無意識の想い
これからタイムセール会場となる道。
勇者ウェザーは、多分いるような気がして行ったら居たのでとても機嫌が良かった。
「こんな所で一体何をしているのかな? 魔王様」
異世界人の魔王は、勇者ウェザーを見て舌打ちをする。
魔王の手には茶色い紙袋が入っており、中にはカップラーメンやらなにやら色々覗いている。
そしてすぐ傍に側近の、天才魔法使いリースがいて、ウェザーを警戒するように睨み付けているも、ウェザーがにっこりと微笑みフェロモンの範囲を広げると、すぐにそちらへとふらふらと歩き出しそうになる。
そんなリースの襟首を掴みながら、魔王は嘆息して、
「……買出しに来たら、貴方がこんな場所を昼間からうろついていたんですよね。随分と勇者は暇なんですね」
「いえいえ、魔王自ら買い物をするような弱小組織の魔王様ほどではないな」
「相変わらず苛立つ言い方ですね」
「僕はドSだからね」
「貴方の場合、単に性格と頭が悪いだけでしょう、自称ドSの勇者さん?」
「ははは、周りの状況が分っていない貴方ほど頭は悪くありませんよ」
「迷惑だから、一回再教育して差し上げましょうか? 頭を」
「その前に、お前の体をたっぷりと躾けて、『ご主人様』って僕の事を呼ばせてやるよ」
「……変態が」
「この世界では君の方が変態だと思うけれどね、魔王様?」
「……お前は一度力でねじ伏せておく必要がありそうだな」
「やれるものならやってみろよ、お飾りの魔王様?」
ちなみに、魔王は魔王で魔族をまとめるために結構頑張っている事を知っていたので、ウェザーはわざとそう言って挑発する。
そしてそれに魔王が乗って、攻撃を開始する。
魔王の能力の一つ、"気象を操る能力"を使い火をおこすのだが、街中な分一般人の被害を出来るだけ抑えたい。
その関係で威力を小さくせざる終えない魔王。
その甘さもまたウェザーには愛おしく、そして付け入る隙になる。
その魔王の必死の攻撃を軽くよけながら、ウェザーはそのまま魔王を捕らえる。
「捕まえた」
「ひっ……んんっ」
そのままウェザーは唇を重ねてやる。
悲鳴を上げて、顔を真っ青にして、嫌がって逃げ出そうとする魔王を力で押さえ込んで、そのまま口に舌を入れ蹂躙してやる。
びくびくびくと、力が抜けていく様子をたっぷり楽しみ唇を離して、涙目で苦痛だけではない表情の魔王にウェザーはにこやかに告げた。
「いい加減、僕の愛人になる心の準備は出来たか?」
「ふ、ふざけるな! 大体この前まで、妻で、恋人……」
「意地を張るからそうなるんだ。さあ、どうする?」
「……どの道お断りだ、お前なんて嫌いだ、放せ!」
そう魔王が言うと、ウェザーはあっさり魔王を放す。
それが余計に癪に障って魔王は勇者ウェザーを睨み付けた。と、
「兄さん?」
その声に魔王は振り返り、顔を蒼白にしたのだった。
目の前に居るその人物は僕にとって驚くべき相手だった。
「兄さん?」
その声でフィル帰るその人は顔をさっと青くして、
「透!どうしてここにいるのですか!」
「当真兄さんこそ!」
「僕は石につまずいて倒れたら鏡のようなものの中に突っ込んで……」
「僕は、山田祐樹に放り込まれました」
名前を出した途端、兄がすっと目を細めて、見覚えのあるすぐ傍の店の中に入っていった。そして、
「ひいいいい、待って! 止めて! 俺が何をしたって言うんですか!」
「人の弟にまで魔の手を伸ばしやがって……」
「い、いえ俺はただのアルバイトで……」
「だったら責任者呼んで来い! この前から言っているのに一向に連絡がありませんよね?」
「あの、上司は忙しくて……」
「……では躾けのなっていない部下に責任を取ってもらいましょうか」
「ぼ、暴力は……」
「代わりのあれはそこに三体もあるじゃないですか」
「で、でもそれを使うと給料から天引きされて、彼女へのクリスマスプレゼントとデート費用が……」
「……人を不幸に陥れておいて、よくもぬけぬけと……変態と関わらないといけない僕の身にもなれ!」
「えっと、意外に当真さんはウェザーさんとお似合いかなって」
「……大丈夫、痛みは一瞬だ」
「うぎゃあああああ」
悲鳴と爆音と振動が響いて、会話が聞こえなくなった。
そしてその煙の中から少し清々したような魔王、当真が現れる。
「透、あの馬鹿に少し制裁を加えておきました。それと、一緒に来ませんか?」
「え?」
「こんな変態共の中に透を置いておくのは心配ですからね」
そう声は穏やかだしにっこりと魔王をやっているらしい兄の当真はしているが、長年の経験から僕は分った。
兄さん、めちゃくちゃ怒ってる。と、
「ふむ、兄弟そろって愛でるのも良いかもしれないな」
そうにやりと笑いながら、勇者ウェザーが魔王、当真の手を引っ張って抱きしめるような格好をする。
そんなウェザーを憎々しげに見上げながら、魔王・当真は、
「ふざけるなこの変質者。初対面でいきなり『服を脱いで足を開け』とか言う奴の傍に、透をおいておくことなんて出来るか!」
「……勘違いしないで欲しいな。今ここでお前を捕らえて城に連れて帰って、力ずくで愛でてやる事だって出来るんだぞ? どうして僕が君達を見逃してあげていると思っているんだ?」
「どんな理由があるのですか? どうせ碌でもない理由でしょうが、聞いてあげましょう」
「貴方の事を愛しているからです」
さらっと勇者ウェザーが告白した。
魔王当真は固まった。
僕も固まった。
そのまま静かな時間が流れて、魔王当真が、かたかたと震えだす。
「ひ、い、いっ……いやぁあああああああ」
「兄さん!」
「気持ち悪い気持ち悪いぃいいいいいい」
兄さんと呼ぶ透の事を気にかけることも出来ず、当真はその場を逃げ出してしまったのだった。
それを側近らしい魔族が追いかけていく。
そこで、金髪の魔法使いユーリが声をかけた。
「どうだ、リース、そろそろ戻ってこないか? 俺の元に」
「……お断りだ。……裏切り者」
そう冷たく睨み付けて、リースと呼ばれた魔法使いも居なくなってしまう。
というか、僕はあることに気づいてセフィルに問いかけた。
「リースって今の魔法使いですか?」
「どうした餅。そんな驚いたような顔をして」
「だって……あれ、凄く可愛い女の子みたい……」
「……餅、リースはそれを気にしているから言っちゃ駄目だぞ」
「う……うん」
「それにそれを言うなら餅も女の子みたいに可愛いものな」
「可愛いって言うな! 僕みたいな男はかっこいいって言うんだ!」
「そうか可愛いなぁ、餅。お子様なところが特に、えろい声聞いただけでもぞもぞしてたし」
「うぐ、セフィル、後で覚えて居ろよ?」
セフィルは適当にはいはいと答える。
そこへウェザーがやってきた。
先ほどの二人揃っての発言も含めて、僕は警戒してセフィルの後ろに隠れる。
そんな僕にセフィルは嘆息して、
「……餅、俺はお前の壁じゃない」
「僕より背の高い奴の義務だ」
そう答えつつ隠れる僕に、ウェザーが話しかける。
「相変わらず可愛いね、でも、まさか先の魔王と兄弟と思わなかった」
「……兄さんに酷い事をしたら許さないぞ?」
「怖いな……でも僕は君のお兄さんが大好きなんだ。だから、すぐに倒さないで居てあげているだろう?」
「……裏がある気がする」
「うん。じわじわと真綿で首を締めるように、追い詰めている最中なんだ。僕から逃げられないって自覚させようと思って」
ウェザーがそれはそれは楽しそうに僕に言う。
それに僕は真っ蒼になりながら、
「へ、変態だ……そんな奴に兄さん狙われるなんて……」
「……兄さん、餅が本気にするから、そういう冗談は止めて下さい」
そこで聞くに堪えかねたセフィルが付け加える。
「? 冗談なのですか?」
「うん。君の反応が良くてね、つい」
「兄さん、この玩具で遊んでいいのは俺だけです」
「玩具って言うな! がぁー」
そう怒って顔を出す僕の頭をセフィルは押さえつけて、放せーと僕は暴れる。そんな僕にウェザーは、
「一目惚れして、しかも僕のフェロモンが効かないから、本当の意味で愛してもらえるし……それに優しいし、だから好きになってしまったんだ。君のお兄さんをね」
「あう、本気ですか」
「うん。彼の心を手に入れたいから、こうやってすぐに捕らえないようにしているんだ」
「その割には、兄さん嫌がっていたのですが……」
「やっぱり相手をして欲しいだろう? だからつい、からかってしまうんだ」
そう笑うウェザーの表情に複雑な感情と、本気を読み取って僕はどうしようかと思う。
ちなみに僕の兄も、可愛くておっぱいの大きい女の子が好きだった。
そんな悩みだす僕に、セフィルが耳元で意地悪く囁いた。
「悩むな、餅。餅がその小さい頭で考えてもわからないだろう?」
「小さい頭だとぅ! セフィルの方こそ……あれ?」
そこまでしか僕は言えなかった。
気がつけばそこら中で、なにやら露天のような店がそこかしこで開いている。
そして、拡声器のようなものを持ったおばちゃん……ではなくおじちゃんが叫んだ。
「本日のタイムセール!」
その言葉とともに、おばちゃん……ではなくおじちゃんの黒い大群が現れた!
逃げる間もなく、僕達は彼らに巻き込まれる。
「ふぎゃああああ」
「うおおおお、その果物は私のものよオオオオ」
「よこせぇぇえええ」
そんな先ほどの戦闘とは比べ物にならない戦場と化するタイムセール会場の道。
恐るべきバーゲンセールという戦場に、皆が自分の欲望のままに動き出す。
縦横無尽に跋扈するおじちゃんたちの悪夢。
そんな中、僕は押しつぶされそうになって喘いだ。
「うぐぐぐぐ」
「餅、大丈夫か……透!」
「う、ううう、流されるうううう」
人の波に流されて僕はいずこかへ連れて行かれてしまう。
焦ったセフィルが餅ではなく、透と呼んで僕に手を伸ばし、僕もセフィルに向かって手を伸ばすけれど届かない。
そして……僕はセフィル達とはぐれてしまったのだった。
僕は困っていた。
流されて、人気のない裏路地に入ってしまったのだ。
「このパターンだと、変な奴らに攫われたりしそうな気がする。例えば黒ずくめの奴に、薬品を染み込ませたハンカチを口に手を当ててとか」
さすがにないなと思い笑いながら僕は振り返ると、そこには黒いローブを着た男達が、右手に白いハンカチを持っていた。
まさかこんなべたな展開がと思うと同時に、そうしようとしている本人達と目が合ってしまうこの気まずさ。
とりあえず、ははは……と僕は乾いた笑いをすると、相手も同じような笑いを浮かべる。
そしてしばしの沈黙後、僕は逃げ出そうとした。もちろん時間を止めて。
けれど透明な壁のようなものにぶち当たり、そこから一向に出ることが出来ない。
おそらくはゲームなどに出てくる透過性の結界か何かなのだろう。
焦ったように、力ずくで出ようとして僕はそれを叩くけれど、びくともしない。
暫くそれを叩いているも、そうか、強化魔法を使ってやれば良いんじゃないだろうかと思った矢先、僕は後ろから伸びた手に口を封じられて、意識を失ってしまったのだった。
「透! 透……くそっ……どこだ!」
探し回るセフィルを、兄のウェザーが見つけた。
「セフィル、落ち着くんだ」
「落ち着いてられません! もし透が異世界人だと下手な奴に知れたら、どうなるか分っているでしょう!」
「……いいから落ち着くんだ。どの道異世界人は殺されても、別の肉体がある」
「けれど魔力を求めて、犯される可能性があるでしょう!」
「……どの道それは彼らの本体じゃない。それに一昔前ならいざ知らず、今は、そういった事に厳しい時代で、とこにこの町は人が多く人目に付きやすい」
「けれど……それでも透は可愛いから……」
「異界通信交変換社にいって手を貸してもらおう。彼らは異世界人の動向は全て管理しているから」
「……前に、兄さんは個人情報だといって教えてもらえなかったのでは?」
「状況が状況だから、手を貸してもらえると思うよ。この前の場合は……僕は彼に嫌われているから、仕方がない」
自覚をしているらしい兄、ウェザーにそれならばもう少し優しくしてやればいいのにとセフィルは言おうとして、自分も透に対しては優しくして幸せそうな顔をした瞬間に意地悪をしてしまった事を思い出す。
人の事を言えないくらい、セフィルもまた透の事に夢中になっていた。
目を覚ますと、僕は椅子に座らせられていた。
特に拘束されている様子もなく、ましてやベッドでない事にほっとしながら周りを見渡す。
広い貴族の食事する場所というイメージの部屋だった。
何でこんな所にいるんだと僕は思って、変な集団に気絶させられた事を思い出す。
逃げよう。逃げられるだけの力があるのに、大人しく捕まったままでいる事なんてない。
そう僕が思って立ち上がると同時に、部屋に一人の男が入ってきた。
くすんだ金色の髪に灰色の瞳。
その服は、とても豪奢で、多分偉い人なのだと僕は思う。
彼は僕を見るとにっこりと微笑んだ。
「手荒な真似をして申し訳ない。……所で貴方は、異世界人か?」
「はい、そうですが……」
何故そんな事を聞くのだろうと僕が警戒をすると、彼は、
「私はフィリップと申します。けれど異世界人ですか……随分と警戒されているようですが」
「それはそうでしょう、いきなりこんな場所に連れてこられれば誰でもそうなるでしょう」
「異世界人は殺されても代わりの体は幾らでもあるのでしょう?」
嫌な言い方をすると、僕は目の前の男を睨みつける。
殺されても代わりがあるといっても、好き好んでそうされたい物好きがいると思っているのか。
そこで目の前のフィリップが、僕を見てにたりと笑う。
「……ですから、異世界人を本当の意味で殺す方法は……精神を殺すしかないのですよ」
店の中では、山田祐樹が箒を持って掃除をしていた。
「本当に当真さん酷い。まあ今のこの体をぼこぼこにして、ちらかして掃除する手間を俺によこす程度で済ませてくれましたから、天引きはされませんけれど……ぶつぶつ。あれ、ウェザーさんにセフィルさん、どうされたんですか? タイムセールは終わりましたが」
そんな気楽な事を言う祐樹にセフィルは詰め寄った。
「透がいなくなった。何処にいるか分らないか?」
「えーと、それは個人情報ですので……」
「透がどうなってもいいのか!」
そうセフィルに怒鳴られて、祐樹がびくっとするも、
「……一応透も異世界人らしく、チート能力は幾つか持っているはずなんですが、それほど心配は……」
「透はあんなに可愛いのに! 何もされないって言うのか!」
「ええっと……はあ。そういえばこの世界は男同士が一般的なんでしたっけ……確かに精神的なダメージは我々異世界人にとっては危険ですが」
「……確か異世界人を本当の意味で殺すには、精神を壊さないといけないとか……」
「ええ。ですから、そうしないといけなくなる状況要因の一つ、人格的におかしい人間……例えば世界を滅ぼしてやれとか、虐殺しまくりたいんだぜといった、人間から見てもどう考えても狂っている人……は投入できないので、それらも精査しています」
「だが、もしも透が魔力を奪うためにひたすら犯され、輪姦されたら……」
「それはショックでしょうね。ですが、そういった強いショックが与えられそうになった場合のセーフティとして自働的にもとの世界に戻される……」
「……もしそうなったなら、透はこの世界に戻ってくるのか?」
「いえ、二度はありませんが……あ、ちょ、個人情報……」
それをぺらっと見ると、紙の地図に、ちかちかと光る点がある。
「この点滅しているのは透か?」
「はあ、そうですが……」
「これは、貴族の屋敷……確かフィリップの所だったな」
「どれどれ、ああ、確かにそうだね。悪い人ではなかったから良かったね、セフィル」
そうウェザーに言われて、ほっと頬を緩めて安堵するセフィル。
そうして、セフィル達は祐樹にその紙を返して、途中リースとシルスに合流しながら、その屋敷に向かったのだった。
「コノクソムシガ。オマエノソンザイカチナドナイ!」
[もっと! もっとこう、蔑む様に!」
「このくそ虫が! お前の存在価値などない!……こんな感じでよろしいでしょうか」
「はい! では続きをもっと!」
「まだやるんですか!」
「もう少し、もう少しで分りそうなんです……おや? ウェザー様にセフィル様ではありませんか。どうされたのですか?」
そこで僕は、執事に案内されて部屋の入り口に棒立ちになったセフィル達を見た。
それはそうだろうと思う。
だって僕は彼らの前で、四つんばいになったフィリップを台本片手に踏みつけているのだから。
因みに特殊思考過ぎて僕の体中から冷や汗が垂れていたりするが。
と、状況が分らないのだろう、セフィルが僕に問いかける。
「……これはどういう事だ、透」
「……人助けのようなもの?」
「踏みつけるのがか?」
「それに関しては私からお話しましょう」
元気よく、セフィル達を案内した執事が話し出した。
その執事が話し出した内容は、こうだった。
妻がいたフィリップは、ある日、妻と喧嘩をしたらしい。
その時にフィリップは踏まれて罵られて、そういった方面に目覚めてしまったそうだ。
そしてその後も、そういったプレイを妻(男)としていたらしいのだが、
「先日、奥様(男)が『やっぱり、踏まれて罵られるなら誰でもいいんだね、僕でもなくても!』と、家出をされてしまって」
頭が痛くなったらしいセフィルが額に手を当てながら、
「……それとどう透が関係するんだ」
「奥様はその、透様に似ていらしていまして」
「……そういえば同じ黒髪黒目だったな」
「はい。それで透様に踏んで頂く事で、奥様への愛を確認しようとしていたのです!」
「……は?」
「これで感じなければ奥様でしか感じないという事だそうで」
セフィルは、少し黙ってから、僕達の方に歩いてくる。
無表情なのが怖いけれど、別に僕何も悪い事していないのに変だなと、現実逃避した頭で僕は不思議に思いながらセフィルを見上げる。
そんな僕にセフィルが足払いをかける。
「! 何する……え?」
ひょいっと抱き上げて、お姫様抱っこをしてしまう。その格好が恥ずかしくてじたばたする僕だったが、
「……大人しくしろ、餅」
「……はい」
酷く怒った目でセフィルに睨みつけられて、僕は顔をぶんぶん頷かせながら大人しく言う事を聞く。
と、そこで一人の黒髪の少年が入ってきた。
それを見て四つん這いになったフィリップが、
「お前は、ジョセフィーヌ……戻ってきてくれたのか?」
「ええ……やっぱり貴方の事が私は好きだと再確認して、だから……その筋の方に教わりに行っていたんだ。貴方を喜ばせるために!」
「ジョセフィーヌ!」
ひしっ抱き合う二人はとても幸せそうだった。
それは良いとして、つい僕は呟いてしまった。
「あの……僕は一体……」
「どちら様……まさか、貴方あの子に浮気を……」
「ち、違うんだ、私はお前への愛を確かめるために踏んでもらって……」
「何だと? この私以外の者がお前のような下種を踏んだのか!」
「ああ、そうです! もっと罵って下さい……」
そこでパタンとセフィルは、扉を閉めて僕に言った。
「あの世界は透はしらなくていい。特殊だから……」
「知りたくなかった。心が穢れた気がした」
「そうだな、餅はお子様だからな」
「……一人で歩ける、おろせえええ」
「また誰かについて行ったりすると危ないからこのまま運んでやるよ」
「だから僕は子供じゃ……」
そう言い返す僕に、苦笑しながら出てきたウェザーが助け舟を出した。
「セフィルは透の事をとても心配していたのですよ?」
「そうなの?」
「……していない」
そうそっぽを向くセフィル。
そんな事を言われてしまえば、僕だって強く拒めないし、それは嬉しい。
「何を笑っているんだ、餅」
「別にー」
セフィルは、何処かむっとしたようだが何も言わない。意地っ張りに性格をしているなと僕は思う。
けれど、セフィルは本当の部分で優しい。
そんなこんなで、一向は再び宿へと戻ったのだった。
宿に戻って、部屋に僕とセフィルは二人っきりになる。
戻った瞬間、ベッドに僕は落とされた。セフィルの兄、ウェザーに、ほどほどにしておけよと言われたセフィルだがそれに返事はせず透を睨み付けている。
そこでようやくセフィルが口を開いた。
「さて、言い訳を聞こうか」
「言い訳?」
そう言われても、僕には思い当たる節がない。そんな僕に苛立ったように、
「どうしてあんな所に行った!」
「え? なんか黒ローブを着た人達に、こう口に薬品をしみこませたハンカチでふさがれて気絶して、気がついたらあそこだった」
「……一応、身を多少は守れる程度の魔法が使えたんだよな?」
「えーと、見えない壁見たいのが張られていて、それが壊せなくて」
「……そのままでは無理だが、ある一定以上の力が加われば壊れるだろう? 強化魔法は持っていたよな?」
「えっと思いつかなくて……」
「そうか」
短く頷くセフィル。
そしてそのままセフィルは僕をベッドに押し倒した。
そして、呆然としたままの僕に覆いかぶさるように抱きつく。
「セ、セフィル?」
「……このまま犯してやろうか?」
「……こ、子供には興味ないんじゃ……」
「透は大人だって自分で言っていただろう? それとも、透は自分が子供だって言うんだったら……今すぐ俺が大人にしてやろうか?」
そう僕の服に手を入れようとして、僕の顔をセフィルは見た。
多分僕は凄く怯えたような顔をしていたのだろうけれど、セフィルはそれを見て溜息をついて、僕の額を拳で軽く叩いて……意地悪くセフィルは笑った。
「……何だ餅、本当に犯されるかと思ったのか?」
「だ、だってこんな……」
「子供は襲わない主義なんだ。そういう趣味もないし、残念だったな」
「こ、子供って……同い年だろう!」
「じゃあ大人にしてやろうか? 餅」
「ひいい、変態だ。なんというか、ウェザーさんとセフィルって本当に兄弟だよね」
「……何で兄さんが出てくるんだ」
「当真兄さんに、初対面で『服を脱いで足を開け』って言ったんでしょう?」
その話を思い出しながらセフィルは少し黙って、
「……そういえば、兄さんにしては珍しいな。いつもは、『可愛がってあげよう』とか、もっと紳士的なはずなのに……照れ隠しか?」
「何で照れ隠しで意地悪になるんだよ! 好きな相手にはもっと優しく可愛がるようにするだろう、常識的に考えて!」
「……そう、だよな」
「……なんだよ、セフィル。僕の事をじっと見て」
そんな僕に、セフィルは嘆息して、
「餅、今回がどれほど危険な状態か分っているのか?」
「う、いや、それは……」
「そもそも、異世界人を本当の意味で殺す方法は精神を殺すしかないんだぞ?」
「うん、さっきの人に聞いた」
「……」
「……」
「……どうしてそれで言う事聞いていたんだ! すぐに逃げてくればいいだろう!」
「え? いや、『なので、そういったことは一切しませんのでちょっと手を貸していただけないでしょうか。私にとっては切実な問題なのです!』て、言われて……」
「……餅は何処までお人よしなんだ。攫うような奴を信頼してどうするんだ」
「えっと、奥さん? の事を惚気られて、それなら良いかなって思ったんだけれど、でも踏むって聞いて気持ち悪いから嫌だって逃げようとしたんだけれど、泣いて縋られちゃって……」
「餅……」
はあと溜息をつく。そしてセフィルは続いて、
「……異世界人は、魔力補給にもってこいなんだ」
「あ、うん。前に聞いたね」
「だから透、お前の体を欲しがる奴は幾らでもいる。特に交わった方が魔力を得るには手っ取り早いし」
「こわっ!」
「だーかーらー。あれだけ説明しただろ! ……やっぱり餅は、一度痛い思いをしないと分らないかもしれないな。……いいだろう、俺が透の相手をしてやろう」
「待て、何をする気だ!」
「透の"初めて"を頂こうとしているだけだ!」
「や、やめろ変態! 生々しいわ!」
「往生際が悪いぞ! 餅! 大人しく犯られろ!」
そう僕はセフィルに言われて、セフィルに両手で肩をベッドに押しつけられる。そんな犯されそうになった僕は、ぎゃああああと色気のない悲鳴を上げようとした。と、セフィルが深々と嘆息して、
「俺は、心配したんだぞ、透」
「ごめん……でも心配してくれえ嬉しい」
僕がそう答えると、セフィルは再び小さくため息をついて、頬笑み、
「もう俺を心配させるな。そして俺の傍にいろ」
「……うん」
セフィルの好意が嬉しくて僕は頷く。
無意識のうちにこの時すでに僕はセフィルに恋をしていたのかもしれない。
けれどまだ口に出せるくらいに強い思いでは無くて。
そんなぎこちない思いを抱えていた二人に、夕方ある訪問者が訪れたのだった。