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 シュナリーゼが後宮に上がって一週間。早速筆頭女官となったマリアはシュナリーゼの部屋へと足を運んだ。


「シュナリーゼ様、そろそろ朝食の時間です」


 令をしながら入室してそう告げると、マリアはシュナリーゼに視線を向けた。彼女は既に起きていたようだ。


「おはようございますマリア」


 既に着替えていたシュナリーゼはそう挨拶するとマリアに促されて用意されている部屋へと行く。用意されていたテーブルへ着くと、朝食をとり始めた。うん、城のご飯は美味しい。そう思い頬張りながらシュナリーゼは室内の様子に目を滑らせた。マリアが後ろに、そして補佐の女官が2人。

 シュナリーゼはここ数日間、後宮の内部に入ることができる人間の動向を調べていた。マリアたち女官は食事や身支度、そしてシュナリーゼの要望があった時にシュナリーゼのもとを訪れ、必要があれば行動を共にする。だが基本それ以外は別室で控えている。護衛の騎士は基本後宮は王以外の男性が入ることは許されないので、その周りでの警備にあたる。王の訪れは後宮に入ってからまだ一度もないのだが、それは他の妃にも同じことで、王は政務に忙しくここ最近は夜に妃のもとを訪れる余裕がないとマリアから聞いていた。つまり、後宮から出ない限りは彼らは着いてくるようなことはなく、その目もないのだ。つまり、女官が自室にくる時間を把握し、表立って後宮から出なければ、シュナリーゼは後宮から抜け出して外に出ることが出来る。

 そして今日はその計画を実行する日なのだ。




「ああ、やっぱり外の方が気楽でいい」


 朝食を終えて部屋に戻り、女官が居なくなって頃合いを見ると、シュナリーゼは簡素な服に着替えて自分の気配を消し、窓から木を伝って後宮の外に出ることに成功した。そして今は城下のにぎわっている町並みに立っている。

 エーギランに連れ戻されてから外に出る機会なんて滅多になかったシュナリーゼにとって城下のような場所は本当に久しぶりであった。ウルガナの下にいた頃は街で買い物をして、顔見知りと話をして、時には同年代の子供と走り回っていたこともあった。今日は久々に羽を伸ばせる、とシュナリーゼの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「さて、どうしようかな」


 とりあえず散策しよう、と考え、城下の屋台が並んでいる通りに足を踏み入れると、漂ってきたのは食欲を誘う芳しい匂い。


「あら、綺麗なお嬢ちゃん!どうだい?この焼き鳥、食べていかないかい?」


 その屋台の女性の売り子がシュナリーゼに見せてきたのは串に肉を刺して、タレを付けたものを火で炙ったもののようだ。なじみの無い何ともシンプルな料理ではあるが、人々の食欲を掻き立てるものだ、とシュナリーゼは思う。


「それじゃ、と言いたいんだけれど、あいにく手持ちがないの」


 シュナリーゼとしても是非とも口にしてみたいものだったが、後宮に入る時に私物は持ち込んではいけない決まりで、それはお金も同様のものだった。後宮に居る妃達が買い物をするのは、全て後宮に割り振られている国のお金から。後宮内で買い物することには何も不便はないが、シュナリーゼは不正に外に出ている身で、当然買い物をするお金はそこからは出すことが出来ない。よって、現在一文無し。


「あれまぁ、それならこれは私の奢りさ!食べてお行き!」


「いいんですか?」


「構いはしないさ!だって、お嬢ちゃんみたいな人が店の前で食べていってくれれば、良い客引きになるしねぇ」


 そう言って売り子の女性は屈託なく笑った。それでは遠慮なく、とシュナリーゼはそれをもらい、口にすることにした。うん、思った通り美味しい。鶏肉は柔らかいがよく焼けているし、タレはそれを引き立てるような味付けだ。最後まで食べてしまうのがもったいないと感じるほどにそれは美味しかった。

 最後まで食べてしまうと、シュナリーゼの持っていた串を回収するついでなのか、女性の売り子が話しかけてきた。


「どうだった?」


「とても美味しかったですよ」


「そうかい?でもねぇ、このタレの焼き鳥だけじゃいつか皆あきちまうと思うんだよねぇ」


 その女性の言葉に、たしかに、と納得する部分がシュナリーゼにはあった。この味付けだけでも確かに売れはするだろうが、最初が物珍しいだけで、食べ慣れてしまえば売れなくなってしまうかも知れない。だがそれなら。


「他の味を考えれば良いんじゃないでしょうか?」


「そうなんだけどね、主人といろいろ考えて作って見ているタレの味付けはあんまり変わらなくてうまくいくものがなくてねぇ」


「タレの味付けですか……」


 ふむ、とシュナリーゼは考える。先ほど食べた味は本当に美味しかったのだが、この他の味付けのタレを考えるとなると、確かに少しの差しか生まれないだろう。できても少し辛いものにするとか。そんなことを考えていると、シュナリーゼはふと気がついた。


「そういえば、海のある村では肉や魚の保存方法としてそこで採れる塩と、海の向こうから持ち込まれたコショウという果実を乾燥させたものを使用していると聞きました。なんでも、それをそのまま焼いても美味しいと評判のようですよ」


 この国の食品事情は、生のものはすぐに食べるか調理して置いておくことが多く、それ以外であればビネガーに付けておくというのが主流である。だが、この異国からは言ってきたコショウというのは生ものの保存期間を伸ばすことができるものらしいのだ。シュナリーゼが塩とコショウで味付けされたものをその村で口にしたのはまだライトネルの家に連れ戻されるずいぶんと前のことではあったが、たしかに素材の味が活かされた味であったと記憶している。


「塩とコショウ、ねぇ。手に入れるのはむずかしいかね」


 少し諦めたようにそういう女性にシュナリーゼは何とも言えない気持ちになった。城下は海とは非常には慣れた場所に位置しており、魚が入ってくることはとても稀であるような場所だ。そんな離れた場所のものを城下まで流通させるのは難しいこともあるのだが、異国のものとなれば何より運搬費が高いために高額になってしまう。

 すこし残念そうな女性にシュナリーゼはタレを辛くしてみるのはどうか、と告げ、それは良い考えかもしれない!と笑顔を取り戻した女性を見ると、それではとその場を後にした。目指すは多くの品物が集まる市場である。


 城下の市場はそれは活気にあふれていた。様々な品物が集まり、商人たちがより多くを売ろうと声をあげている。シュナリーゼはそんな中、先ほど話題に上がっていた塩とコショウを探しに、食べ物が多く並べられている一角を訪れた。探すのに苦労はしたが、それらは見つけることができた。しかしその値段をみたときには唖然とする。ーーー高すぎる!


「これはもう少し安くはならないのですか?」


 シュナリーゼが商人にそう尋ねると、商人は笑みを見せた。


「それは大変珍しい品物でして。特にコショウは異国のものですので、この値段が付くのは妥当かと、はい」


「……」


 商人は自分の利益をとことん追求する。時には客を騙すような手を使って買わせる者もいるのだ。シュナリーゼはこのまだ若い男の商人からそのような匂いを嗅ぎ取って、目を細めた。……よし。


「あら、私このコショウというものは海の近くの村で見たことがあるわ。確かに異国のものだと聞きました」


「そうでしょう、とても手に入れるのは難しくて、輸入するのにも困難なのです、はい」


「……でも、私はそこでコショウを惜しみなく使っている村の人たちを見たことがあるの。聞けば、コショウと言う果実を苗のまま持ちこみして、栽培することにしたそうじゃない」


 シュナリーゼがそこまで言うと、商人の表情が笑顔だったものから固まったものに変わる。


「まだその村だけでとどまっていても、国中に出回るのはそう遠いことではないと思うわ。そのときに同じような方便は通用しないわよ」


 そこまで言うと、商人は俯き、肩を震わせたので、シュナリーゼはもしかしたら手を出されるかもしれない、と身がまえたのだが、帰ってきたのは彼女の予想の上をいくものだった。


「あ、ははははは!お前、そんな値段交渉の仕方をどこでおぼえた?」


 突然笑い出した若い商人に戸惑いを覚えながら、シュナリーゼは訝しげな視線を商人に向けて答える。


「交渉したのではなくて、人を騙そうとしたから裏をかこうとしただけよ」


「そうだろうな!可愛い顔してるからちょろいと思って油断したのが仇になったな。たしかにこのコショウの値は高めにつけたよ。まだ他の人たちはこのコショウの価値に気がついていないからな、儲けられると思ったんだ」


 シュナリーゼの態度に気に入った様子の商人は正直にそう言うと、シュナリーゼはすこし呆気にとられた。裏をかいて値段を手頃なものまで下げてやろう、と考えていたのに完全に商人に負けたような気分になる。


「お前、面白いな。どうだ、俺はこれからこれを市場にだして流通させようと思っているのだが、手伝わないか?」


「え?」


「実はな、このコショウはお前の言う通り、その海辺の村から買ったものだ。彼らは偶然手に入った苗を栽培させることに成功して、自分達の生活が便利になればそれで良い、と考えているような穏やかな奴らから買ったから、そこまで高い値段では買っていない。」


 なるほど、この商人はその彼らの気性を利用して、価値がある筈のこのコショウを安く手に入れたというわけか。そう考えると何だか商人が彼らを騙しているようでいい気はしないのだが、とシュナリーゼが目を細めると、商人は笑う。


「まぁ落ち着け。彼らもそれで納得して売ってくれたんだ、双方不幸になってない、そうだろ?」


「それはそうだけれど」


「話を進めるぞ?流通させたいのは嘘ではないんだがな、まだ先立つものがないんだ。だからここで高値で売っていた」


 そこまで話を聞いて、ふむ、とシュナリーゼは納得した。つまり、コショウの知名度はまだこの国ではそこまでのものではなく知るものが少ない、よってよっぽど珍しいもの好きでなければ城下では買う者すら居ないのだ。だからその知名度を上げるような先立つものが必要だ、とこの商人は言っているのだ。知名度が上がって多くの人が買うようになれば、現在入手減を独占しているようなこの商人は多大な利益を得ることが出来る。


「それで、その先立つものを私に作れ、というのね?」


「話がはやいな。その通りだ。お前なら当てはあるのではないか?」


「……そうですねぇ」


 シュナリーゼの脳裏に浮かんだのは先ほどの屋台の女性だ。だが。


「それで私に帰って来る益はなんなのかしら?」


 交渉ごとは互いに利益がなければ成立しない。このままだと一方的に商人が利益を得るような形になってしまう。本当はシュナリーゼの中には先ほどの屋台の女性を助けたいというような気持ちがあるのだが、それをこの商人に教えるつもりは全くなかった。


「そうだな。俺は割と顔も広くてな、いろんな奴らから様々な情報が手に入るんだ。それをお前に流してやる、ていうのはどうだ?情報、ほしいだろ?」


 商人のその言葉にシュナリーゼはギクリとする。確かに現在そう簡単に自由に動ける身でなくなってしまったシュナリーゼにとってその申し出はありがたいものだ。だが、この商人は自分のどこを見てそれを読み取ったのだろうか。


「おいおい、甘くみてもらったら困る。言っただろ?顔が広いって。だから、お前がちょっと顔が整っている庶民じゃなくて、どこかのお姫様・・・なのはすぐに解るし、そんな人間が城下に居て俺のような者に引っかかっているってことは何かを探っているって相場は決まってるんだ」


 少し声を低くしてそう言った商人に、シュナリーゼは少しの畏怖を覚えた。自分の正体を完全に解っているのではないようだが、一応簡素な服を来て変装をしていたつもりだったが、この男の目には貴族の令嬢がお忍びで城下におりてきているように見えたのだろう。ふぅ、とシュナリーゼは溜め息をついて少し緊張していた体をほぐした。


「なら、そこにあるコショウと塩を少し、私に譲っていただけます?かわりに先ほど騙そうとしたことは目をつむるわ」


 そう言うと商人はにやり、と笑って交渉成立だな、とシュナリーゼに手を差し出した。シュナリーゼはその手を握り返し、握手をする。


「俺はシュナウザーという。お前は?」


「リーゼよ」


 リーゼはシュナリーゼが使うことの多い名前の一つだ。


「なら、リーゼ。俺は一月はこの市場に顔を出している。また顔を出せよ」




 それからシュナリーゼは先ほど焼き鳥を売っていた屋台まで戻ると、女性に声をかけた。


「あら、さっきのお嬢ちゃん」


「これ、先ほど会話にでていたものなのですが試しに使ってみませんか?」


 そう言って貰った数日分の塩とコショウを渡すと、女性はびっくりして、「いいのかい?」と言うので頂き物なのでかまいませんと言うと、肉を焼いている男へと駆け寄った。


「ちょっとあんた、これ、使って焼いてみてよ!」


 早速、といったように塩とコショウで肉を焼いていくと、また違った匂いがあたりに漂った。そうして出来上がったものを女性と肉を焼いていた男、そしてシュナリーゼも味見することになった。


「……!」


「……これは!」


 女性も男も絶句している様だったので心配になったシュナリーゼだが、次の反応を見るとそんな心配はふっとんだ。


「これはシンプルな味付けだけど、タレとは違ったあっさりとしたものだから、ちょっとクドイのが苦手なひとでも食べれるよ!」


「ああ、肉の味が引き立てられていてうまいな。売れるに違いない!」


 大絶賛である。

 それから、この塩とコショウはどこで買うことができるのか、と尋ねられたのでシュナリーゼは先ほどの商人のことを紹介すると、明日にでも言ってみようという結論に彼らは至ったらしい。商人と私のお互いの利益をもとめる交渉ごとの副産物ではあったのだが、この笑顔をみれただけでシュナリーゼは良かったな、と思う。自分一人でも誰かの助けになることができるのだ、と自分に安心することができたのだ。

 


 こうしてシュナリーゼは後宮入りしてから初めてのお出かけは情報を得る場を得て、さらには今後人気が出て城下の名物になる屋台の手助けをするという結果を残して終了したのだった。






 

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