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 後宮は国で最も華やかな場所だ、と謳われているのは間違いでもないのは事実だ。過去に50人以上の女達を住まわせたこともあるグランバニア国の後宮に側妃として上がっている令嬢は現在3人いるが、彼女らは漏れ無く誰もが美しいと称する者達だ。そして彼女達はお互いに競うように己の外見を磨き、引き立つような宝石を身につけ、王の寵愛を受けんが為に努力を厭わない。そんな令嬢達に囲まれて生活ができるのは王の特権で、世の男性陣からは羨まれるものなのだ。

 しかし、1年前に即位した新しい王は、そうは思わなかった。

 後宮に渡ってあてがわれた姫と共に夜を過ごす。咽るほどの香水を身に着け、此方に媚びて身体を密着させてくる女に辟易する。3人いる側妃が今日から4人になるのだ。


「……はぁ」


ヴァルトスは本日後宮入るという側室との面会を兼ねた夕食の会場へ行く足を止め、ため息をついた。


「ヴァル。早く行かないと遅れるぞ」


「ヴィーヌス。解っている。ああ、解っているさ。」


「解っているのなら、割り切ったらどうだ。ほら、行くぞ」


 ヴィーヌスは強引にヴァルトスを歩かせ、会場に着れてく。ヴィーヌスは現在騎士団長であり、ヴァルトスの学友であった。ヴァルトスにとって気のおける数少ない人間の一人だ。彼の前と弟の前では、ヴァルトスは硬い表情ではなく感情を映した表情をする。


 ヴァルトスは政務に関しては周りから勧められて、すべてを受け入れている訳では決してないのだが、ヴァルトスは新たな令嬢の後宮入りに関しては反論も許されなかった。と、いうのも、王となれば国の将来のことを考えるべきで、そればならば世継ぎのことを考えるのは必須、妃の数が多ければ多いほど世継ぎが生まれる可能性は高いのだから、とこの国を支えてきた重鎮の周囲に次々に捲し立てられた為だった。この考えは理解もできるからだ。

 

 だが、もともとヴァルトスは自分に媚び諂うような人種が好きではない。幼い頃は世継ぎに媚を売って気に入ってもらおうと寄って来る貴族達が多かった。年頃になればその見目に令嬢達が寄ってきて妃の座を周囲で奪い合うようになった。周囲の勝手な思惑のせいで、意思も関係なく巻き込まれるのは、全くもって不快でしかない。たとえそれが王族や連なる貴族の定めだとしても、不快なことは不快なのだ。だからその象徴だとも言える後宮は、彼にとっては近づきたい場所ではないのが正直なところだった。


 ただ、今回新たに後宮に令嬢を上がらせるのはもうひとつ、大きな理由があった。

この国は隣国とは比べて大きく、農作物も豊富であり、国力は高い。そんな外見は立派なものなのだが、実際の中身は貴族達が権力を水面下で奪い合うような、どろどろとしたものなのだ。2年前に起こったダラムアト伯爵の殺害事件も、その権力争いの一つであったことは貴族の間では周知の事実。

 だが、いつまでもこのまま争いが続いてしまえば、国は衰え、周囲の国々からの侵略を許してしまい、最終的には滅びてしまう可能性だって否めない。

 ヴァルトスはそんな国を侵している原因を駆除しようと起こした行動が、餌を撒くことだった。国王の座に収まっているヴァルトスの妃の家となれば、その家の家格は上がり、政治への影響力も増す。口では付き従うといっていても、心の内では何を考えているのか解らない貴族(いきもの)が蔓延っている王の周囲で、誰が味方で敵なのかを見極める手段として、後宮に令嬢を召し上げる手段を用いたのだった。


「しかし、餌に飛びついてきた奴の中にあの喰えない伯爵殿がいた事には驚きだ」


 ヴィーヌスはヴァルトスの隣でぽつりと呟いた。

喰えない伯爵殿、とはまさしく今回娘を後宮に入れることになったエーギラン=ライトネルのことだ。彼は、仕事が文句なしにできて、伯爵ではありながらこの国の貿易に携わる大臣の地位を得ている。その手腕は誰もが認めるもので、隣国との関係において有利に運べているのは彼の仕事に寄るものでもあるのだ。よって、周囲の貴族達からは認められてもいるが、引き摺り下ろしたい対象でもある。

 彼は若くはないが、整った顔立ちもしていて、若い頃には結婚相手は引く手数多であったとヴァルトスは先代の王、つまり父から聞いていた。今の伯爵夫人も、彼と望んで結婚をしたようであるし、子ども達も見目麗しく愛されていると聞く。


「あれほど力を持った伯爵が、これからどうこうしようというのは考え難いが」


 それはヴァルトスも同意見だった。エーギランは慎重な男だ、だから他の貴族達と比べても動き突出したものはないし、そこはヴァルトスも信頼しているのだ。

 だが、何を考えているのかが解らないのは確かではあるので、用心するにこしたことはないのだが。


「それに、後宮に上がる令嬢は社交の場に出る回数は多くはないがそれはそれは美しいと評判の娘らしいな。今度こそお前の食指が動くかもしれないしな」


 まあ、他の後宮に上がっている妃たちも同じように言われている娘達だったが、とヴァルトスは内心溜め息をついた。結婚をするのなら、自分が本当に好いた相手としたいと思っていたのはまだヴァルトスの母が生きていた幼い頃の話だ。


 彼の父と母は王族ではありながら政略結婚ではなく恋愛結婚であったのだ。確かに後宮には他の妃達もいたのだが、小国の王女であった彼女は、王の隣にたって政務を行い、共に戦う姿を見て、他の妃たちは王よりもヴァルトスの母を尊敬するような節もある者もいたらしい。どこから見ても相思相愛、付け入る隙などありはしなかった。

 だが、ヴァルトスの母が流行病で亡くなった後、起こったのは王妃の座の争いだ。貴族達はこぞって自分の娘を王妃にと進めて来る。最愛を失って王は失意にあるというのに、周囲は黙っていない。そうして王がとった手段というのは早急に新たな王妃を選んでおくことだった。

 新しい王妃は当時の宰相の娘で、すぐにヴァルトスの弟であるフォルセをその身に授かった。ヴァルトスがその様子を見て仕方のないことであるとしても、父である王に失意を覚えたのはそれが初めてのことだった。

 自分の母のように愛している様子はないのに、割り切ることができるのは母との間にあったのはそれほど深い愛ではなかったのか、と。それからしばらくして周囲の様子を見れば、恋愛結婚などは稀であり、互いの利益を求める政略結婚こそ当たり前の世界なのだと気づくと、好きな相手と結ばれるような結婚を夢見ることはなくなった。

 だからヴァルトスは即位して既に3人の妃を後宮に入れているし、近づきたくはない場所であったとしても義務として妃達に通うこともできるのだ。



 会場に着くと既にライトネル家の令嬢は到着しているようだ。ヴィーヌスに見せていた憂鬱な表情をヴァルトスは硬め、室内へと入って行った。会場は王が晩餐を行う場所であり、天井からは煌びやかなシャンデリアが、壁には美しい絵画や肖像が、テーブルにはこの時期咲き誇っている薔薇が飾られている。


 そんな室内を見回してから、既に席に着いて居た令嬢に目をとめると、ヴァルトスは息を飲んだ。

光の加減で変化する光彩をもつ銀の髪。光り輝く翡翠色の瞳。何より、その顔立ちの美しさは幻を見ているかの様だった。ヴァルトスはこの感覚を知っている。2年前、ダラムアト伯爵の邸の庭で見かけた少女が成長した姿に他ならなかった。


 この部屋に他の令嬢は居ない。とすると、この少女が今回新たに後宮に入るライトネル伯爵の娘であるのか。ヴァルトスは人知れず歓喜に震えた。

ダラムアト伯爵の事件から2年、ヴァルトスは事件の後処理や即位の件で忙しく、もう一度目にして見たいと思ったいたこの少女を探す時間が無かったのだ。やはり、美しい。ヴァルトスはそう思う。


 王が入ってきたことに気が付いた娘は居住まいを正し、挨拶をする。


「この度後宮に上がらせていただく、シュナリーゼ=ライトネルでございます。本日から後宮で陛下の支えとなり、精一杯お勤めをさせていただきます」


「シュナリーゼか。これからよろしく頼む。婚姻の儀式の事は行えずに済まない。執務が立て込んでおり、どうしても行うことができなかったのだ」


「いいえ、心得ております。お気になさらないでください」


 そう言ってシュナリーゼはふわりとほほ笑んだ。その笑顔を見てその場に居た者たちは揃って息を飲んだ。それほど彼女は美しいのだ。


「それでは、晩餐をはじめようか」


 ヴァルトスは自分と同じく息を飲んで固まっていた者達を動かすための一声を挙げると、周囲は少し慌てた様子で準備を始めた。

 料理が運ばれて来ると、ヴァルトスは目の前で少し緊張した様子のシュナリーゼを安心させようと声をかけた。


「そんなに畏まらなくていい。何かあっても罰するようなことはしないし、他の目は少ないから助けてやることもできる」


「あ、ありがとうございます」


 はにかみながらそう答えるシュナリーゼはやはり美しい。それヴァルトスだけではなく周囲に控えている侍女や護衛であるヴィーヌスも同じことだった。この娘は、今までの令嬢とは異なる輝きを放っている。


「後宮に入るにあたって、何か不安なことがあればすぐにこちらの女官に言えば良い。マリアという。信頼できるものだ」


 王に突然紹介された女官は、それでも凛とした様子でシュナリーゼに挨拶を行う。シュナリーゼの筆頭女官としてそばに使えることになるマリアは、元はヴァルトスの下にいた女官だった。王であるヴァルトスの元にいた女官をつかせる、というのは表向きは妃の後宮での生活を王の信頼したものにサポートさせるという役割があるが、裏を返せば妃の行動はすべて王に筒抜けになる、という意味にもなる。それをシュナリーゼも理解したのかはヴァルトスは判断しかねるが、彼にとって今回は表向きの理由が大きい。


「わかりました。陛下の寛大なお心に感謝いたします」


 確りと令をとったシュナリーゼを見て、周囲はホッといきをつく。王の信頼のおける者ばかり控えているこの室内には、ヴァルトスの様子からその意を受け取れない者は存在しない。彼らにこの娘は後宮の他の妃たちとは異なった立ち位置になるだろう、というのはすぐに予想ができることだった。

 だからだろう、王の周りは皆浮き足立って気がつかなかったのだ。

 目の前にいる令嬢は緊張はしているが立ち振る舞いもすばらしく、会話からも教養があることは伺え、先代の王妃のような存在なのかもしれないと感じていたのだが、その娘の視線は王を見ているようで、控えている者達だったことにも、さらには俯いたときにふと見せた表情が緊張からはにかんでいるものではなく、憂いのようだったものにも。

 

 こうして新たな妃との王の晩餐は周囲の期待を高めるという結果を残して、つつがなく終了した。





 




 

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