学生でも過労死はするのか
朝ご飯は和食だった。
いつもはパンとかなんですけど、母に訪れた唐突な和食ブームにより今朝の食卓には和食が並んだ。
珍しいこともあるものだと思いつつ箸をすすめた。
登校途中、いつも使っている道が通行止めになっていた。今日から明日にかけて工事があるのだという。
少し遠回りにはなるが違う道を使っていった。
下駄箱に着いたとき、数人のクラスメイトたちと鉢合わせ、そのまま一緒に教室へと歩いた。
クラスメイトたちはずっと今日来る予定の転校生について話していた。
確かにこの学園に途中で入るのは至難の業だ。よっぽどの頭脳か、財産か、それが無ければ入れない。
私も少し興味があった。
教室に着いたとき、少し胸がざわついた。何故かはわからない。
体調が悪いのかとも思ったが、特にそんな感じはしない。
首を傾げていると、今度の生徒会からの召集について副委員長が尋ねてきた。色々話し合っているうちに小さな違和感のことは忘れてしまっていた。
そして、教室に先生が入ってきて、その後ろには転校生と思わしき女の子がついてきた。
頭がガンガンと痛む。
「全員席につけー。転校生を紹介する。」
隣の席の副委員長が息をのむのが聞こえた。
頭の痛みが増す。
「今日からこの学園に通うことになりました、月島朱陽です!よろしくお願いします!!」
隣の副委員長が驚いたように立ち上がった。
それと同時に私の意識はプツンと切れた。
*******
次に目を覚ますとそこには白い天井が広がっていた。
「あー…。」
倒れたのか、私。ということはここは保健室だろうか。
白い天井を見上げながら少し思考していると、声が聞こえたのか保健医がこちらにやってきた。
「朝日奈さん、大丈夫?教室でいきなり倒れたらしいけど…、意識ははっきりしてる?」
「ええと、なんとなく…。」
ぼーっとしていた意識が次第にこちら側に戻ってきているのを感じた。
それが見てとれたのか、保健医も安心したように笑った。
「ならよかった。貴方のことだからきっと働きすぎか何かね、きっと。」
「学生の時点で過労で倒れるとか笑えないですね…。」
「社会に出てから役に立つわよ、その経験。ところで、悪いんだけど先生今から会議があるのよ。このまま一人にしても大丈夫?」
「はい、大丈夫です。あと少し休んだら教室に戻ります。ありがとうございました。」
そう言うと、先生は申し訳なさそうに謝りながら会議へと向かっていった。
先生が出ていって、一人になった私はベッドの上で白い天井を見上げた。
「はー…、前世の記憶とかまじか…。」
この一人言聞かれたらほぼ確実に不審者認識されることはわかる。それでも吐き出さずにはいられなかった。
あの転校生を見た瞬間、湧き水どころか噴水レベルで流れ出てきた過去、過去よりももっと前の記憶。
これがいわゆる前世の記憶というやつだってことはわかった。
混乱もしたし、キャパオーバーを起こしぶっ倒れたりもしたが、それでもまるであるべきものが有るべき所に収まったかのように、その事実は私の胸ストンと落ちてきた。
やはり一人分の人生の記憶というのはそれなりに多いもののようで、未だにぼんやりとしているところもある。
多分まだ思い出してる最中なのか、全てを思い出すのにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「それにしても、前世過労死か…。つらい。」
記憶によると私の前世はブラック企業の社蓄なるものだったらしい。
残業当たり前。残業手当て?なにそれおいしいの?残ってた有給休暇?そんな制度は知らない。
そんな中で生活していた私は、29歳という若さで過労死。うん、笑えない。
なるほど…、私のこの仕事をしてないと落ち着かないワーカーホリックのごとき心持ちは前世からの影響だったのか…。
すごい納得した。
そうして一人で頷いていると、突然保健室のドアが開く音がした。
あれ、保健医さん忘れ物かな?と思いつつベッド際のカーテンを開け入室してきた人を確認すると、それは予想外の人だった。
「あれ、赤井くん?」
私の隣の席の方、かつ私たちのクラスの副委員長でもある赤井蓮くんである。
このボンボンばかりの学園で私と同じく庶民派として真面目に頑張っている彼は、私の中で結構株が高い。
いやまぁ、今はそんなことはどうでもいい。
どうして彼がここに?
確かに彼と私はお互いに奨学金生だという共通点や、クラス委員の関係である種の仲間意識のようなものはあるけどもわざわざ保健室にお見舞いに来てもらうほどでは無い筈だ。
「体調が優れないところに邪魔してすまない、朝日奈。」
「いや、それはいいんだけど…。」
「こいつがどうしてもお前に挨拶がしたいと言ってきかなくてな。ほら、挨拶するんだろ?」
そんな彼の言葉と共に、赤井くんの後ろから一人の女子が現れた。どうやらガタイの良い彼にすっぽり隠れる形でついてきていたようだ。
現れた彼女は顔を赤くしつつ少しモジモジしていた。典型的な守ってあげたい系女子という感じである。
「あの、こんにちは!はじめまして、今朝転校してきました月島朱陽です!よろしくね、委員長さん!!」
そう言ってニッコリ笑った彼女に私は見覚えがあった。
いや、今朝教室で見たとかではなく、もっと違う…。彼女と赤井くんが並んで立っている姿を見ると、何か…。
「………………あ。」
まだ曖昧ではっきりしない前世の記憶の中に彼女らの姿があった。ただしそれは三次元的肉体を持つにんげんとしてではない。
余談だが前世の記憶によると、ブラック企業の社蓄であった私の唯一の心の癒しは帰宅後に部屋でプレイする乙女ゲームなるものだったようだ。
そう、ここはその時にプレイしたゲームに類似している。
「この世界……、」
乙女ゲームの世界だ。
月島朱陽、彼女はこの世界のヒロインで赤井くんは攻略対象。
そして私の名前、立ち位置、容姿も覚えがある。
朝日奈雪子―――――――、ヒロインの親友兼お助けポジションだ。