1.ワンさんと一緒 初日
二度と行きたくない。
某国との初回接触は最悪の結果に終わった。
「そんな事ないよ。悪く言っちゃダメだよ」
工場長は、そんな事言ってるが、どういう印象を得るかは人それぞれ。
悪い事に、話を進めてきたキューヨーの納品が滞りだした。
電話やメール、バイヤーさんを通しての話だと埒があかないので、直接乗り込む事になった。
でないと、ヤバイ! クビになる!
今回の予定は3泊4日。
前回(初回)より1日短い。これくらいが体力的にも楽になる。
1日目は移動日。キューヨー近くのホテルに入ってお終い。
2日目が本命。キューヨーでの打ち合わせ。
3日目は海寧にあるでっかい工場で商談。そのまま海寧泊。
4日目は移動日。上海へ移動してそのまま帰国。
こんなスケジュールなのだ。
もとより、要注意点は2日目の大要塞キューヨー。
ここさえやり過ごせば! 海寧は表敬訪問。軽くサンプルの話だけ。
はじめの方に重たいのを持って行く作戦!
2日目さえやり過ごせば(戦う意思既に無し)あとはラクショーっしょ?
第1章に出てきたバイヤーのワンさん(気の良い某国人)は、最初から最後まで同行してくれるし、なにより工場長は日本でお留守番!
ほんとラクショーっしょ?
2日目さえ気をつけてればラクショーっしょ?
さて、9月の半ば頃。早朝。
某国民間航空会社(MU)でKIXを飛び立つぜ!
ワンさんが、搭乗手続きカウンターで、にこやかに話しかけてきます。
「アズマダさん、非常口席を予約しましょう。あそこ、足下広いんですよ! 滅多に落ちないし、仕事無いし、穴場なんですよ!」
なんかまずい。
どこかで聞いた話である。
トラウマがムクムクと顔をもたげてきたし。
いやいやいや、この人某国人だから某国語ペラペラだし。母国語だし。
なので、きっちり広々スペースを確保。
やったね!
すげー幸先良いし。
高速鉄道に乗り込む時間も、長めの3時間確保してるし。
よゆーっしょ!
時間に遅れる事なく、飛行機は離陸したぜ!
ノートラブルのノープレブレムで上海東浦空港、第一ターミナルへ到着。
ををを! しかも今回は連絡通路で直接施設へ入れるし!
さくさく手続き済むし!
荷物だって……ほら、結構早めに私のトランク出てきたし!
さあ、後は同行者のトランクが出るのを待つだけ!
トランクが出てくるのを待つだけ。
出てくるのを待つだけ。
待つだけ。
だけ。
……。
出てこねぇし!
おーい! 「荷物トラブル用」と書かれた席に座った係員!
ワンさんが、係員に苦情を持ちかけました。
「10分お待ちください。すぐ出てきます」
20分経過。
荷物運搬用のベルトコンベアー・ストップ。
おーい! 係員!
「もうすぐ出てきます。10分お待ちください」
いま、どっかに連絡入れた? 入れてないでしょ? だったらどうして10分って時間が出てくるの?
時間の余裕は……。
ここから高速鉄道乗り場である虹橋駅までバスで1時間。
差し引き1時間半の余裕だし、ラクショーっしょ?
私の荷物じゃないんでぇ、ぶっちゃけ俯瞰の視点?
ワンさんだけでなく、日本人が3人ばかり、同じ理由で待ってるし。
まだ大丈夫!
鉄道の切符は、予約してあるから、駅窓口で引き替えるだけ。
逆に言えば、予約してないと列車に乗れません。
乗れないと……どうなるんでしょうね?
さらに30分経過。
まだコンベアーは動かない。
「10分お待ちください」
だ・か・ら! どこと連絡取って10分っつってんだよ!
ま、まあ、あと1時間も余裕有るし……。
そこから20分経過。
のこりの余裕40分。……そろそろヤバイんじゃないの?
切符を引き替えようとしたら、駅窓口で列に並ばなきゃならないし……。
この国の行列っつたらアレだし……。
「間に……合わないんじゃない?」
不安が口から出た。
普段温厚なワンさんの顔色が変わったし!
某国語で激しい抗議がはじまった。
広い荷物受け取りホール中に怒声が響いています。
やっとのこと、荷物受け渡しトラブル用係員が重い腰を上げた。
関係各所に電話しまくり。
電話する箇所があるなら、もっと早く電話しとけよ!
「ワンさん、今まで動かなかった係員に何言ったんですか?」
「あなたの名前を控えました。荷物が出てこなくて、列車に遅れたら、それはあなたの責任です。二人分の高速鉄道料金と、ホテル代を請求します。そのため、あなた個人を訴えます。そんな風に言ったらやっと動いた。そこまで言わないと動かない」
あー、つまり、フロアのトラブル用係員なのに、自分に責任が無いとしてたんだな。この1時間ちょっと、なにも手を打たなかったと……。
ちょっと……微妙に国際問題な発言は控えようと思います。
少し待ってると……、日本人3人分を含む荷物が出てきた。やればすぐじゃん!
ダッシュだダッシュ! 高速バス乗り場までダッシュ!
運がいい。虹橋駅行きの高速バスが、出待ちしてるぜ。
荷物と違い、バスは直ちに発車。助かった!
このバス、空港第2ターミナルで客を拾ったら、すぐに高速道路へ入ります。
高速に乗れば、混んでても1時間で到着できる。しかもこの時間帯。交通ラッシュの時間帯から大きく外れてるし!
途中停車駅は、ここの空港第2ターミナルと虹橋空港、そして目的地の虹橋駅。
ラクショーっしょ?
一つ目の停車場、第2ターミナルに到着。停車時間は約3分の予定。
……10分経過。
まだ出発しない。
なんで?
外国の旅行者とドライバーがもめてるし……。
都合20分経過。やっと再出発。
残りの猶予時間40分。バス移動時間を含めると1時間40分後に、予約してある列車が出発。
よし! まだ間に合う!
高速に入ったら予測通り空いてます。ここで5分ほど稼げました。残り45分。
どうにか45分の猶予をキープしたまま、次の停留所・虹橋空港に到着。目的地の虹橋駅はすぐそこ、数百メートル先に見えています。
よし! 予定通り!
……5分経過しました。なかなか発車しませんが、なにか?
「40分残ってるけど、いやな予感がする」
私の呟きにワンさんが反応しました。
「今日はこんな日です。勘を信じて降りましょう。二本の足で走りましょう!」
バスを降りて走れや走れ! 保ってくれ、トランクのタイヤ!
あっというまに虹橋駅。
中航泊悦酒店って名称のホテルと、虹橋空港(主に国内線)と、列車の駅が合体している巨大な施設である!
で、中へ入ってみると……。
すげぇ! 駅の待合いホールが空港のようにでけぇ!
でも、人が多いので、手狭感半端ねぇ!
インターネット予約専用切符引き出し窓口で……、ものすげー並んでるぜ!
「ここまでくれば、もう大丈夫です!」
ワンさんが男前の顔で笑ってます。ホントでしょうか?
それを信じて……。
20分後、切符ゲット。
2時間のマージンが20分に……。
なんとか電車の中の人になれたぜヤレヤレ。
車窓から外を眺めてぼんやり。
線路沿いの巨大看板をボーッと眺めています。
「○○衣料」
「△△化粧品」
「山口百恵」
は?
その日はキューヨー近くのホテルで1泊。
こっち方面は鬼門か?