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フラグは立っていた

 



 あの変態貴族の妻(男)ジョセフィーヌが菓子折りを包んでやってきた。

 そこで、ジョセフィーヌに僕は聞く。


「あの、あれからどうなったのですか?」

「ええ、よりを戻しました。貴方にはご迷惑をおかけしました」


 そう穏やかに微笑むジョセフィーヌに僕がほっとしていると、ジョセフィーヌは僕に一冊の本を渡した。


「これは?」

「僕がついこの前まで学んでいた罵り一覧表……」

「いりません!」

「いえいえ、倦怠期にこのようなものもよろしいかと」

「倦怠期って、誰とですか!」

「え?」


 驚いたようなジョセフィーヌに、目で言うなとセフィルは合図する。それにジョセフィーヌが、


「そうですか……」

「……もう帰ってくれないか? ジョセフィーヌ」

「セフィル様がそうおっしゃるのであれば……それではまた」

「……また」


 セフィルがジョセフィーヌを追い出した。

 そこで、何故あの人はセフィルを様付けで呼んだのだろうと思う。

 そこで妙な寒気がしてあたりを僕は見回した。


「餅、どうかしたのか?」

「いや、なんか寒気が……」

「餅は風邪をひかないだろう?」

「餅って言うな! この!」


 そう、僕はパンチを繰り出し、セフィルはそれを面白そうによけたのだった。







 廊下に出てジョセフィーヌはにやっと笑った。


「人の恋路は面白そう……恋のキューピットもいいかも。お礼もかねて」


 そう楽しそうなジョセフィーヌ。

 そういった厚意がものすごく迷惑だったというのを僕とセフィルが知るのは、暫く後のことだった。






 ジョセフィーヌ(男)が持ってきた菓子を嬉しそうに通るが食べていた所で、ふと僕がセフィルを見た。


「……ところでセフィルは僕の体を狙っているのか?」

「……どうして突然そんな事を言い出す」

「そういえば透の無防備さには俺も色々思う所があるから、どういう目に合うか予行練習しておくか?」

「待って! それだけは僕も駄目です!」

「じゃあ、これからは俺からはなれて変な行動をするなよ? この世界に僕は疎いんだから」

「はーい。……でも、セフィルって何だかんだいって面倒見がいいよね」


 セフィルが微妙な顔をする。

 そして僕の頬についた菓子の欠片を手で摘んでセフィルは食べてしまう。

 その様子に、僕はなんだか自分が食べられてしまったような錯覚を覚えて、そんな事を考えてしまう自分に驚く。と、


「いやー、初々しいですねー。昔はリースもそんな感じで可愛かったのになぁ」

「ユーリとはどういう関係なのですか?」

「幼馴染なんですよ、私達は」

「男の幼馴染かぁ。微妙に残念なような……」

「ははは、リースと同じ事を言うんですね」


 男として普通の反応ではないかと僕は思ったが、そこで、そんなリースがどんな人物なのだろうと興味が湧く。

 考えている事は、僕の感性からするととても常識的……さすがに、振られた程度でこの世界の人間全員女にしようと思わないだろうから、そこら辺の感覚はいただけないが……なので。


「そのリースさんというのはどういう方なんですか?」

「……渡しませんよ?」

「あの、目が凄く怖いです……」


 僕が怯えたように、セフィルの後ろに隠れた。

 それを見たセフィルがまったく仕方がないなと、いった風に優しげに僕を見ている。

 そんな僕達を見て、ユーリは嘆息して、


「リースは幼い頃から近所に住んでいて、昔は私の方が背が低くて、でも、リースの事がその当時から好きだったので何処へ行くのにも付いて行ったのです」

「それは……仲が良かったんですね」

「ええ。あの当時からリースをどう襲おうかとずっと妄想していましたからね」

「ユーリ、脱線するのはやめろ。透が怯えている」

「初心ですねー、ですがセフィル様がそうおっしゃるならそうですね。そんなわけで、『天才には秀才が勝てるわけがないんだ!』と言って、偉そうにしているリースもまた押し倒して啼かせてやりたかったのですがそれはいいとして……そんなだから友人も少なかったあいつは、私の事をとても信頼していましてね」

「……よく言う。リースの見かけも含めて寄ってくる男やら女やらを片っ端から裏で撃退していたくせに」

「セフィル様、人聞きが悪いです。私はただ、リースにふさわしい人間となら、と思っていただけです」

「……お前が思うふさわしい人間は、どんな人間なんだ?」

「私以外にいるわけがないでしょう。……このお菓子、一つ頂いてもよろしいですか?」


 頷くセフィルに、ドライフルーツの入った焼き菓子を手に取るユーリ。さりげなく独占よく丸出しな発言をするユーリに、僕は、これがヤンデレかー、と人事のように思ってある事に気づいた。


「まさか、リースが振られた原因て、ユーリが邪魔したからなんじゃ」

「……はて、何の事でしょう」


 そう言いながら焼き菓子を食べるユーリ。僕は知りたくない現実を知ってしまった。そこでふとセフィルが呟いた。


「でも、そのことリースが知っていたら、恨まれるだろう?」

「だから裏切り者なんですよ」


 すでにばれていてそれで怒っているらしい。そしてそれが魔族になる切欠の可能性もある。が、


「それも含めて、透を取り戻しに来るかも知れませんね。あの魔王様、部下には優しいですからね。事情も全部聞いているかも」


 そう不吉な事を、リースが呟いたのだった。








「くしゅん」

「当真魔王様、かぜですか?」

「誰かが噂をしているのでしょう。しかし、あの変態達の所に僕がいるのに逃げてしまうなんて……一生の不覚」

「魔王様のお気持ちは分ります。ユーリを見たら私だって逃げ出したくなりますから。昔は僕より背が低くてあんなに可愛かったのに……」

「まあ、明日迎えには行くんですけれどね。さすがに今日は色々する事があるので……口惜しい」


 そう、悔しそうに呟く魔王に、リースは書類の束を差し出す。


「すみません」

「いえ、これも魔王の仕事ですから……はあ、透」


 そう魔王、当真は心配そうに呟いたのだった。








 魔王城にて次の朝のこと。

 魔王、当真は、インスタントのたぬきうどんにお湯を注いでいる最中だった。


「たぬきうどん~、あったかいやつぅ~」


 後は三分待つだけと、うきうきしながら当真が待っていると、そこで部下がやってきた。


「大変です、リンがいなくなりました!」

「……何処に行ったかわかりますか?」

「なんでも魔王様に、良いとこ見せます、と」

「……鴨が葱しょった挙句に、鍋に飛び込んでどうするんですか」

「いえ、私たちもそう止めたのですが、あいつ勝手にリース様の魔法陣に飛び込んで……」

「まったく……取り敢えず、僕も行って連れ戻してきます。……大人しく、くっついてしまえばいいものを」


 男同士でくっついてしまえという魔王、当真に部下達は察する。


「魔王様……お疲れですね」

「あの、どじっ子の後始末をするのは僕なんですよ! あの子の事ですから、僕のいる部屋じゃなくて自分の天敵の部屋に突っ込む可能性だってあるんです……いえ、きっと飛び込みますね」

「ではどうしましょうか?」


 そう言われて魔王、当真は少しの沈黙の後、深々と溜息をついてから、


「……だからといって放っておく事なんて出来ませんよね……」


 さり気に面倒見の良い魔王だった。









 朝起きて僕は、うう、と呻いた。

 ベッドが狭い。正確には一つのベッドの端っこに、僕は眠っていたからだ。ちなみにもう反対側はセフィルが眠っている。


「男と一緒にダブルベッドとか、どんな状況なんだろう」


 しばし考えて、うーむとベッドの中、寝ぼけた頭で僕は考えて……特に何もなかったし、セフィルは僕の事を子供扱いしているので、何もしてこないから問題ないなと、起きて背伸びをする。

 そんな僕の隣でセフィルはスヤスヤと夢の中だったのだが……。


「……セフィルって、凄く可愛い顔で寝ているんだな。僕の事、餅、餅、言うくせに……この口が悪いのだ~、ぷにっと」


 僕は穏やかな寝息を立てているセフィルの唇を、この口が意地悪をするんだよな……と思いつつ指で軽く突く。

ふにふに


「意外に柔らかいんだな……あ、でもいつもキスしていたっけ……」


 そう思いながら僕は、セフィルの唇をふにふにしてから、僕は何となく自分の唇とセフィルの唇を重ねた。

 何かがおかしい気がした。


「待て……セフィルは男だ!」


 焦って僕はセフィルから飛びのいてうわああ、と顔を覆って悩む。

 何故自分から手を出したのか。男相手に。

 そう、男相手に!

 だがそれも含めて、気づかれるのは非常にまずい。ただでさえ子供扱いされているのにこれでは……待て、気づかれたなら……。


「嫌われる?」


 そもそもそういう対象でないと言われているのにそういう事をして、気持ち悪がられたなら……どうしよう。

 そう思いながら僕はセフィルの顔を覗き込む。

 すうすうと穏やかな寝息を立てていて、起きる気配はない。


「……良かった。気づかれなかった……よし、今までの仕返しとして、額に"肉"って書いておくか。えーとマジック……はないから机の上のインクだな」


 そう、先ほどの気の迷いを振り払うかのようにとことこと机の上からインクを取って、何か書くもの……筆とかないかな……と探して、机の上に見つけた。

 羽ペンとかそういう先の尖った痛そうなものしかないかもと、もしそうだったら諦めようと思っていたが中々くすぐったそうな筆が手に入った。


「ふふふ、これでセフィルの額に肉って落書きをしてやるんだぞ!」


 そう呟いて再びベッドによじ登って、セフィルの顔を覗き込んで綺麗な顔だな、可愛いなとじっと見ていたら部屋の扉が開けられた。


「おはようセフィル、それに透……何をしようとしているのかなー」


 楽しそうにニヤニヤ笑いながら、ウェザーが僕のほうに近づいてくる。なので僕はセフィルの後ろに隠れようとして、セフィルが寝ている事に気づいて、何処に逃げようかとしている所でウェザーはセフィルの耳元で、


「セフィル、起きないと透が悪さをするぞ」

「……なんだと?」


 パタッとセフィルが起き上がりすぐ傍の僕を見た。

 僕は片手に筆、片手にインクを持って、とても楽しそうに……セフィルが起きた途端、僕の唇は引きつっていたが……しているのをセフィルは見た。

 そこでセフィルがにやぁ、と悪どい笑みを浮かべて、


「餅、良い度胸だな」


 にやりとセフィルは笑い、僕の手にある筆とインクを取り上げた。


「あの、えっと……」

「この筆でどうするつもりだ?」

「さ、さあ……」

「……じゃあ俺が、この筆で、餅の顔に落書きをしてやろう」

「分っているんじゃないか! あ、う……えっと……ごめんなさい?」

「そうだな。じゃあ餅の顔に落書きしような?」

「謝ったじゃん!」

「謝って何でも済むって思うのは子供の証拠だな。じゃあ大人の厳しさを教えてあげような?」

「うぎゃあああ」


 僕がじたばたしてしていた所で…… はっとした表情でセフィルとウェザーが床を見る。

 同時に、下の階から爆音が聞こえる。

 その位置からセフィルが、


「今の音、シルスの部屋からだよな?」

「ああ。だがこのパターン、というかこのもう突進な感じはあいつしかいないだろうね、セフィル」


 楽しそうに笑うウェザーに、ついでにシルスもきっと今頃、嬉々として何かをやっている頃だろう。そこで僕が、


「何でセフィルもウェザーさんも助けに行かないんですか?」

「……餅は何も知らないんだったな。今の攻撃の様子から、魔族の場合あいつしか思い当たらないなって」

「つまり?」

「シルスから逃げた恋人」

「……ああ、うん。そうですか」

「下手すると今頃美味しく頂かれている可能性もあるかな。やけに音も静かになったし……ん?」


 そこでどたどたと走る足音が聞こえて、部屋のドアが開かれた。


「た、助けてください! 無理やりおそ……」


 服を乱された美人と形容できるような少年が部屋を開いて、そうさけんで……顔を蒼白にしたのだった。








 顔を蒼白にした彼は、部屋の中にいる人間の顔ぶれを見て、回れ右をして部屋から逃げていこうとした。しかし、


「リン、よーうーやーくー、見ーつーけーたーぞー」

「ひぃいいいいいい」


 じたばたしながら、シルスに捕まえられたリンという魔族?が、何処か絶望的な表情を浮かべている。

 そして捕まえたシルスはといえば対照的に、凄みのある微笑を浮かべていた。


「良く来てくれたなー。ようやく俺に抱かれる気になったか?」

「や、やだってばぁ」

「男なら覚悟を決めろ!」

「! だ、だったら他に恋人作ればいいんじゃないか!」

「お前以外にいない!」

「うわぁあああん、いや嫌やぁああ」

「こら、暴れるな! 痛いっ、ひっかくな、お前は猫か」

「うわーん、もう嫌だぁああ……魔王様、助けてぇぇぇ」


 そうえっぐえっぐと泣く、自分から捕まりに来たような魔族のリンが助けを呼ぶように叫んだのだった。

 けれど次の瞬間、シルスは壁にリンを投げて、自分も別方向に逃れる。

 壁に顔をぶつけたリンが「うにゃろあ!」と良く分らない悲鳴を上げて、更に涙目になる。

 同時に、ウェザーは警戒するように様子見をして、セフィルは自分の背後のベッドに僕の頭を突っ込ませた。

 それと同時に火柱が立ち上り、けれどそれはすぐに跡形もなく消え去った。


「……この感じは、当真・魔王様か?」

「ご名答です」


 勇者ウェザーが嬉々として名前を呼んで、それを魔王・当真嫌そうに答えたのだった。







 実の所嫌々なので、それも含めてきわめて機嫌が悪い感じの魔王・当真だったのだが、そんな彼を見て勇者ウェザーは嬉しそうだった。


「こんな所に遥々よくいらっしゃいましたね、魔王様」

「……来たくもないですし、お前の気持ちの悪い顔を見るのもお断りです」

「おやおや、では来なければ宜しいのに。たかだかその他の部下……いえ、人数も少ないので、役職名でもあるのですか?」

「……一応こいつは側近の一人だ。魔力は高かったらしいからこんな事に……」

 魔力が高いから側近につけたけど……という遠まわしなちくちくとした嫌味に、リンはうにゃっ、と泣いてから、

「魔王様、その言い草は酷いです……」 

「だったらもう少し考えて行動してください! だからこの前だって城の東側の壁を崩壊させる事になるんです!」

「で、でも調子が悪かっただけで……」

「あのですね! 貴方だって怪我する可能性だってあるんですよ! 分っているんですか!」

「! 魔王様、僕の事を心配して……」

「……一応部下ですから」

「やっぱり魔王様好きです! 僕」


 そう抱きつくリン。邪魔だから離れなさいと、引き剥がそうとする魔王・当真と、いやーと抱きつくリン。

 その中の良い恋人のような仕草に、シルスと勇者ウェザーが切れた。

 すばやい仕草で、勇者ウェザーは羽交い絞めにされた魔王・当真。そして、


「リン……良い度胸しているな、俺の前で。浮気か?」

「う、浮気じゃないもん。お友達だもん」

「浮気の常套句じゃないか、それ!」

「僕、魔王様ならする側に回ってもいいかも……ごふっ」


 変な事を言い出したリンを殴って床に引き摺り下ろしてから、魔王・当真は冷たい目でリンに問いかける。


「やっぱり、今すぐシルスに引き渡すお手伝いをする方向で、貴方の処遇を検討しましょうか」

「ごめんなさいいい、出来心なんですうう。だってうちの魔族、皆、魔王様のこと多かれ少なかれ狙っていますから許してくださいぃぃぃい!」

「え?」

「え?」


 リンの台詞に声を上げた魔王・当真。そしてその事を当真が知らなかった事実に気づいたリンの疑問符である。それに対して、魔王、当真は一度深呼吸してから優しげにリンに問いかけた。


「今の話は本当ですか?」

「嘘です!」

「そうですか、では帰りましょうか。魔王城に。あ、透もいきましょう」


 そう何事もなかったように会話をする魔王、当真に僕は、


「えっとあの、兄さん。そっちに行くのは危険なんじゃ……」

「何を言っているのですか? リンも嘘だって言っているじゃないですか」

「でも……」

「……ぶっちゃけ僕は、後ろにいるこの変質者の方がよほど怖い。魔族なら、どうにでもなりますが」


 そこで、変質者こと勇者ウェザーが、


「そんな風に、誰にでも良い顔をして……"恩を売る"のか?」

「"気遣い"程度のものですよ」

「……それで、これが"気遣い"なのか?」

「リンはよく、シルス……て呟いていますからね。心の整理を付けさせるのも良いでしょう」


 それにはっとしたようにシルスに、りんは顔を赤くして魔王、当真に、


「そうなのか? リン」

「ま、魔王様、僕は……」

「リンには戻ったら、お仕置きですからね」


 さあと顔を蒼白にさせるリンに、勇者ウェザーが嘆息して、魔王、当真から手を離した。


「……また来いよ」

「……お断りです。それと透」

「……僕はこっちの方がまだ安全そうだからこっちにいるよ」

「そうですか? そうですか……ですがいつでもこちら側に来て良いですからね?」


 魔族どもの状況が分った分、魔王、当真もおいそれと僕を連れてくるのには気が引けた。

 そんなわけで、魔王とどじっ子魔族は去っていったのだが、セフィルは僕の方をちらりと見て少し考え込んでいたのだった。







 魔王城にて。

 魔王、当真はこのどじっ子へのお仕置きを考えていたのだが、部下のいる前で溜息をついた。


「結局、当たり障りのない仕事をさせておくのが一番静かなんでしょうね」

「? どうしたのですか? 魔王様」

「……どじっ子って見ている分には可愛いのですがねぇ」

「ああ、なるほど……お疲れ様です」


 そんなわけで、壊した壁の補修(魔法で簡単に壊せるので意味ない)に、リンを放り込んで……芸術的才能を開花させたのだった。









 異界通信交変換社にセフィルは一人で来ていた。


「あれ、珍しいですね」


 現れた山田祐樹にセフィルは単刀直入に聞いた。


「……すこしでも透の気持ちが知りたい。何かいい方法はないか?」

「お酒で酔わせて、内心を探ってはどうですか?」

「なるほど……」

「ただ僕はお酒が飲めなかったので……本当は飲めるんだろう? とか苛めちゃ駄目ですからね?」


 セフィルのその生態を的確に読んだ山田祐樹だったが、それにセフィルは、


「……この酒チョコで良いでしょう。多分その程度で口が軽くなります」

「その酒チョコは、幾らだ?」


 そんなこんなで、セフィルは酒チョコをゲットしたのだった。

 それが、新たなる悲劇を呼ぶとも知らずに……。







 部屋にはセフィルと僕しかいなかった。


「餅、お土産だ」

「? わあ、チョコレート……だが待てよ、見かけはこうだが、実は何か恐ろしいもの……」


 そう、うーむと考えてしまう僕にセフィルはこちらの意図が悟られないよう、


「……餅の世界の品物らしいから大丈夫だ」

「異界通信交変換社に行ってきたのかー。でもなんでくれるの?」

「……お菓子は好きみたいだったから」

「うん、そうか……でも、どうしてくれるの?」

「餌付けしておこうかと思って」


 僕が黙って半眼でセフィルを見て、菓子折りを付き返した。


「気に入らないのか?」

「餌付けって何だ、餌付けって。僕はペットじゃない」

「? ああ、こう言えばいいのか、美味しいものを食べて、こちらに透にいてほしいなという下心」

「なお悪いわ!」

「? 何でそんなに怒っているんだ?」

「だから……まてよ?」


 そういえば、言葉は近いイメージに変換されるという。つまり、セフィルが言っている概念と、僕が聞いている概念は違う可能性はないか?

 ちなみにこの素敵変換は、発している者の感情も加味して変換される。

 つまり、セフィルの下心がそのまま言語として発せられたのである。


 だが、そんな事も含めてまったく気づいていない僕は、駄目だったのかとしょんぼりしているセフィルに悪い事をしたんじゃないかという事に気づいて、


「ごめん、素直にくれるって言ってくれたのに突っぱねたりして……」

「え?」

「この前も心配かけてごめん。セフィルは優しいね」

「ま、まあそうだな。俺は優しい……」


 わけのわからない受け答えをするセフィルに、照れているのかな?そういった所も可愛いなと思う。

 そこでセフィルに僕は箱を渡される。 


「ああ、じゃあ餅、これ」

「ありがとう。わー、美味しそう……ぱくん、美味しい」

「そうかそうか、全部食べていいぞ?」

「本当に? さすがにそれは悪いよ……」

「分かった後でもらう」

「……どうして? 何か企んでいるのか?」

「分った。じゃあ餅はどれが食べたい?」

「うーん、これ」

「よし、じゃあ俺がそれを食べてやる!」

「ああ、酷い!」

「早い者勝ちなんだよ!」

「うう、もういい! 好きなの食べてやる!」


 そう言って僕がチョコレートを食べ初めて……顔が赤くなった。


「……弱すぎる。酒に本当に弱いな、透は」


 僕の事をセフィルが焦った様に見ている様な気がしたが、そこで僕の意識は途切れる。そして、


「ぐふっ……この世界は僕が占領するのだぁぁぁぁ!」


 そう、僕が叫んだのだった。








 久しぶりの平和な休憩に、山田祐樹は緑茶をすすっていた。と、


「あ、茶柱が立ってる。これはあれですか、彼女との関係が上手くいくんですかねぇ……」


 そこで、ドンッ、ドンッと外から大きな音が響いてきて、誰か花火でもあげているのかと思って外の様子を見た。

 見なかった事にした。


「お茶が美味しいな。ふう」


 そう椅子に座りながら、山田祐樹は幸せそうに溜息をついたのだった。







 時間停止で固定された家を強化魔法で積み上げていて、透はなにやら長い棒状のものを作っていた。

 そんな透にセフィルが叫んだ。


「透、戻って来い!」

「いやらぁあ。巨大な塔をつくって電波を吸収するのだ!」

「意味が分らない! 大体その"でんぱ"とやらは存在しない!」

「それぇがあれば、僕は……この世界の支配者になるのらぁ!」

「僕の世界の"でんぱ"とやらはそんな恐ろしい存在なのか!」


 ちなみに、そんな恐ろしい存在なはずがないのだが、なにぶん透の世界はこの世界の上位世界なことはセフィルも知っている。ゆえにそういう事もあるのかと、セフィルは恐ろしさを覚える。

 加えて透が敵になるということも。

 透が今言っている事はこの世界の秩序に反する事なのだ。

 それこそ魔族などというよりも現実的な危機として捉えられるだろう。


「どうすればいいんだ」


 原因が自分にあるセフィルは、焦ったように透に呼びかけた。


「透、何が望みだ!」

「セフィルのお嫁さんにして下さい!」

「……は?」

「セフィル大好き! だから世界を占領してセフィルにプレゼントするお!」

「……どうしてそうなった」

「セフィルの事好きい」

「……分ったから降りて来い。で、元に戻したら透、お前をお嫁さんにしてあげるぞ!」

「本当! 分った!」


 そう呟くと家々が元のとおりに戻って、透が降りてきて抱きつく。


「セフィルー、好きー」

「……うん、分った。まずはベッドで休もうな」

「うん! セフィル好きー」


 そう抱きつく透に、異常を感じ取ったウェザーと鉢合わせして、セフィルは、


「……酒癖が悪くて」

「さっき凄い事を叫んで凄い事になっていたような気がするけれど?」

「幻覚でしょう」

「……幻覚なら仕方がないな。そうだね、全部元通りみたいだし。……これからどうするんだい?」

「ベッドに横にならせて面倒見ながらアルコールを抜きます。さすがにこれはしゃれにならない」

「まあ、そうだね……」

「セフィル好きー。そうだセフィル、ドラゴンて好き?」

「……いい子にしていろよ。大丈夫だ、透にそんな力はない」

「ああ、そうだ。……そうだ」


 そうドラゴンと聞いてちょっとドキッとしたセフィルとウェザーだった。

 そして、透からアルコールが抜けるには暫く時間がかかったという。








 雲の上にいるような……暖かくて気持ちがいい。頭を撫ぜる手が優しいし。うん……。

 だが待って欲しい。僕は雲の上になんて乗った事がない。つまり……。


「死んだぁああああ」


 がばっと起き上がった僕。だが、先ほどまでいた宿のベッドの上だった。


「あれ?」

「……ようやく正気に戻ったか」

「あれ、セフィル? ……チョコレート食べていたんだよね?」

「ああ。ただそれに酒が入っていたらしくて、餅が酔って凄い事を言っていた」

「何て?」

「『セフィルのお嫁さんにして』くれって」

「あははは、まさかそんな漫画みたいな展開なんてあるわけないじゃないか……」

「目撃者もいるが」


 そう嘆息するようにセフィルが呟くと、


「どもー」

「どもー」

「どもー」


 勇者ウェザーに、魔法使いユーリにシルスが現れる。全員が一様にニヤニヤと笑っていて、


「まさか、あの生意気な魔王と違って透があんなにストレートな愛の告白をするなんてね」

「しかも外の家を積み上げて、"でんぱ"を作るんだとかナントカ言って」

「そして世界を占領してセフィルにプレゼントするんだそうだ」

「ま、待って……外に家を積み上げるなんて」


 焦ったように僕は周りの家を見て……多分変化はないことを確認して、じろっと三人を見た。


「嘘つき、何とも無いじゃないか」

「僕が自分で、時間を逆転させて直していたぞ?」

「セフィル、冗談もほどほどにしようよ。それに僕がそんな事言うわけ……何これ」

「……さっき配られた新聞の号外」

「えっとなになに……『なお犯人は黒髪黒目の異世界人で、痴情の縺れによるものらしい。現に、セフィルのお嫁さんにして下さいと叫んでいる模様……しかしすぐのそのセフィルという第二王子に似た人物により、彼は回収され全てが元道りに。……あれは幻覚であったのだろうか、それとも……』」

「現実を理解したか?」

「……こんな紙だって作ろうと思えば作れるよ。うん。そうに違いない」

「……そうか。記憶に無いか。まあ、その方が良いよな」

「なんで?」


 うっかり聞き返してしまった僕は後悔した。

 理由を聞けばセフィルが僕の事なんて興味がないと、言うだろう事は分っていたはずなのに。

 なのに、何かを期待して……けれど不安を覚えながら僕はセフィルを見た。

 そんな僕の頭をセフィルは撫ぜて、


「告白は酔った時はカウントしない主義なんだ。……餅が別の相手と間違えているかもしれないし」

「う……うん、そうだね」


 頷いてから、ほっとしたような、けれど残念な気持ちに僕はなる。

 でも物事は、特に恋愛事はあまり急いてもあまり良い結果にはならないらしい。

 だからそれ以上踏み言ってこないセフィルに、こういう所は優しいんだよなと思いながら、そこで僕はある事に気付く。


「……所で僕、他に何か言っていなかった?」

「ああ……そうだ。ドラゴンと口にするのはやめろ」

「? うん、分ったけれど……ドラゴンて、この世界ではそんな危険なものなの?」


 ファンタジーぽ異世界にはつき物の、なんか強くて、賢い生命体で、人型をとったりするんだけれど、体の一部に人間とは違う角とかの特徴が出るそんな存在……後は口から火を吐くイメージがある。

 この世界では、どういう存在なのかと僕は思っていると、


「……この世界には三つの大きな国があったんだが、その内の一つが滅ぼされて廃墟になっている。生き残った難民は、一応この国に併合される形で移り住んだんだ」

「え? ドラゴンてこう、深い洞窟に住んでる感じじゃないの?」

「ねぐらはそうだが、あいつらは時々降って湧いたように現れて、この世界を蹂躙する。一応知能はある者もほんの一部にいるらしいが、あいつらにとって人間は……邪魔な存在。だからこの前は、ドラゴンによって国が一つ滅んだ」

「こわっ!」

「しかもその時その時で量が違うからな。前回は異様に大量だったから暫くは湧かないだろうと言われている」

「ああ、うん……そうか」

「そのお陰で、この通り抑圧された時代が終わって、混乱も収まり、やや平和ボケした時代に突入した。……だから魔族なんてものが放置されているんだ」


 魔族が放置っぽい状態の理由が明らかになる。それに僕は今の時代で良かったと安堵しつつ、


「そうなんだ……しかしそんなドラゴンて、倒すのは大変だったんじゃないか?」

「まあ、そのときに異世界人の力も借りて、この国の王である父が勇者として素晴らしい働きをしたらしい。そのお陰で、魔法国家であるこの国では、異世界人への偏見は特に少ない。具体的には、どうでもいいやって思うくらい」

「なるほど。セフィルのお父さんの国王がね……え?」


 なんか今変な事を聞いた気がした。僕は何かおかしいと思いながら、


「あの、セフィルは王子様とか?」

「そうだがなにか?」

「……王子様がそこらへんふらふらしているのか?」

「いや……実は、兄さんが餅の兄に一目惚れして追いかけようとしたから、俺が一緒にいれば無茶で危険なことはしないだろうし、いざというときには勇者の予備として俺が機能すればいいかなって放り込まれたんだ……」


 何をやっていたんだろうと僕が思っているとそこでウェザーが苦笑しながらセフィルに、


「人聞き悪いなセフィル。僕がいつそんな無茶な事をしようとした」

「……東の離宮、最近改造されたらしいですね」

「……わかった、この話は止めよう」


 勇者ウェザーが笑いながら話をやめた。

 しかも僕の方をちらちら見ながら。そんなウェザーにセフィルは少し嘆息しながら、


「……一応異世界人は我々の世界の客人なんですから」

「まあ、先のドラゴンの地獄を切り抜けられたのは、異世界人の力も多大にあるからね。とはいえ客人というよりは僕にとって彼は……美味しそうな獲物かな?」

「……だから俺が一緒にいるんです。一応兄さん、父様よりも強いじゃないですか」


 そんなさり気に苦労性っぽいセフィルに、意外な面を見て僕は好感度アップしていたのはいいとして。

 正直、この世界の常識に照らし合わせると、ドラゴンといっても変なぬるぬるお化けがでてくる可能性もあるわけで……。

 なので事前準備……遭わないだろうが……として、どんな姿か聴いておくことにした。


「ドラゴンの形ってこう、トカゲに羽が生えたような奴?」

「……そういう奴もいるな、餅」

「火を吹いたり?」

「そういう奴もいるな」


 どうやらイメージするようなドラゴンで間違いなさそうだと僕は安堵して、ふと気になったことがある。


「ドラゴンの目的は何なの?」

「目的はただ滅ぼす事のみ。それが彼らの存在意義であり、遊びなんだそうだ」

「……理由が無いの?」

「理由が無いから何もされないわけじゃないだろう? ドラゴンは、そういう存在なんだ」

「知能があるのに?」

「"死"という概念が存在しないから、恐れも無く、意志の疎通が無い」

「理解できない」

「この世の全てが理解できるものばかりだなんて……そんな事、餅は思っていないんだろう?」

「それは、まあ……何故に頬を引っ張る」

「意味は無い」

「ふぎゃああ、セフィルにもしかへひひ」

「餅の手は短いな~、にまにまにまにま」


 いつものようにじゃれあう僕達二人。

 不気味な存在、ドラゴンの事など頭の隅に追いやられてしまいそうな明るい光景。と、


「こんなところに、僕、惨状! じゃなくて、参上!」


 窓の外から、ジョセフィーヌ(男)が現れたのだった。







 窓の外に現れたのは昨日いらしたジョセフィーヌだった。


「どうもこんにちは。今日は少々お話をしようと思い、お酒を持ってきました!」


 だがその話を聞いて、セフィルはふうと嘆息して、


「……少し遅かった。餅に少し摂取させたら凄い事になった」

「あら? あらあら? もしや先ほどの?」

「そうだ。だから餅に酒は飲ませられない」

「そうですか……せっかく美味しいお酒が手に入ったのですが……ちらっ」


 ジョセフィーヌは酒の銘柄を見せた。

 魔法使い達の目の色が変わった。まずユーリが呟く。


「! それは二年待ちの伝説のお酒……通称"異世界人キラー"と呼ばれているあの!」

「そう、異世界人に飲ますと必ずはまるという曰く付きのお酒で、もちろんこの世界の人達にも大人気の甘くて美味しいお酒……」


 ふふっと妖艶に笑うジョセフィーヌ(男)そこで今度はシルスが、


「一度飲めば病み付きになり、また飲みたいと思わせるような甘くて爽やかな口当たり。特に恋人を落とすには最適という……」

「ちなみに、全員分、計五本ありますよ」


 魔法使いたちはぐるりと一斉にセフィルを見て、


「セフィル様、ぜひ譲って下さい、というか貰ってください」

「これを飲ませれば関係が修復できるかもしれないんです!」


 必死な様子のシルスにユーリ達に、セフィルは兄を見ると、


「僕も欲しいかな? あいつに飲ませたいし」

「……透に飲ませないという方向で」


 そんな感じに話がまとまりかけた矢先。僕が、


「そんなに美味しいお酒なら僕も……」

「餅は学習能力がないな。駄目だ」

「だって……」

「世界を支配するぞ、なんて異世界人が言うには冗談にならないんだぞ」

「……うう、分ったよ」


 悲しげに僕は諦めると、ジョセフィーヌ(男)はちょっと残念そうに、


「うーん、せっかく面白い事にしたかったのに……仕方がないか。ではお酒5本とジュース。ここの地方特産の、"アウロラ"からとった、緑のジュース。はい、透さんにこのジュースを」

「蛍光グリーンの色をしているジュース。しかも濁ってる……」

「とっても美味しいんですよ。はあ、せっかく窓から現れても誰も驚いてくれないし……残念だわ」

「あ、驚きました」

「ありがとう。それでは僕は失礼するね、ばいばーい」


 そうジョセフィーヌは去っていった。

 ついでにウェザー、シルス、ユーリもこの部屋から去り、別の部屋に向かった。ユーリと記すがとても大事そうに酒瓶を抱えていたのはいいとして。

 部屋が静かになって僕がふと、


「あの人、何をしたかったのかな? お酒まで持ってきて」

「おそらく餅の様子を見に来たんだろう。一応この地方の領主だし」

「へー……マジで」

「そうだ。しかし餅、酒は止めておけ。俺が餅の分まで飲んでやるから。にやにや」

「! 僕は何を飲めと!」

「ジュースがあるだろう? お子様には丁度いい」

「こ、これ?」


 ビンを軽く振ると下の方が少し紫っぽくなっている蛍光グリーンのジュース。


「ずるい! ずるいよセフィル! 僕にこんなの……どう考えても体に悪そう……」

「そうか? 美味しそうじゃないか」

「いやいやいや……」

「このジュースはよく子供が、お酒を飲んだ大人に、『16歳以上になったらお酒はのめるんだぞ? だから今はこれで我慢だ』って飲ませられるジュースなんだ。結構一般的で、人気が高い商品なんだ」

「これが?」

「飲んでみるといいぞ。美味しいから」


 この不気味なものに口を付ける……こんな色、絵の具とかマーカーでしか見た事がないよと思いながら、僕は栓を開けて口を付ける。

 不思議な甘い香りがして、口の中でとろけるような感覚があって、ミックスジュースのような味わいで……美味しい。


「なんだか負けた気分だ。あ! セフィルばっかりお酒飲んでる!」

「俺は大人だからいいんだ」


 そう一杯、僕明なお酒を飲んでいくセフィル。僕明なグラスから飲み込み、嚥下する毎に、喉が揺れている。その様子にすら色気を感じて、僕はごくっとつばを飲み込む。


「何だ? じっとこっちを見て」

「な、なんでもないよ。それより、少しくらい味見させろ」

「駄目だ」


 そう短く返されて、二杯目、三杯目をセフィルは飲んでいく。実際にこのお酒が美味しいので、セフィルは飲んでいたし僕にも飲ませたい気はしたのだが……先ほどの事を考えると無理そうだと思っていた。

 ただ、よくよく僕は考えると、


「同い年じゃないか、むう」

「……じゃあ、ちょっとだけ飲ませてやろうか?」

「本当に!」

「ああ、本当だ……」


 そう言って、グラスから一口酒を含むと、セフィルはそのまま僕の唇に自分の唇を重ねて舌を入れる。


「んんっ!」


 流れ込んでくる酒と、セフィルの舌の感触に僕は頭が真っ白になる。けれどそのまま甘い酒を飲み込んでしまい、くらりと僕はしてしまう。しかも舌が僕の舌を絡めて、軽く甘く噛んで……と繰り返して、まるで求めるように繰り返し繰り返しさざ波のように、僕の快楽を与える。

 会ってそれほど経っていないけれど、惹かれて、何処か幸せな気持ちにさせられるセフィル。

 そう僕はぼんやりとした感情で思って、唇を離されて……その時のセフィルの顔がやけに幸せそうなのに気づいて……僕も幸せを感じてしまう。

 僕が覚えているのはそこまでだった。


「透?」


 呼ばれたけれど意識が遠のいてしまいまた眠り込んでしまう僕。

 本当に酒が弱いというレベルではない。


「……異世界人の場合、お酒に妙な効果が付随するのか?」


 セフィルはそう呟く。

 そんな僕にセフィルはもう一度キスをして軽く首筋にもキスをして……セフィルは軽く体を抱きしめて、自身も静かに目を閉じたのだった。








 ジョセフィーヌは失敗を悟った。


「お酒で仲良く作戦は失敗みたいね。というか、様子見だと思われているし。まあ、それも理由の一つなんだけれど……次はどうしようかしら」


 そう考え込むジョセフィーヌを、夫のフィリップがじっと見ている。


「相手をして欲しいのだが」

「ああはい、なでなで」

「違う! そうじゃなくて……」

「これはそういプレイなのだ」

「なるほど! 罵られるのが好きな私にあえて優しい態度で接して、その屈辱感を味あわせるという……」

「そうそう、はいはい。いい子、いい子」

「ああ、その投げやりな感じもいい!」

「……本当に嬉しそうね。まったく」


 そう撫ぜながら、ジョセフィーヌは夫を元に戻すという再調教をしながら、さて、次は何をしようかとたくらむ。

 この時はまだ、僕達はこのはた迷惑な存在に微塵も気づいていなかった。


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