第八話 艦長、学園祭準備です。
「うーん……」
「どうしたんですか、柄にもなく難しい顔して」
「あのね、柄にもなくは余計よ……ねえ命、シャロちゃんが言ってたけど私達ってそんなに世界から敵視されてるの?」
「今さら何を言ってるんですか」
「だって私達正義の味方なのよ? 誉められる覚えはあっても、迷惑かけた覚えはないわ」
少なくとも自分の父親に迷惑を掛けまくっている少女は、キッパリとそう答えた。
「フィクションみたいに、エーテリオーン助けてくれてありがとー、なんて現実じゃありませんよ。例え助けても、他国の戦闘兵器が自分の領域に勝手に入ってきたって事実は変わりませんからね、国際問題です。エーテリオンが国を襲わないなんて、相手はわかりませんから」
「私はWC以外に攻撃なんかしないわよ、失礼な話ね」
日本で軽いテロ行為を起こし、あげく日々仲間に向かって主砲を放っている少女は、キッパリとそう答えた。
「はぁ……とにかく、私達は世界中から目の敵にされてますよ」
「そ……じゃあ何とかしないといけないわね」
「あの、これ以上悪化させるようなことは止めてくれませんか?」
「なによ悪化って、私は良くしようとしてるのよ?」
WCの撃退以外において、カグヤの考えた策が成功することは限りなく少ない。きっと今回も悪い方に影響すると悟った命は止めようとするが、すでにやる気に満ちたカグヤを止めることは不可能であった。
「つまり、私達が世界中飛び回っても危険じゃないって、世界に知らせればいいのよね?」
「まあ、そうですけど……」
「ふむ……そうね、言葉だけじゃ難しいし……心に響く……私達の考え……伝達方法……」
ブツブツと小言を呟きながら思考を回転させ、一番効果的な方法を探し出す。
──その結果……。
「学園祭をやるわよ!」
「またいきなりだな、オイ」
「どうしてそうなったんですか……」
「学園祭と言ったら学校行事で一番平和アピールできそうなイベントじゃない」
「まあ、体育祭よりは……ってそうじゃないか」
あまりに自分のペースで話を進めるカグヤに、自分のペースを保てなくなる命。それでも彼女の暴走は止まることはない。
「そして、学園祭といったらライブ……そう、歌よ、歌! ロボット物といえば歌を歌っとけば、大抵世界はケロッと平和になるんだから!」
「カグヤさんは歌を洗脳兵器かなんかだと思ってるんですか!? 世界は歌のように優しくないですから無理ですって!」
「はぁ……だいたい誰が歌うんですか?」
「誰って、当然……」
歌の話題が出てから目を反らす二人のアイドルをカグヤは指名した。緑川凛と黄瀬綺羅──通称、綺羅凛コンビだ。
やっぱりか、と言った表情でため息をつく凛に、オドオドと挙動不審になる綺羅。二人ともあまり乗り気ではなかった。
「……そんな理由で歌うつもりはないわ」
「わ、わ、わ、私も凛さんと並んで歌うなんて、む、む、む、無理です!」
「世界放送予定のライブなのよ! 武道館なんて足元にも及ばない総動員数六十億超えの大舞台、アイドルなら立ちたいと思うでしょ!?」
「いや、逆に規模がデカすぎて、誰も立ちたいと思わないんじゃないか?」
「でも、アイドルだったら人前に立ってなんぼでしょ?」
大輝がいつも通りマトモな意見を述べて、カグヤに悟らせようとするが。感性の違いのせいか、なかなかその思いは伝わらない。
「仕方ない、やはりここは主人公の俺が……」
「お呼びじゃないから引っ込んでなさい。男が歌って成功するなんて稀なのよ、ま、れ!」
「フン、俺ならギター型の操縦桿だって使いこなせるぜ?」
「パイロット技術の話はしてないわよ! 問題は歌よ。あんた歌はうまいの?」
「フン、そんなに聞かせたいなら聞かせてやるよ。俺の、主人公の歌を──」
カグヤの言葉に触発された飛鳥は椅子に片足を乗せ、ノリノリにリズムを頭で取ると、その歌声を披露する。その歌声を文にして表すとすれば……
──“ボエー”が妥当だろう。
「却下よ、却下! ド却下よ!!」
「ダメか?」
「世界に喧嘩売るレベルよ! そんなんだったら私が歌った方がマシよ、ブリッジクルーでバンド結成してね」
「じゃあ、カグヤさんも歌ってみてくださいよ」
「ハッハーン、聞いて驚くんじゃないわよ、私の歌声を──」
飛鳥の歌や光の言葉に応える為に、カグヤはノリノリにリズムを足で刻むと、その歌声を披露する。その歌声を文にして表すとすれば……
──こちらも“ボエー”が妥当だろう。
「いやいや驚きましたよ。打合せしたかのように音痴すぎて」
「うぐっ……」
「なんだよ、お前も人の事言えねえじゃねぇか」
「うるさいわね! アンタよりも上手いじゃない」
「いいや、俺の方がまだ上手いね!」
「なんですってー!」
「なんだとー!」
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。命の中でそんな言葉が頭に過った。
「はぁ、バカらし……」
「り、凛さん……」
いつものバカ騒ぎについていけない凛は呆れ、周りを見下す凛をなだめようと綺羅は善処する。
「とにかく! 歌は交渉継続として、学園祭はやるわよ!」
「カグヤさん、そこまでして世界平和を……」
「何言ってんのよ、光」
──楽しそうだからやるに決まってるじゃない!
その言葉を聞き、一同は心の中で声を揃えてこう言った。
──ですよね、と。
「それじゃあ、まず出し物を決めるわよ!」
「出し物って言ってもな……実際客が来るわけじゃないし、どうするんだ?」
「そんなの実況リポートでもすればなんとかなるわよ、楽しいですよー美味しいですよー、ってコメントつけて。ま、やっぱりそれじゃ地味だから、できればステージで披露できるようなのがいいわね」
「ああ、歌の前座を考えてほしいと」
「ち、違うわよ、ただちょーっと場を温めるために何かやったほうが最後の出し物が盛り上るかなーと……」
それを前座というんだ、全員がツッコミをスタンバイしていたが、確かに観客の目を惹き、ステージに注目させるにはそれが一番いいのかもしれない、と納得してしまう。
「一々聞いていくより、まずはアンケートよね。はいみんな何枚でもいいから紙に意見かいてー、とっとと決めたいからすぐ回収するわよ」
……三分後
全員の紙を回収したカグヤはパラパラと紙をめくり、その内容をすべて見終えた後、紙を教卓に叩きつけた。
「あんた達学園祭なめてんの!? 水着ミスコン、メイドミスコン、ネコミミミスコン、ヌードミスコン、ミスコンミスコンミスコン──何枚でもとは言ったけど、どんだけミスコンやりたいのよあんた達二人は!! この変態! 女の敵!」
「お、俺じゃねーよ!」
「そうだ、なんでも俺のせいにするな!」
カグヤに指を差された大輝と三蔵は反論をするが、このクラス、この二人を除いてそんなことを書く生徒はいなかった。
書きそうな男が一人いるが、その男が何を書いたかというと……
「なによ飛鳥ヒーローショーって……」
「フッフッフ、聞きたいか? ならば特別に教えてやろう、飛鳥ヒーローショーとは──!!」
「はいはい、どうせろくでもないから却下却下。次、壁新聞発表ぉー? 当然却下!」
「何故だ月都カグヤ! 学園祭と言えば校内に張り出される壁新聞だろうが!? な、そうだろう、貴理子?」
「え……あの、あ、いや……ないと思います、相馬さん」
飛鳥の文句を他所に自信満々に反論を出す相馬だったが、貴理子の言葉によりその自信は意図も容易く砕け散り、そのまま轟沈した。
「次、殺陣披露は……刹那なら様になってウケそうだから保留として、次! 男祭り? はぁ……ちょっと命、いくらあんたがそういうの好きだからって──」
「いえ、自分が出したのはレトロゲーム大会であって、そんな一般向けステージに対してそんな空気の読まない内容の出し物は提案していません。さてー、誰でしょうねー、わかりますかー? 貴理子さーん」
「わ、私はそんなもの出していないぞ!」
「誰もあなたが出したかとは聞いてませんよ?」
「なっ!? くーっ!!」
自らの発言により貴理子の顔がみるみる赤くなり、今にも頭から煙が出そうであった。
もちろん貴理子はそんなものを出してはいない。何故なら出した張本人こそが貴理子を陥れ、現在内心悦に入っている命なのだから。
「次、次! 次!! だぁーッ、まともな意見が一つもないじゃない、どうなってんのよ!」
「カグヤさんが高望みしすぎなだけじゃ……」
「人形劇とか書いた奴は黙ってなさい!」
「そんなの書いてませんよ!」
「じゃあ童話演劇の方かしら?」
「そっちも違いますよ!」
「光以外にこんなファンシーな出し物書くって言うのよ!」
二人のやり取りを耳にして、クラスの前列に座る某二番隊の人相の悪い二人が視線を外にやる。
「なー、そんなに文句言うなら、カグヤは何がいいんだよ?」
「私? 私はー、私は──ねぇ……えーっと…………」
その後目を泳がせながら彼女は黒板に出し物の名をサラサラと書き込んだ。
──第一回ミスエーテリオンコンテスト、と。
「俺たちの事散々言ってコレかよ!」
「う、うっさいわね! いつの世も世間の目を惹くのは、うら若き美少女なんだからね!?」
「自分の事美少女って言う奴は大抵大したことないと思うけどな」
「その言葉そのまま返すわよ、この自称主人公バカ!」
「自称じゃねぇよ! 自他共に認める主人公だ! そしてバカでもないやい!」
「充分バカよ、だいたい──」
……いつもの二人による主人公討論が繰り広げられ、それを他の生徒が抑えるのに十五分はかかった。
「では、長くなりましたがステージの出し物はミスコンということで、男性陣には会場設営その他もろもろを整備班と一緒にやってもらいます」
「ま、それぐらいの頑張りはやらないとな」
「ああ、これも──」
――おっぱいのため!
──尻のため!
それぞれの欲望を抱いたバカ二人は互いに手をグッと握り合い、その決意を胸にやる気を引き出した。
「三蔵は私のこと応援してくれる?」
「ふぇ!? あ、ああ、もちろんだとも!」
「三蔵、私のお尻……好き?」
「も、もも、もちろん、大好きさ……シャロ」
「ん……嬉しい」
「はは──いててててーっ!!」
公衆の面前でイチャコラする三蔵とシャロの姿を見て、コイツは仲間ではなく敵だと判断した大輝は握った三蔵の手を潰すかの強さで思い切り握りしめた。
合わせて周りからの視線も応援するという優しいものではなく、殺意と軽蔑を含み、胸に深く突き刺さりそうなものであった。
「はあ……」
「あ、凛さん」
話も大方まとまり、とっくに授業の時間も過ぎていたので、凛は隙を見て教室から出ていった。
それに気がついた綺羅も、彼女についていくように廊下に出る。
「……」
「あ……えと……」
彼女についていった綺羅だったが、話しかけたくとも緊張と焦りで言葉が詰まる。
「あんたは歌わないの?」
「……え?」
そんな時、先に声をかけたのは凛の方だった。
「む、無理ですよ。私は凛さんと違ってまだステージにも立ったことすらない素人です……やっぱり、何度もステージに立ってる人気アイドルの凛さんだけのほうが……」
「私は絶対歌わないわ」
「え……ど、どうしてですか!?」
「……」
尋ねる綺羅に少しの沈黙の後、凛はその答えをとてもアイドルとは思えない感情のない顔で答えた。
「歌が──嫌いだから」
「……え?」
昔から憧れとして見ていた人物からのその言葉に、綺羅は思わず足を止めその場に立ち尽くす。
聞き間違いだ、きっとそうだ……しかし、彼女のあの顔はなんだ? 今までテレビでも学園でも見たことのない、凍てついたあの表情は?
綺羅は怖くなって肩を震わせた。
「り、凛さん!」
必死になって出した綺羅の声に、凛は振り向かずそのまま廊下の先へと消えていった。
……
「……」
同部屋として今は綺羅に会いたくなかった凛は、EGのシミュレーションポットに入り息をついた。
「あれで、よかったのよ……もう歌わないって決めたんだから……あれで……」
後輩にあたる綺羅への発言に後悔しながら、自分の事を必死に正当化することで自信を保つ。
──緑川凛は、昔は今のように冷たいクールアイドルではなかった。
両親の応募により小学生になった頃から少女アイドルとして活動していた凛は、誰にでも笑顔を振り撒いて、心の底から楽しそうに歌っていた。
周りからは天使だの、小さな歌姫だのと呼ばれ、人気アイドルの座に座り続けていた。
――しかし、所詮はアイドルも弱肉強食の世界だった。
優しかった大人達も、歳を取るにつれて厳しさを増し、自分を誰にも負けないアイドルにするために奴隷のように働かされたし、人気が下がれば恥ずかしい仕事もやらされた。
──気がつけば自分の笑顔は少し歪んでいた。
仕事を辞めたいと思った凛は、明るい少女というキャラを捨て人に冷たく接するようになった。しかし、自分を切り捨てたくない事務所は、歳に合わせてクール系へと転換したと言い訳をし、その後凛は泣きたくなるほど強く叱られた。
――何故自分は歌っているのだろうか?
名前も知らないファンの為? 嫌いな大人達の儲けの為? 自分を食い物にする両親の為?
いろんな理由は考えられたが、どこにも自分の為という有るべきはずの理由はなかった。
――その時にはもう自分に笑顔はなかった。
昔から両親の私腹を肥やすために歌っているとはわかっていた。それでも、まだ歌うことが楽しいと思えたから、両親が誉めてくれるから続けられた。
だが、もう昔誉めてくれた人間は、誰も誉めてくれない。もう楽しかった歌は、自分を苦しめる呪いでしかない。
「くっ……」
誰にも助けてもらえない凛は昔を思い出し、涙を浮かべた。
そんな時、ポットの中に一筋の光が入り込んだ。
「やっと見つけました、凛さん」
「綺羅……?」
突然現れた彼女の姿に、思わず驚きを隠せない顔で凛は振り向いた。
「私……歌います」
「……え?」
「凛さんが歌えないなら、私が凛さんの──みんなのために歌います」
「……どうして、みんなは私たちを利用しようとしてるだけなのよ」
事務所と変わりなんてない、歌える素質があるから歌わせる。ただそれだけだ。
「違いますよ、みんな私達を信じているんです。だから歌わせる、ううん、歌ってほしいと思っているんです」
「信じている……?」
「はい、みんな私達が歌えば必ず成功できる、そう信じてるんです。それなら……緊張はしますけど、アイドルとして応えなくちゃダメだと思うんです」
「……だから、歌うの?」
「はい」
とても純粋で綺麗な笑顔を浮かべ、元気だが震えた声で綺羅は答えた。
「凛さん、そのかわり頼みがあります」
「……何?」
「凛さんの歌を私に歌わせてください!」
「私の……?」
「はい。一人じゃ心細いですけど、凛さんの歌なら……近くに凛さんを感じられて勇気が湧いてくるかな……って」
「……構わないわ、勝手に使って勝手に歌いなさい」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言う綺羅を避けてポットから出ると、複雑な気持ちを抱いたまま凛は自室へと帰っていった。
――そして、学園祭が始まる。