転生カラスの1日
俺は死んだ。
高校を出てから働きづくだった俺は、40を過ぎてから仕事を辞めることにした。
いろいろ思う所はあったが、納得はしている。今の会社は学の無い中年を置いておけるほどの余裕は無いだろうしな。
身辺整理も終わり、新しい生活にも慣れた頃にそれは起きた。
道を歩いている時に後ろから来るけたたましいブレーキ音とその後に感じる衝撃。突然の浮遊感を感じ、ぐるぐると周囲が回転しているのが見えた。
すぐにそれは終わり、襲いかかってくるのは強い痛み。そのまま目の前が霞んでゆき…
それを最後に俺の目の前が真っ暗になった。
〇〇〇
光が差し込むのを感じて、ゆっくりと身動ぎをする。
目を開けて周りを見ると、緑の葉っぱに囲まれている。下を見ると枝で出来た窪みと遠くに石と土の地面。
「またあの夢か…」
懐かしい夢だ。今の生活にも慣れ、随分と時間も経ったはずだが、それでも時々思い出したように見る。
おそらく、魂にでも刻まれている記憶なのだろう。
あの後、気がつくと木の枝と針金で出来た窪みの底に転がっていた。
夜明けが近いのか、白み始めていた空を見上げた後、周りを見たとき、暗闇の中、こちらを丸呑みでも出来そうな大きさの鳥が、こちらを見つめているのに気づいたときには生きた心地がしなかった。
その鳥が、嬉しそうに嘴をこすりつけてきた時も動けなかったほどだ。
そして、しばらくしてから気づいた。
私が、鳥に、カラスになっているということに。
最初は、意味がわからなかった。
それはそうだ。ついさっきまで人間だったのだから。だが、目の前の現実が「それは過去の話だ」と語っていた。
よくある話のようにとんでもないチートでもあるのかと思えばそれもなく……敢えて言うならこの記憶がチートとも言うのだろうか。
混乱しつつも時は流れ、カラスとしての生活に慣れていき……そして、今がある。
〇〇〇
「よう、うなされてたようだが大丈夫か?」
頭上から声をかけられ、見上げると、見慣れた一羽のカラスが巣に止まる所だった。
幼い頃から何かと世話になっているカラスだ。世話好きな奴でこの辺のリーダーをやっているこいつは、転生という変わり種のカラスである私に対しても、変わらず接してくれる。
「……いや、何でもない」
「そうか?まあいいか。それで今日は来るのか?」
問いながら嘴で示す先を見ると、複数のカラスが円を描くように飛び、数羽は近くの木に止まり、こちらの様子を気にしているのが分かる。
彼らはこれから餌を取りに行くのだろう。いつもの時間に来ない私に声をかけに来てくれたのだろう。相変わらず仲間思いの奴らだ。
いつもならついていくのだが……さっきの夢のせいかそんな気分にはなれなかった。
「悪いな。今日は単独で動きたいんだ」
「むう…。そういうなら俺らだけでいくがいいのか?」
「ああ」
「わかった。今日は東から回る予定だから気が変わったらいつでも来てくれ」
それだけ告げると奴は、仲間と一緒に飛び立って行った。これから近くの街を回り、ゴミ捨て場から餌を取りに行くのだろう。
小さな頃にはゴミ捨て場を漁ることに対して忌避感があったが、しばらくするとそうも言えなくなった。今のカラスの数はゴミ捨て場から出る食料がなければ維持することができないのだ。
まあ、それ以前に舌が肥えてしまっていて我慢ができなかったのだが。
とはいえ、昔の夢を見たあとではゴミ捨て場に行く気にはなれない。何だかんだといっても、昔の記憶は私の中で大きな位置を占めているのだ。
「今日は……まずはあそこだな」
私は、まずは朝食をとるために空へと飛び立った。
〇〇〇〇
カラスになって知ったのは、野生で生きるのは過酷だということだ。
食べ物を自分で捕るということは当たり前だが、必要な分を得ようとしたら1日中餌取りと食事に飛び回る事になる。特に鳥は飛ぶために脂肪を蓄える事が出来ないから知恵を絞る必要がある。
警備が緩く栄養価も高い食べ物の集積所である『ゴミ置き場』はそういう意味では極めて
重要な場所だろう。ここがあるからカラスはその数を維持できているのだから。
最近はなかなか警備が厳しくなってきたと仲間のカラスは愚痴っていたが。
それに対しては複数の偵察を出し、人の目が無い場所を狙って集まっているらしい。
さて、仲間の烏たちから別れた私は、一路ある場所へと向かって飛んでいた。
まだ日が出て間もないのだろう。地平線から顔を出している太陽を左手に見ながら、下に見えてきた道を見つけるとそこを右折。そうすると見えてくるのが今の目的地だ。
そこは、小さな石が転がり、鉄の線が2本大地に伸びている。ちょうど時間だったのか私を追い越して電車が走っていく。
過ぎ去っていく電車を見送り珍しくもない線路に降り立つと、目的の場所であることを周りの目印から確認した。
ここは、私が時々利用している貯蔵庫だ。
あまり知られていないのだが、カラスを始め、様々な動物が食糧を蓄える習性を持つ。
一番身近なのを挙げると犬だろうか。彼らは時に地面を掘り、いろいろなものを埋めて蓄えるのだ。
そして、カラスの貯蓄の方法というと。
近くにある石を手当たり次第にひっくり返していくと、石の下からパンの塊が出てくる。
「よし、大丈夫だったな」
このように、嘴で持ち上げられる大きさの石の下に隠すのだ。
さすがに果物だけでは飽きる。そこで保存しておいた物を取りに行くことにしたからだ。
線路に着くと、まず周りを見る。
場所があっていることを確認し、見ている者がいないかを探る。
問題が無いことを知ると、足下の石をひっくり返し始める。
しばらくすると、隠してあった一切れのパンを取り出した。
「よし、残っていたな。っと、危ない…」
パンを一口で平らげると、退かしていた石を線路から落とした。
このままにしておくと事故の原因になるのだ。冷蔵庫の扉の閉め忘れのようなものだと思っていいだろう。まぁ、置いたままでも烏は、困りはしないのだが、元人間としてやっておくことにしている。
しばらく食事を楽しんでいたが、そろそろ別の場所へと移動することにしよう。
「次は果物がいいか……」
日が昇り、電車の往来も頻繁になってきている駅を下に見ながら、羽ばたいた。
〇〇〇〇
気持ちの良い風を受けながら、目的の川原を目指している。狙いはそこに実っている果実だ。
ゴミを漁っているイメージが強いカラスだが、その食事は様々だ。
小動物などの肉類を初め、野菜や果物。虫等も食べる。人間が食べられる物は、大体食べられると思っていいだろう。
もちろん好みがあり、肉類を好む者、果実を好む者で別れ、それぞれ住み処も別れている。
目指す木に止まっている一羽は後者のカラスだ。
「よう、久しぶりだな」
「ああ、そっちもな」
挨拶を交わすと、果物をつまみながらお互いの近況を話し合う。
こいつは、普段は近くの山に住んでいるカラスの一羽だが、たまに柿なんかを求めてここまでやって来る。
街に住むカラスとの大きな違いは、嘴の太さか。森のカラスは嘴が細く、街のカラスは太い。
理由なんて知らないが、それで食べるものの好みも別れ、住み分けができているのだ。
「最近は見なかったが、どうしたんだ?お前も好きだろう?ここの木の実は」
「街の方にしばらくいってたからな。そろそろ熟す頃だろうと思ってきたんだ」
「そうか、ちょうどいい頃だろう。適当に食えばいい。ここらにはいくらでもあるからな」
ここで出会い、喧嘩をしてから知り合いになったこいつとは妙に気が合うため時々こうして世間話をしつつ昼食を取る。ここには数本の柿の木があり、それの全てが豊作となっていた。
因みに、ここの柿は忘れ去られているのか、人間が取りに来た事など今まで無い。柿などいらんということかも知れないが。
しばらくそこで過ごしたあと、彼にひと声かけてから、私は、空へと飛び立った。
まだ日は高いが、まだ行くところがあるからだ。
〇〇〇〇
川を越え、山の中腹に建っている大きな建物へと近づくと木に止まり、周りを見渡した。
そして、ここに来た目的を見つける。
木が間隔を開けて立ち並ぶ一角に、車椅子に座り、空を見上げる老女がいた。
「母さん…」
思わず声がこぼれてしまう。
俺が死んだあの時、隣には母さんがいた。俺を轢いた車は、母さんにもぶつかり足をダメにしてしまったらしい。
すぐに救急車に運ばれたが、もう歩けない体になってしまった。その後、この老人ホームに入れることになったようだ。妹が俺の保険金でなんとかしたとか職員が話しているのを小耳にはさみ知った。
『……いくか』
物思いから戻ると、俺は母さんから少し離れた場所へと向かった。
そして、顔を向けて、一声鳴く。会いに来たと伝えるために。
「おや、今日も来たのかい?ほれ、こっちおいで」
すぐに気づくと、手招きをしてくる。もう片方の手にはお菓子の袋を持っていた。
俺が近づくと、袋から菓子を手に取り、こちらへと差し出してきた。遠慮なくいただくと、嬉しそうに笑っていた。
そうしてしばらくしていると、ポツリポツリと話しかけてくる。
「お前を見ていると、息子を思い出すねえ」
「優しい子でね。私のために仕事を辞めてまで家に戻ってくれたんだよ。妹は夢のために動けないだろうってね」
「でも、私を置いて先に逝っちまったんだよ」
「その事情を知ったのも葬式に来てくれた部下だった人から聞いてね。私には首になって帰って来たとか言ってたよ」
「気を使わせたくなかったんだろうねえ。それに気づかないとか…私はダメな親だよ」
そんな事は無い。俺はそんな事は思っていたりしなかった。
幼い頃に父親を亡くし、一人俺達兄妹を育ててくれた。
朝から晩まで働いていたその後ろ姿は、今でも思い出せる。
妹も希望の進路へ進めたのも、母さんがいてくれたからだ。
だからこそ今から返すことが出来ると、そう思っていたんだ。
それなのに俺は死んでしまった。何も返せずに…。
今ではこうして話を聞きながら、一緒にいることしかできない。
しばらく側で話をしていると、建物から母さんを呼ぶ声が聞こえてきた。
今日の散歩の時間が終わりになるんだろう。人が来る前に、飛び去らないといけない。
俺は、いつものように最後の言葉をかける。
『それじゃあまた来るよ』
「またおいで。待っているからね」
一言言葉を交わし、夕焼けに染まる空へと飛び立つ。周囲をくるりくるり飛び回りながら思う。
カラスの寿命は最大二十年ほどだという。それなら、今度こそ出来るのだろうか。
母さんの最期を看取ることが……。
少なくとも寂しさを紛らわし、笑顔にする事は出来る。
今度こそ出来るのだろうか。母さんに恩返しが。
先に逝ってしまった親不孝物者の俺だが、何の因果かまた母さんに会うことが出来た。
なら、今度こそ母さんに僅かでも恩返しをしよう。
思いながら、自分の巣へと帰って行った。




