ちょっとだけ旅をしてみる
部屋を開けて入ってきたのは、セフィルと同じ金髪の一人の男だった。
顔つきが似ているが、年齢はセフィルよりも少し上で、華がある男性だった。
けれどそれを見た瞬間、僕はささっとセフィルの後ろに隠れた。
「? おい、どうしたんだ、餅」
「こっ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
理由は分らないのだが、現れた彼が僕には怖くてたまらない。
近寄ってはいけない、そんなとてもとても恐ろしい人物に見える。
それにセフィルが小さく薬と笑って安心させるように僕の頭を撫ぜる。
そうされると何処か怖さが安らぐ気がする。
と、目の前の背フィルに似た彼も僕に興味を持ったようで、
「……珍しいね。僕の事が怖いのかい?」
「……アレの範囲を狭めてくれないか? 兄さん」
兄さんとセフィルが呼ぶので、僕がセフィルの肩から覗く。
確かにセフィルに似ていると思ったが、どうやら兄弟であったらしい。
そんなセフィルの兄は、まず僕、次にセフィルを見て、
「良いよ。でも、ふーん、なるほどね」
「……餅、この人が俺の兄で勇者の、ウェザーだ」
「よろしく、餅君」
セフィルが僕の事を餅と表現し、餅という名前になってしまっては堪らないので、僕は訂正しておく。
「……透です」
「透君? へえ、良い名前だね」
「……ありがとうございます」
「それよりも兄さん、フェロモンを撒き散らすのは止めて下さい!」
そうセフィルが言うと、わかったよとにこやかにウェザー答えて、それと同時に僕はウェザーから怖い気配がなくなったのを感じた。
何故だろうと僕が首をかしげていると、セフィルが何ともいえない表情をして、僕に紹介する。
「……兄さんは千人切りの勇者、と言われているんだ。正確には目指している、だが」
勇者というとゲームのような魔物とか悪い奴を倒すような、善人みたいな人物のはず。
だがすでにある種の諦めを覚えたように、僕は少し悲しくなりながら、
「……意味は?」
「兄さんは最高で自分の半径十メートルあたりの人間を、『抱いて!』状態に出来るフェロモンを出す」
まただ、と僕は切なくなる。
また変な設定がでて来たよ……まともな人間は居ないのだろうか。
そう思いつつ、頭が痛くなった僕は、
「……そんな人物が勇者で良いの?」
「そういう状態になれば、特に戦わずに相手を無力化できるだろう? その力も含めて、勇者に抜擢されたんだ。でも、それが餅には効かないんだな……やっぱりお前は餅だ」
「……セフィル、お前は僕の事を何だと思っているんだ」
「ちびの子供で餅」
「イケメンだからって、全てが許されると思うなよ!」
仕返しに頬を引っ張ってやろうとする僕だけれどその手は全て交わされてセフィルに掴まれてしまう。
適当にあしらわれて、僕はセフィルに遊ばれている状態だ。
だが、そんな僕達二人を見てウェザーは笑い出した。
「ははは、仲が良いな。それに、僕のそれに反応しないなんて二人目だよ。まあ、彼も異世界人だったが」
「あの、その人は……」
きっとその異世界人の彼とは仲良くなれる、という思いと心細さから目を輝かせる透だが、ウェザーはにこやかに笑いながら一言。
「魔王だ」
「ソウデスカ」
「本当に君に似て可愛い人だった。遊びたくなるような、ね」
その言葉に何か含みがあり、それも含めてこいつとは関わらない方がいいなと僕は直感した。
と、ウェザーが一本の剣を取り出した。
「そういえば、あの強力な剣をセフィルに返すよ」
「……ありがとう、兄さん」
「それと他の仲間、ユーリとシルスは?」
「多分もうすぐ戻ってくるかと。そうしたら、こいつを異界通信交変換社に連れて行って、話を聞かないと……」
そう話しながらセフィルは僕を見て、
「ユーリは、天才魔法使いリースを狙っていて邪魔をしていた金髪の魔法使いで、シルスは恋人が魔族になったからお仕置きしてやると仲間になった青い髪の治癒系の魔法使いだ」
僕は色々と言いたい衝動に駆られたが、あまりにも多すぎて考えるのをやめたのだった。
セフィルに案内されてやってきた異界通信交変換社は、宿に近い小さなお店だった。
だが、現れた店員を見て、僕は瞬時に雄叫びを上げながらとび蹴りをした。
「どうもー、異界通信交変換社でーす」
「しっねぇぇぇぇぇぇ」
「バリヤー!」
見えない壁に阻まれて、僕は額をぶつけた。
その痛みに耐えつつ、僕は目の前のバリヤー、と叫んだ山田祐樹を睨み付ける。
「よくもこんな場所に放り込んでくれたな!」
しかし、そんな祐樹はバリヤーという見えない壁を展開しながら、
「仕事だから仕方が無いんだ。分ってくれ……」
「いきなり待ち伏せして罠を張りやがった奴が何を言っていやがる!」
「送り込むとき説明しただろ?」
「リア充め……どうせ男だらけなら、女の子を放り込めばいいだろ!」
一見真っ当な事を言う僕に、祐樹は、うわっ、酷いやつだなという顔をして、
「お前……男だらけの所に女の子を放り込むなんて、そんな可哀想な事をするのか?」
「! で、でも僕じゃなくても……」
「この世界の適正があったから仕方が無いだろう!」
「死んだらどうするんだ!」
「大丈夫、代わりは幾らでもあるから。ほら!」
そう祐樹が指差す。
そこには白く大きい餅のような物が重力にしたがって伸びながら縄でしばられて吊るされていた。
「……餅?」
「……これがお前とか俺」
「は?」
「初めに見た色んな色の空間があっただろう? そこは世界の外側なんだけれども、そこに肉体を固定して、意識をこの白い物体に……」
「ま、待て。僕は餅なのか? だからあいつに餅って言われたのか?」
そう指差す先には、セフィル達が、ソファーでくつろいでいる。
それを一瞥してから祐樹が、
「いや、この世界に餅は無いからなー。多分、"もうちぃ"という別物だろうな」
「"もうちぃ"?」
「スーパーサンダートップという山に生えている花の蜜を、この地方特産の"てひてひ"に混ぜた後、三日三晩キャンプファイヤーしながら、そのすぐ傍で、水の中に入れると出来る白い餅のような何かだ」
良く分らない食べ物? だが、僕は異世界の事情だと放っておいて、
「……でも餅って聞こえた」
「それは言語が違うから、同じようなイメージのものを、そう聞こえるようにしてあるからだ」
「……でも、僕は餅……」
「そうだ。これを世界の外までぶん投げて、元の肉体にべちっと張り付くと異世界人の出来上がりなんだ。体は頑丈に作ってあるから何の問題も無い」
だから異世界人は空から落ちて来るんだと笑う祐樹。
想像を超えた何かに、僕は判断を止めてとりあえず聞く事を優先する。そもそも、
「異界通信交変換社って何なんだ」
「異世界で貿易のようなものをする会社で、時々こういう異世界人を送り込むことはその世界へのサービス?かな。普段は、異世界のものの物々交換がメインなんだよ」
「……はた迷惑な。というかこれって、僕達の意志は?」
「大丈夫、元の世界に戻るのは、あちらの世界で一瞬だから問題ないという事になっている。都合が悪ければ記憶を消せばいいってマニュアルにもあるし」
アルバイトに必須ともいうべき、マニュアルまであるらしい。
僕はそうですかと思いながら、聞きたい事を聞いていく。
「……異世界人は魔力が桁違いに強いんだって?」
「うん。俺達の世界の方が遥かに上位世界だからな。正確には、10の1600乗番目位かな」
「……副作用は?」
「もともと誰でも魔力って物は多かれ少なかれ持っているものなんだ。でも、俺達の世界では、何かを引き起こすための魔力量が多すぎて、誰も使えないだけなんだ」
「……というか、何で普通に店とか開いているんだよ!」
こういう怪しげな組織は、もっと山奥とか古い遺跡とかこう……訳ありげな場所で活動すべきだろう。けれど、祐樹は仕方が無いなといったように溜息をついて、
「いや、町や都市とか、そういった場所でないと人がいないじゃないか。一応ここ、異世界のものを仕入れて販売もしているし」
「……異世界のものが持ってこれるのか?」
「ああ。欲しければ元の世界の物だって簡単に手に入る。梅干は去年から俺が漬けたのがあるし……。食べるか?」
「……いらない」
「残念だ。それで輸送コストもかかるし、それを考えた結果、家賃と人件費その他諸々を考えて、立地条件はそうなるんだ」
夢も希望も何も無い。情緒すらない。
はあと僕は溜息をついてから、
「それで、僕は何をする必要があって、あと、どんな能力があるんだ?」
「ええっと、確か透の資料は……ああ、ここだ。能力は『時間操作と強化の魔法』で、帰還条件は魔王を倒す事とほにゃららだ」
「……ほにゃららって、何だ?」
「魔王を倒してからだなー。うん。所でさっき一緒に来た、ウェザー……じゃ無くて、セフィル……うんうん、どうだ?」
「どうだって……綺麗だし、意地悪だけれど良い奴だなって」
「ああ、うん。掴みは良好か……」
「何でそれを聞くんだ?」
「ん? ……いや、魔王にたどり着くまであいつらと居るんだろうから。一応透は顔み知りなので心配をしただけだ」
そうにっこり笑う祐樹。
何か隠しているなという気がするものの、かといって聞き出すのは難しいかな、気を付けておこうと僕は思う……だけで済ますわけは無かったのだが、あと聞く事がこの祐樹にはもう少しある。
「その魔法の使い方は?」
「使いたいと思えば使える」
「本当かな……」
と言いつつ、僕は念じてみると回りの喧騒が聞こえなくなって祐樹も微動だにしなくなる。
そしてそれはチャンスだった。
そっと忍び寄り、祐樹の持っている資料を覗き込む。
だが、そこには僕の顔写真と見た事の無い文字が書かれているのみだった。
この世界の言語だろうか?。それならば、セフィル達に読んでもらえば良い。
そう思って僕は祐樹の手から紙を引ったくり、セフィルの傍に来て、解けろ、と頭の中で思う。
突然現れた僕に、セフィルは驚いたようだった。
「……いつからそこにいたんだ? 餅」
「えっと、帰る条件……読める?」
「あああ、それは部外者に見せてはいけない書類……」
そう祐樹が叫ぶのが聞こえたが、僕は無視した。
一方セフィルもその条件を読んで、ちらりと僕の方を見てから、
「……クテホウモの湖に行けばいいらしい。旅の方角と反対方向だが、それだけだ」
「何だそんな事か。何もったいぶっているんだろうな、祐樹は」
じろっと僕は祐樹を睨むも、祐樹の方はそうだったっけというかのように首をかしげている。
そこで僕はにたぁ、と悪い笑みを浮かべた。
「くくく、これで貴様は用済みだ。……いきなりこんな世界に連れてきやがって……」
ごきっと指を鳴らす僕に、祐樹は顔を青くして、
「い、良いじゃん。透は彼女が居ないし、可愛いからもてると思うぞ?」
「リア充が何を言っていやがる! それに僕は女の子にもてたい!」
「ちなみにどんな?」
「金髪で綺麗で、緑色の瞳の人かな……」
対い二次元キャラ基準で言ってしまう僕。
そんな僕を祐樹は見てから、ちらりとセフィルを見る。
金髪で綺麗で、緑色の瞳だったが、その時僕は気づかなかった。
そしてそんな僕に祐樹が、
「……そうかそうか。まあせいぜい頑張れよ」
「……僕が男に襲われたらお前を襲う。覚えておけよ」
「透の方こそ、男に絆されるなよー」
「そんな事あってたまるか!」
「どうかなー。ま、大きな町では大抵、異界通信交変換社があるから寂しくなったら来いよ」
ここに連れてきた張本人が何言ってやがる、と思いはしたものの。
とりあえず、どうすればいいのか分ったからいいかと思う。
そこでセフィルが近づいてきて、
「終わったか? 餅」
「……僕の正体が、アレだから餅ってセフィルは呼ぶのか?」
「そうだが。なんだ、それも知らないのか?」
それすらも一般的な知識らしいと僕は嘆いていると、そこで僕に再びセフィルにキスをされた。
「んんっ……」
まるで、祐樹に見せ付けるかのようにするセフィル。
また魔力補給かと僕が思っているとすぐに放され、すぐ傍に居る祐樹の顔が笑っているものの、血の気が引いている。
「あ……え?」
「魔力補給ってこうやってやるって、僕は聞いたからしているだけだからな?」
そういう趣味は無いぞと僕は祐樹に暗に言う。と、
「あ、俺用事を思い出したんで、失礼します」
逃げ出したと気づいた僕が追いかけようとすると、セフィルに襟首をつかまれた。
「さて、宿に戻るぞ、餅」
「……せめて透って呼んでください」
「名前を呼ぶのはベットの中と相場が決まっているが、どうする?」
「……餅で良いです」
あっさりと餅でいいと僕が答えると、セフィルが面白そうに笑ったのだった。
別の町に行く道中にて。舗装されていない土の道を歩いていく僕達だったが、
「ああん、抱いてー」
「僕も僕も……」
「いいよ、二人とも可愛がってあげよう……」
そう、勇者ウェザーが抱きついてくる魔族の少年……結構美形……を抱きかかえてキスをしたりしていた。
その様子を見た僕は、無言でそれを指差しながらセフィルに振り返った。
「……良いんですか、あれ」
「本人が良いといっているから問題ないだろう。兄さん、一応この餅はそういうことに耐性がないので見えない場所でお願いします」
「そうなのかい? ……へえ」
興味深そうに、ウェザーが僕の上から下までを嘗め回すように見る。
視線で犯されているような恐怖を感じるも、さっと僕の前にセフィルが現れてその視線を感じなくなる。
ほっとしたのと、セフィルの背が酷く安心させられて、僕は無意識の内に縋るようにくっ付いていた。
そこでセフィルが、
「兄さん……」
「わかったわかった。可愛い弟のためだから仕方がないね……君達、行くよ」
「「はいぃぃっ!」」
そう茂みの中に入っていく勇者ウェザー。
その様子だけで何となくこの後どうなるのかがイメージされて、僕は顔が赤くなってしまう。
と、そこでセフィルに振り向かされた僕は、
「んんっ……んんっ……むぅ」
キスされるも、すぐに唇が離れる。
僕の潤んだ視界の先ではセフィルがどんな顔をしているのか分からない。
そこで、セフィルの背が叩かれた。
診るとすぐ傍で金髪の髪の魔法使いユーリが、なにやらニヤニヤと笑いながら首を横に振っている。
いらっとする仕草で、実際セフィルも少し苛立ったようだが、それ以上特に何も言わなかった。
と、その魔法使いユーリが透を見て、
「異世界人、か。せっかくですから私も味見をしてもよろしいですか? セフィル様」
「……透は嫌だろうから、止めたほうがいい。それに、透の力はさっき見ただろう?」
「そうですね、残念です。こんなに美味しそうなのに」
ぺろりと舌なめずりをする魔法使いユーリに、僕はひいっと悲鳴を上げてセフィルの後ろに隠れた。
何故かセフィルがちょっと他で嬉しそうなのが気にかかったが、それよりも僕は思う所が合って、
「もっとこう、さっきの魔物みたいな戦闘はないのかな……しかもセフィルは僕に戦わせてくれないし」
「素人が下手に手を出すと双方にとって危ないんだ。それも分らないのか、餅」
「大丈夫だよ! それに補助、ちゃんと出来ていただろう!」
「……"時間操作"か。確かに敵の動きは止まったが、まだそれがどの程度持続するか、そして動きが止まる事で、こちらからも剣を刺すといった時間まで止められるから攻撃できなくなる。だからその魔法を解くがその時に攻撃されたらどうする?」
「う……強化魔法で反撃する」
「すぐに反応できるのか? 素人だと相手の動きにそんなに簡単に対応できないだろう? むしろ立ったまま固まっていたじゃないか」
「う、それは……たまたまで……」
「それも含めて、危ないからでるな。俺の後ろにいろ、守ってやるから」
セフィルがそう説得するように言う。
そしてそれは、セフィルに守られなければいけないような状況になり、けれども僕はそんな状況は嫌だった。
「僕はお姫様じゃない。何で守られないといけないんだ」
その言葉に、青い髪の治癒系の魔法使いシルスが、ぶっと噴出した。
それをセフィルは不機嫌そうににらみつつ僕に対して、
「……餅のくせにお姫様になれると思っているのか?」
「大体この体だって、あの餅みたいな何かで代わりは幾らでもあるから、怪我しようが何しようが問題は……セフィル?」
「……別に」
怪我しようが関係ないといった僕にセフィルは一瞬とても怒ったような顔をするも、すぐにそっぽを向いてしまった。
セフィルも異世界人の事情は知っているし代わりはあるらしい事も知っているはず。
そんなセフィルの様子を見て、僕は嬉しくなってしまう。
セフィルに心配されるのが僕にはとても嬉しくて、けれど僕はその意味にまだ気づいていなかった。と、
「何を笑っているんだ、餅」
「……別に」
けれどそんな笑う僕が気に入らなかったらしくセフィルは、後ろで笑う僕をセフィルの前に引きずり出して後ろから抱きしめてから、
「餅のくせに生意気だな。……そういえばあの白い物体のさわり心地ってどうなのかなー」
「ま、服に手を入れるなって。くすぐったい!」
「へー、案外なめらかで柔らかくて、本物の肌みたいだな」
「や、やめろ……あん!」
僕が変な声を出した。
その変な声が何となく先ほどから聞こえてくる声に似ていて、僕は冷や汗が出る。
だが、そこでセフィルが嘆息して、僕から手を引いて、そのまま無言で茂みの中に入っていってしまう。
「セ、セフィル?」
何か気分を害する事をしたのだろうかと僕が顔を蒼くしていると、そんな僕の肩を青い髪の治癒系の魔法使いシルスが叩いて、首を左右に振る。
「……一応セフィルもお年頃なんだ。さっきから……ほら、お兄さんが色々やっているだろう? それでこう、ね」
「そうなんだ。……良かった、嫌われたかと思った。だってあんな声を出したら気持ち悪いものな」
「……そういえば、透のいる世界の話を聞かせてもらえませんかね。まだあっちも時間がかかりそうですし」
その指差す茂みからは嬌声が聞こえる。
僕は何も聞こえないんだと念じながら、青い髪の治癒系の魔法使いシルスのその提案に、僕は頷いたのだった。
「……それくらいの板に何百冊、それ以上の本がはいるのですか?」
「う、うん。あとは携帯……遠くの人と話したり出来る装置……これくらいの奴。それでその人が何処にいるかわかるんだ」
「凄いですね」
「あとは、こう、インターネットというこう……仮想空間……異世界みたいな物を作り出して、そこで好きな職業や人生を送ったり出来る……」
「凄いですね、"科学"という魔法は……」
「魔法じゃないですよ。それに、大抵の場合、誰にも簡単に扱えるものです」
「素晴らしい! それこそ魔法の究極系」
「そんな大げさな……」
そんな僕に、シルスはとんでもないと首を振って少し考えてから、
「いえ、そうですね……ではこんな例え話ではどうでしょう。この世界では文字すらも、随分前ですが魔法の一部に数えられていました。なぜかというと、それを使う事によって遠くの人に話や色々な事を伝え、時に手を貸してもらうこともできるからです。加えて、自分の知識や経験の蓄積を本という形にして長い時間保存できるますからね」
「う、そう言われると確かに……でもこう火とか出す魔法、あれは?」
「魔法は手順や装置、知識を使わないと使えませんから。そちらもその、『けいたいでんわ』を使わないと遠くの人と瞬時に話したり、『メール』を使わないと、遠くの人に瞬時に文章を送れないのでしょう? それはもう、魔法といって良いでしょう」
「……そういえば、高度な科学は魔法と区別が付かないとかなんとか……。まさか……そういう時代に突入していたのか?」
「凄いですね。異世界の知識や発想は。おや、セフィルが戻ってきましたね」
やってきたセフィルは何処か不機嫌なようだった。
「……随分楽しそうだな、餅」
「色々と考えが違って面白いんだもん」
「……シルス、ちょっといいか」
暗い表情でセフィルに言われて、シルスは頷いて僕から離れる。
「……どんな事を話していたんだ? あいつ、透があんなに楽しそうにして……まさか狙っているんじゃないだろうな」
「まさか。俺があいつ一筋だって、セフィルも知っているでしょう。……そんなに気になるなら押し倒して、俺のものになってくれって言えばいいじゃないですか」
「……俺から告白するのが嫌だ」
「……なんでですか」
「……断られたら立ち直れない」
シルスは、あの兄にしては良い子に育っているなと思いながら、ついでに透が本気で抵抗したらセフィルでは太刀打ちできないのでもう少し心をつかむ方がいいかと考えた。
ただ、シルスは透はすでにセフィルにかなりの好感を持っていると気づいていたが。
「いやまあ、そうですね。ですが襲うときはきちんと襲わないと駄目ですよ? 俺みたいに、見逃したらそのまま魔族になりやがりますからね」
「……そうだな」
「そうです。好きだから怖がっているからと見逃したら、そのまま僕には無理ですって書置き残された俺の気持ちが分りますか! ようやく抱けると思ったのに……ちくしょう」
「……他の恋人を作るとか?」
「……セフィルは、透以外に恋人にしたいと思いますか?」
「……悪い事を言った。謝る」
「いえ、分っていただければそれで。ですが、もう少しこう意地悪しない方が、良いのでは?」
「……つつくと可愛い反応をするから、透の色んな顔を見たくて、というか怒った顔も可愛いんだ。俺、そういう趣味なかったはずなのに」
そう悩むように言うセフィルに、シルスはこれは重症だなと思いつつ、
「……様子を見て優しくしてあげれば……例えば頭を撫ぜてあげてみては?」
「なるほど、やってみる」
そう聞くないなや、セフィルは駆け出す。
やってきたセフィルに僕は首をかしげていると、僕の頭をセフィルが撫でる。
「わ、何するんだ!」
心地が良くて僕が思わず笑顔になると……セフィルは僕の頬を引っ張った。
「にゃにする!」
「もーち。お前は本当に餅だな」
「ふぎゃー、どうしてこうお前はいつもいつも……」
怒ってセフィルを攻撃する僕。
それをセフィルは笑いながら避ける。
そんな二人は、誰から見ても恋人同士のじゃれあいにしか見えなかったのだった。
暗く古びた城跡にて。
「魔王様、勇者共にも異世界人が加わったようです」
「異世界人が?」
「はい。また、魔族が二人脱落しました」
「理由は……愚問ですね。あの野郎……そちらの趣味に目覚めさせやがって」
「……はい」
「それでその異世界人……ですか、こちらに引き込めないか、そう思うでしょう? リース」
そう魔王が笑うと、リースは頷く。
それを確認してから魔王が、
「では、今度の買出しの日に接触を試みましょうか。……今度はたぬきうどんが食べたいですね。あったかいやつ」
「魔王様はお好きなんですね、その"たぬきうどん"というものが」
「ええ。コロッケも好きですけれど、今はあれが食べたいな」
ふふっと笑うその人、異世界人の魔王。
リースはふと自分がそちらの趣味に目覚めそうになって慌てて首を振った。
それを魔王が怪訝そうに見るも、特に何も言わずに話は終わったのだった。
スコティッシュの町に着いた。そこでセフィルの兄、勇者ウェザーが寄る所があるから先に宿へ行っていてくれということになり、僕達は分かれたのだが、
「ものすごく時間がかかった気がする」
僕は疲れたように呟いた。
歩くたびに現れる、魔物に魔族。
そして魔族の中には、好きだから、気に入ったから倒して自分のものにしようとするという通称“襲い受”なるものがいるらしい。
なんでも性格や行動によって男性がこのように区別されており、その傾向が本にされて出版までされているとのことだった。
そしてそれを元にした相性やら何やらの恋愛指南本がバカ売れして、今年の売上げナンバーワンになったらしい。
どうでも良い話だと思いながら、僕はげそっとする。
「……あんなにやりまくってなんでセフィルのお兄さんはあんなに元気なんだ」
「餅と体力が違うからだろう」
「……でも良かった。一応あのお兄さん、戦って魔力消耗しても僕とキスしようとしてこないし」
それを聞いた青髪の魔法使いシルスが、ぶっと吹き出して、それをセフィルがじろりと睨みつけていたが僕はそれに気付いておらず、
「なんで倒した魔族を全員襲っていくんだろう、あのお兄さん。節操がなさ過ぎないか」
「兄さんは博愛主義者で、争いを好まないんだ」
聞こえの良い言葉をセフィルが発したので、そんなに良い物だったかなと僕は首をかしげる。と、
「これだから餅は……例えば誰かの魔族だけ愛でるとそいつ以外が仲間はずれにされて、なんで僕を抱いてくれないのってなるだろう?」
「……ちょっとセフィルのお兄さんに同情した」
あのセフィルのお兄さんも大変らしい。
だが僕としては、一人だけでのいいから心が通うような大切な人がいれば良いと思う。
それとも恋人とかそういったものは、この世界では体だけの関係なのだろうか?。
「セフィル、この世界の恋人って体だけの関係が多いの?」
「……餅、常識がなさ過ぎるぞ」
セフィルに酷い事いっているなという顔をされて僕は慌てて言い訳する。
「だ、だってセフィルのお兄さん、あれだけ……」
「……兄さんの場合、フェロモンに惑わされてこの世界の人間は、俺や家族以外、みんな『抱いて』状態になるから、心を通わせる事ができないんだ」
「それは……」
「だから、兄さん、勇者ウェザーは異世界人の魔王がお気に入りなんだよな。餅みたいにフェロモンが効かないから。見た目も好みだったようだし」
セフィルは付け加える。
そこで、轟音がして近くで火柱が上がっているのが見えたのだった。