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突然いらっとくることもある


 そんなわけで、魔王城の一室にて。僕と当真は緑茶を飲みながら相談していた。


「僕はどうもウェザーが好きみたいなんです。結局総員でアルバイトしなければならなくなったのだって、元をただせば数日に一回、あいつらに攻撃を仕掛けたからです」

「? 攻撃するのにそんなにお金が?」

「魔物作成のコストが、一個一個はそれほどかかっているわけではないのですが、数が必要ですし、僕たち魔族の食費やらなにやらもあって……でもあいつ、言う事は気持ち悪いんだ」

「うん、僕もそう思う」

「でしょう? 本当にあいつ、僕の事が好きなのかな?」

「それは確実に」

「何で知っているのですか、透」

「いえ、なんか色々聞いて」

「そうですか……ところで僕が好きな相手は誰ですか?」

「セフィルです」

「そうですか……切っ掛けは?」

「ドラゴンに襲われたときに助けてもらいました」


 そこでがしゃんと食器をリースが落とした。そして真っ青な顔をして、


「ドラゴンが出たって本当ですか?」

「うん、全部倒したけれど。ドラゴンて羽なくても飛ぶんだなって」

「当たり前です! 魔力で飛んでいるんですから!」

「本当にトカゲの大群が空飛んでいるように見えてなんか嫌だった。……それをセフィルがなんか凄い剣で倒して、僕も魔法使って倒したんだけれど、最後におき土産をされて、それをセフィルが庇って大怪我しちゃって」


 へへ、と笑う僕に当真が、


「透、そんな危ない目にあったのですか?」

「うん。でもその時セフィルがなんか必死で、僕も必死で……好きだ、死んで欲しくないって思って。魔法で直したから全然大丈夫なんだけれど……自覚した」


 そんな僕の様子に頷きながらも、リースの様子がおかしい事に当真は気づいて、


「そうですか。それでリース、どうしてそんなに真っ青なんですか?」

「……ドラゴンは、一度少量現れると、また大量に現れるんです。規則もなくて、それで……」

「なるほど。……では一度、異界通信交変換社に顔を出しておいた方がいいですね」

「何故、ですか?」

「異世界人が二人くらいいるかなと言っていましたから、あの山田祐樹が」

「何か情報を掴んでいると? ですが、彼は話しますか?」

「話させれば良いんです」


 さらっと怖いことを呟いて、思考を切り替えるように当真はお茶をすすり、飲み込んでからリースに聞いた。


「そういえばリンは今何を? きちんと仕事をしていますか?」

「そうそう、リンが凄く可愛い女の子の石造を作っているんですよ」

「……あの子には石壁の補修がありませんでしたっけ」

「それが失敗して代わりに、可愛い女の子の石像を大量に」

「……聞いていませんよ。ですが、いいですね。可愛い女の子ですか」


 そんなこんなで、僕達はリンの元へと歩いていったのだった。









 そこには可愛くてちょっとエッチな格好の石像が大量に建てられていた。


「当真様! 見てください!」

「えっと、素晴らしい巨乳ですね」

「でしょう! 男の胸なんか目じゃないでしょう!」

「は?」

「いえ、何でもないです。ですがこれが僕の……理想の女の子達なんです!」

「そ、そうなんですか」

「きっと柔らかくて、温かくて、良い匂いがして、優しくて。家に帰ったら、ご飯にする? それともお風呂にする? それとも私とゲームする? って聞いて来るんですよ! それで寂しがり屋だったりして……」

「戻って来い。戻ってくるんだリン」

「当真魔王様。夢がないと人間生きていけないんです」

「……ですがこんな何十体も良く作りましたね」

「僕の理想の女の子ですから!」


 そう目を輝かせるリン。

 確かにに髪のなびき方から腰のラインまで、計算尽くされたような緩やかで美しい曲線を描いている。

 しかもスカートの中の下着も、細かくデザインされている。


「……どうしてリンが女性の下着について詳しいのですか?」

「! ち、違います! 別に僕は変態とかそういうわけじゃなくて……」

「ならなんで知っているんですか」

「……以前シルスに、誕生日プレゼントで渡されたんです」

「なんだか色々と悪い事をしました」

「いえ……自分で着るのは嫌ですが、見るのは好きで。確かに可愛いもの選ぶんですよね、あいつ」

「それで、それを着せたのですかあの石像に」

「……」

「……」

「この石像で我慢してもらえないかって」


 てへっと笑ったリンだが、そこで目の前でそこら一体の石像が轟音と共に唐突に破壊された。


「僕の理想の女の子達がぁー」

「誰の理想の女の子達だって?」


 その声に聞き覚えがあり、リンはその声のする方向に目をやって顔を青くさせた。


「シルス? なんで……」

「俺よりも無機物が良いとは思わなかったな! 生身の良さをたっぷりと教えてやるよ!」

「うぎゃあああああ」


 リンの悲鳴が聞こえ、シルスがリンを捕獲した。


「リン、助けに……っ他にも居る!」


 そこで当真が見たのは、勇者ウェザー達だった。

 そして勇者ウェザーがにっこりと当真に微笑む。


「遊びは終わりだよ」


 その声を聞いて、リースが当真と僕を連れて、城の中へと逃げ出したのだった。









 城の中に駆け込んだ僕は、兄達に問いかけた。


「どうするんですか?」

「どうするもこうするも……本気でやられたら僕たちに勝ち目は無いですからね。相手を殺して良いならまだしも、そういうわけにはいきませんし……面倒な」

「そうなると平和的に話し合いをするという事に」

「あいつらが話を聞くわけ無いでしょう! そもそもここに来たら、僕たち全員あいつ等の毒牙ですよ! 受けになるのが嫌だって、恋人から逃げてきた奴らしかもう残っていませんし」

「……シルスの恋人以外にそんなにいたんだ」

「やっぱり可愛い女の子としたいじゃないですか」

「ウェザーさんでも?」


 そこで魔王、当真は歩みを止めた。よく見ると顔が真っ赤である。

 それに焦ったリースが、


「当真様! 貴方がそれでどうするのですか!」

「わ、わかっていますよ、リース」

「僕だってユーリに襲われるのなんていやです!」


 そんな駄々をこねるリースに、ふと僕が、


「でも、この世界が男だらけになる原因作ったのは、リースさんなんですよね?」

「え?」


 疑問符を浮かべたのは、魔王、当真だった。その話を当真は知らなかったらしい。

 一方リースは、冷や汗をたらしながら固まっていた。そして、


「あ、僕、用事を思い出しましたので……」


 そう逃げ出そうとした。

 しかしそんなリースの襟首を掴んで、優しい声でリースに囁いた。


「リース、僕はそんな話を聞いていませんよ? 透、説明をお願いします」

「えっと、確か、魔法使いリースが、彼女に振られた腹いせに、自分以外全員を女の子にしようとしたんだけれど、徹夜明けで間違えて、男だらけの世界にした……と、僕は聞いたけれど」

「りぃぃぃすぅぅぅ」

「だ、だって……『私より可愛い男の子なんて、大嫌い』って言われたんですよ! 男としてのプライドがすっごく傷ついたんです!」

「限度があるでしょう! 限度が! このお馬鹿!」


 そう当真に言われて、リースがブワッと涙を浮かべた。


「ひ、酷い! 当真・魔王様だったら分ってくれると思ったのに!」

「そんなわけあるか! 何を言っているんですか、何を!」

「だって、当真、魔王様だって可愛い顔して、ウェザー様を悩殺したじゃないですか!」

「そ・ん・な・事あるわけないでしょうが! 大体僕の何処が可愛いって言うんですか! 貴方ならまだしも!」

「どう考えても当真様の方が可愛いです! しかも僕は、親友にまで裏切られたんですよ!」


 親友という言葉を強調するリース。それに、当真は誰だったかなと考えて思い出した。


「ああ、あの、変態ウェザーと一緒にいる魔法使い」

「ユーリです。あいつは……僕の唯一の親友だったのに、まさか僕の事を狙っていたなんて。しかも彼女がそんな事を言ってきたのは、ユーリがその彼女に手を出してきて、自分の彼女になったなって所で、『君よりもリースの方が可愛いから』と言って振ったんですよ! 寝取った挙句振るとか最低でしょ!」

「……それは同情の余地があるかもしれませんね」

「しかも今度はその魔の手を僕に伸ばして……唯一の親友だったのに」


 その唯一の親友という言葉に、僕がぽんと手を打った。


「そういえば、他の友人とか出来ないように、ユーリさん、暗躍していた気が」

「……」


 僕のその言葉に、リースが色々思い出して、顔をさあっと青くした。

 そんなリースに、当真が、


「……諦めて、ユーリのものになった方が平穏なんじゃないですか? リース」

「い、嫌です。だって……本当に僕の事好きかどうか分らないじゃないですか」

「リース?」

「……どうせ、好きなったら振るに決まっています。あいつは、昔からそういう奴です。相手が本気になったら、遊びだって振るんです」


 そう何処か悲しげにリースが言う。と、


「随分な言い草ですね、リース」


 そう、噂をしていた魔法使いユーリが現れたのだった。







 時間は、シルスの恋人のリンを捕まえた頃にさかのぼる。


「僕の理想の女の子達が……」

「えっと、リン……大丈夫か?」


 けれどリンは力が抜けたように石像を見つめて、


「……いいんだ。ごめんね、シルス。僕が逃げたりしたから、うんそうか……」

「リン! しっかりしろ、リン」

「大丈夫だよシルス。僕はいたって普通だよ」


 そう目をぼんやりさせながら、リンが呟く。どうも石像を壊された事が相当ショックだったらしい。

 シルスは、石像ごときに嫉妬した自分の心の狭さを後悔する。

 と、そこでウェザーがぽつり。


「透に時間を巻戻してもらえれば回復するけれど」

「本当!」


 リンが復活した。しかしそこでウェザーが微笑みながら、


「ちなみにここ、対ドラゴン用の城砦でもあるんだけれど、知っているかな?」

「あ、そうなんですか」

「そうそう。それで、砦の塀がここ一体、ごそっと無くなっているんだけれど、元に戻してもらった方がいいかな……」

「ま、待ってください。あれは僕の血と涙の結晶……」

「では、大人しく、シルスと貴方が仲直りするかどうかのお話をすることで、見逃してあげましょう」


 そうウェザーが言うと、リンが少し戸惑ったようにシルスを見るも、シルスは、


「ウェザー様、ありがとうございます」

「いいよ、シルス。仲間だしね。じゃあ二人でお話してください。僕達は、中の人達とかなり長くお話しすることになるかもしれませんから」

「あ、あの、当真様には……」


 獰猛に笑うウェザーに危機感を抱いたリンだったのだが、それにセフィルが答えた。


「兄さんが口で言う以外に、そんな酷い事するわけないだろう」

「……セフィル」

「間違っていないだろう? 兄さん」

「……僕の威厳に関わるんです」


 そう、兄の事を良く分っているセフィルに、ウェザーは拗ねたように呟いたのだった。







 目の前に現れたユーリに、リースは警戒しながら僕と当真に言った。


「……時間稼ぎをします。はやく……」

「わかりました。では僕、行きますよ」

「う、うん。……なるほど、そういうことか」


 すぐに意図に気づいて、僕るが当真と一緒に駆け出した。

 それを見ていたユーリが、


「では、私もリースとすることがありますので」

「……ほどほどに。誤解は解いておくように」

「分かっています」


 そう少し釘をさして、ウェザーとセフィルが駆け出す。

 そしてその場に、リースとユーリが取り残されたのだった。







 そんなこんなで僕と兄の当真は逃げていたのだが。


「兄さん、僕は逃げる理由があるのかな?」

「……僕は心の準備が出来ているのですか? 僕は無理です」

「でも兄さんは、ウェザーさんが魔王城に来たら、兄さんを抱くって言っているから逃げているわけだよね」

「ええ、そうです」


 その答えを聞いて僕はしばし考えてから、


「……僕、大丈夫なんじゃないかな。セフィルだし」

「セフィルさんの方は真面目でまともなんですがね……どうしてあれはああなんでしょう」

「……そうだね、フォローの仕様が無いね」

「しかもペットにまで格下げとか……あいつ本当に僕の事が好きなんですかね……」


 そう嘆息する兄の当真がそこで気付いたようだ。


「さっきから二人の姿が見えないんですよね。足音すらもしない」

「じゃあ兄さん、来た道を戻ろうか。きっと他の道を使って待ち伏せされているだろうし」

「そうですね。あ、リース達は今頃素敵な事になっているでしょうし、彼らのいる部屋に続かない場所へ移動しましょうか」


 そう、二人の兄弟は回れ右をして、もと来た道を戻り始めた。






 セフィルとウェザーは待ち伏せをしながら嫌な予感がした。

「……兄さん、ひょっとして気づかれたんじゃないのか?」

「……確かに遅すぎる。! あそこにいるの、僕と当真じゃないか?」

 そう、窓の先には僕と当真が仲良く歩いていたのだった。






 魔王、当真が体をブルリと震わせた。


「なんだか視線だけで犯された気がする」

「兄さん、どうし……見て、あそこにセフィル達がいる!」

「気づかれた! 逃げますよ!」


 そう駆け出す僕と当真。だが、


「「逃がすかぁあああ」」


 そんな叫び声と共に目の前の横の壁が大きな轟音と共に崩れた。

 ぱらぱらと小石が落ちる音と共に砂煙が上がる中で、二人の男がゆっくりと姿を現した。


「透、よくも逃げたな?」

「え? えっと……その場の空気と言いますか……わぁあ」


 そこでセフィルは、足払いをかけて体勢を崩してから、僕を抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこである。

 ちなみに僕の兄である、魔王、当真といえば、


「く、来るな、来るな、変態ぃいい……」

「どうしたのですか? そんな怯えた顔をして」


 そう楽しそうに、怯える子兎を前に牙をむき出しにする肉食獣のような微笑で、ウェザーは魔王、当真に近づく。

 しかし、一方的にやられるのも当真は悔しかったので、試しに、


「……えっと……愛してる」


 怯えた顔をしていると、あまりにもウェザーが嬉しそうなので意趣返しをしようと言ってみたのだが。

 その途端、ウェザーが大きく目を見開いて顔を高潮させた。

 そのあまりに初心な反応に、当真はもちろん、セフィルも僕も固まった。

 そしてその不思議な空間の中で、初めて声を発したのが当真だったのだが……。


「じゃあ、僕は逃げますので」


 この状態なら逃げられるのではないかと、魔王、当真は読んだ。

 ウェザーが惚けていて動けないからだ。

 実際の所そんな事を言わずに当真は逃げれ良かったのだ。詰まる所、当真自身も予想外の状況に混乱していたからなのだが……それが命取りとなった。


「……逃がすと思うのか?」


 そこで当真はウェザーに肩を掴まれたのを最後に、首に衝撃を受けて記憶が途切れたのだった。








 僕は、兄の当真が連れていかれるのを見て、


「えっと、ウェザーさん。お手柔らかにお願いします」

「わかっているよ」


 そう手をひらひらさせて、ウェザーはその場を去る。その様子を見ながら僕は、


「大丈夫かな……」

「……人の心配をしている暇があると思っているのか? 随分余裕だな、餅」

「また餅って僕の事言った! んんっ」

 

 そこで抱き上げられたまま、僕はセフィルにキスされる。

 唇が触れ合うだけで、セフィルの熱が伝わってきて、酷くどきどきする。

 相手は男だと分っているのに、僕はセフィルと一緒に居たくて、愛おしくてたまらなくなる。


 この体が異世界のあの変白い餅のような物体だとしても、この感情は本物なのだ。

 だから、縋るように、僕はセフィルに顔をこすり付けて、


「このまま一緒にいたいな」

「……一緒にいればいいじゃないか。このままずっと、俺と一緒に」


 そうセフィルが言うと、僕は幸せそうに微笑んで、


「……そうだね。元の世界に戻ると、こちらにいた時間は、あちらでは一瞬らしいから」

「そうか……それで、俺の事覚えていられるのか?」

「……それは、知らない」

「透の心が俺以外の誰かに移るのは、許せないぞ?」

「やきもち焼きだね、セフィルは」

「……透が同じ立場だったらどうする?」

「……焼きもち焼くね。でも大丈夫だよ、奪い返すから」


 独占欲の強い台詞を僕が呟いて、それにセフィルも自分だけではなくて僕も求めてきている事に気づいて、本当に幸せな気持ちになって……そこではたと気づいた。


「しまった、もう一つの帰還条件……」

「? 魔王を倒す事だよね。あと湖かなにかにいくんだっけ」

「……っすまない、僕。俺は嘘をついた。もう一つの帰還条件は、『この世界の男性と関係を持つ事』だったんだ」

「……とりあえず、あいつを殴ってくる事は決定した」

「……俺、透に手を出せない」


 セフィルがみるみる悲しそうになる。

 やっぱりそういった意味でも恋人同士だしと僕が赤くなって、でもそれが機関条件ならセフィルと出会えたのも良かったような、等と僕が考えていると、


「あのー、こちらに……ああ、僕いたわー。あ、ちょっと話が……」

「……セフィル、少し離れていてくれないかな」


 突然現れた、この世界に飛ばされた原因である山田祐樹を見て、僕はセフィルに言う。

 にっこりと微笑む僕に、底知れない何か巨大な怒りのようなものを感じて、セフィルは頷いて僕を地面に降ろした。

 そして、山田祐樹に近づいていく僕を確認しながら、セフィルは少しずつ後ずさり、そして僕の手が届く範囲まで近づいた瞬間に、


「しっねぇぇぇぇ!」

「バリヤー!」


 僕の不意打ちは失敗した。

 目の前には、不敵に笑う山田祐樹が、見えない壁を展開して僕の攻撃を防いでいた。


「この程度の事は想定の範囲内なのさ! そう、全て私の予定通りなのだ!」 

「く、だが僕は諦めない!」

「えっと、透はいいとして、次のドラゴンの出現に関して、情報が欲しくて。上手く行くと、ドラゴンがこの世界に現れなくなるかもしれません」

「「え?」」


 僕とセフィルの声が重なる。僕は今の発言の真意を探るために山田祐樹を見て、


「……どういう事? もう、セフィルが怪我をしなくて済むって事?」

「それも含めてこの世界の救世主になれるのです」

「セフィル、事が事だから今回は……」

 

止めて欲しいと僕はセフィルに言うと、セフィルは少し黙ってから、


「異界通信交変換社の……ヤマダユウキか。今すぐでないといけないか?」

「それは、早い方がいいのですが。そうすれば、条件を満たさなくても透も元の世界に戻れますししね……」


 それを聞いて僕はセフィルに抱きついた。


「どうした?」

「……セフィルの傍に、ずっといたい」


 そんな切なげな言葉が僕の口から漏れ出した。

 すぐに俺もだよとセフィルは答えて、僕を抱きしめた。

 けれどお互いに、それにはいずれ終わりが来る事が分っていた。


 ドラゴンという厄介な存在もあるので、暫く触れる事はできないだろうが……愛おしいから触れたいと思うのは、自然な事。

 だから、セフィルと僕は、お互いに一緒に居られる今を大切にしようと思っていた。

 言葉になど出さなくても思いは通じ合うように、二人はどこか穏やかな気持ちで抱き合っていたのだ。

 そしてそこで、山田祐樹はふうっと嘆息してから、


「あー、もしかしたら、生身の僕をセフィルさんは抱けるかもしれないのですが、いかがでしょうか」







 現在、セフィルと僕は山田祐樹を追い掛け回していた。


「な、何で僕が追い掛け回されなきゃいけないんですか! 何も悪い事はいっていないでしょう!」

「そうだね。でもね、世の中にはこう、突然イラッと来る瞬間てあるじゃないか。だから、その体を使い物になくして、給料減らしてくれるわああああ」


 山田祐樹は若干涙目で、僕は笑顔で怒っていた。

 セフィルも無言で笑顔で怒っていた。

 途中、あんあん言っている当真やらリースやらリンやらと遭遇したが、僕達はそれどころじゃなかった。


 お互いに悩んでいたのだ。

 愛しているが故の切ない別れを。

 それを、このアホ……ではなく、山田祐樹は突然出てきた挙句ぶった切ったのである。

 そして、山田祐樹は必死に走りながら言い訳した。


「まだ可能性をいっただけです! 絶対になるとはいえません!」

「へー、そうやって希望を持たせることを僕達に言うんだ。ふーん」

「間違った事は言ってないよ! 九割がたそうじゃないかって方法なんだから!」

「ほぼ成功するじゃないか! やっぱり一度痛い目にあわせてくれるわああああ!」

「どっちに転んでも僕は酷い目に会うじゃないか! 断固抗議する! バリヤー!」


 山田祐樹は変な見えない壁を展開し、ようやく追いかけっこは終了になった。

 流石に走りどうしだったので、三人は息を整えてそれから、僕が聞いた。


「……つまり、どういう事だ」

「えっと、この世界は、僕達の世界の下位世界だって前の話したよね。そしてこの世界は僕達の世界にとても良く似ている。だから猫だっていただろう?」

「……まだ出会っていないから知らない。でもダイコンが走っていた」

「うん、そういった風に少し違うよね。でも、実際にこれだけ離れた下位世界なのに、僕達の世界にあまりにも似すぎているんだ。本来この世界の持つ、そういった魔力的な地位はもっと大きいはずなんだ」

「そうなんだ」

「うん。それで、この世界は、前回にドラゴンが生じたときに地位が更に下がっていた。つまり、この世界の持つエネルギーの一部が正常にこの世界に流れず、ドラゴンというこの世界にとっても有毒なものを作り出しているんじゃないかという事が分ったんだ」

「それなら、前回の出現の後に直しておく訳には行かないの?」

「それが、出現ポイント……そのドラゴンが生まれる世界の歪みというか、傷口から直接、ある魔法を放り込んで治す必要があるんだ。そちらの治療魔法の方は出来ているんだけれど、その歪みのタイミングと、出現場所の特定が難しくて。一瞬だからね。ただ、全ての歪みは同じ場所に繋がっているようだから、一箇所に治療の魔法を入れる事が出来れば、自動的に全てが正常に戻ると思われるんだ」

「つまり、その出現ポイントさえ分れば、僕の力を使ってそこの空間を巻戻して止めて、その魔法を放り込めば完成、と」

「飲み込みが早くて助かるよ。そうすれば、僕達の世界に触れられるレベルになる。とはいえ、適性や行き方も限られるので……ただ、この世界に適正がある僕達みたいなのは、少なくとも適性は大丈夫です」


 そこで、それまで聞いていたセフィルが、


「……そんなに簡単に、この世界がそんな風になるのか?」

「ちなみにこれをやると、ドラゴンはこの世界に生じなくなります。そういった意味で、セフィルさん達にも好ましい結果が得られるはずですよ」

「……他に、この世界に変化はあるのか? というよりも、この世界の魔法が恐ろしく弱くなるんじゃないのか?」


 確かに僕の世界で僕達が魔法を使えないのは、何かを引き起こそうとしてもその魔力が、事象を起こさないレベルだったからだと、以前、山田祐樹から説明された。

 けれど、山田祐樹は首を振り、


「それは無いですね。もともとこの世界は僕達の世界のちょっと下の下位世界のはずだった。だから、今は下過ぎる方にランクインしているだけで、中身が変わっているわけじゃないですからね」

「……そうすると、餅が生身の体でこちらに来ても、今みたいな魔法が使えるのか?」

「そうですね。それに、言語翻訳も自動でされますし。こちらの方が上位世界なので。あとは、時間の経過がこちらとあちらでの差が少なくなるかもしれません。それくらいかな……」

「……それで、適性の人間はどれくらいいるんだ?」

「そうですね……1000万人に一人くらいですかね。世界総人口を考えても、数百人程度です。そこいら辺の説明も、今度貴方方のお父上や他の国の王達に説明にこちらから伺いますので、ご安心ください」


 それを聞いてセフィルは疑問が浮かび、


「……何故俺達の所にまず話を持ってきたんだ?」

「え? 透の力を借りたかったですし、透がセフィルさんに本気なようなので早めにお話しておこうかと」


 その発言に真っ先に突っ込みを入れたのは、僕だった。


「……山田祐樹、実はいい奴だったんだ」


 そういわれた山田祐樹は照れくさそうに頬をかいて、


「一応、無理やりこの世界に引きずり込んでしまった部分もあるからね。罪滅ぼしというわけじゃないけれど、一番に透に話しておこうと思って」 

「そっか。……分ったよ。それで、何が聞きたい?」

「この前ドラゴンに遭遇した時の話かな。まずは」


 その話に、僕はあの時のセフィルを失うかもしれない恐怖を思い出して、体を小さく震わせたのだった。


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