姫は長い睫をおっくうに開けた。

「いつもいつも懲りない方達。来ているのは知っていました」

「そりゃ知ってるでしょうね!あんたは精霊とのハーフなんだから」

精霊と血の繋がりの濃い一部の人間は、時に精霊の囁きが聞こえるという。

深琴姫は王と精霊の女性の間のハーフであった。

「あたしがクオーターだからって馬鹿にしないでね?力はメグのお墨付きなんだから」

ハナの手が結界に伸ばされた。

パァン!

風船が破裂するような音と共に結界は飛散した。

「嘘…」

深琴姫は破られた結界とハナを見比べて青ざめる。

「ねえ、お姫様。何で貴方より精霊の血に劣る私が貴方の結界を破れたか、知りたい?」

「こ…来ないで無礼者!!」

「いつも優雅な何不自由無い生活を送っている貴方と私では決定的な差がある。経験の差よ。貴方のちゃちな結界なんかアリスにだって解けるでしょうね」

深琴姫は後ずさるが部屋の壁に当たってしまう。

「可愛いからって何でも許されると思わないで。貴方の為に私達は命を危険に晒してここまで来た。余計なお世話と言われればそれまでだけど、傷モノにされた姫を誰がもらってくれるかしら?」

深琴姫は顔を覆って泣き出す。

「同じ女でもあんたの行動は全く理解不能ね。後で個人的にお話しよっか」

ハナは溜息をついた。








「逃げるのもここまでだ、お2人さん」

壁に追い詰められたアリスとクラッドは近づいてくるガイルをじっと睨み付けた。

「大した腕も無いのに竜人の住処に土足で押し入るから痛い目に遭うんだ。その首…もらおうか」

サーベルの様な大振りな剣をクラッドに突きつけてガイルが瞳孔の開いた目を細める。

「……中途半端に強い奴が一番困るんだよな…」

クラッドは眉間に皺を寄せて小さく呟く。

「下手に手加減出来ねえから絶対殺しちまう。アリス、魔法で何とか出来ねえか?」

アリスは両手を前に突き出そうとする。

「おっと。女、妙な真似をしたらこっちのカーターがてめえを撃ち殺すぞ」

カーターの持つボーガンがピタリとアリスに狙いを定めていた。アリスは眉をひそめて振り上げた腕を降ろす。

「……絶対絶命ってやつですか?クラッド殿」

「いーや?そうでも無いぜ?」

クラッドはアリスの頭を押さえ、地面に伏せる。

突然、竜巻が起こった。

「グハッ……!」

ガイル、カーター以下そこに居た竜人達は背後の壁に強烈に叩きつけられた。。

「だ…誰だ……」

ぶれる視線を必死に合わせながらガイルがヨロヨロと立ち上がる。

周囲に風を纏った小柄な女性がそこに立っていた。

「そこ、通りたいんだけどどいてくれるかな?」

杖の先の宝玉が赤く燃える。魔法の余韻で淡く輝きを放つ繊細な細工のなされた杖を掲げるのはもちろん…

「ハナ!早かったわね」

アリスが嬉しそうに叫ぶ。クラッドも顔をほころばせる。

「嬢ちゃんが杖を持っているって事は…」

「用事は済んだ。帰ろう」

ハナの横にはシズも居た。眠ったまま特殊な結界に閉じこめられた深琴姫の姿もある。

「……ミコト殿!貴様等……許さん!!」」

ガイルが声を上げて飛びかかってきた。

「五月蠅い…」

シズの手がゆっくりと舞う様に動く。一瞬後、ガイルは血反吐を吐いて地面に叩きつけられていた。

クラッドが口笛を吹く。アリスはじっと見ていたが全く剣筋が見えなかった。

峰打ちでなければ一瞬で首が飛ぶとも言われるシズの剣技。

「悔しい…いつ抜いたかさえ見えなかった……」

アリスが唇を噛む。見る度に力の差を感じる。

「まーた、しばらく見ねえうちに腕を上げやがったか」

クラッドは自分の剣を受け取り、手になじませる。

「シズ様~vvサングラス無しの姿が拝めてハナ幸せ~v洞窟で良かった!」

ハナがシズにすり寄る。シズはさり気なくハナから離れて歩き出した。

「彼女は我々にとって大事な方。この場は何も言わず通して頂きたい。抵抗するなら……容赦しない」

竜人達はボロボロになって失神しているガイルを見、フルフルと首を横に振った。

4人と深琴姫はそのまま洞窟から出て行った。








冷たい感触に、ガイルはうっすら目を開けた。

見慣れた薄汚れた自室の天井。

「…俺は…」

「あ、目を覚まされたんですね。ガイル様!」

カーターが嬉しそうにガイルの顔を覗き込んできた。

「……っつ…」

ガイルは体を起こそうとして激痛に腰を押さえる。

「まだ起きちゃいけませんよ。アバラ何本かいってるそうですから」

「クソ……あの野郎……綺麗な面して容赦のねえ強さ…。あいつらは……逃げたか…?」

カーターは苦笑する。

「そんな事より、彼女に感謝して下さいよ」

ガイルの足下に眠るのは彼の婚約者、ナル。

「3日間徹夜で貴方を看病してくれたんです。ずっと、貴方の身を案じていたんですよ」

「そうか……」

ガイルはもう一度天井を見つめた後、ゆっくり目を閉じる。

「そうそう、お父上様はかんかんにお怒りです。しばらく外出禁止例が出ました」

「……しばらく外出はこりごりだ……」








「この度は世話をかけたな。ご苦労であった。顔を上げるがよい」

国に戻った4人は真っ直ぐに王の元に向かった。王の言葉にアリス達は顔を上げる。

「今回の任務報告書は最初から参加したアリスに提出を依頼しよう。報酬も既に銀行に振り込んである。会計課で明細書を受け取ってくれ。では下がって宜しい」

アリス達は一礼して退室した。

「……さて、深琴」

王はばつの悪そうな顔で1人立っている深琴姫に父親の顔で目を向ける。

「特殊部隊の者は暇では無いのだ。お前の身勝手な振る舞いは大層目に余る。何故何度も城を飛び出して男を引っかけておるのか?理由を聞かせてみなさい」

「……父上が、私に断りも無く結婚話を進めるのが嫌だったんです。だから父上に反抗する気持ちで男の誘いに乗りました。それと……私は特別扱いは嫌なんです」

王は深琴の話しにじっと耳を傾けている。

「どこに行っても一国の姫として扱われる。私はそんなの望んでいない。普通の女の子として扱ってほしい。だから私は誰も私を知らない所に行きたい」

「女1人でどうやって暮らす」

「冒険者になります。幸い、魔法も少しは操れる……」

「馬鹿者!!」

王が怒鳴った。深琴はビクリと身を竦まる。

「母が精霊で少々の魔法が使えるから冒険者として成り立っていけるだと?楽観的な考え方も甚だしい!犬死にして終わりだ。今まで何も自分でやろうとしなかったお前が荒くれ者の中でやっていけるか!」

深琴は目に涙を浮かべて俯いている。王は椅子に座り直す。

「縁を切りたいくらい……父が憎いか」

深琴はかぶりを振る。

「私ははお前に良かれと思ってやってきた事がお前のストレスとなっていたなら詫びる。だから…頼むから、ここに居てくれ。私を1人にしないでくれ。……寂しいんだ」

王の悲痛な言葉に、深琴は心を打たれた。

「父上……分かりました。深琴は城に居ます」

王の表情が和らいだ。








退室した4人は特殊部隊専用の通路を使って城の外に向かった。

「はあーっ終わった終わった☆」

ハナが大きく体を伸ばした。

「お腹減ったしご飯にしようかな」

明細書を入念にチェックしていたアリスは顔を上げる。

「ハナ、私も一緒して良い?」

「へ?」

先頭を歩いていたハナは驚いた様に振り返る。

「えっと…嫌なら別に良いんだけど…」

ハナがギュッとアリスに抱きついた。

「嬉しい…うん、一緒行こ!アリス!!」

「俺等も同席しようかな。飯は可愛い娘と食べるのが格別なんだ。な?シズ」

クラッドの横を歩いていたシズは眉をひそめる。

「ハナと一緒はまずい…」

「大丈夫。室内が薄暗い良い店知ってるんだ。飯もそこそこ上手いがそこのオリジナルの酒が格別でな。嬢ちゃんが大人しくしてくれるなら4人で打ち上げ出来るぜ?」

「良いですね。行きましょう!」

アリスもハナも乗り気である。シズは渋々頷いた。



「ではでは、無事にミッション達成おめでとうございます~!!」

4人のグラスが軽快に合わさる。

「うわーっ!マジ美味いコレ!」

「おい嬢ちゃん!お前未成年だろ!ジュース飲めジュース!そりゃ俺の酒だ!」

「今日くらい無礼講で良いじゃないですか~v」

「……ハナ、頼むからもう少し声を押さえてくれ…」

陽気に飲んで食べる3人を内心落ち着かない様子で周囲に目を配るシズ。店の個室の奥の部屋なので気付かれる事はまず無さそうだが気になるのだ。

「シズ殿、大丈夫ですよ。ハナが気付かれても私達はハナと気の合った冒険者グループで、一緒に飲んでるだけなんですから。それよりハナの隣に行ってあげて下さい。ハナは貴方の大ファンなんですから」

シズはクラッドと一緒に盛り上がっているハナに目を向ける。

「後で。ハナは……正直ちょっと苦手なんだ」

「すごく良い子ですよ?」

「うん。分かるけど…。あれ、ピアス変えた?」

「へ?」

髪を掻き上げたアリスの耳に光るのは先日購入したばかりの真新しいピアス。

「今回の給料で買ったんです。でも良く分かりましたね」

「分かるよ。……いつも見てるから」

アリスはパチパチと瞬きして首を傾げる。

「シズ殿、酔ってますねー?」

「?何で」

「おかしな事口走ってますよー?ハイ、酔い冷ましにはウーロン!」

アリスがウーロンハイを差し出す。シズは取りあえず受け取る。

「……君の方が酔ってると僕は思うけど…」

「シズ様~vvハナと今度一緒に買い物でも行きません~?」

「無理だろソレ。嬢ちゃん俺なら付き合うぜ?」

「やーだ!エンコーに見えるじゃん!」

「俺はまだ20代なんだがなあ…」

「頼むから……静かに……」

宴会は明け方近くまで盛大に続いた。

< 任務報告書    報告者:アリス=テイラー >

目的   :深琴姫奪還

場所   :竜人の洞窟

時間   :○月×日~○月××日

参加者 :アリス=テイラー、ハナ=モートン、クラッド=ハーレイ、シズ=ミル

任務詳細:○月×日アリス行動開始、同日クラッド、ハナ合流。翌日シズ合流。同日竜人部隊と遭遇。わざと捕まる。

       2日後洞窟到着。アリス、クラッドが足止め、ハナが姫奪還、シズが武器奪還と長へ拉致報告。

       竜人との戦闘後帰城。竜人怪我人多数、死者無し。特殊部隊怪我無し、死者無し。

       ○月××日経過報告。

コメント:最初の集まりが悪い。携帯への連絡はメールでなく電話希望。

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