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男だらけの異世界に放り込まれた件

本作品はボーイズラブです。ボーイズラブが分からない方は、読まない事をお勧めします

冬休み。

僕、鈴木原透はに買い物に行った帰り道、コロッケを買い食いしながら歩いていた。


「揚げたてコロッケは最高だ……ジャガイモがホクホク……」


 さくさくの衣で熱々のコロッケ。カロリーという言葉が頭をよぎるが、さくっとした衣に、ジャガイモの甘みとひき肉のうまみが口の中で溶ける。

 冬にあったかい物は最高だと僕は思いながら、もぐもぐしつつ家へと足を急がせる。

 お行儀が悪いのだが、コンビニでちょうど揚げたてを保温庫に入れているのを見て、つい二つ買ってしまったのだ。


 残りの一つは兄へのお土産である。

 ささやかな幸せに浸る僕。

 けれどそんな僕の幸せが一瞬にしてぶち壊される事になろうとは、この時、微塵も予想できなかった。


 きっと代わり映えのしない毎日がこのまま続いていくのだろうと、根拠の無い確信があったのだ。

 それが現れたのは、家にほど近い路地を曲がったその時だった。


「はっはっはー、愚民よ! 私はお前達迷える子羊に、地獄への片道切符を押し付ける仕事だぁぁ……えっと、透?」


 唐突に現れた人影に、僕は、ぽろっとあと少し残っていたコロッケを包み紙ごと地面に落とした。

 目の前に居る人物は一昔前の、悪役っぽい服装のコスプレに、目にはサングラスをかけている。

 そしてすぐ傍には、なにやら部屋のドア位の大きさの赤い鉄パイプに縁取られた鏡が置かれている。


 人通りが少ないとはいえ、服装も含めてご近所の迷惑になるな~と僕はぼんやり思った。

 というか普通の神経なら、こんな生物に関わりたくないだろうけれど……残念なことに僕は、この人物に見覚えがあった。 


「山田祐樹だったよな? 同じクラスだった」

「……ごめん、ちょっと確認取るわ」


 そう、山田祐樹は折り曲げ式の携帯を取り出して誰かと連絡を取り始めた。

 そんな山田祐樹を透は見て、別人なのだろうかと思う。

 少なくとも通るが知っている祐樹は、真面目で目立たなくて大人しい、ごく普通の人物だった。


 間違ってもこんな変態っぽい格好をしている存在ではなかった気がする。

 そこで祐樹は、電話をし終えて携帯をしまいながら溜息をついた。


「たく、どうするんだよ……はあ。ああ、それで透」

「な、何かな」

「実は彼女へのクリスマスプレゼントで、アルバイトをする羽目になってさ」

「……リア充め」

「本当にごめん。やっぱりお前が一番適正なんだそうだ」

「は?」


 意味が分らない事を言われて、聞き返す僕だが、何故か祐樹が背後に回ってそして、トンと透の背を押した。


「ま、なにして……」


 僕は鏡にぶつかりそうになったので、慌てて手を前に突き出す。

 だが、その手は鏡に触れる事無くずるりと鏡の中へと沈み込む。

 しかもそれどころか、そのまま腕が中に引っ張られてしまう。


「ごめん、でも命に関わらないし、こちらの時間では一瞬だからさ。よろしくー」


 そう朗らかな祐樹の声が、僕の後ろからする。

 待てよ、何だよ、何なんだよ!。

 わけも分らないまま、僕は目の前がちらちらと赤や黄色や青色に輝くのを認識して……そのまま意識を失ったのだった。







「面倒な……」


 そう忌々しそうに……、セフィルは呟いた。

 彼の目の前には、肉の塊のような、彼の数倍も背丈のある人型の怪物が赤い目を輝かせている。

 その怪物の攻撃を、セフィルも含めた仲間二人と共に戦っていた。

 事の起こりは、ちょっとした力試しもかねて魔物達を倒そうと山に入った事が原因だった。


 たいした魔物は居ないだろうと、兄に強力な剣を預けたまま出てきたのはセフィルのミスだった。

 これがもしもあのドラゴンであったなら、もう少しは警戒しただろう……とはいうものの、そういったものが現れそうだといった話はもうお伽話で聞く程度なので、平和ボケをしているとしか言えないだろうが。

 既に一緒にいた魔族は気絶させているのでいいのだが、その魔族が連れてきた魔物が厄介だった。


 いつも以上に戦闘能力の強い魔物。

 それに敗れてしまった場合、基本的に負けた者は捕らえられ魔族にされてしまうのだ。

 彼らは仲間が欲しいらしく、こういう魔物という強硬手段を特に最近はとるようになった。


 おそらくは、彼らの仰ぐ魔王がそれだけの強い力を持つ……それこそ異世界の人間かもしれない……存在の影響もあるのだろう。

 そう思いながら、セフィルは魔物攻撃をよけながら呟く。


「……恋人や、好きな相手が居るわけではないから……俺は良いんだけれどな」


 そう呟きながら、セフィルは今まで自分が恋をした事が無いのだと気づく。

 千人切りと呼ばれ、遊び半分、能力の発散も含めているのが半分……それ目指す兄とは違い、セフィルはそういった事には淡白で誰に対してもそういう感情を持てなかった。

 運命の恋人が居るんだよ、と、兄は良く笑うが……本当にそんな相手が自分に居るのだろうかと思う。


 だから、恋人がいないこともあり、もしもの時は自分が囮となり仲間を逃がそうとセフィルは思っていた。

 そこで、上空から風を切る音がした。


「うわあああああああああ」


 何だと思ってセフィルが見上げると、一人の可愛らしい見た事の無い服を着た少年が空から落ちてきた。

 黒い髪に黒目、可愛いといった印象の少年は、驚愕の表情を浮かべており、そして……。


どぉおおおん


 轟音を響かせながら、その少年は魔物の頭上へと落ちて、めり込んだのだった。







 ひゅうるる、という風を切る音がして、僕は唐突に覚醒した。

 先ほど変な空間に放り込まれた後の記憶は無く、周りを見渡せば蒼い空と人が住む都会のような場所と森や山やら湖やらが眼下に広がっている。

 時折白い雲にぶつかって水の冷たさを感じはしたが、それほど寒さを感じなかった。


「というか、何を冷静に考えているんだ僕は!」


 そう一人叫ぶ間も高度が下がって、やがて森の木々が色ではなく形として僕の目に映る。

 つまりそれほど自分は落ちているわけで。


「し、死ぬ……いやぁだぁああああ」


 僕は絶叫したが、それで落ちる速度が緩まるわけではない。

 しかも頭が下を向いているので、否が応でもその風景が目に映る。

 僕が一体何をしたとか、そんな不条理に激情が僕の中を駆け巡る。

 そして地面にぶつかると思われる最後の瞬間、奇妙な化け物とそして、それと対峙する綺麗な男に一瞬だけ目を奪われた。

 だが次の瞬間、べちゃっとその怪物に透はめり込んで……落下する感覚が止まった。


「あ……ああ……」


 けれど先ほどの恐怖が抜けきれず、僕はすぐに動く事が出来ずに小さく呻く。

 僕の周りは暗くて、落ちてきた頭上から太陽の光が零れ落ちている。

 僕の額には冷たい地面のような感触があり、足が少し宙を浮いているようで外の風を感じる。

 そこで、ぱちんと大きな音がして、暗闇の空間が明るい世界となる。


「痛いっ……うぐっ」


 頭から突っ込んだためか、その包んでいた周りの物が唐突に消えたために僕は地面に顔をぶつけてしまう。

 地面に落とされたので、体全体に鈍い痛みを感じる。

 けれど痛みを感じるという事は生きているという証拠だ。



 しかし先ほどのショックで、僕は体を起こす事ができない。

 そこで僕の顔の前に靴が見えた。

 力を振り絞って見上げると、先ほど地面に衝突するときに見た綺麗な男だ。


 光の中で零れ落ちる金髪に、緑色の瞳。

 イケメンという僕にとって天敵のような存在ではあるのだが……僕はしばし見とれてしまう。

 しかしそんな彼は怪訝そうに僕を見て、跪いて顔を近づけて来る。

 何か言わないと、と僕は思って、


「は、はろー……まいねいむいずとおる……」

「はろー? それがお前の名前か?」

「日本語しゃべった!?」


 驚く僕をその男はじっと見つめてそして……にやっと意地悪そうに笑った。

 それに僕は危機感を感じたのだが、そこでその男が僕の頬をぶにーと引っ張った。


「よくのびるなー。よし、これからお前の事は、餅って呼んでやるよ」

「は?」

「まあいいさ、餅。行くぞ、立て」


 何故か餅にされてしまった僕だが、そんな事を言われても動く事すら辛いのに立てるはずが無い。

 けれどいつまでもこうしているわけにもいかないので、僕は必死に立とうとする。

 しかし体がぶるぶると震えるだけで、一向に立てない。


「もしかして、餅は立てないのか?」

「た、立てるもん。立て……あ」


 そこで、仕方がないなといったように、その男が僕の手首を掴んで引っ張り、そのまま肩に担ぎ上げた。

 何だが荷物のように扱われている気がして、


「お、下ろせ! お前……」

「なんだ? お姫様抱っこの方が良かったのか? そっちが良いならそうするが? それと俺の名前はセフィルだ」

「セフィル?」

「そうだ。それで、お姫様抱っこの方が良かったのか?」 

「……このままでヨロシクオネガイシマス」


 この格好は嫌だけれど仕方がないと僕は妥協する。

 とてもではないがお姫様抱っこなんて、男としてのプライドが許さない。屈辱的過ぎる。

 そんな黙ってしまう僕を、その男は面白そうに笑ったのだった。






 その透と名乗る少年を担ぎながらセフィルは先程の事を反芻する。

 絶体絶命だなとセフィルが思った時、何かが空から落ちてきた。

 それは黒髪黒目の少年で、可愛い、お持ち帰りだ、と見た瞬間にセフィルは思った。


 その少年は、そのまま目の前の魔物に落ちて、結果的に魔物を倒した。

 恩人と思われる彼なのだが、ありがとう、という前にセフィルは唇を奪ってしまいたい衝動に駆られる。

 今までそういった事に淡白というよりも、興味が無かった分、この衝動は自分でも信じられなかった。


 けれど、さすがに初対面でいきなりそういう事をするのは駄目だろうと思って、けれど彼から目を離す事が出来ずにいると、その少年はセフィルを見上げて少し頬を赤くした。

 可愛い、もっと近くで見顔を見たい、そういう衝動に突き動かされて、セフィルは跪いて顔を近づける。 すると彼は、


「は、はろー……まいねいむいずとおる……」

「はろー? それがお前の名前か?」

「日本語しゃべった!?」


 驚いた顔も可愛いのだが、セフィルの中でむくむくと悪戯してやりたい感情が湧き上がる。

 なので頬に触れて、本当の所そのままキスをしてしまおうかと思ったのだが、その衝動をごまかすように笑って、頬を引っ張りながら、


「よくのびるなー。よし、これからお前の事は、餅って呼んでやるよ」


 と言ってやった。

 そして、おそらくこの少年は異世界人だとセフィルは気づいた。

 空から降ってきたというのもあるが、服装も見たことが無いし、ニホンゴというよく分らない言語を話すらしい。

 

 その辺りからも、そう推測が出来る。

 しかし彼も運がいい。それともそう仕組まれたのかどうかは分らないが、悪い者に捕まると色々と可哀想な事になるので、セフィル達の前に現れたのは良かったといえるだろう。

 それに、異世界人は色々役に立つ。


 特に現在のセフィル達の立場では、都合がいい。

 そんな理性的な理由を並べ立てながら、セフィルはどうやってこの少年を自分のものにするかの算段を立て始めたのだった。





 

 宿に着いて、セフィルの仲間は買うものがあると部屋を出て行き、部屋にはセフィルと僕が残される。

 少し体の感覚が戻ってきた僕は、ベッドの上に横たえられたので自力で起きる。

 そんな僕の横にセフィルが座る。


 その横顔に、僕は一瞬胸の高鳴りのようなものを感じてしまう。

 男なのに何でと僕は焦るけれど、こんな綺麗な人間、はじめて見たからだと僕は自分に言い聞かせていると、彼が話しかけてきた。


「それで、餅、まず何から聞きたい?」

「……僕の名前は透だ」

「そうか分った、餅」

「餅、餅いうな! やっぱりイケメンは天敵だ」


 先ほどから自分の名前は透だと言うのに、目の前の金髪の美形は透の事を餅というのだ。

 しかもニヤニヤ面白そうに笑っているのも性格が悪い。

 だが、現在の状況を考えると、そう意地を張るよりも知りたい事を目の前のセフィルに聞くべきなのだろう。


 そう、感情のままに動くなんて子供のすること。

 僕はもう大人なのだ。エッチな本だって買えるお年頃なのだ。

 僕は繰り返しそう唱えて、冷静に聞いてみた。


「……ここは、地球……じゃないよな」

「チキュウがどこかは知らないが、ここはお前達が異世界と呼んでいる場所だ、餅」


 餅と呼ばれて不機嫌になると、目の前のセフィルが楽しそうで苛立つので、僕は秘儀、営業スマイルを使った。


「それで、僕はどうすれば元の世界に帰れるんですか?」

「さあ。それは、異界通信交変換社に聞いてみないと分らない」

「……異界通信交変換社?」

「ああ、お前をこの世界に連れてきたカブシキガイシャだそうだ、餅」


 異世界にその辺を歩いていた人間を飛ばすとか、そんな会社が何で株式なのかとか、株式って誰が株持っているんだよとか、僕は色々突っ込みたい衝動に駆られるが、それよりも優先されるべき事は、


「……その異界通信交変換社は何処にあるんだ?」

「そうだな、この宿を出て、大通りを右に曲がってすぐの裏道にあるな」

「近っ! でもそこに行けば僕は元の世界に帰れるんですよね!」

「……いや、ここに連れてこられた理由……ある条件をクリアしないと元の世界には戻れない」

「どんな?!」

「だからそれは、異界通信交変換社に行かないと分らない。分ったか? 餅」

「じゃあ今すぐ行きましょう!」

「いや、今お昼休みだから人が居ない。もう少し待て、餅」


 人を勝手に異世界に連れてきたくせに、昼休みとは何事だと僕は思う。

 そこで、セフィルが僕の頬に手を添えた。

 また引っ張られるのかと思っていると、段々とセフィルの綺麗な顔が近づいてきて、そのまま僕の唇とセフィルの唇が重ねられた。


 温かいな、と、僕はぼんやり思ってから、男にキスをされているという驚愕の事実に気づいて、体をこわばらせた。

 そこで、唇から何かがセフィルに流れた感覚を覚えて、僕はあれっと思う。

 と、唇が離された。


「な、なんで……」

「魔力を貰っただけだが」

「で、でも他に方法は……」

「体液の交換やらなにやらになるが、それでいいか?」


 にやりと獰猛に笑うセフィル。

 とんでもない事を言われて僕は噴出した。


「男同士でしょ!」


 普通、男同士ではキスをしないものだと僕は思っていたのだが。

 その言葉にセフィルは一瞬悩み、そして、


「ああ。お前の世界には女が居るのか」


 僕は何か変な事を聞いた気がして、恐る恐るセフィルを見上げる。つまり、


「まさかこの世界には女が居ないの?」

「男しか居ない。だからこういう事は別に珍しいことじゃない」


 珍しい事ではないと言われても、僕にとっては信じられない話だった。

 つまりこの世界は……。

 さあっと僕の背筋に冷たいものが走る。

 そして僕は、自分がそういう対象になるのは出来るだけ避けたいと考えた。

 一応僕だって、可愛い女の子の方が好きなのだから。なので、


「えっと……普通に同じ世界の人とするとか?」

「異世界人は魔力が桁違いに大きいから、補給にはもってこいなんだ。動けるから持ち運び便利だし」

「……僕は携帯の食料か何かか」

「あながち間違っていないな、餅」


 僕は全てに関して頭が痛くなった。しかし、それを色々聞かなければ僕はどうする事も出来ない。 

 とても癪だが、目の前で僕のファーストキスを奪ったセフィルに尋ねるのが今の所最善のようだった。


「……この世界について色々教えて欲しい。男しか居ない理由とかも」

「……いいぞ。代わりに俺の気が向いた時にキスさせろ」

「……そちらのご趣味が? えっと僕はそういう対象で見られていると?」


 そんな後ずさるような僕を見て、セフィルはこのままだと逃げられるなと思ったので、疲れたように嘆息して見せてから、


「さっきも言ったように魔力補給に使うには、異世界人は都合がいいんだ。大体お前みたいなちびの子供は相手にならない」

「な! こう見えて僕はもう18歳だ!」

「……同い年?」


 驚いたような顔をするセフィル。

 確かにセフィルは僕から見ても、自分よりも年上に見えたが……。


「セフィルが老け顔なだけだ」

「何だと? お前が年齢相応に成長していないだけだろ、餅」

「餅、餅言うな! だから僕は……」

「透、だろ?」


 突然名前を呼ばれて、僕は硬直した。

 何というか、理由は分らないけれど、セフィルにそう呼ばれると酷くむず痒くて……その場を逃げ出したくなる。

 そこでセフィルが僕の腕を引っ張り、セフィルに抱きつくような形にさせる。

 えっ、えっ、と戸惑っている僕にセフィルが耳元で囁いた。


「少し俺の手伝いをしてもらうだけなんだ。だから……いいだろう? 透」

「み、耳元で囁くな……」

「駄目か?」


 ここでじっとセフィルに見つめられて動けなる僕。

 僕はどうしてかわからないけれど、セフィルに囁かれて頭が沸騰しそうだった。

 セフィルの低く甘い声が脳内に響き、体が熱くなる。

 これはまずい。なんか良く分らないけれどまずい。


「透……」

「わ、分ったから。キスくらい大した事がないし……」

「ありがとう、餅」


 了承した途端、餅になった。

 ムカッとして見上げると、セフィルがニヤニヤ笑っている。

 そんな怒った僕の様子すらも、セフィルは楽しいようだった。

 やっぱり悔しくて何か言い返してやろうかと、僕が考えていると、


「それで、この世界の大まかな説明をしてやろうか?」


 そう、飴と鞭を使い分けるように、セフィルが僕に言ったのだった。








 耳元でセフィルに説明されそうになった透が、必死に逃げ出そうとばたばたする。


「もう、放せ……」

「どうして? ここの方がよく聞こえるだろう? 餅」


 そう耳元で囁かれて僕はなんだかとても居た堪れない気持ちになる。

 しかもそのセフィルの声が何処か笑いを含んでいるのもまた気に入らない。

 そこで、セフィルが僕の耳に息を吹きかげる。


「ぴぎゃぁ!」

「まあ、この辺で止めてやろう、餅」

「この鬼畜野郎……」

「それで、そうだな。まずこの世界がどうして男だけになったかという事だが……」

「……そういえば女の存在を知ってたんだよね、セフィルは」


 そう、つまりそれはこの世界に女が居た事になる。と、


「ああ、昔、一年位前は男:女=7:3程度に居た」

「女の子少ない……」

「いや、そのために同性同士の結婚に、魔法を使って同性で子供作るのもありふれた物だった。どうも餅達の世界は俺達の世界よりも女が多いらしいからな。この世界では元から男同士はそこそこ一般的だからな?」

「……ソウナンデスカ」


 とんでもない世界に来てしまったらしいと僕は思う。

 そしてよくもこんな所に放り込んでくれたなと、山田祐樹許すまじ、と、心の中で僕が呪っていると、


「それで、今から一年ほど前、ある天才的な魔法使いがこの事態を引き起こしたんだ」

「……なんで?」

「彼女に振られたらしい」


 それがどうして男だらけの世界になるのかと、僕は突っ込みを入れたかった。

 しかし突っ込みを入れると話が進まなくなるので僕は必死に耐えていると、セフィルが、


「その彼女に振られた理由が、『私より可愛い男なんて、大っ嫌い!』だそうだ」

「……おい」

「だがその事に多大な精神的なダメージを負ってしまったその天才魔法使い……名前はリースと言うんだが……その振られた負の感情を持って、ある大魔法を完成させたんだ」

「……それが男だらけになる魔法だと」


 なんという悪夢だろうと僕が思っていると、セフィルが肩をすくめて、


「いや、自分以外が全員女になる魔法だ」

「なんでだ!」


 今の話の流れだと男だらけにした張本人になるはずなのだ。

 なのに自分以外女とか、普通な反応をしているように思う。

 なので、つい突っ込みをしてしまった僕に、面白そうにセフィルは笑っている。


「そう、彼はその魔法を使って究極のハーレムを作ろうとしていた。だが、そこに一つ彼の誤算があった」

「どんな?」

「それを作り上げる三日間、徹夜していたらしい。それで……うっかり魔法陣を真逆に作ってしまって」

「……それで男だらけの世界に」

「そういう事だ」


 うっかりってレベルではないとんでもない事が起きたような気が僕にはした。

 だがここで僕はある事に気づく。

 何となくそのリースという人物が、天才なのは分る。

 これだけ大規模に影響を与える魔法を使えるのだから。だから、


「……三日で魔法陣を完成させたなら、元に戻すのも簡単なんじゃないか?」

「そうだな」

「……何で元に戻さない」

「例えば先ほどの男女比率だと、最低でも、四割の男くっつけないだろ? 女に」

「確かにそうだけれど……」

「……その中に女の子が好きな男がそこそこ居て、でも、彼女を作れないだろう?」

「……まさか」


 彼女が居ない男。リア充に対するその怨念。

 俺だけに彼女が居ないなんて許せないという、嫉妬。

 そんな彼らがもしもそんな状況になったなら、


「まさかそいつらが邪魔をして?」

「初めの半年はそうだった。ただその最中、男同士でも良いかなと抜けていった者達もいる。そして半年後くらいに彼らは気づいたらしい」

「何を?」

「……これって不毛なんじゃないだろうか、と」

「もっと早く気づこうよ!」

「……そうだな。でもその半年の間にこの状態が良いと思う奴らが多数派を占めてしまった。なので、その魔法使いリースが必死になって戻そうとしてもまったく上手くいかなかったんだ」

「でも初めは多少混乱しただろう? 元に戻そうって動きは?」

「実はその魔法使いリースを狙っている男が居て、彼が協力する振りをして邪魔していたんだ。もっとも途中で気づかれて、リースは魔族になってしまったが」


 魔族、と聞いて、僕はごつくて体の色が緑と角が生えたようなものを想像したのだが、セフィルの話から何となーくそうじゃない気がして聞いてみる。


「魔族って何?」

「"魔がさした一族"の略で、女の子が好きな男が集まって、再び女の子をこの世界に戻すんだと頑張っている集団だ」

「……そうですか」

「そして彼らが作ったのが魔物……餅、お前が落ちて倒した魔法生物だ」

「……あの不気味な奴が?」


 どう考えても人間を食うモンスターか何かだと思っていたのだが、僕は自分の常識を疑うべき時に来ているのかもしれないと思った。と、


「その魔物だが、戦いで負けると洗脳されて、女の子が好きな男になって、魔族の仲間にされてしまうんだ」

「……何が問題なのか分らないよ」

「現状では男同士派が多数だしそれに……」

「それに?」

「魔族は人気があるんだ」


 やっぱり男は女の子が好きなんだなと僕は思っていると、


「女の子が好きな男に、男の良さを教えるのって良いという……」

「……最悪だ」


 知りたくない話を聞いてしまう僕。そこで、


「ちなみにその魔族は、最近異世界人の魔王をトップに据えたらしい。ただ、それが問題なんだ」

「どんな?」

「異世界人の魔法力は、俺達よりも桁違いに大きい。それが問題なんだ」

「魔物を増やすから?」

「それもある。だが、彼らはその魔法使いリースの魔法を解こうとしているんだ」

「元の状態に戻っていいじゃん」

「……さっきも話したとおり、男同士が今は多数派だ。それ故に彼らが魔法を解こうとするのを我々はすぐに、魔法を解けるのを阻止、更には再度その魔法を継続させる事を今は堂々と行っている」

「つまり?」

「幾ら天才と言えど、大人数の秀才には勝てないんだ。ただ、魔力的な意味で、あちらに魔王が現れ利がある。それを危惧した王が、最近、それに対抗する"勇者"とその予備を作った。その勇者が俺の兄で、弟の俺が予備なんだ、ということになっているんだ」

「へ、へぇ」

「そういう関係で魔王への旅をしている所で、お前が落ちてきた。魔力補給にもってこいの」

「……僕の存在意義って何だろう」

「もっとも、異世界人は体が頑丈な事に加え、特殊能力を幾つか持っているらしいから、それは異界通信交変換社に行けば分る」

「……そうですか」


 突っ込む気力すらなくなる混沌とした世界に、僕はくらくらする。

 本当にどうするんだよこれ。

 異世界に召喚された場合、ゲームとか漫画とか小説だと勇者とか重要なポジションに居るものじゃないのか?

 そんな事を延々と考えていると、そこで再びセフィルの顔が近づいてきて、僕の唇に触れた。


「んんっ……」


 ちゅうと唇を吸われて不覚にも僕はびくんと体を震わせる。

 温かくて気持ちいいな、セフィルは綺麗だな……とぼんやり僕は思ってからはっとした。


「何でまた!」

「さっきの戦闘の魔力がまだ回復していないんだ。だからもっと寄こせ、餅」

「……まさか僕の貞操の危機!」

「……餅相手に欲情したら、人間として駄目だろうな」

「……僕は透だ」

「また耳元で囁いてやろうか? 餅」

「……知らない」


 そうそっぽを向く僕。

 何でこんなにセフィルは意地悪なんだろう。もう少し優しくたっていいじゃないか。そうすれば僕だって……。

 僕だって?

 何かとんでもない事を思ってしまいそうになり、僕は焦る。

 そこで、部屋のドアが開かれある人物が入ってきたのだった。



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