第六話 艦長、水着回です。
地球外の侵略者、WCから自国を守るため建造された遊撃戦艦エーテリオン、彼らは今──
「もっと右だー!」
「左よ、左!」
「そこか! 月下神斬流三の型──三日月!!」
彼らは今!
「あははー!」
「ヒャッホー!」
「……」
「……」
「凛さんも泳ぎませんかー?」
「命も外まで来てなんでゲームなんだよー!」
彼らは今!!
「気持ちいいぃぃぃーっ!!」
「やっぱり夏は海よねー」
海に来ていた!
──ハワイの。
「か、カグヤちゃーん」
「何よ、こっちは海で遊んでんのよ? 少しは空気読みなさいよ!」
日本総理大臣月都帝は、恐る恐る娘の月都カグヤに連絡を取ったが、予想通り強い剣幕で返事が返ってきた。
「ごめん、ごめんってば! で、なんでWCもいないのに、ハワイにいるのかな?」
「一、WCが来ると思ったから。二、エーテリオンの空調が壊れて暑かったから。三、一度行ってみたかったから。以上」
「主な理由は二と三ですね、わかります……」
「それじゃあ私一泳ぎしてくるから、もう変な理由で連絡しないでね」
「あ、待っ──」
まだまだ言いたいことがあった帝だったが、カグヤはそんなこと露知らず通信を切り海へパタパタと走っていった。
「まったくカグヤめ、何故こんなところへ来なければならないんだ。時間の無駄だ」
「それもそうてすけど、たまにはいいじゃないですか、相馬さん。せっかく海にまで来て何もしないというのは、それはそれで時間の無駄ですよ」
「それもそうか。まあ……君は端から泳ぐ気満々のようだがな」
制服姿で南国ビーチに立ち、文句を言う赤城相馬は、隣に立つパレオ姿の葵貴理子を横目で見て、呆れたように言った。
これ以上見続けたら目が釘付けになりそうなスタイルだったので、相馬はそそくさとエーテリオンに戻っていった。
……
「なあ……大輝」
「どうした、飛鳥」
神谷大輝と神野飛鳥は、パラソルの下で体育座りの姿勢で、視線を右へ左へと絶え間なく動かしていた。
「生きてて、よかったな」
「ああ、まったくだ」
初っぱなから舐めるように見ては、ガードが固くなると予想した大輝の案により、少し泳いでから観察を始めたが、効果はバッチリ現れ、誰もその姿を隠そうというものはおらず、みんな水着姿でキャッキャウフフと楽しんでいた。
無論、その眼福すぎる光景のおかげで、二人は体育座りの姿勢を崩せずにいた。
「さすが元覗きの主犯格ですね、飛鳥さん」
「み、命……な、何のことかな? ってか、何でスクール水着?」
「私のようなツルペタクールキャラの鉄板かと思いまして、着てみました。泳ぐ気は更々ないですけどね」
紺色旧スクール水着姿の命はシートの上に座るため、飛鳥の隣に寄り添うように体育座りをする。その手には横長でクリアブルーの携帯ゲーム機を持っており、座ると同時にプレイを再開する。
「クールキャラは普通自分の事をクールとは言わないと思うぞ……俺」
「それは主人公が自分の事を主人公と言わないのと同じじゃないですか?」
「……何でもないです、クールでいいです」
あまりに的確な返しに、思わず飛鳥も敬語で謝罪する。
「じゃあ、私も飛鳥さんのこと主人公と認めてあげます」
「お前はどんだけ上から目線なんだよ……まあ、認めてくれるのはありがたいけどな」
「お前にプライドはないのか、主人公として」
「わかってないな、大輝……主人公に必要なのはプライドじゃない、力と──人気だ!」
お前はこんなことで得た人気でいいのか? と、問いかけるように飛鳥を見る大輝だが、その自信満々な態度を取るコイツに何を言っても無駄だと悟り、開きかけた口を閉じた。
──実際半分は達成してるわけだし……。
「ちょっとアンタ達、いつまで休んでんのよ。今日一日だけなのよ? 休むなら帰ってからにしなさいよ!」
「いいだろ、好きに楽しんだって」
「バレてないつもりでしょうけど、さっきからチラチラ見てるのぐらい、わかってるんだからね! ほら、とっとと立って……」
「あ、バカ! 今は──」
見かねたカグヤが座っていた飛鳥を引っ張り上げ立たせると、同時に飛鳥の若さゆえに勃たせているアレをカグヤは目撃する。
その後カグヤの張り手が飛んでいくのは、もはやラブコメの予定調和とも言えるお約束であった。
「あんたバッカじゃないの! 死ねっ、死ねっ、死ねっ!!」
お約束と少し違うとするならば、ダウンした相手に何度も蹴りをいれるところだろう。
動かなくなった飛鳥を見ると、カグヤはフンと言い捨てて、皆の待つ海へと戻っていった。
……
そんな、青春の1ページをみんなが刻んでいる頃、エーテリオン艦内の一角では……。
「あーあ、いいなぁ海……二人共本当に行かないんですか?」
「しつけーぞ三蔵、いかねぇって言ってるだろうが!」
せっかくの海だというのに、一向に行く気配を見せず、艦内に居座る一之瀬零と阿久津宗二に合わせて、桑島三蔵は一緒に残っていた。
「そんなに行きたきゃ勝手に行け、私は行かない」
「俺もだ」
「……わかりました、では勝手に行かせてもらいます」
長い時間二人に合わせていた三蔵は少し怒ったように言い、それで相手が怒っても困るので、サッと部屋から出ていった。
「…………」
(私が行ったらみんな怖がって楽しめないだろうし……)
(僕が行ったらみんな怖がって楽しめないだろうし……)
(でも、よりによってこの人と二人っきりかぁ……)
損な役回りの二人は周りに迷惑をかけまいと思い艦内に残る一方、そんな相手の事も知らずに互いに無言のまま睨み合っていた。
……
「さーて、女子の水着姿もいいが……ここはハワイ、ならば、探すはやはり外人のダイナマイトヒップよ!」
鼻の下を伸ばすハゲ坊主は、高まる興奮を解き放つようにビーチを駆け回る。
視線は常に女の尻、そこにカモフラージュやチラ見というものは存在せず、堂々とガン見しては次へ次へと目標を変えて走り続ける。
これが世界を守る正義の味方の、一人の姿である。
「やはり、日本人と違い全員デカイ……だが、大きければ良いというものではないのだ、俺の理想を舐めるなよ!」
そんな理想、誰も関わりたくはないだろう。
ただ一人砂浜を駆ける三蔵だったが、尻を夢中で追っている間に、誰もいないビーチの端へとたどり着いていた。
「ふむ、眼福ではあったが、心から惹かれる尻はなかったか……残念だ……ん、あれは?」
ここに来て初めて、三蔵の腐った眼に尻以外のものが目に入った。
──それは、漂流されて流されてきたような女性の姿であった。
「おいおい、マジかよ!」
これでも一応人並みに正義感を持つ三蔵は慌てて彼女の元へ駆け寄ると、体を仰向けにし状態を確認した。
「これは……し──」
その白い顔を見て驚いた三蔵は、思わず彼女から手を離し後ろに倒れる。
「し、死ぬほど可愛い……ハッ! 俺が尻以外で女に欲情を抱いただと……バカな!?」
間違いなくお前はバカだ。ここに誰かがいたならば誰もがそう言うだろう。
「いや、今はそんなことはどうでもいい、キス──じゃない、じ、じ、じじじ、人工呼吸と胸を──違う違う、し、ししし、心臓マッサージをしなければなぁーッ!! うん、生死に関わる必要なことだもんなぁーッ!!」
まるで誰かに同意を求めたいかのように声を大にして何度も叫ぶと、まるでタコのように耳まで赤くし、彼女の唇に顔を近づける。
──が。
「ん──ここは……ッ!!」
「んおっ!? いててぇーっ!!」
幸運にも唇が重なる直前に目を覚ました少女は、華麗に三蔵の唇を回避すると、クルリと背後に周りサブミッションを掛ける。
「銃が──! いや、私は……確か」
「いててー……ってあれ、止めてくれた?」
三蔵を取り押さえようとする中、状況を理解した少女はゆっくりと絞める手を離し、三蔵から距離を取った。
「ごめんなさい、急に意識を取り戻したから暴漢と勘違いしました。あなたは私の身を案じてくれたのに……本当にごめんなさい」
「い、いえいえいえ、無事ならいいんですよー、無事ならー」
暴漢みたいな事が目的だった男は失敗したことを悔しがるも、自分の行いを反省し、彼女の礼に答える。
「ところで、ここはどこですか?」
「えーっと、ハワイです、はい。それにしても日本語、お上手なんですね」
「ん……? あっ、そ、そうですね、今時はやはり英語だけでは生きていけないんで……」
慌てた様子で首のチョーカーを手で隠すように押さえる、その少女の仕草に特に何も思わなかった三蔵は、いっそこの状況を活かして、少しでもお近づきになろうと企んだ。
「そうなんですかー……ところであなたのお名前は? 私は桑島三蔵と申します。どうして倒れていたのですか? それに変わった格好だ……いえ、詮索するわけではないですが……あ、好きな食べ物とかありますか? 和食なら自分でも作れるんで、今度ご馳走しましょうか? それに若いですね、おいくつですか? 自分は16歳です。出身は? 兄弟や姉妹はいますか? よければ住所と電話番号を教えてください。よければ自分のも教えますよ、それから──」
「あ、あの!」
「え?」
(し、しまったー! つい調子に乗って、自分のペースで話してしまった。ダメだ、スタートは良かったのに、これは絶望的だーっ!!)
少女に声をかけられて、ハッと我に帰る三蔵。しかし、気づいた頃には彼女は困惑した顔でこちらを見ていた。
お経を読む事が日課のような三蔵の口からペラペラと発せられた質問の嵐は、それはもう他人からしたらお経と大差のないほど、何を言っているのかわからないものであり、そんな表情をされるのは当たり前であった。
「す、すみません、自分ばっかり話してしまって!」
「い、いえ、構いません。全部はお答えできませんが、少しだけなら……」
「……え?」
「兄弟は弟が一人いました、出身は合衆国、歳は同じ16歳、好きな食べ物はホットケーキ、名前は──」
三蔵と違いゆっくりと質問に答える少女はそこまで答えていくと、一度息をついてその名を言った。
「シャーロット・エイプリーです」
「……シャーロット・エイプリー……フッ、ときめくお名前です」
この時の三蔵はなにも気にすることなくその名を呼び、キラリ歯を輝かせてそんな感想を添えた。
「あの……もしよろしければ、故郷へお送りいたしましょうか?」
「で、できるのですか?」
「は、はい、もちろんです。これでも自分、正義の味方ですから」
先程まで欲望に走っていた男は、自らの事を正義の味方だと称して、シャーロットに詰め寄る。
「ですが、あなたにはそのようなこと、出来ないと思いますが……?」
「フッフッフッ……正義の味方をあまり侮らないでください。ついてきてください、シャーロットさん」
「……はい」
まるで王子様気分に浸っている三蔵は、困っている少女に向かってその手を伸ばす。
日本ならば事案として挙げられるような行為であるが、そういう経験のないシャーロット自身もどこか満更でもない顔でその手を掴む。
──しかし、そんな甘い関係は十分として持つことはなかった……。
「こ、これは……エーテリオン!?」
「シャーロットさん、よくご存知ですね。実は自分、ここでパイロットをやってるんです」
「パ、パイロット!?」
「はい、あ、ちょうど整備中見たいですね、アレです、アレ」
「あれ……は……」
様々な事実に声を上げて驚くシャーロット。そんな彼女へのトドメとなったのは、開いていたカタパルトから見えたドライである。
自分の乗る機体を破壊した相手が、今まさに自分の手を握っていたのだ。
「では、中に入りましょ──」
「汚い手で触るな!」
「いったぁっ!」
罵倒の言葉と共に三蔵に掴まれていた手を引き抜き、その勢いで空いた左手でビンタをお見舞いした。
「シャ、シャーロットさん?」
「──ハッ! すみません、何と言うか……あなたは生理的に受け付けません」
「なぁーっ!?」
シャーロットの放ったその言葉は、三蔵の頭の中で無限にこだました。
「ちょっと三蔵、そんなところで何ぼーっと突っ立ってんのよ? ってか、あなた誰?」
「カ、カグヤ……この人は……」
「私はシャーロット・エイプリーと言います、海で流されて倒れていたのですが、この人がこの船で故郷に送る代わりに一発やらせとほしいと!」
「言ってないですよね!? 最後の一言、自分言ってないですよね!! シャーロットさん!?」
いきなりの手のひら返しに、三蔵は慌てて発言の訂正を要求するが、カグヤを含む他のみんなの見る目は「ああ、コイツついにやったか」と言いたそうな、蔑みの目であった。
「シャーロットさん……あ、長いからシャロって呼ぶわね……とにかく災難だったわねシャロ、だけどあなたの故郷へはすぐに行けない、私達にも使命があるから──でも、もし私達の行く先があなたの故郷になったら、その時は必ず送り届けるわ……でも、それまではコイツと同じ屋根の下で生活しないといけないけど、それでいい?」
「はい、大丈夫です」
「そう、ならよかったわ」
心配するカグヤに対し、シャロは困る顔も見せずキッパリと言うので、カグヤは心から安心した。
「でも、さすがに部外者を乗せて行くのはダメじゃないですか? また帝さんが文句言いますよ?」
「たしかに……またうるさくされるのは面倒ね、かといってコソコソ生活させてたら、三蔵が見えないところで何するかわからないし……」
「いや、何もしないからね!? 何かするの前提で話さないでくれる!?」
五月蝿く抗議する三蔵だったが、周りはそれをスルーし頭を抱える。
「そうだ、あなた歳は?」
「今年で十六です」
「同い年……なら、いけるわね」
「どうやってですか? カグヤさん」
「簡単なことよ、学校のお約束行事といったら転校生……だから、シャロちゃんを転校生として迎え入れるのよ!」
「また無茶苦茶言うなぁ、この人は……聞いたのは僕ですけど」
ロクな発想ではないと予想していたが、本当にロクでもない答えに、思わず呆れた反応をする光。
「じゃああんたは可哀想な女の子一人置いてけっていうの!? シャロちゃんは今心身ともに三蔵に痛め付けられてるのよ!? あんたがそれでも引かないって言うなら、あんたと三蔵をここに置いていくわよ!」
「それは嫌です」
「待て待て待て待て!! 心身ともに痛め付けてないから! むしろ心身とも痛め付けられてるの俺だから! あと、なんで俺が置いていかれることになってんの!?」
「それは日頃の行いが悪いせいです」
追い討ちをかけるかの如く、命の言葉が三蔵の胸を抉る。
「待てよ、俺が何やったつていうんだ! 毎日普通に授業受けてるだけだろ? そりゃ少しはエロいよ? でも他の男子と変わらないぐらいじゃん、俺悪くないじゃん!」
「何と言うか……見た目?」
「ハゲ=変態みたいな扱いやめろよ!」
「でも私、知ってますよ。三蔵さんがー、階段の下でー、医療班のー──」
「わあああぁぁぁぁぁーっ!!」
命の言葉を聞かせないように大声で叫ぶが、もうほとんどを聞かれてしまい、彼を見る目は更に冷たいものになった。
「行きましょうシャロ、制服のサイズ合わせてあげるから」
「ありがとうございます」
「あ、ああ……さらば、初恋の人……」
こうして三蔵の恋は一年、一日、一時間と持たずに幕を降ろした。
(……エーテリオンへの浸入がこうも容易いとは……必ず占領して私達の物にしてみせる。見ていてください隊長……)
こうして、シャロことシャーロットという新たな生徒を乗せ、エーテリオンはハワイを後にした。