ほだされてしまいました
次の日の昼間で眠ってしまった僕は、セフィルに言われた。
「餅、お前は酒が弱すぎるから駄目だ」
「う……はい。でもこのお酒は……」
「俺が責任持って処分しておいてやろう、餅」
「……誰が渡すかぁああああ」
そう叫んで、僕は駆け出した。そんな僕にセフィルが、
「餅! 何処にいく気だ!」
「……異界通信交変換社」
「場所分っているのか?」
「それくらい覚えているに決まっている!」
そう言って、僕は駆け出したのだった。
僕が異世界通信交換社にやってくると、山田祐樹はフライパンで野菜炒めを作っていた。
「やっぱり栄養のバランスも考えないと。それにもやしはコスパがいいしって……ただいま昼休み中なんですが、ええっと……お皿に盛り付けるのでちょっと待ってください」
「いいだろう、十秒だけ待ってやる。いーち、にー、さーん、しー、じゅう、ほら終わりだ」
「……フライパンから移したからいいけど、食べながらでいいか?」
「いい。あと、このお酒あげる」
そして山田祐樹が野菜炒めを食べ始める彼に、僕は渋々お酒を渡す。
それを受け取ってから山田祐樹が不思議そうに、
「それで、どうした?」
「……お酒が弱すぎるから飲むの禁止になった」
「マジで? どれくらいで酔うんだ?」
「酒チョコで意識失うくらい」
「……さすがにそれはおかしいな。今までそういう事あったか?」
「無いよ。さすがに弱いって言ってもぼんやりするくらいだし」
「んー、ちょっとマニュアル調べるわ。禁止事項……じゃなくて、たまに起こるかもしれない事項……⑧酒を飲むと、魔力が増大する代わりに本能に忠実になります。魔法を使うときは、恋人などの付き添いで行ってください、だそうだ」
「たまに起こると?」
「だってこの世界のお酒飲んでも俺は平気だからな。残念だったな透。そしてこれは俺が頂いといてやる」
そう嬉しそうに酒を持っていく山田祐樹に、僕色々と言いたい事があったが……そこでチョコレートを思い出した。
「チョコレート……なんで酒入りにした」
「セフィルがもう少し透と仲良く出来ないかって悩んでいたから、お酒を飲むと人間たがが外れるだろう? それで内心を聞き出したらどうかって言ったんだ」
「え? セフィル、そんな事で悩んでいたの?」
「うん。ただ、透は酒に弱かったから、飲ませないほうが良いよって」
「そうなの? そうか……そうなんだ。ちょっと意地悪なのに」
「……どんな風に?」
「僕がどのチョコレート食べたいか言わせておいて、食べやがった。食い物の恨みは恐ろしいというのに……」
そう食い物の恨みを呟く僕だが、それに野菜炒めを飲み込んだ山田祐樹が嘆息して、
「致命的な心の傷は負わなかったんだろ? なら、からかわれただけじゃないか」
「むう。そういえば……そうなんだけれど、なんか悔しい……」
「遊んで欲しいんだよ、透に」
「そうなのかな。……でも確かにセフィルは優しいよな。は、まさか僕の事を狙って……」
「まあ、下心とか目的があって優しいっていうのもあるけれど、あの人はただ単に本当の意味で優しいんじゃないかな」
だが下心と聞いて僕は思う所がある。
「男が男を狙う世界なんでしょ? ここ」
「んー、例えばだな、男は女が好きだからといって、優しいとは限らない。逆もまた然り、かな?」
「意味が分らないよ」
「異性が大好きでそれで優しいんなら、異性に酷い目になんか遭わせられないだろう?」
「……なるほど。つまり、セフィルという人間が優しいだけなんだ」
「そうそう。透とは特に仲良くなりたいみたいだし……案外猫っぽいからかもしれないね」
「誰が」
「透が。あ、最近彼女に買ったんだけれどいらないって付けてもらえなかった猫耳カチューシャ、いるか?」
「いらん。というかこの世界に猫なんて居るのか?」
「居るけど何で? 可愛いぞ? ペットとして人気が高いんだ」
「……そうか。って、何で頭に付けるんだ」
「試しにセフィルさんに見せればいいじゃん。案外喜ぶかもしれないよ」
それを聞いて、僕もそうなのかなと思ってしまう。
喜んでくれるならしたいというか、そういえば僕は酔ったときにセフィルにお嫁さんにして下さいと言って……。
それは酔った時の話だからいいのだが、というか考えたくないからいいとして、世界を征服して……ともいってしまいそれをセフィル達は気にしていた。
もっと気にしていたのはドラゴンだったが。とはいえ、
「でも酒関係は止めよう。世界を征服するとか言っちゃったし」
そういったことを僕はしてしまいたい欲求があるのかと僕が悩んでいると、山田祐樹が面白そうに笑いながら、
「ないない。その辺は性格審査で選んでるから大丈夫だ」
「……なんだと、聞いてないよ」
「死なない異世界人はこの世界では危険な存在だぞ? まして力も強いし。なので、争いが起こると、やっぱり貿易も何もやってられ無いから、そういった事が起らない様にっていう理由も、異世界人召喚はかねているんだ」
「……今の話で、これから争いが起りそうな気がするんだけれど。だって異世界人として僕が呼ばれたって事になるし」
「さあ。それはなんとも」
「ドラゴンとか?」
「んー、危険な存在であるらしいね。どうなるかは分らない」
「そんな曖昧でいいのか?」
「優先順位付けて、必要と判断されたから送り込まれたんだろうからなー」
「それって何かが起るって事じゃん!」
「起る確率が高いだけで起こるかわからん。俺にはね。ついでに、透の能力全開にすれば、世界の状態を三分前までなら巻戻せるはず」
「……短いだろ」
「だったら酒飲むか、後は範囲を限定すれば、もう少し長く戻せるかもな。存在しないまでの時間に」
「……つまり相手を倒さず消し去る、と?」
「後は使い方で、急所を巻戻して消滅させて機能停止に追い込む方法も考えられるな」
「なるほど……結構危険な能力だな、これ」
「うん、だから注意してとりあつかってくれ。しかし何で世界征服って言い出したかな、身に覚えあるか?」
そう聞いて最近何か読むかしたかなと思って僕は思い当たる。
「昨日ゲームのバッドエンドで世界征服エンドがあったけれど」
「それの影響だな。この中二病め」
「お前が言うなー! お前、僕になんて言って送り込んだ!」
「さあ、記憶に無いな~。というわけで、そろそろ良いか?」
「うん、また聞きに来るよ。よろしくー」
なんだかんだ言って山田祐樹は聞けば教えてくれるので、悪い……悪すぎる人間ではないようだった。
そう思いながら、僕は宿へと向かったのだ。猫耳を付けて。
そして宿に戻ってきてセフィルに僕は、
「セフィル、にゃー」
といってみた。しかし、
「……大丈夫か、餅」
「え?」
「からかい過ぎた。悪かった。だから止めた方がいい」
「……えっとセフィル」
「ああそうだな。これからは餅じゃなくて、僕ってきちんと呼ぶから、それだけは止めろ」
セフィルに言われてそれを外した僕。
何が悪かったのだろうと思っているが、結局僕は意味が分らなかった。
実はセフィルが猫好きで、そんな僕が可愛い過ぎるからやめて欲しい、という事が理由だと知るのは暫く後のことである。
そして、その一件があって少し経ってから、セフィルの兄、勇者ウェザーが一枚の紙を持ってきたのだった。
勇者ウェザーが一枚の紙を持って現れた。
「魔族からの招待状がきたよ。ただ、相手はリースらしいから僕の出番はその後だね」
ただ一応勇者じゃなかったかなとか、今までの魔族は相手をしていて、あーんなこととか、こーんな事とかになっていたような気がしたので、僕は、
「何でウェザーさんが行かないのですか?」
「ん? 人の恋人には興味がないんだ」
「あ、そうなのですか」
「それに僕はその後のリースを取り戻しに来た、君のお兄さんに興味があるからね」
「……あの、兄さんには酷い事をしないで下さい」
「君はおかしな事を言うね。僕は今まで君のお兄さんに酷い事をした事はないが」
この前とかその前のあの会話を見る限り、何ていうのかこう……。
もう少しましなやり方があるのではない顔僕は思ってしまうわけで、
「……もう少しこう、せめてもうちょっと好感度が上がるように出来ませんかね」
「そうだね、あいつが僕の話を聞かないからね」
そうにこやかに答えるウェザーだが、そこで声がした。
「誰が話を聞かない! ですか。僕に嘘を言わないでください!」
「あ、兄さん」
「僕……そこのペテン師の話は、ぜっっったいに、聞いてはいけませんからね!」
開いたドアから現れた僕の兄こと、魔王、当真が顔を怒りで赤くしながら答えた。
だがそんな魔王、当真を何処か愛おしそうに微笑みながら見て、勇者ウェザーは、
「だから前から言っているでしょう。僕は貴方を愛していると」
「きも……じゃなくて、そもそもこの世界にいきなり飛ばされた挙句、魔族達と戦っているお前が居て、初対面で『服を脱いで足を開け』とか言ったら、そいつの方が敵か悪い奴だって思うでしょう! 普通!」
そう叫ぶ魔王、当真に、勇者ウェザーは余裕があるようにニヤニヤ笑って、
「やれやれ、僕の何処がそんなに悪人なんだか。見た目でも、どう考えても正しい側に居るように思えるでしょう? 僕の方がね」
「見た目が正しそうな悪なんて、そこらに一杯居ます! 物語にだって出てくるし!」
「嫌だな、魔王、当真様は。物語の世界が本当に存在しているなどと夢見がちな事をおっしゃって。本当にそういった所も愚かで可愛らしいですね」
「……そういう気色悪い言い回しは止めて頂けますか?」
「本当ですよ。可愛くて魅力的で……蹂躙したくなる」
「そういう台詞が次から次へと出てくるから敵だって思われるんです! 少しは自分の言動を、やわな頭で考えたら如何ですか?」
「おや、分っていないようですね。僕が正義といえば正義だし、僕が悪と言えば悪になるのですよ?」
「そういうのを、自己中心的と言うんです。客観性が足りないんですね」
そう言い切って、ふん、と笑う魔王、当真に、そこでウェザーは真剣な表情をした。
「……前も言ったが、僕はいつでも貴方を自分のものに出来て、そしてそれは……貴方の周りの魔族を如何にでもできるという事なのですよ?」
「……だから?」
「飲み込みが悪いですね。僕のさじ加減一つで、どうとでもなる事を理解できているのですか? 貴方方、そうですね、貴方は異世界人ですから……いざとなれば逃げてしまえば済むでしょうが、残った魔族は、この世界で生きていかなければならないのですよ?」
「! それは……」
「まあ、僕が魔族達をどうこうする時は、貴方が僕に抱かれる時ですから別にかまいませんが」
「かまうに決まっているだろう! 何で僕なんですか! 他に幾らでもいるでしょう!」
「僕が惚れてしまったから仕方がないでしょう、諦めてください」
もう何も言う気がしないというか話したくないというか、関わりたくないというか……そんな風に疲れたように黙る兄をそこで僕は目撃した。
だが、そんな魔王、当真にウェザーは、
「答えないという事は、諦めていただけるという事ですね?」
「そんなわけあるかー! 百歩譲って男なのも良い。五十歩譲ってその見た目も良い。けれど、その性格だけは頂けない! だから断る!」
「おやおや……それでは男でもよい、という事ですね?」
「……人格的な問題でお前はないから安心しろ、変態」
そう、猫が威嚇するように警戒した表情でウェザーの事を睨み付ける魔王、当真。
だが、そうされてもウェザーは当真と話せているだけで嬉しいというかのように、にっこり笑って、
「お前ではなくウェザーと、その柔らかな唇で僕の事を呼んでくれないのかい?」
その言葉に、魔王、当真は真っ白な灰になったように燃え尽きたような感じで、ふらぁ、とした。
だが、そんな隙はウェザーにとっては好都合で、そんな当真をすぐさま軽く支えてから耳元で囁いた。
「このままベッドにいくかい?」
「ひいいいいいいいい」
悲鳴を上げて、魔王、当真はウェザーの手を振り払い逃げ出した。
そんな当真に、またおいでー、と声をかける程度にウェザーは鬼畜だったわけだがそれはいいとして。
頭痛を覚えたように少し頭に手をやるセフィルに、僕は問いかけた。
「前からあんな感じなのですか?」
「……その質問は、聞く意味があると思うか? 餅」
「うん、そうだね……というか、透って呼ぶ話だっただろ!」
「聞こえないな。餅は話さないから」
「このっ……え?」
そこでセフィルが僕の耳元で、
「透……」
「み、耳元で囁くな、というか放せー!」
そう僕がじたばた暴れている頃、リースとユーリが外の道で対峙していたのだった。
部屋に戻ってきたユーリは、遠まわしにウェザーに文句を言っていた。
「もう少し魔王・当真を挑発するの止めて頂けませんか、ウェザー様」
「何か問題があるのか?」
「……ユーリも連れて帰ってしまうんです」
「……悪かった。だが……どうも当真を見ていると、こう……手を出したくなる。彼が早く僕のものになってくれれば何の問題もないんだけれどね……それも、自分から僕の腕に飛び込む程度には心を落としたいが……」
「そうですね……私もリースをそんな状態にしたいですね」
そう切なげに話し合うウェザーとリースは、お互い顔を見合わせて嘆息する。そして、
「まあ、いざとなれば魔族を人質にとって、体から落としていくのも手なんだけれどね」
「私も、リースを捕まえて男だらけの世界にしたことや魔族になったということで、一生私の屋敷に幽閉して、私の伴侶にしてしまえば良いですし」
「そうだな……幾らでも方法はあるな。僕も東の離宮に抵抗できないように当真を閉じ込めて、ただただ僕を求めるような状態に調教して……」
「ああ、いいですね。私だけを求めるようにリースを……」
そう話し出して、くくくくとお互い暗く笑い合う。
それを少し離れて聞いていた僕が、顔から血の気が引くのを感じながらセフィルを見て、
「どうしよう、兄さんの貞操の危機というか……二人そろって悪くて怖いことを話し合ってるようなんだけれど……」
「……口だけだから放っておけば良い。兄さん、餅が怖がるからあまりそういう事を言うのは止めてくれ」
それに、凄みのある笑顔を浮かべたウェザーが顔を上げて、
「分ったよ。透のいない場所で、こういった話はするようにするよ」
「いえ、あの……」
見えない場所でも言っているのだから、不安で仕方がないのですがと僕は言いたかった。
そこで、ウェザーが僕をじっと見て、
「な、何でしょう」
「透は、どうすれば僕が当真を落とせると思う?」
「え? えっと……」
その問いかけに戸惑いつつも、僕は兄である当真の性格を考えて、
「……そういえば当真兄さん押しに弱いですね」
「そうか。なら今までと同じようにやれば良いって事か」
「……お手柔らかにお願いします。もう少し当真兄さんに優しく……」
「ベットの中では優しくするから問題ないだろう」
そう輝く笑顔で言われて、僕がなんかもう無理だと悟りのようなものを開いた所で、セフィルに後ろから抱きすくめられて僕は首筋をぺろりと舐められた。
「ふぎゃあ!」
「……そろそろ、ここ近辺にいる魔物を少し狩に行くぞ、餅」
「普通に言えば良いだろ普通に! 何で僕の首筋を舐めるんだ!」
「どんな味なのかって思っただけだ。餅は餅だから」
「……キスしているじゃん」
「あれは魔力補給だ。行くぞ、餅」
「餅って言うな! 僕って呼べ!」
「はいはい餅餅」
そ、がー、と威嚇する僕をなだめながらセフィルは連れて行ってしまった。
そんなセフィルの様子に、ウェザーは少し笑って、
「……セフィルも随分と透に夢中なようだ。僕と話していて、嫉妬してしまうくらい」
「何事にも淡白なセフィル様が、珍しいですね」
「良い事だよ」
そう、ほのぼのとウェザーとユーリは話していた。
魔王城にて。
リースはリンに愚痴を零していた。
「聞いてください、ユーリの奴、おっぱいが大きな女の子が好きだって言ったら、なんて言ったと思います?」
「……揉めば大きくなるとか?」
「……何で知っているのですか?」
「……シルスも言っていたから」
そう話してお互い黙り、自分の胸を見る。
そして何となく自分の胸を手で触ってみて、平らだと確認してから、
「やっぱらこう、ボイーン、な感じが良いよね、リース」
「そうだね。こう、手で掴んでも余るぐらいの大きなおっぱい」
「持ち上げてずっしりと感じるような大きなおっぱい」
「おっぱいおっぱい」
「おっぱいおっぱい」
そう何処かほわわんと幸せな妄想を二人はしてから、そのまま更にぼんやりとうへうへ笑いながらリンが、
「……やっぱり女の子のあそこには夢が詰まっているよね」
「何だか見ているだけで幸せな気持ちになれるよね……最後に振られたあの子の胸も大きかったんだ……大きかったんだ」
「な、泣かないでくださいリース。で、でも、こんな平らな胸の何処がいいんですかね」
「そうですね……」
そこで部屋の扉が開いた。現れたのは魔王・当真だった。彼は深刻そうな表情で、
「二人とも手伝って下さい」
「当真様! あれ、その書類は……」
「計算ミスです」
「え?」
「計算ミスで、魔族の財政事情が危険な事になっていましたので、総員でアルバイトです。もともと暫く関わらないでおこうと思って居ましたが、これではあの変質者ウェザー達に関わっていられません」
そう嘆息する当真。
そんなわけで、総員アルバイトを始めるも、リンのドジっ子ぷりにリンだけはやはり壁の補修もどきをさせておこうと話はまとまったのだった。
近隣の森に魔物を倒しにやってきたセフィルと僕だが、結局僕自身が戦闘慣れしていないという事が発覚し、蔓系の魔物に襲われて悲鳴を上げるような事態になったのですぐに戻ってきた。
そんなこともあり、宿に戻った僕はセフィルと別れ、異界通信交変換社にやってきた。
そこで丁度、三時のおやつを食べようとしている山田祐樹と遭遇した。
「やっほー、僕はこれからクレープを食べるところなんだ。バナナチョコ生クリームの」
「……そういえば初めの頃は俺だったのに何で僕になっているんだ?」
「……俺の方が男らしく彼女に見えるかなって、今頑張っている最中なんだ」
「……一回痛い目にあわせてやろうかと思うけれど……それで、特に僕たちに言う事って無いね?」
「うん、今のところは」
そう言いながらクレープを食べる山田祐樹だが、そういえば、
「ところでなんで異世界人に僕が選ばれたんだ?」
「僕の知り合いで適正があって、性格とか大丈夫そうな奴を選んだらしい」
「……そうか、全てはお前の差し金か!」
「し、しまった。つい口が滑ってしまった! でも、セフィルさん達に会えたのはどうだい?」
「それは……」
確かにこちらの世界にこなければ僕はセフィルとは出会う事は無くて、それを考えると……。
「いや、それとこれとは別の話だ。許さん!」
「バリヤー」
僕が攻撃をしようとしたところで再び見えない壁に阻まれる。
以前痛い思いをしたので僕はこぶしを振り上げたまま止める。
そんな僕を見ながらニヤニヤと山田祐樹は、
「所で透は、ヒーローになりたかったのかい?」
「それは、まあ……」
「そうかそうか。まあ頑張れよ」
「それだけか!」
口でなら幾らでも言えるからねー、と、デザートを食べつつ紅茶を飲んで幸せそうな山田祐樹に、その聞かれた意味に気付く事無く、僕は嘆息しながらその場を後にしたのだった。
魔王、当真達が現れなくなって一週間が経過した。
魔族の襲撃がぴたりとやんで、魔物達は周辺に出るので狩には行っていたのだが……危険なドラゴンと遭遇したのも含めて、色々あった。
なので僕は毛布の中で悩んでいた。
「どうしよう、男に惚れてしまったかもしれない」
そしてその相手は、
「どうした餅。毛布に潜り込んで」
意地悪く笑うセフィル。
お前のせいだと僕は叫びだしたかったのだが、なんだか見ていたらそんな言葉も出てこなくなって、頭まで毛布をかぶった。
そのいつもと違う様子にセフィルは怪訝に思って、その毛布に包まり丸まった物体を軽く叩く。
「餅~、餅、どうした、何か不安な事があるのか?」
しかし僕は更に丸まるだけで、何も答えられない。
そんな僕に仕方がないなといった風に嘆息をして、セフィル部屋を後にする。
その音を確認してから、僕はもぞりと毛布から顔を出した。
けれど起きる元気もなく、ふうと溜息をついてから、
「どうしよう……」
そう悩ましげに呟いたのだった。
部屋を出たセフィルは、そこでようやく顔を青ざめさせた。
僕の様子がおかしくなったのは昨日からだった。昨日の狩の後からだ。
奇妙な件に巻き込まれたとはいえ、あの夢見るようなあの様子は行ったいどいういう事なのだろう。頬が少し染まって赤くなったあれは一体何を意味するのか。否、それはセフィルは分っている。
問題はその目が向けられるのは、一体誰なのか。
「どうすればいいんだ……」
「どうしたんだい? セフィル」
「兄さん、透の様子が戻ってきてから様子がおかしいのです!」
確か昨日はと思い出して、不慮の事故で、僕が大怪我をしそうになった時にセフィルが庇ったりとか、シルスも治せないようなその怪我を強化魔法で"さいぼう?”を活性化させて治癒させ、無事に何とか事なきを終えたといった経緯があったはずだが……。
あの時の、怪我を透は随分気にしていて、そしてその分心の距離が近づいたようにウェザーには思えたのだが、セフィルには、それが分らないらしい。
そこは鈍感になるべきでない所のように思えるが、それとも気になる相手だからこそ不安になるのか。
ここはお兄ちゃんとして弟に教えるべきだよな、とウェザーが思って所でウェザーの口を塞がれた。
その手の主を見るとジョセフィーヌがいて、そのまま壁の端に連れて行ってしまう。
「ジョセフィーヌ、さすがに弟の恋路を弄ぶのは止めてくれ」
「あら人聞きの悪い。お手伝いさせて頂こうと思ったのに」
「……面白そうと先ほどおっしゃっていましたよね? ジョセフィーヌ嬢」
「今は男です! ですが、そのまま僕がセフィルを好きだと自覚したからと言ったらどうなると思います?」
「……ベッドインかな」
「そういう所が駄目なのです。もう少し、僕を安心させないといけません!」
「そ、そうなのか……と言いたい所だが、引っ掻き回したいだけのような気もするから……」
ウェザーもこのジョセフィーヌの性格はとても良く知っている。
伝説の恋愛キラーとか、運命の赤い糸を絡ませると、素晴らしい評価を付けられた彼女……彼だ。
なのでこれは阻止しておかないと、ウェザーが思っていたのだが。
「ウェザー様、将を射んと欲すればまず馬をいよ、という事をご存知ですか?」
「……何が言いたい」
「僕の兄がウェザー様は欲しいのでしょう? ならばまず弟同士をくっつけさせてそれを利用して捕まえる、一石二鳥ではありませんか?」
「それで、どうすればいいんだ?」
そんなジョセフィーヌの甘言に乗ってしまうウェザーにユーリとシルスが嫌な予感を覚えて、
「ウェザー様、やめたほうがよろしいのでは?」
「ユーリ、僕はね。ここ一週間、魔王、当真に会っていないんだ」
「は、はあ」
「……退屈すぎて……何をしてしまうか分らない」
「「どうぞ!」」
ユーリとシルスが同時に叫んだ。
一応このウェザーという勇者、実力も含めて凄いのだが、性格が結構歪んでいる。今はまだまともな方で、それは魔王、当真と出会ってからこうなった。
なので現国王である父も大手を振って、魔王、当真を嫁にして来い、と言っている。
だがその魔王、当真がウェザーと接触してこない。
そのストレスは結構大きく、ウェザーがこのまま行って魔族を潰すか、それで無理やり……とかぶつぶつ言う様になっていたのだ。
こうなると、自分達もとばっちりでリースとリンに本気で嫌われると思ったユーリとシルス、そしてセフィルは、止めてー、と止めていた。
それがちょっとセフィルが巻き込まれるだけで如何にかなるなら問題は、あまりないと思った。
それが間違いの始まりだったのだが。
そんな未来が待っているとも知らず、ウェザーは問いかける。
「それでどうすればいいんですか? ジョセフィーヌ」
「恋愛を盛り上げるもの、それは嫉妬です」
「嫉妬?」
「そう、好きな相手が自分以外の誰かを見ている……そのすれ違いが、美味し……ではなく、それによりどれだけ相手を想っているのかを、本人が自覚するのです!」
「なるほど。確かに自分がどれほど好きかが分っていれば、手は打ちやすい……」
そう、真剣に頷くウェザー。ユーリとシルスは何かが間違っている気がしたが、そこでウェザーがジョセフィーヌに、
「……所で、初対面で『服を脱いで足を開け』といった場合……」
「は? そんな変態、駆逐されればいいのに」
ウェザーがショボーンとした顔をした。それを見てジョセフィーヌは色々と悟り、目を泳がせながら、
「……えっと、頑張れば関係は修復は出来ますね」
「そうか! では僕はどうすればいい!」
「……優しくして差し上げるのがよろしいかと」
なるほどと言い出すウェザー。
そんな駄目な感じになっているウェザーに、
「いつまでそっちでこそこそ話しているんだ? 兄さん」
「……優しくしてあげるのが良いらしいぞ?」
「……なるほど」
それを聞いてセフィルは透の元へと向かったのだった。
セフィルが僕の部屋にやってきた。
そして優しげに微笑んで、
「様子がおかしいがどうかしたのか?」
そう言われて僕はセフィルを見上げた。
珍しく優しそうな表情で僕を見ていて、つい僕は言ってしまった。
「僕、セフィルが好きなんだ」
「そうか、セフィル……俺?」
そう驚いたように聞き返してくるセフィルに、僕は頷いた。
もちろん恋愛感情を抱いたと言うことまでは言わない。もともと僕の事をセフィルは餅扱いで、子供扱いで、興味なんて無いはずで……もし、そう怪訝な返しをされても言い訳は出来る。
そんな事を考えていた僕だったのだが、
「僕、それは恋愛感情で好きだって事か?」
「え? えっと、所でセフィルは僕の事が好き? 恋愛感情の意味で」
「ああ、好きだ。だから答えてくれ」
僕は夢かと思った。そして夢なら……答えても問題はないし、これはこれで幸せにおもえたので。
「うん。僕もセフィルの事が恋愛感情という意味で、好きだよ」
そう答えた僕は、セフィルに押し倒された。
え、ちょっと請求過ぎじゃないんですか!? と僕が思った所で……窓をぶち破って何かが飛び込んできた。
押し倒された僕はそれが下の方が二股のような形になっている大根に見えたのだが、同時に別の人影が飛び込んできた。
「こんんのぉぉおお、ダイコン足がぁああああ」
「兄さん!」
虫取り網の様な物を振り上げて、それを捕まえる僕の兄、当真が突如現れた。
網にそのダイコンのようなものは捕まり、網の中でじたばたしているのを当真は見ながら暗く笑っていた。
「手間をかけさせやがって。あれ? 僕にセフィルさんも……すみません。僕を庇っていただいたんですね?」
確かにベットに押し倒されている僕はそう言うふうに見える。どういうわけか、当真はセフィルの事を紳士的な存在のように思っているようだったと僕は気づく。
そこでセフィルが突然現れた魔王・当真に、
「一体何故こんなことに?」
「いえ、魔族の財政事情がもともとそんなに良くないのですが、ここ暫く、勇者ウェザーとなんやかんややっていたので、それで蓄えが尽きてしまって。それで今総員必死でアルバイトを……」
「なるほど。このペットの捕縛で……」
「あ、兄さん、窓直しておくね」
「ありがとう、透。まったく、お金という予算の壁はどんな壁よりも硬いんですよね……」
そこで、こんどはドアが開いて勇者ウェザーが現れた。
「話は聞かせてもらった。魔王・当真様は随分と金欠なご様子で」
「……悪かったですね。それでこんどは何のようですか?」
「一週間も顔を見せないのでどうしたのかと思っただけですよ」
「色々と蓄えをしておかないと、いけませんから……どうして僕の腰に手を回す」
「そんなに金欠であれば、もっと簡単に稼ぐ方法がありますよ?」
その言葉にはっとしたように、魔王・当真は見上げた。
「どんな方法だ?」
「貴方が僕の嫁になればいいんです。幾らでも貢ぎますよ?」
凍りついた魔王・当真に勇者ウェザーは更ににこやかに、
「僕にとっては貴方はそれだけ価値がありますからね。ずっとそばにいて頂ければ……」
「ふ、ふん。お前が土下座すれば考えなくは無いが……もっともプライドの高いお前がするとは思えない」
「なるほど、土下座をすれば貴方を僕だけの物に出来るという事ですね?」
「言ってない! そんなこと言ってないでしょう!」
「意味が分らないなら細かく説明しますが? 魔王・当真様?」
「しなくていい! というか、別に貢がなくたって……」
「え?」
「あ!」
うっかり口を滑らせたような魔王・当真。顔を真っ赤にして、違うと小さく呟いて。
そんな当真に、ウェザーはにやりと悪く笑って、
「それでは早速……」
「放せー、というか、依頼が時間制限ありなんです。まったく、それでは透、帰るよ」
「あ、うん。それではまた」
「うん。また」
そうセフィルは答えて、僕を見送った。
兄弟仲が良い、魔王・当真に透だなと思って……そこでセフィルは気づいた。
「何で自然に僕は魔王・当真に付いていったんだ?」
「言われて見れば確かに。自然にそう見てしまった」
焦ったようにセフィルは窓の外を見るも、二人の影形は何処にも無い。
「これはもう魔王城まで行くしかないか?」
「そうだね、ドラゴンも出てきたしね」
「確かに、今のうちに潰しておいた方が良さそうだな」
「それもそうだね、僕もそろそろ捕まえようかな」
そう、勇者ウェザーが呟いて、それに今度ばかりはセフィルも頷いたのだった。
僕は歩いていてあることに気づいた。
「兄さん、どうして僕はこっちに来たんだろう」
「……そういえばそうでした。どうしよう、もう魔王城は目の前だし……」
「ちょっと考えたいことがあるから、少し離れるのも良いかも」
「何かあったのですか?」
「セフィルの事が好きになっちゃった」
「……頭を冷やすには良いかもしれませんね」
そう、異世界人の兄弟は、歩いていったのだった。