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空バスケ

 「またね、ユキちゃん…ごめんね」

「ううん、いいの。またね」


 十字路でそれぞれの道に別れながら、私は詩織ちゃんに手を振る。詩織ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、背中から羽を広げた。天使のように柔らかそうなふわふわの白い羽で、友達が青い空に向かって羽ばたいていく。これから羽の生えたお友達同士で、「空バスケ」をしにいくのだろう。私は地面に両足を引っ付けたまま、浮かない顔でそれを見送った。


  


 人間が空を飛べるようになって、もう20年は経つと言う。


 私が物心ついた時には、同級生にもみんな羽が生えていた。だから昔は背中に羽を生やした人なんかいなかったと知った時、幼かった私はよく『その時産んでくれればよかったのに』とか、『いますぐ私にも羽を生やして』なんてお母さんに泣きついて困らせたものだった。


 神の贈り物か、はたまた悪魔の呪いか…今では世界中の人々が自由の翼を背中から生やしている……私以外は。




「気にするこたぁない。わしゃ『驕り』やと思っとるんじゃあ」


 私のおじいちゃんは、いつも放課後そう言って私を慰めてくれた。その度に私はいつもおじいちゃんの背中に生えた大きな黒い翼を、納得いかない表情で眺めているのだった。空を飛べる人間にそう言われても。私には、驕ることすら許されていないというのだろうか。


「にゃああ…」


 なんて捻くれて拗ねた顔をしていると、寅次郎が私の背中に乗っかってきた。寅次郎は私の家に住み着いている半飼い猫だ。寅次郎が軒下で足を怪我をしているところを私が見つけ、それ以来我が家に住み着いてしまった。今でも怪我した足を引きづりながらふら〜っとどこかに出かけては、しょっちゅう怪我をして帰って来る。喧嘩っ早い性格の猫なのだろう。寅次郎は私に羽が生えてないことをいいことに、よく私の背中によじ登っては日向ぼっこしていた。


「よしよし…あんたはいいねえ、気ままに生きてて」

「にゃあ」


 背中を揺すってやってると、なんだかおばあちゃんになったような気分だった。制服が破けてしまわないようにそっと寅次郎をおろし、私は重たい足を引きづって自分の部屋へと戻った。ベッドに寝っ転がった途端、思わずため息が漏れる。今日はもう、宿題もアニメも漫画も何もやる気になれそうもない。「空バスケ」の話を聞いてから、ずっと胃に重たいものを抱えて過ごす羽目になった。


「はあ…」



詩織ちゃんは優しいから私には言わないでおいてくれてたのに、何で私ったら無理やり聞き出すようなことしちゃったんだろう…。別に、ノケモノにされたわけじゃない。ただ…。


……私に羽が生えてなかったから、誘われなかったんだ。


 私は寝返りを打った。そう思えば思うほど、自分が惨めでしょうがなかった。

 羽の生えない人間も、「時々」生まれてくるらしい。だけど、今では空を飛べる人間が当たり前になった。同級生が登下校で空を飛んでいるのを、私はいつも羨ましく思いながら見上げていた。どうして私なんだろう?驕った人間になってもいいから、私だって空を飛んでみたかった。


…ダメだ。今日はもう、寝よう。


 

 部屋の電気を真っ暗にして、私は頭から毛布を被り瞳を閉じた。途中、下の階のお母さんから夕飯ができたとお呼びがかかったが、あいにく気分じゃなかった私は返事も碌にしなかった。





 

…夢の中で、私は空を飛んでいた。

 眼下に広がる豆粒みたいな街を発見して、私は目を見開いた。そのまま白い雲を突き抜け、空にきらめく星に手が届くくらい、思いっきり高く舞い上がっていく。隣に並んだお月様を見た途端、驚きと同時に、お腹のそこから嬉しさがこみ上げてきた。夢じゃないかしら?飛んでる!私、誰よりも高く!


 自然と、口元が綻びていた。いつもは見上げるばかりだった体育館も電波塔も、今夜は上から覗き込むことができる。やった、これで私も「空バスケ」に参加できる。詩織ちゃんにメールしなくっちゃ…。


「あいたっ!」


 突然、私は自分の背中に痛みを感じた。首をひねってみると、寅次郎がいつものしたり顔で爪を立てていた。おかしいな?私は今、空を飛んでいるはずなのに。羽が生えているはずの背中には、縞模様の猫が一匹引っ付いてるだけだった。一体どうやって私は飛んでいるのだろう?もしかしてこれは、現実じゃなくて本当に…。


「地震だあ!」


 そこでハッと目が覚めた。ズズズズズ…!と家が軋む音がして、私の部屋はガクガクと激しく揺れ始めた。まだぼんやりとしていた私の意識が、一気に地面に叩き落とされる。地震だ。最近じゃ、珍しくもない。だけど、なんだかこれ、いつもより長いような…。私は息を飲んだ。


「雪、平気かあ!」


 遠くの方で、お父さんの声が聞こえた。人が空を飛べるようになってからも、決して地震の脅威はなくならなかった。上から物は降ってくるし、この揺れの中じゃ誰もまともに飛び立てやしなかった。


「きゃあっ!」


 ドサドサと降ってくるお気に入りの漫画雑誌が、私の背中を叩く。痛い。だけどそれ以上に、怖い。混乱する頭で、必死に机の下に潜り込もうとベッドから這い出したその瞬間。


 ガツン!と後頭部に衝撃を受け、私はそのまま意識を失った。


「雪!こっちだ!」


 薄れゆく意識の中で、私の名前を呼ぶ声が、どこかで聞こえたような気がする…。

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