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非日常についての文章

恐怖!!うつしだされたもの

興に乗ってざっくりと書いてみました。変なタイトルですけれど、実はタイトルだけはずいぶん前から決まっていた話だったりします。

倦怠感とかやる気の無い状態には自分もよく陥りますしw、こうした創作の対象として非常に興味深い感情だと思います。

 とりあえず、休日の午後の淡い空気が部屋に入ってこないように、窓をいつもより強めに閉めた。

 ソファに腰を据えて、行き場のない手でクッションを撫でる。そのまま視線を落として膝を見つめる格好になったら、何故だかそのまま動けなくなってしまう。何の予定もなく、自発的に動く気力もない、行き場が見当たらない休日。空調機器の動作音ばかり聞いていてもどうしようもないことは分かっている。だけど成す術がなくて、何も思いつかなくて、クッションを撫でる手すら止まってしまっている。雲でも眺めようかと思っても頭上には天井しかない。

 どれだけ「ない」という言葉を重ねれば気が済むのだろうか。否定のムードに囚われるのは精神にも健康にも悪いとは分かるのだけれど、顔を上げると真っ先に目に入るものが冷風を吐き出し続けるエアコンという状況では、この停滞で窒息しそうな雰囲気を打破することはとても難しいことのように思える。


 少しでも気分がマシになればいいと、あまり期待を抱かずにテレビのリモコンに手を伸ばす。


 液晶画面が、つい先日起こった企業の不祥事に関するニュースを映し出す。うんざりしてチャンネルを変える。一瞬の暗転の後、顔は見たことあるけれども名前を知らないアイドルの女の子が、ケーキを食べた感想を媚の籠ったトーンで喋る映像が流れ出す。興味がないのでチャンネルを変える。海外ドラマと思しき映像の中で、海外の俳優が大袈裟な身振りでジョークを飛ばしているシーンが流れる。ドラマは途中から見ても意味がないのでチャンネルを変える。だいぶ前に見たことがあるバラエティ番組の再放送が流れる。二度見る必要は無いと判断したのでチャンネルを変える。


 こうやって色んなテレビ番組を真面目に見ることもなくひたすらかけ流してどれも「つまらない」と思う瞬間、つまらないのはテレビ番組なのだろうか、それとも私の方なのだろうか。もしかして私がもっと面白い…例えば感受性が豊かで、思いやりがあって、あらゆることに真面目に取り組むような人間だったら、もっと一つ一つの番組に真摯に向き合って、本来そこにある筈の面白さをちゃんと楽しむことができるんじゃないだろうか。自らの感性の弱さを目の前のものに転嫁するのは簡単で、こちらにもっと柔軟性や真摯さがあれば、きっと私が主観で見ている世界は変えられるはずなのだ。

 でも、そんな風に自分をいちいち疑ってまでテレビ番組を楽しみたいとは思わない。…駄目だな。きっと私の本当に駄目な点はこういうところなんだろう。


 怠惰で塗り固められたチャンネルサーフの末に私が辿り着いたのは、地元のケーブルテレビ局のチャンネルだった。流れていたのは番組ではなく、空き時間を埋めるための環境映像だった。創作意欲の存在を感じられない安易な音楽を背景にして、町、森、公園、川といった様々な光景がゆっくりと映し出されていく、それだけの映像。一応映像としての体裁は整えられていたけれども、正直ちゃんとしたテレビ局が深夜に流しているような環境映像と比べるとあまりにもレベルが違う。まるで素人がiPhoneで撮ったような構図ばかりで、画質も悪い。だけどそもそもの内容が薄いから、そんな映像面の欠点はあまり気にならない。


 この映像こそが今私が求めていたものだったかもしれない。つまらなくはない。だけど、面白くもない。ここには何もない。今の自分のように、何もない。

 だけど、この映像の中に部屋や自分とは何か違うものが一つあるとすれば、僅かな安らぎ。本当にほんの少しの、今の何もない状況じゃなければ見過ごしていたかもしれない、微かな安堵感。そこから生まれる、後ろ向きな肯定。

 精神的に何かがマシになることもない。楽しくもなければ、幸せでもない。その代わり、不幸ではないし、悲しくもない。少しのだるさはあるけれども、それ以外の感情は存在しない。そう認識できるだけで楽だった。こんなにフラットな状態に近いのだから、もう少しだけこのままでいてもいいかもしれない、そうやって余裕を持っていれば何かしらのやる気も出るかもしれない、という希望すら生まれた。


 その刹那、テレビの中の映像が環境映像から市議会の中継に切り替わってしまった。

 年齢が高めの人たちが、小難しそうな表情で真面目に話していた。そこに自分のいる余地ははっきりとない。


 私は小さく呻きながらテレビの電源を消す。

 思わず頭上を仰いだが、そこにはやはり見飽きた天井しかなかった。

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