もう一度会えた
セフィルの様子がおかしい。
「セフィル、どうしたの? 何か悩み事?」
「……恋について考えていた」
「……誰の?」
そう僕が首をかしげながら聞いてきたので、苛立ちを覚えてセフィルは、僕の頭を掴んでキスをする。
僕はびくっと体を震わせて、けれど抵抗するわけでもなく、大人しくしている。
セフィルにキスをされるのはいつもの事で……最近はもっとしていたくなるような奇妙な感覚が僕の中で芽生え始めていた。
そんな僕の思いを見透かすようにセフィルが僕を見て、
「何だ餅、もっとして欲しいのか?」
「! ち、違うもん」
ぷいっと僕はセフィルから顔を背ける。
無意識に頷いてしまいそうで、僕は、セフィルは男だ、そしてこのままだと自分がされる側だと一生懸命自分に言い聞かせた。
なのに、心の中でセフィルと呼ぶだけで、胸が妙に高鳴るのだ。
確かにセフィルは意地悪だ。
意地悪で、からかわれて、僕が怒るのを見て楽しそうだ。
でも、僕はセフィルの傍にいると安心する。
この世界に連れてこられて、初めて出会ったのは、意地悪だけれど良い奴のセフィルで……なんだかんだで僕の事を気にかけている優しい存在なのだ。
好き。
喉元まででかかった言葉を僕は必死で飲み込む。
セフィルはお子様な僕なんて興味がなくて、それに男だ。
そう思うのに、その言葉は僕の口から飛び出していきたくて堪らないようだった。
だから傍にあった背の高くて花の咲いている木に、僕は八つ当たりするように手で叩いた。
もっとも、僕の手がただ痛くなっただけに過ぎなかったが。
そこで、僕の背後で、ばちばちっと音がしたのだった。
空間がそこだけ避けるように、黒々とした穴が開く。
それが何なのか分らず、僕は棒立ちになっていた。
「透!」
そんなセフィルの声を僕は何処か遠くで聞いていた。
突然の事に動けずにる僕を、セフィルは僕の手を掴み急いでその場から離れようと走り出す。
その走り出した数秒後、背後で大きな風を切る音と方向が聞こえて、僕は振り返った。
「……あ」
牙をむき出しにする、ざらざらとした皮膚を持った巨大生物の口が今まさに僕を飲み込まんと開いていた。
突然の事に僕は目を見開いて、恐怖で動く事が何も出来ない。
そんな呆然とする僕の前に、舌打ちしたセフィルが躍り出て、その化け物を剣で両断した。
けれどその背後には、まだ沢山の化け物がいて、それらには蝙蝠のような羽がついているものもいれば、いないものもいる。
形はトカゲに似ているが、宙に浮かび、物によっては周囲に炎が渦巻いている。
「……ドラゴンが、こんな……」
そうセフィルが言うのを聞いて、僕はこれがドラゴンだと知る。
想像と似ても似つかないものだが、敵である事には変わりない。
けれど恐ろしさで僕は震えてしまう。
そんな僕の前をセフィルが走って、ドラゴンに立ち向かっていく。
それを見ていた僕は、セフィルが怪我を……死ぬかも知れないと思って……そして今まさに何匹ものドラゴンがセフィルの襲いかかろうとして……とっさにそのドラゴンの数匹の時間を僕は空間ごと止めた。
動いているのは一匹。
それに本当はセフィルはほっとしていたのだが、その一匹に集中して細切れにしドラゴンを倒す。
「透! 残りも一匹ずつ動かしてくれ」
「分った!」
言われたとおりに、一匹ずつ開放して細切れにしていく。
細切れになったドラゴンは、その状態でもびくびくと動いていたが、やがてさあっと宙に跡形もなく消えた。
そんな風に次から次へと現れるドラゴンを、僕もようやく慣れて、セフィルが倒しやすいように操作する。
また、炎などの攻撃もわざと遅れさせて、セフィルが容易に反撃できるようにする。
急所も何も分らないのが、このドラゴンのようだった。
だから細切れに裂いていくしかない。
やがて、現れたほぼ全てのドラゴンを倒して、僕とセフィルはほっと一息ついた。
周りではまだドラゴンがびくびくと動いていて、そのうちの眼球であったものがじろり僕の方を見ていた。
けれどその時は僕もセフィルも気づかず、生きている事にほっとして……セフィルの剣を僕は見て、
「その剣は、確かこの前ウェザーさんに渡してもらった……」
「ああ、この剣は、昔異世界人が作ったもので、魔力が篭っていてドラゴンを倒すために作られた剣で、威力は抜群なんだ。最も兄さんの剣の方がもっと強いけれどな」
「そうなんだ。あれ?」
そこで、セフィル達を呼ぶウェザーの声がした。
「セフィル! 何か大きな戦闘があったようだけれど……」
「ああ、実は……」
そこで、ドラゴンの残骸である眼球の周りに炎が舞い、それにセフィルが気づいた。
「透! 危ない!」
「え?」
その身で庇うように、セフィルは僕を押し倒して、セフィルが絶叫を上げる。
見れば太もものあたりがえぐられていて、そこから煙が立ち上り、嫌な肉の焼け焦げる音がして……。
僕は、その眼球に向かって無我夢中で魔法を使い、時間操作を使って地面をせりあがらせて鋭いナイフのようにして貫く。
大地は恐ろしい時間をかけながら、少しずつ降り積もり高くなっていく。
その数百年という時間を、一気に勧めて……起り得る未来の状態にしてしまったのだ。
この僕の持っている力が、“時間操作”というよりは“予想されうる概念を実現する”だとウェザーは気づいたが、それよりもセフィルの手当てが先だった。
「シルス! 早く見てやってくれ!」
呼ばれてシルスが慌てたように治療を開始するも、いっこうに直らない。
なので僕が、
「時間を巻戻して……」
「いや、人体にそんな魔法を使えば、血の巡りも含めて異常をきたして本当に死んでしまう!」
シルスに言われて、僕は他に自分ができる事を考えて、
「では、その、細胞を活性化させて再生するのは……」
「細胞? 何だそれは……」
「もういい、かして!」
僕はシルスの治療している手をどけて、強化魔法を使う。
僕は瞳が涙で曇るのを感じながらも、必死になって強化魔法を使ってセフィルの体を活性化させる。
そうすると、予想通り、そのえぐられた部分がむくむくと膨れ上がりもとの肌に戻る。
苦悶のうめき声を上げていたセフィルの声がぴたりと止んだ。
そして、ポツリと呟く。
「……痛くない」
「セフィル、セフィル!」
僕は、セフィルの名前を呼んで、いなくなるかもしれなかった恐怖を感じて、抱きついたまま泣き出したのだった。
一通り僕は話して終わると、あのときの不安を思い出してそのままセフィルに抱きついた。
「セフィル……」
そんな僕の顎を上げさせて、セフィルは唇を奪う。
そのままキスを交わして、再びお互いが抱きしめあう。
その様子を観察してから山田祐樹が、
「あー、そろそろよろしいですか? というか、そのドラゴンが現れる場所に透は遭遇したと」
「……うん。その場所に行って、時間を巻戻せば良いの?」
「そうだね。後は魔法装置を放り込めば終わりだし。ただ……」
「ただ?」
「一回、放り込んで暫く放置して、その後で亀裂を再びあけて様子を見ないといけないんだ」
躊躇するように山田祐樹が話す。
けれどそれの何処が問題なのか、僕には分らない。
「何が問題なの?」
「こちらから開く事によって、ドラゴンがでる可能性があるのはまあ仕方がないと思う」
「……そうだろうね」
「でも、修正の関係上、その時に抵抗反応やすでに生成されたドラゴンが現れる可能性が高くて……」
「どれくらい、そのドラゴンが出そうなのか分っているの?」
「かなりの量になるかと。とはいえ、そのための異世界人というか、透と当真さんはそのために呼ばれた部分もあるから」
「……分ったよ。準備が出来たら呼んでくれれば行くよ。ついでに後で兄さん達にも話しておくから」
「よろしくー。じゃあ僕は戻って、他の人達に話をしておくから」
そう手を振って、山田祐樹はそのまま帰っていった。
それを見送る僕にセフィルは、
「でも、これで俺達は別れなくてすむようになるな」
「そうだね……望めば一緒にいられるんだね。大好き」
そう、お互い抱きしめあったのだった。
暫くセフィルが僕といちゃいちゃしていると、夕暮れ時になってから、まず初めにシルスとリンが。
次にリースとユーリが現れ、最後に当真とウェザーが現れた。
ちなみにウェザーとセフィルが倒した魔族達は、影からこそこそびくびく様子を伺っていた。
さてさて、その中でリンは何だかつやつやしていたが、一方でリースと当真はげっそりとしていた。
そんな当真がぼそりと告げる。
「……僕、まだ魔王をやろうと思います」
「どうしてだ? あれだけ可愛がって愛してあげたのに、まだ我慢できないのかい?」
「やり過ぎだといっているんです!」
当真が本気でウェザーを吹き飛ばそうとして、けれどウェザーはにやりと笑って当真を捕らえ、キスをする。
舌を出しいれる濃厚なキスをするだけで、みるみる当真は大人しくなり最終的にウェザーへと倒れこむ。
「こ……の……」
「あまり意地を張らない方が良い。でないと、もっと酷くしてしまいそうだから」
そう、にっこりとウェザーは当真へと微笑み、当真は顔を青くした。と、様子を伺っていた魔族達が、
「当真様は、まだ魔王を続けられるのですね?」
「ぜひそうして下さい! そしていつの日か女の子を……」
そう切実に言う。そんな魔族達にウェザーが、
「……当真は私のものだ。というよりも、いい加減覚悟を決めて襲われて来い」
「嫌です! だって、だって……ついこの間まで可愛い彼女だったのに、男になったら突然『可愛がってやるよ、子猫ちゃん』って襲ってきたんですよ!」
「僕達がするほうならまだしも、何で僕達が押し倒されているんですか! おかしいでしょう!」
そう騒ぐ出し魔族達に、ウェザーは嘆息して、それからにやりと冷たい笑みを浮かべて、
「……面倒だから、こいつら全員拘束して、その元彼女達に据え膳として差し出すか。当真の周りをうろつくのも気に入らないし、随分慕っているようだから……間違いが起こる前にやっておくか」
「止めてー! 後生ですから、許してください!」
「さて、どうしようか……当真?」
そこで、当真がウェザーに抱きついて、キスをした。
「……やりすぎるのが嫌なだけで、ほどほどなら、僕だってウェザーとしたいです。でも、傍にいたらウェザーは僕を襲うでしょう? だから、逃げ場を用意してくれませんか?」
当真に微笑まれて、ウェザーは即座に頷いた。
ウェザーは完全に当真に参っていた。
それ故に、こうやってお願いされてはウェザーも拒めなかった。
けれどそうなってくると、魔王は依然として倒されてはいない事になるのでセフィルは、
「当真さんが魔王を続けるなら、餅は帰還条件の魔王を倒す、を遂行できないな」
「えっとセフィル、何で逃げられないように僕の体を抱きしめるのかなと」
「これで思う存分餅を愛でてやれるよな?」
「僕は用事を思い出した気がするので逃げます。それじゃあ!」
僕はその場から逃げ出そうとしてじたばたしている。
けれどセフィルは逃がす気なんてなかった。
だから僕は必死に考えて……そこで、先ほどの山田祐樹の話を思い出して、
「セ、セフィル、さっきの山田祐樹の話、皆にしないと……」
「……確かにそうだな。でも、それをしたらベットに一緒に行ってくれるか? それが約束できないなら今すぐ……」
要するに覚悟を決めろとセフィルは僕に言っているのである。
それに僕は顔を赤くして、少しだけ悩んでから、おずおずと頷き、
「……うん。約束する」
セフィルに抱きしめられたのだった。
そして、僕の話を聞いていた皆だが、
「繋がったとして、この世界の人間は、上位世界にいけるのか?」
素朴な疑問を提示するウェザー。それに山田祐樹が、
「この世界の人間でも適正があれば、こちらの世界にこれます。ただ魔法は使えなくなりますが」
「そうなのか。僕にも適正があれば良いと良いな。そうすれば……当真を元の世界から、攫ってこれるだろう?」
当真が顔を青ざめさせる。
そんな当真を、ウェザーは今度は後ろから抱きしめて耳たぶを軽くかんで、耳元で何か囁くと、当真はかあっと顔を赤くさせた。
それを見ながら僕は、兄さん愛されてるな……と人事のように考えていたが、
「俺も、透を元の世界から攫ってこようかな。適正があれば」
「……大丈夫だよ。あっちに行っても必ず戻ってくるから」
「……約束だぞ?」
「うん」
頷くセフィルと僕。
そんな幸せそうなカップル達に、山田祐樹は嘆息しながら、
「一応、その装置といいますか魔道具は持ってきました。あと、この城近辺で、ドラゴンが生じる可能性があると伝えに来ました」
「そうなのか。場所までは分らないの?」
「5km四方の範囲だから、これでも随分頑張ったほうなんだよ」
「そうなのか……」
残念だなと僕は思って……今更ながらに気づいた。
「何故ここにいる」
「……大急ぎで取りに戻って、そこでそういう話が来ていたからあわててまたここまで来た僕の苦労を考えようよ」
「そっか……ありがとう」
そこでウェザーが、珍しく眉を寄せて、
「だったら素人の魔族達はここから避難させた方が良いな。後近くの町も、緊急避難の言伝を送っておいたほうが良いな」
「そちらの方は、こちらでやっておきましたので後は魔族の方々と、こちらに兵がやってくるのでウェザーさんとセフィルさんは避難して下さい。二人とも王子様なんですから」
「……こう見えて僕もセフィルも強いよ?」
「だからといって危険にわざわざ飛び込む必要はないでしょう」
「……当真がいるのに、僕は逃げる理由がない。セフィルは?」
その言葉にセフィルは僕を見て、
「透がいるのに、俺が逃げるわけにもいかないだろう」
とセフィルが答えるので、山田祐樹は少し嘆息して、
「僕達異世界人は、攻撃されて壊されるか魔力が尽きれば元の世界に帰還するだけで住みますが、セフィルさんたちは死ぬかもしれません」
「でも……」
「まあ、時間的な誤差があるかもしれないので、数日間はずれがあるでしょうから……」
そこで当真が何やら魔法を使った。
ふわりと風が凪ぐのを感じて、僕達の視線が当真に集中すると、当真は、
「……半径五キロ以内の状況で、もしも何か変わった事があれば、空気の乱れによって分るようにしました」
「それは助かります。でももう少し後でも良いんじゃないかな……」
少しでも魔力を温存して当真と一緒にいたいウェザーが呟くが、
「……油断して、ウェザーが傷ついたらどうしてくれるんですか」
さらっと惚気た当真に、ウェザーがこの場で当真を押し倒そうとした。
当真が異変を感じたのは、そのすぐ後だった。
城のすぐ傍で、大きな大きな亀裂が走る。
気づいた当真は、焦ったようにすぐさ窓際へと走る。
その異常に気づいたほかの面々も窓際に集まる。
宙に浮かぶ黒々した亀裂。
星々の輝く夜の中でも、その空間の裂けた黒はあまりにも深く、暗く、何処までも夜空とは違う黒い色をしていた。
そしてそれは、僕が見たような小さなものとは比べ物にならなく暗くて大きな裂け目だった。
その中で、ぽつんと赤い輝きを僕は見て、即座に魔法を展開させる。
時間を逆転させる魔法で、亀裂がふっと小さくなったところで、山田祐樹がその亀裂のすぐ傍に現れて何かを投げ入れ、けれど次の瞬間には僕達の前に現れた。
それを見て僕は、
「場所を移動できる魔法が使えるんだ」
「うん、この力がないと、お店を複数掛け持ちが出来ないから。実際に僕と会った後、別の店に僕は僕達よりも前にいただろう?」
そういえば、このすぐそばの町に来た時にはもうすでに、山田祐樹は店にいたのだ。
そう思いながら、僕は魔法を使い、開こうとする裂け目を閉じる。
暴れるような感触を感じて、僕はそれにも負けず魔法を使い続ける。
けれど今まで感じた事のない負荷が、僕に押し寄せ小さく呻く。
そんな僕をセフィルが抱きしめた。
「セフィル?」
「代わってやれない代わりに、透を抱きしめておく」
「……ありがとう」
そのセフィルの抱きしめる温かさに、僕は少しほっとして負荷が和らぐ。
そんな僕は、そこで山田祐樹に聞いた。
「さっき放り込んだ魔道具、どれくらいで効果がある?」
「……この世界の外で観測しているから、効いて来れば連絡が入ると思う」
「そっか。そして、それから様子見て、生じたドラゴンを倒して、そうすればずっとセフィルと一緒にいられるんだね」
何処かぼんやりとした口調で僕が呟く。
そんな僕を抱きしめて、セフィルは始終無言だった。
また、当真達は魔族の避難を行い、山田祐樹は連絡を確認すると言って、消えてしまった。
ここに残っていたのは、セフィルと僕だけだった。
「大丈夫、僕、絶対セフィル達を守るから」
「……ごめん。俺は、今は何も出来ない」
「いいよ、こうやって抱きしめてくれさえすれば。大好きなセフィルにこうしてもらうだけで、僕は少し幸せで体が楽になるから」
そう言う僕の様子が、いつも以上に弱っている事にセフィルは気づいていた。
けれど、分っていたからこそ、現状ではやめることが出来なかったので、そして、僕が止める気が無いことはセフィルには分っていたので、言う事が出来ずにただただセフィルは僕を抱きしめる。
そうやって夜が明けるまで、セフィルは僕を抱きしめていたのだった。
日が昇って数時間が経過した頃。
山田祐樹が僕達の所にやってきた。
「外からの観測では、全体にドラゴンの生まれそうな流れは縮小傾向。ただやっぱり一部はドラゴンが発生して、この透が塞いでいる隙間に集まっているらしいです。……やっぱり透、辛いか?」
「う……ん。随分楽にはなって来たけれど……苦しい。偽物の体なのにね」
「上位世界になるのを拒んでここにドラゴンが集結しているから……ただ、多少はドラゴンも外側で再度分解されて上位世界になるエネルギーに変わっているよ」
「そっか……もうひと頑張りだね」
そう、息も絶え絶えといった風に言う僕に、堪らずセフィルが、
「透を何とか楽にする方法は無いのか!」
「現時点で透の手を借りないと、正直ドラゴンの量が危険です。それに、やっぱり上位世界になる反動があるから……」
「それを今、透は一人で背負っているのか?」
「正確には透しか出来ないので、そうなってしまっただけです。それに……透の魔力が尽きない事を祈りましょう」
「? どういう事だ?」
「透の魔力は、その時蓄積された魔力全部を引き継いでこちらに来ます。つまり、それだけの魔力しかもって来れないわけです。そしてそれを使い果たすと、意識やその体の形作る魔力がなくなるため、元の世界に帰還します」
「透……」
そんな不安そうなセフィルに僕は、
「大丈夫……上位世界に、僕達の世界と行き来できるまで頑張るから」
「違う! 俺は、そんなものよりも透が苦しんでいるのが耐えられないんだ!」
「……でも、ここで頑張らないとまた会えなくなっちゃうよ。だから、大丈夫」
そんないじらしい僕の様子に、セフィルは自分の顔を隠すように抱きしめた。
きっと僕がセフィルを心配してしまうからだろう。
そこへ、当真達が戻ってくる。
周りには他に兵が沢山いる。
ぎゅっと抱きしめているセフィルの肩をウェザーが軽く叩いてから、
「これで準備は整ったよ。あとは、頃合を見てその余ったドラゴンは何とかする」
これで、完全にドラゴンが現れる流れがほぼ無くなれば、後は今回生成されたドラゴンをこちらに呼び込み倒すだけだ。
そこで、僕が山田祐樹に、
「……それ、で。今この世界は、僕……達の……」
「一応、この魔法機械のブザーが一回鳴れば、補修終了。二回鳴れば、僕達の世界に触れているって分るようになっているんだ」
「そう、なんだ……」
そう答えて、僕は目を瞑る。
体が酷く重くて、今にもふにょふにょに溶けてしまいそうだった。
その様子を見ていた当真が、苛立ちを隠さないで、山田祐樹に言う。
「何とかならないのですか! 透があんなに苦しんで……」
「じゃあ、当真さんが僕に魔力を分けてあげてください。手を繋ぐだけで幾らか回復しますから」
「……これは、他の人では?」
「この世界の人間よりも遥かに魔力量が僕達は多いので、普通の人間が与えようとすれば逆に倒れてしまうでしょうね」
「だったら貴方も少しは……」
「連絡やら何やらで、僕の持っている魔力も底をつきそうでして。実の所、ぎりぎりなんです」
「……分りました。では僕が僕に魔力を渡しましょう」
「おや? 透が魔力が少ないって信じていただけるんですか?」
「……怪しい自信があるなら、もう少し信頼される行動をとりましょう」
「異世界に突然放り込むような人間が、怪しくない筈なんて無いでしょう」
「……それもそうですね」
当真は納得しつつ、考えるのも面倒になったようにそこで話を終わらせて僕の手を握る。
「兄さん……」
「僕もできるだけ力を渡すから」
「ありがとう。兄さん」
そんな仲むつまじい兄弟愛に、その場の空気がホワンとなる。
そのまま再び数時間が経過し、ようやく一つ目のブザーが鳴ったのだった。
僕はもとより、当真も顔色が随分と悪かった。
そんな当真にウェザーが、
「当真、このままではお前が倒れる。一つ目のブザーが鳴ったのだから、そろそろ……」
「今は少しでも透に魔力を送って、可能性をあげるべきです」
「だが、このままだと当真の魔力が枯渇する」
「良いんです。透だってこんなに苦しんでいるし、その手助けをして……そして、それがまた貴方と会えるのですから、僕だって頑張ります」
「当真……」
ウェザーがそう呟いて当真を、セフィルが僕にしているように抱きしめた。
そしてそれからすぐに、二回ほど山田祐樹の持つ魔法機械のブザーが鳴ったのだった。
兵達に、戦闘準備をさせる。
僕から手を放した当真は倒れこみそうになってウェザーに支えられた。
そこで、ウェザーとセフィルに準備が整ったことが伝えられる。
そして、ユーリとリース、リンとシルスといった仲間達は、万が一の時のウェザーとセフィルを守るためにすぐ傍で待機している。
状況をさっと見渡して確認してから、セフィルは僕に囁いた。
「もう大丈夫だ、良く頑張った」
「……うん」
そう呟く僕の目の下には大きなくまと、冷や汗が浮かんでいる。
同時に空間が避けるような音がした。
青く白い雲の浮かぶ空に、どす黒い裂け目が現れる。
そこから現れたドラゴンは、幾つもの小さなものがあったが、そのうちの一匹はとてもとても大きくて……。
「こんなの、今までに無い……」
呆然とした呟きをリースが発したのを僕は聞いて、セフィルを見上げて微笑んだ。
「多分、これで終わり」
その意味をセフィルが問いかける前に、僕は時間停止の魔法を使い、その大きなドラゴンを含めて全てに足止めと攻撃をする。
それを唖然と見ている兵に、ウェザーが叫ぶ。
「今だ! 総員攻撃!」
その声に我に返って兵が攻撃する。
一方的な戦いの中、セフィルの抱きしめている僕の体に変化がある。
不安に思い、愛してると囁きながらセフィルは僕を強く抱きしめる。
うっすらと淡い黄色の燐光を放ち、それが数回点滅するように輝いて……僕の体が白い物体になった。
それを見ていたセフィルは体をわなわなと震わせて、
「透?」
僕の名前を呼んだセフィルの声を最後に聞いて、僕の意識は消えた。
僕は、道に呆然と立っていた。
ここは確かに家への帰り道であり、しかし目の前には、妙な格好をした山田祐樹はいなかった。
「セフィル……あ……」
見渡すけれど周りは見慣れた建物ばかり。騒がしさも感じる、あの出来事がまるで夢のようにしんとしている。
ふと僕が地面に食べかけのコロッケが落ちていた。半分以上食べてあったのでうまく包み紙の中に入り込んでいた。
そう思って拾い上げるとまだ温かい。
あの、山田祐樹と会ってからそれほど経っていないようだ。
それとも……初めから、全てが夢だったのだろうか。
そんなよぎる不安に、僕は駆け出した。
家にはきっと兄の当真がいる。兄に聞けば、きっとそれが夢かどうか分るだろう。
それを僕は今すぐに確認したくて堪らなかった。
あの、セフィルとの出会いが夢でないといって欲しかった。
息が白く吐き出されるのを見ながら、僕は家へと急ぐ。
そして、家のドアを開けようとした所で、兄の当真が丁度何処かへと出かけようとするように家のドアを開けた。
その兄の表情は何処か切羽詰ったような表情で、その兄、当真は僕の肩を両手で掴んで、
「山田祐樹の家は何処ですか!」
そう、僕に聞いたのだった。
夢で無かったと僕は気づき、涙が出そうになるが、
「……僕の記憶の中では全部倒せていません! だから……あいつに聞かないと」
「住所……昔一度遊びに行ったから覚えてる!」
僕が駆け出して、当真が家の鍵をかけて駆け出す。
それから暫く走って、早歩きになり……そのまま数分歩いた普通の家に、山田という表札が有る。
インターホンを押して、少し待つ。
中々でないので、留守だろうかと不安に思った所で家の鍵が開いた。
「早いね。今着替えた所だよ。立ち話もなんだから、家に入ったら?」
奇抜ではない普通の格好で、山田祐樹がひょっこりと顔を出したのだった。
目の前に緑茶と、おせんべいが出される。
僕たちが案内されたのは、居間のコタツだった。そんなコタツに山田祐樹が入りながら、
「いや、コタツに入ると丸くなるよね……ああはいはい、そんな怖い顔をしないで。結論から言うと、ドラゴンは全部倒せて、けが人もなし。そしてこの世界と接触する程度には、あの世界は上位の世界になった。これで満足か?」
その説明を聞いて、僕は涙が出そうになった。兄の当真を見ると、そちらも同じようだった。
けれど、そうなってくると……。
「僕達を、その世界に連れて行ってくれないかな?」
「今すぐには無理だよ、透」
「何で!」
「魔力が空じゃないか。この世界からあちらに行くのであれば、その時にも魔力を消費するから、もう少したまってからの方が良いと思う。戻るだけなら、あの餅もどきにもともとある魔力で大丈夫なんだけれどね。でも今回は生身だから、別立てでそういうアイテムの着用義務ずけやら何やらがあるかな」
「魔力が溜まるって、どれくらいかかるの?」
「うーん、二、三日? 今からだと、クリスマス・イブの頃かな」
「……なんというクリスマスプレゼント」
「でも、あちらに行くための暫定マニュアルやら何やらが必要になるから……実際にはもっと時間がかかるんじゃないかな」
「そんな……」
「新しいあちらの世界とこちらの世界を繋ぐ出入り口……それは二、三日で出来るから良いんだけれど、そう簡単にあちらへはいけないと思う」
そこまで山田祐樹の話を黙って聞いていた当真が机を叩いた。
「じゃあ! 僕達は何時! ウェザー達にあえるのですか!」
「……一ヶ月はかかるかと」
「一ヶ月……」
「それに、こちらの時間とあちらの時間も大分無くなりますから、そう長い事あちらに滞在は出来ないと思いますよ?」
「この世界の時間とあちら、どう違うのですか?」
「そうですね……あっちの一週間が、こちらの一日ですね」
前のように長く滞在できないが、十分長い。けれど、それを聞いた僕と当真は、ウェザーやセフィルと同じ時間を過ごせないのかと思って……俯く。が、
「ちなみにこの世界の人の平均寿命が560歳という……」
「待て、何で僕達の七倍の寿命に……というか、セフィルとか18歳だって……」
「あの世界、子供から大人になる時間が短いんですよね。大人になってから暫く若いままらしいですし……うらやましい限りだねー」
そういう山田祐樹の言葉に、僕と兄の当真はがっくり来た。僕は嘆息してから、
「何だか悩むのが嫌になってきた……」
「でも、こっちの一ヶ月はあっちで7ヶ月だから……セフィルさんやウェザーさんは辛いだろうね」
「……そっか」
「ちなみにどうでも良い話なんだけれど、今度あの世界に、本物のドラゴンが接触してきたらしくて」
「……大丈夫なの?」
「いや、もともと時々来ていたらしいんだけれど、別のドラゴンと間違えられるから接触を避けていたらしい」
「一部に知能の高い奴がいるって……まさか、それか?」
「というか、セフィル達王族が強いのって、一部その異世界のドラゴンの血が入っているかららしい」
「そうなんだ……」
「そうそう、しかもそれ関係で色々また別の問題が発生したらしくて、あっちも色々大変だし……まあ、一ヶ月はゆっくりすれば良いんじゃない? その間にあっちのごたごたもある程度収まるだろうから」
あっちも大変らしい話を聞いて、僕はそれでも会いたいという感情と、迷惑になるかもという感情のせめぎあいに悩む。
けれど、そんな事を悩んでいても、僕達にはどうしようも無い事が分っていた。
会いたい、そんな胸を焦がす想いは、僕の中で揺れている。
なのに会う事が出来ないなんて、酷い話だ。
そう僕がぐったりとしている横で、当真が山田祐樹に彼女のプレゼントの案を聞いていた。
なんでもクリスマスプレゼントを贈りたいとのことで、何を買ったら良いだろうという話らしい。
「やっぱりペンダントとかアクセサリーかな……送ったものを身に着けていれば、僕の彼女だって感じで……」
「……なんだかそういう発言を聞くと、ウェザーを思い出すから止めて貰えますか? 思い出して……切なくて、会いたくて堪らなくなります」
「いやいやいや、僕のこの程度なんて、ウェザーさんに及びませんよ。何せ彼、当真さんを囲うために、東の離宮を改造して逃げられない部屋にしていましたからねぇ」
その発言を聞いた当真は、目の前に出されたお茶を一口口に含んで飲み干しながら、
「……お前、知っていて僕に黙っていましたね?」
「え、えっと……僕は用事を……ぎゃあああ」
山田祐樹を当真が追い掛け回した。
それを見ながら、僕はぼんやりとセフィルの顔を思い出し……先ほどの話を考えて、
「……僕も、閉じ込めてくれたら良いのに」
きっと、そうすればセフィルとずっと一緒にいられるから。
そう考えて僕は目を瞑り、思いの他セフィルが僕の中で大きな存在になっている事に気づく。
ついでに、僕自身も随分と疲れているようだった。
一瞬とはいえ、病んだ思考をしてしまったのはその証拠だ。
「寝よう、温かくて気持ちが良いし」
そう、僕はコタツでぬくぬくしながら目を瞑ったのだった。
それから三日ほどたったクリスマスイブ。
僕達の両親は、現在海外旅行中だった。お土産を沢山買ってきてくれるとのことだ。
そんなわけで、家に現在引きこもり中の僕はベットに横になっていた。
そして僕の部屋には、赤いパイプの鏡がおいてある。以前、これを使って異世界に行ったのだが、現在は用済みらしい。
その鏡を兄と取り合いしていたら、祐樹がもう一個鏡をくれたので問題なかった。
まだまだ、こちらとあちらを繋ぐ出入り口関係は難航しているらしい。
理由を聞くと、祐樹は僕と当真をじっと見て嘆息して、
「……色々あるんですよ」
と言いやがったので、当真と僕で祐樹を追い掛け回した。
それは良いとして僕は目を閉じる。
隣の兄の部屋が少しがたがた煩い気がしたが、それもどうでも良い。目下の僕の悩みは、
「セフィル、どうしているかな」
まだ三日しかたっていないのにもう耐え切れなくなっている僕は、自分の堪え性のなさに嘆息する。
「どうしたんだ、餅、嘆息して」
「まだ三日しかあっていないのに、セフィルの会いたくて仕方がないんだ」
「そうか、そんなに俺が恋しかったか」
「当たり前だよ。大好きだもん。だからずっと一緒にいたかったし」
「いれば良いじゃないか」
「なんだか、あっちに行くのに複雑な手続きだか何だかがあるらしい」
「そうか……まあ、それはあちらの都合だから」
「でも、それで僕はセフィルに会えないん……あれ?」
僕が目を開く。そこには、にやにや笑うセフィルがいた。
「俺も、会いたかったぞ、餅」
「セ、セフィル……え?」
そこでセフィルは僕をお姫様抱っこする。
「じゃあ、早速あっちの世界に行こうな?」
「ええ! だって……」
けれど、そんな僕の声を無視して、セフィルは僕を抱き上げたまま赤い鉄パイプの鏡へと飛び込んだのだった。