出会いは不可避
あの後「いや、お前が大変なのは俺もわかってる。奨学金制度のボーダーに加えて二年連続クラス委員長もやってるんだ。だけどな、ちゃんと辛かったら言うんだぞ。先生は朝日奈には楽しい学園生活を送ってほしいからな。」と、完全に勘違いしたであろうコメントを残して先生は去っていった。
違います先生、私まだやれます。大丈夫です。という私の切実な訴えは華麗に流された。何故だ。
とりあえず教室に戻るのが先かな。今はちょうどお昼休みだし、午後からの授業には出席できるだろう。
はぁ…、午前に休んだ授業分の復習という作業は今日帰宅後にやろう…。最近は今度の新学期オリエンテーションのしおりを作ることと、所属している同好会の事務処理で忙しいというのに…。まぁ倒れた私が悪いのだけれども。
そんなことを考えながら歩いていると通りすがった数学教師に私たちのクラスの次の授業で使う教材を運んでおくように頼まれた。「そういえば朝日奈さん倒れたんですって?お大事にね。」とか言いながら教材運びを頼むのは間違ってるとは思いませんか先生。
わかってはいる、高飛車なボンボンの多いこの学園の中で先生の頼みごとを素直にきく生徒は本当に少ない。その中でも頼まれごとをされやすい筆頭は私である。納得いかない。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼
やっとこさ教室に着いた。腕が痛い。この荷物は明らかに女子一人に頼む量ではない。
とりあえず早くこれを教卓に置いて、友人にノートを借りよう。そう思って扉を開けた私を目ざとくを見つけた人がいた。
正直こっちこないでほしい。
「委員長さん!もう体調はいいの?」
「月島さん…。うん、もう平気だよ。心配かけてごめんね。」
出た出た出たー、ヒロインフラッシュ全開でこちらに走りよってきた月島さん。乙女ゲームの主人公すげえ。クラスの男子ほぼ全員君のこと見てるよ。もう攻略対象とかほっといてもいいんじゃないかなって提案したい。
「月島さんだなんて他人行儀だなー。朱陽って呼んで!!」
グイグイ距離つめてくるよこの子。物理的にもグイグイきてる。顔近いよお嬢さん。なんだよ自分の顔見せつけてんのか、美少女ですね知ってますよ。
そして今はあなたと仲良くなるフラグが立っていることもわかってますよ私には。
「あはは、ごめんね月島さん。私人のこと呼ぶときってつい苗字で呼んじゃうのが癖なんだよね。だから『月島さん』のままでもいいかな?」
なので敢えて折ります。すまんね。
だってまず君と仲良くならなかったら私が巻き込まれることもないと思うからさ?
それに人のこと呼ぶときは苗字で呼んじゃうってのも別に嘘ではないし。
ていうか私は未だに教材を持ったままなんですよ。腕が痛いから早く置きたいのに月島さんが目の前に立っていて邪魔なのだ。早くどいてほしい。
「本当にごめんね月島さん。」
そう言って苦笑を装った私に対して月島さんは少し怪訝そうな顔をしつつも、笑って「そうなんだ、そうとは知らずにこちらこそごめんね!」と言って許してくれた。
よし、じゃあどいてね、っという雰囲気になったとき
「あ、じゃあ私委員長さんのこと雪子ちゃんって呼んでもいい?」
いいから早くどけよ!!!!!!
そう叫べたらどんなにいいだろうか。腕が痛いんだよこっちはよぉ!!!!
「え、えーと、」
しかも流石にこれまで断ったら愛想悪すぎ?いやでも許容範囲か…?!どうする私!
心の中で白熱したファイナルアンサーを行っていた私に天の助けが訪れた。
「朱陽、朝日奈が困っているぞ。」
「蓮!!」
おお…!!!神よ…!!
我がクラスの副委員長かつ彼女の幼馴染みポジション赤井くんがやってきた。ナイスタイミング!まぁ君も今日から私の警戒対象の一人だけどな!!
「すまない朝日奈。コイツどうしても朝日奈と仲良くなりたいと言って朝から聞かなくてな。その荷物は重いだろうに引き止めてしまって申し訳ない。」
流石ジェントル赤井くん。素晴らしいねその気遣い。
赤井くんの言葉を聞いてやっと私が重い荷物を持っていることに気づいた月島さんはすぐに「わ、ごめんね!」っと謝罪してきた。どうやら少し周りが見えないだけで、悪い子ではないらしい。
「大丈夫だよ、気にしないでね。」
だがしかしグッジョブ赤井くん。これで荷物を置ける、と思って安心したのも束の間。私のすぐ後ろにあった教室の扉が開く音がして、その直後私の背中に衝撃が走った。
「ぐっ………!」
やばいRPGの戦闘シーンみたいな声出た。
そんなことを考えながら私は前に倒れこんだ。私が倒れこんだ瞬間目の前にいた月島さんは私のことを避け、私のことを避けた月島さんを赤井くんが支えた。
いやおかしいよねこれは。仮にも今朝倒れたての病人ですよ私。もうちょっと労ってよ。
倒れた私と共に床にばら蒔かれた数学の教材が無惨である。くそっ、これが無くなって困るのお前らなんだからな!!!
「朱陽、大丈夫か?」
「わ、私は全然…。それより雪子ちゃん!大丈夫?!」
心配するならその前に受け止めて欲しかったよ私は。という思いを悟られないように笑顔で「うん、大丈夫だよ。」と返した。
「良かった…。ちょっとあなた、危ないじゃない!」
私の返事を聞いて安心した様子の月島さんはすぐさまこの状況の原因であろう人に文句を言った。私はその間にばら蒔かれたものを拾うことにする。早く拾わねば汚れてしまう。
「ふぁ~………。痛い、なんかぶつかったかな…?」
「なんかじゃなくて、雪子ちゃんにぶつかったの!!」
「はぁ~…?ゆきこちゃん…?」
彼はまだ眠気が覚めていない様子で周りを見渡し、そしてプリントを拾って回る私を視界に入れた。
「あー…、そのチョロチョロ動いてるやつ?」
まぁ確かに的確な表現ではあるがムカつくなコイツ。その喧嘩買ってやりたい。
「チョロチョロって…!あなたねぇ!!」
私の代わりに喧嘩を買ってくれた月島さんは未だに眠たげな彼に対してイライラを募らせていく。
ただでさえ注目の的である転校生が初日から喧嘩を買っているのだから、それはもう目立つ目立つ…。なんだなんだと教室中の視線がこちらに向いてきている。
ちょっとこれはいけないなぁ…。
「月島さん、私は大丈夫だから…。」
というか自然に『雪子ちゃん』呼びすんのやめよ?なんかもう既に仲良しオーラ出していこうとすんのやめよ?
「でも雪子ちゃん…。」
だからやめろって。もう本当いいから、大丈夫。これ以上目立つのやめよ?ね?
ていうかこれさぁ、ぶつかってきた人を見るに多分…、
「はぁー…、女子のそういうのって本当うざいよねぇ…。そんなに仲良しこよしやってたいなら別でやってほしいんだけど…。」
「おい紫村、言い過ぎだろう!!」
イベントな気がするんだよ…。私にぶつかってきた彼こそ、攻略対象の一人である紫村アルト。
サボりや遅刻の絶えない所謂、不良生徒。授業に出たとしてもずっと寝ている。(彼はどうやって2年生に進級できたのだろうか…。謎である。)
まぁそんな彼だから、クラスメイトの顔や名前なんかは全く覚えていないらしい。本人に覚える気も無さそうだけど。
そして今の状況を説明すると紫村くんに突っかかっていく月島さんに、それを擁護するように立つ赤井くん。ヒロインと攻略対象オンパレード。そこに追加の私。
いやもうこれイベントでしょ。出会いのイベントだよね?
なにこれ回避できないの?泣く。
「はー…、うっざ。わざわざ教室来たのに何この仕打ち…。」
「わざわざだと…?本来なら朝からいるべきところを昼から登校してきた上にその言い草はなんだ。」
すごい、この攻略対象二人、余りにもタイプが違いすぎて喧嘩する未来しか見えない…。
そろそろ止めないと委員長としても困る。クラスで問題が起きると委員長、副委員長も連帯責任となるのだ。(正直、副委員長の赤井くんが自ら参戦するのは全力で避けてほしかった。)
「まぁまぁ皆その辺にしておこう?ほら、教室の中で騒ぐと迷惑になるから…。」
そうして仲裁に入った私だが…。
「あー…、いるよねぇ、こういう優等生ぶってるやつ。スゴいうざぁい。」
コイツ処刑してやろうか。こめかみがピクピクするのを感じたがとりあえず笑顔を保つ。がんばれ私の表情筋。害のない委員長を演じきるのだ!
「えーと、月島さん。私は別に平気だから、そんなに怒らなくても大丈夫。ありがとうね。そして赤井くん、あなた副委員長なのに何故そこで喧嘩に参戦してしまうの?私たちは止める立場でいなければならないでしょう。あと紫村くん、ごめんなさい。私の不注意で転んでしまっただけだからどうぞ気にしないでね。あとできれば学校には朝から来てね。」
とりあえず一息で言い切った。私偉い。なんて模範的な委員長なんだろう。自画自賛しよう。
「雪子ちゃん…。」
「…そうだな、すまない朝日奈。」
うん、この二人は比較的聞き分けがよくて助かる。問題は、
「本当だよ………。これから気をつけてよね~。」
コイツだよ。
この紫村くんの返事を聞いて月島さんがまた怒り出す。雪子ちゃんに謝れだとかなんとか。いやもういいってば。もう終わらせてよ本当。
結局この出会いイベントは紫村くんが月島さんの耳を甘噛みすることで終決した。「ふーん…、あんた面白いねぇ…。名前、月島朱陽だっけ?ふふ…、特別に覚えてあげる…♪」とのことです。
とりあえず初めてリアルに乙女ゲームのイベントに鉢合わせた感想は、
お前ら全員周りの迷惑考えろよ。あと顔が近い。
かなっ☆ちなみにこの茶番に付き合わされる内に昼休み終わって、ご飯は食べれなかったしノートを写すのもできなかったよ!
本当ふざけてる。
やっと攻略対象まともに喋った…。