第三話 艦長、覗きです。
エーテリオン内の居室の一つ。その部屋の二段ベッドの上段には、男と男が抱き合う数札の薄い本が教科書にカモフラージュされながら置かれており、それに対しベッドの下段には、可愛いぬいぐるみが狭いベッドの中に山のように詰められていた。
入り口の表札にある名前は、葵貴理子と一ノ瀬零。
薔薇色の薄い本の持ち主は無論、BLメガネな副委員長こと、葵貴理子の物であるとして、もう一つのファンシーなベッドの持ち主は、あろうことか二大危険人物と艦内でも有名な、あの零のものであった。
「ううっ、貴理子ちゃーんっ!」
「ああもう、そうやってすぐに泣くな。話ならちゃんと聞いてやるから、な?」
テーブルを挟んで互いに座って向かい合う二人だったが、ちょこんと正座をしていた零が急に机に伏せて泣きはじめるので、慌てて貴理子が慰める。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「昨日の戦闘でね、ちょっと機体の関節の動きがぎこちないなーって思ったから、整備班の佐藤君と山田君に言ったの。そしたら今日二人がゲッソリして倒れててね、他の人から話を聞いたら、誰かに脅されて寝ずに整備してたって言うの。私はちょっと言っただけなのに、それなのに、それなのにぃ……」
「ああ、ああ、わかった、わかったから泣くな」
零は泣いていた。日頃「死ねえぇーっ!」だとか「殺されてぇか!」などという言葉を使う人間とは思えないほどに、弱々しく落胆し、泣いていた。
「もう少し……なんだ、昔の自分に戻ってみたらどうだ?」
「地味で弱虫だからイジメられてたんだよ? もう前の自分には戻りたくないよ……」
貴理子が彼女から聞いた話では、零自身も弱い自分が嫌だと感じていたので高校デビューを目論んだところ、今の狂気的な姿になっただけであって、他人に恐怖を叩き込むつもりはまったくないのであった。
(とはいえ、派手で強く生きようと思うだけで、ここまで変われるとはな……中身の本質は変わってないみたいだが)
二重人格を思わせるその豹変っぷりに、貴理子も驚きを通り越して呆れてしまう。
「どうすればいいと思う? 貴理子ちゃん」
「昔に戻れとは言わないが、もう少し周りに対して優しくなったらいいんじゃないか? その、言葉使いとか……」
「優しく、か。できるかな、私に」
「で、できるんじゃないか? 多分」
さすがの貴理子も、零ほどの人間に対し「大丈夫だ」と太鼓判を押すこともできなければ、「ダメだろう」と突き放すこともできなかった。
……
──同時刻、他の部屋
その部屋のベッドの上段には教科書とノートと参考書がきちんと整頓されて並べられており、ベッドの下段にはお手製の小さなぬいぐるみが数体枕元に添えられていた。
入り口の表札にある名前は、赤城相馬と阿久津宗二。
上段の整頓された教科書類は無論、超高校級のクソ真面目委員長、赤城相馬の物であり、もう一つのベッドの持ち主は、あろうことか二大危険人物と艦内で有名な、あの宗二のものであった。
「はあ、赤城君……」
「まったく、今日は何があったんだ阿久津」
テーブルを挟んで互いに座って向かい合う二人だったが、ちょこんと正座をしていた宗二は暗い面持ちで口を開くので、面倒見のいい相馬は話を聞こうと耳をすました。
「昨日、新作のぬいぐるみを作ってたら、針で指を刺しちゃってね、血が止まらないものだから、怖くなって医療班に行ったんだ。そしたら森さんと渡辺さんが慌てて真人先生を呼びに行ったんだよ……後で聞いた話だと、僕が怪我をするのは喧嘩ぐらいだろうから、艦内に重傷患者がいるに違いないって、思われたそうなんだ。あんまりだよ、ううっ、あんまりだあぁぁーっ!!」
「ああ、わかった、わかったから泣くな」
日頃「死ねよやぁーっ!」だとか「ブッ殺す!」などという言葉を使う人間とは思えないほどに、弱々しく落胆し、ついに宗二は声を上げて泣いた。
「もう少し……なんだ、昔の自分に戻ってみたらどうだ?」
「木偶の坊で弱虫だからイジメられてたんだよ? もう前の自分には戻りたくないよ……」
相馬が彼から聞いた話では、宗二自身も弱い自分が嫌だと感じていたので高校デビューを目論んだところ、今の凶悪的な姿になっただけであって、他人に恐怖を叩き込むつもりはまったくないのであった。
(とはいえ、活発的で強く生きようと思うだけで、ここまで変われるとはな……中身の本質は変わってないみたいだが)
二重人格を思わせるその豹変っぷりに、相馬も驚きを通り越して呆れてしまう。
「どうすればいいと思う? 相馬君」
「昔に戻れとは言わないが、もう少し周りに対して優しくなったらいいんじゃないか? 粗暴な言葉使いとかをだな……」
「優しく、か。できるかな、僕に」
「で、できるんじゃないか? 試してみなければわからないがな」
さすがの相馬も、宗二ほどの人間に対し「大丈夫だ」と太鼓判を押すこともできなければ、「ダメだろう」と突き放すこともできなかった。
……
──同時刻、教室
二名の人間が深刻な悩みを打ち明けている一方で、電気の代わりに蝋燭を灯し、席に座る者達。全員が同じ仮面を被り、互いの素性を隠しながら集まった、集団の名称はBF団──少年の異常性欲、ボーイズフェティシズムの略であり、他意はない。
「綺羅凛!」
「「綺羅凛!!」」
団長と思われる人物が左手で作ったピースを目元に当て、合言葉であり、BF団の挨拶でもあるその言葉を口にすると、他の団員も同じ動作で言葉を返す。
ちなみに綺羅凛とは、現役アイドルながらパイロットに選抜された緑川凛と、アイドルとしてデビュー間近だった黄瀬綺羅の名前を繋げて出来た言葉であり、他意はない。
「今日集まってくれたのは他でもない、BF団技術班である我が同志達が、ようやく我々の夢の架け橋を作り上げてくれたのだ」
「では、ついに完成したのか」
「そうだ、我らが桃源郷である裸体の園への道がついに完成したのだ!」
教室の中に、男達の歓喜の声が溢れ出す。あるものは仮面下から涙を流し、あるものは歓喜故に股を押さえて前屈みになる。
「勿体ぶらずに、我々に道の説明をしてくれないか」
「慌てるな、言わずとも見せてやろう。これがその道だ!」
授業用であり、敵の情報を表示するための黒板型モニターに、エーテリオンの断面図が表示される。
「今まで、裸体の園の周辺には、我々BF団の侵入を拒むかの如く鋼の門が存在していた。厚さはこの方舟の装甲と変わらず、まず破壊は用意ではない。先に侵入を試みたこともあったが……小さき監視者が至るところに存在し、約束された時刻の間、その存在を確認されると同時に、異端者を知らせる鐘の音が鳴り響く……そこで私が目をつけたのは門の外に存在する大気の通り道である」
断面図は拡大され、大気の通り道(通気ダクト)を映し出す。
「ここへの侵入は我々の体型であっても容易で、秘密利に移動が可能である。勿論、桃源郷の作り手もそれは予想済みのこと、この抜け道は門の内側には通ってはいない──が、我々が誇る技術班の者達が、ついに門の内側へと繋がる道を作り上げたのだ。これにより、桃源郷への道は開かれた、後に捌きの鉄槌が下ろうとも、我々はその桃源郷へ足を踏み入れる権利を得たのだ!」
その言葉により、再び教室には男達の歓喜と欲望の声で満たされていく。
「お前は誰狙いなんだ?」
「愚問だな、神崎刹那ただ一人だ」
「ほう、巨胸狙いか」
「否、目の前の大きさしか見えていないとは、貴様もまだまだ未熟だな。神崎刹那の真骨頂は鍛え上げられ、よい形を保ちながらも、存在感を隠さないその大きな尻だ。魚見焔も中々に鍛え上げられてはいるが……まだまだ小さい。やはり理想の安産型は神崎刹那ただ一人だ」
「なるほど、まだまだ俺も甘いということか……尻とは奥深い物なのだな」
長々と尻について語る仮面を被った謎のハゲに、男は未熟さを認めながら、尻の良さに気付く。
「やはり葵貴理子殿のメガネを外した姿は興味深い……」
「眼鏡はあるからこそ至高、外すのは邪道だ。いや、むしろ女子全員に眼鏡をかけさせたい!」
「お、おでは茨たんのツルペタが見れればそれでいいお、バレても罵られれば尚良しだブー」
「やはり綺羅凛コンビは見逃せませんね、まだグラビア未経験の彼女達の裸体……拝まずにはいられません」
「ところで団長は誰狙いなんですか!?」
団員達が互いに己の欲望を語り合う中で、団員の一人が教壇の上で構える団長に声をかける。
忘れてはいけないが、ここにいるのは全員、世界の平和のために戦う戦士達である。
「……確かに、パイロット及びブリッジクルーは美少女揃いではある……だが、ここに私の求める者はいない。私は真の美女を知っているのだよ」
「真の美女だと、それは誰なんだ一体!?」
「同年代とは思えぬ優しさと包容力、そして俺の目測によれば大きさ、形、共に一番の巨乳であり、他の部位も文句のつけようのないナイスバディ、通称、医療班の女神──姫乃川綾瀬!」
「姫乃川綾瀬、そうか、彼女がいたか!」
「そこに目をつけるとは、さすがは団長、恐れ入った」
「当然だ、何せ俺は主人公なんだからな」
自らを主人公と称す、謎のBF団団長。彼の素性は誰も知らない。
「さあ、行くぞ。若き清浄なる欲望のために!」
「「若き清浄なる欲望のために!」」
禁断の女湯覗き。変態ども──もとい、紳士達の進撃が始まろうとしていた……。
……
そんな餓えた野郎どもの進撃など露知らず、エーテリオン女性大浴場ではほぼ全ての女生徒が集まっていた。
「はーあ、敵が来ないとやっぱり退屈ね。授業とか拷問に近いわ」
「あはは……でも、たまに体育だってあるじゃないですか」
「体育服装になった途端、男子がジロジロ見るのよ? イヤよ、イヤ。綺羅ちゃんも少し気をつけなさいよ? アイドルなんでしょ」
「私はまだデビュー前です、ちゃんとしたアイドルは凛さんですよ」
綺羅は視線をカグヤから外し、自信の無さそうな顔をする。
子ども時代からテレビに出演し、今の地位に立つ凛と、デビュー前の自分とでは、アイドルとしての実力は天と地ほどの差があると、ずっと感じている。
「大丈夫大丈夫、綺羅ちゃんは中身も可愛いから、すぐに追い付け──」
「何の話」
カグヤが気楽にそんな事を口にすると、ちょうど凛が風呂場から上がってきた。クール系を売りにしているアイドルだけあって、目付きが少し鋭く、あのカグヤも少したじろいだ。
「あー、えっーと、綺羅ちゃんの操縦技術の話。あんまり撃墜数稼げてみないだから」
「そ、そうです、そうなんです」
「……そう。それなら簡単な話よ、綺羅は周りの状況に翻弄されて、すぐに敵の行動に対応できていない。だから、他の三人に援護されてばっかりで、敵を倒せないの。技術は問題ないは、もう少し冷静に対応できればいいだけよ」
周りには無関心のように見えていた凛だったが、カグヤを前にして的確で簡潔な説明を綺羅に伝えた。
「ま、頑張りなさい」
「は、はい、ありがとうございます!」
未来の大先輩に指導を受けた綺羅は、体を少し震わせながら深くお辞儀をした。
「……あと、前ぐらい隠しなさい」
「え、はひゃあっ!」
一糸まとわぬ姿の状態でお辞儀などすれば、色々と丸見えになるのは当たり前であり、綺羅は慌ててタオルで体を隠す。
「さすがアイドル、あざといわね……」
「別に狙ってやったわけではありません! うう……」
「ほら、立った立った。早くはいるわよ」
「わっ、カグヤさん、引っ張らないで!」
じれったいことが嫌いなカグヤは綺羅の手をつかみ、無理矢理浴室へと引っ張っていった。
二人が浴室の中へと消えていく中、通気ダクトの中では男達がゴキブリの如く這いより、進行を開始していた。
そして、そのゴキブリ達の出口付近には、周りに迷惑をかけまいと、早々にお風呂を済ませた零の姿があった。
「はあ、優しく話しかけたいのに、みんな私を見たら離れちゃう。何でなんだろ……」
もちろん十中八九日頃の行いが原因であり、今さら仲良くしようと必死に考えたところで、根付いた零の印象はあまりにも強力であり、近づいて話をすることすら困難であった。
「話し相手……阿久津君なら話せるかな……私と違ってホントに怖いし、逃げたりはしないよね?」
悩める乙女は、彼女と同じことで悩んでいる少年のことを頭の中に浮かべる。零がここまで変わったのも、この艦に乗る前に悪キャラへと変貌し、他人に恐怖を与える宗二に負けまいと、対抗するためであった。
それに対し宗二が更に凶悪的にり、対抗して更に零が凶悪的になる。互いにおかしなベクトルで切磋琢磨した結果がコレである。
「でも笑われるんだろうな……それどころか、今までのお返しにイジメられたらどうしよう……うぅ、怖いよぅ」
ガチャン!
「ひゃあぁっ!」
突然ダクトの扉が外れ、地面に落下した。思わず変な声を出してしまった零は、恥ずかしさで急いで口を塞ぐ。
「なんなの、一体……」
身を縮ませ、恐る恐る遠くから様子を眺める零。次の瞬間、押し出し式のところてんを連想させるかのように、次々に仮面を着けた黒ずくめの男達が排出された。
(なにこの人達、私達を連れ戻すための政府の回し者? それとも戦艦目的のテロリスト?)
「おい、ヤバイぞ。危険者リストの一人、一ノ瀬零だ」
「くそっ、なんて運が悪いんだ」
「慌てるな、俺が奴を抑える、その隙に皆は行け」
「でも、お前は神崎刹那を──」
「案ずるな、一ノ瀬零はこの艦二番の安産型だ。相手にとって不足は──ケツの脂肪だけだ!」
仮面をつけたハゲが手をワキワキと動かしながら走り出す。
たとえ楽園にたどり着けずとも、彼の求める尻はそこにある。その思いだけが彼を突き動かした。
(何!? もしかして私、捕まって乱暴されるの? いや、そんなの、イジメられるのは──イヤっ!!)
次の瞬間、彼女は覚醒した。
「何ふざけたことやってんだ? あぁん!? 三蔵よぉ……」
右手によるアームクローは掴みやすいハゲ頭をガッチリと捉え、頭蓋が砕けるほどのパワーで締め上げる。
「三蔵だと……お前、三蔵だったのか!」
「くっ、何故バレたんだ……」
「テメェはヴァカか!? こんなハゲ頭、テメェ以外この船にはいねぇんだよ! そもそも、仮面だけで素性隠せると思ってんのかテメェら! 前列は右から整備班の佐藤、鈴木、山田、田中、それと一番左は神谷大輝、バレバレなんだよッ!!」
怒声と共に零は片腕の腕力のみで、頭を掴んでいた三蔵を変態集団に目掛けて投げ飛ばす。
「やはり危険人物の一人、突破は難しいか。どうすれば……」
「はっ、言っただろ、俺に任せろってな……うおおぉぉーっ!!」
頭を締め付けられて、更にそのまま投げ飛ばされて、すでに限界に違いはずの三蔵は、壊れた仮面を投げ捨てて、再び走り出す。
「三蔵!? 無茶だ、そんな体で勝てるはずが──!」
「しつけぇッ!!」
「ぐふっ! 忘れるなお前ら……俺達の勝利は誰か一人でも楽園にたどり着く事だ、そのためにここで倒れたとしても、俺に杭は──神崎の裸体と尻を残して他にない! だから、行けえぇぇーっ!!」
零から痛恨の右ストレートを受けつつもそれを耐え、彼女の腰に両腕を回し、ガッチリとその体を抑え込む。
「……全員突撃だ」
「しかし、三蔵が!」
「あいつは……あいつは俺達が誰かも知ずに、行けと言った。その意思を、あいつの心を無駄にするわけにはいかないんだ……進め、進むんだ! 俺達の楽園へ!!」
「くそっ、三蔵、お前の死は無駄にはしないぞ!」
互いに仮面の下から涙を流し、皆が二人の脇を抜けて前進を開始した。
「そうだ、それでいい」
「なにが、それでいい、だ! 気持ち悪いんだよ、いつまでもくっついてんじゃねぇぞ!」
二回、三回と膝蹴りが三蔵の無防備な腹部に目掛けて打ち付けられる。一発ごとに彼の意識は遠くなり、視界が霞んでゆく。もう三蔵に彼らの姿は見えなかった。
「俺の勝ちだぜ、隊長……」
最後の力を振り絞り、その手を尻へと進める。しかし、指先に少し衣服が触れたところで、彼の両手はダラリと落ちていった。
……
「──はっ!? 団長、気づきましたか、三蔵が……三蔵が!」
「わかっている……みんな、聞いてくれ」
若さ故に、三蔵のなにかを感じ取った団長は、疾走の最中口を開く。
「この楽園への道は、神の鉄槌と共に間違いなく閉ざされる……だが、もし……もしも、鉄槌を下す神に一矢報いる事ができるのだとするなら、これが最後の機会だ。何人の人間が辿り着けるかはわからない、もしかすると誰も辿り着けないかもしれない、だが忘れるな、この戦いは俺達の命が懸かった聖戦であると!!」
「ウオォォーッ!!」
団長の厨二混じりの言葉に、男達の士気が最高潮に達し、一同の団結が確固たるものになった。
「では、先駆けは私が!」
「待て、独断先行は危険──!」
「聖戦か……ならば貴様らの聖戦とやら、私が断ち斬らせてもらう」
隊を先行した一人が、廊下の角から現れた剣豪に足を切り払われて転倒し、走っていた勢いを止めることも、できずそのまま壁に叩きつけられた。
「あれは危険者リスト二人目の、神崎刹那!」
「まったく、妙に騒がしいと思えば、壁を越えてまで覗きとはな……呆れて何も言えん」
「一ノ瀬零は戦闘力自体は驚くほど高くないが、奴は違うぞ。どうする?」
「大人しく諦めろ、貴様らの力では私を倒すことはできんぞ」
木刀をゆっくり構え、男達の動きに対し全神経を研ぎ澄ませる。必殺の間合いに入った者は誰であろうと斬り捨てられる、その鋭い闘気は周りの者を怯ませる。
──月下神斬流
その太刀筋は美しき月のようでありながら、神をも斬り裂く力強さを兼ね備えている。古くから神崎家に代々伝承されている由緒正しき流派であり、そんな流派を技で打ち破れる猛者など、男達の中にはいなかった。
だがそんな中、一人の男が前に立つ。
「ガラじゃねぇが、誰かが止めなきゃ行けねぇなら、俺が止めるしかねぇよなあ」
「ほう、大輝か」
「さすが隊長、気で相手がわかりますか」
「いや、普通に見ればわかる。隠れてるの目元だけだし」
予想とは裏腹に、そこにはカッコいい理由もなく、思わず大輝はズッコケかけた。が、そんな余裕があるわけでもないので、すぐさま気を取り直して刹那と向かい合う。
「やっぱり俺ってカッコつかねぇな、まったく……まあ、どうでもいいか。あす──団長。俺が作れるチャンスは一瞬だ、合図と同時に走れ」
「大輝、お前──」
「主人公の為に犠牲になれるなら、本望さ……その代わり、必ず辿り着けよ」
「大輝ッ!」
あす──団長の声に振り向く事なく、大輝は木刀を構えた刹那に向かって突撃を仕掛ける。
「囮になるつもりか? だが無駄だ、途中から人数が増えようと、間合いに入った者は全て斬ることができるのだからな」
「試してみないとわかんないでしょうが!」
走りながら腰に手をやると、大輝は自らのズボンのベルトを引き抜いた。
「ほう、それで戦うつもりか。たしかに長さだけならこちらと同等か、それ以上はある、軌道も見極めるのは難しい──が、無駄だ!」
「はっ、誰が戦うなんて言いました、俺はあんたの気を引ければそれでいい!」
「ふん、刀を構えている私が集中力を欠くなど、あるわけが──」
その時、彼女の目には何が見えたのだろうか?
真実を知るのは彼女しかいないが、空を舞うズボンとパンツ、普段見せないような表情と朱に染まる顔から察するに、彼女はおそらく、たぶん、間違いなく、絶対に──大輝のナニを見た。
「今だ、行けえぇぇーッ!!」
いくら日頃堅物キャラで通っている刹那も、所詮はうら若き女子高生。そんな得たいの知れない男の汚物を目の前にすれば、集中力など保てるわけもなく、彼女の横を抜けるように、男達は駆け抜ける。
「はっはっは、勝ちですね、俺の」
「きゃああぁぁぁーッ!!」
おそらく二度と聞けない刹那の可愛い悲鳴と共に、大輝のソレに向けて彼女は容赦なく木製の刃を突き立てた。
「っぐぅあぁぁーッ!! ぅあッ、ああぁぁぁーッ!!」
「──ッ!! 大輝ーっ!!」
その一撃は、辺りにいた者も思わず走り際に股を押さえなければならないほど強烈で。彼や、彼の子孫の犠牲に対し、思わず涙を流す者もいた。
「──っく、うわああぁぁーん!」
精神的一撃を与えられた彼女もまた、その場にぺたんと座り込み泣いていた。
(……へっ、覗き一つするのも……らくじゃあねぇなぁ……なあ、飛鳥)
再起不能と思えるほどの股の激痛を必死にこらえつつ、彼は普段見せない隊長の泣き顔を眺め、ホッコリとした笑顔を浮かべたまま、意識を失った。
手を然り気無く彼女の尻に当てながら。
……
仲間の犠牲を胸に、進軍の手を緩めぬ者達のことなどまだ知らない茨命は、警戒という名目でブリッジに一人残り、整備班にD端子対応に改造させたオペレーター用のモニターを使い、赤と白色の第一世代据え置きゲーム機で遊んでいた。
「やっぱりクソゲーは面白いですね、フフフ……」
「暗いところでゲームをすると、目を悪くしますよ、茨さん」
「んー? ああ、綾瀬さん。どうしたんですか、こんなところにわざわざ」
ウェーブかかった髪、抜群のスタイルに合った少し高めの背丈、顔立ちも清楚で、どこか別の国のお姫様のように美しい。性格も純粋無垢で、誰に対しても優しく、そして非常に渾身的。
彼女こそ団長イチオシ、医療班の女神こと、姫乃川綾瀬であった。
「茨さんは誰かに誘われないとお風呂に行かないですから、お誘いに来ました」
「……ほんと、綾瀬さんは優しい人ですね。それでは行きましょうか、これから一時間ほどゲームを放置しなければ進まないところでしたので、いい時間潰しになるでしょう……む?」
命が画面を元の監視モードへと戻すと、そこには女性浴場に向けて移動する、欲情した野郎の姿がハッキリと映し出されていた。
「これは……」
「堂々と覗きですか。首謀者は……はぁ、何やってんだあの人は」
「どうしましょう、止めるのは可哀想ですが、止めさせなくては皆さんが……」
「ま、ちょちょいのちょいですよ……ポチッとな」
命は得意気にタッチモニターに標示される赤いドクロマークのボタンをピッと押した。
……
「あと少しだ、あと少しで俺達の夢が叶うぞ!」
「ああ、そうだ、みんな走れ、色んな事を考えて走れ!」
『残念ですが、皆さんにはここでご退場してもらいます』
夢を追い、駆ける者達に向けて、唐突に命の冷たい一言が放送で流れた。
『それでは皆さん──死ぬがよいです』
命の冷たい一言の後、ゴトン、と何かが落ちた音が、進行する彼らの後方から聞こえてきた。
「な、なんだ……」
「音が……こっちに!?」
ゴロゴロと音を立てて彼らに迫って来たのは、廊下のサイズにピッタリの重量感のある黒い大球であった。
「ヤバい、みんな走れ!」
『罠は一つではないんですよー』
ハードルや丸太、ハリセンにピコハンなどが、壁や床、天井からも現れ、彼らの行く手を次々に阻んでいく。
トラップに直撃する者、立て直すのに時間を取られた者が、一人、また一人と玉の餌食になっていく。
「くそっ、これが人間のすることかーっ!!」
『私はれっきとした人間ですが、覗きする人に人権はありませーん』
「だが、この角を過ぎれば、目的地はすぐ──うわああぁぁーっ!!」
「な、なんだこれは……穴?」
廊下が抜け落ち、落とし穴と言うには巨大すぎる穴が現れ、一人が犠牲となった。
「落ちたやつは……し、死んだのか……?」
『いやいや、そんなことしませんよ。でも、下は艦内全てのトイレの排水先なんで、落ちたら死にたくはなるでしょうけど……』
命の言葉は事実であった。真っ暗な空間から、およそ人の嗅ぐべき物ではないほどの臭いが少しずつ上り詰め、辺りを悪臭が包むには、さほど時間はかからなかった。
「くそッ、覗き防止のために艦を改造するか、普通!?」
『その言葉、そのまま返しますよ』
「どうする、団長……残ったのは俺たち二人、後ろからくる玉は受け止めるのは不可能、もう長くは持たないぞ」
「……一つだけ方法がある」
「方法?」
「ああ、穴の向こう側に向かって跳ぶんだ」
「馬鹿な、届くはずがない!」
「策はある、俺を信じろ!」
その時彼には、仮面の先から団長の強く輝く瞳が見えた──気がした。
「くっ、わかったぜ、団長……うおぉぉーっ!!」
そして次の瞬間、彼の言葉を信じ、助走をつけ廊下の床を強く蹴り、ロマンを求める少年は大きく跳躍した──が、やはり届く距離ではない。彼は団長の次の指示を聞こうと、すがる気持ちで後ろを振り返った。
「……え?」
その団長の姿は彼のすぐ後ろ──振り返った彼の頭の上にあった。
団長は何も言わず彼の肩に足をかけ、彼を踏み台にすることで、空中で更なる跳躍を行った。一人の犠牲により行えたその跳躍により、団長は対岸に着地する事に成功したのだった。
「俺を踏み台にしただと!?」
「ふふ、聞こえているなら、主人公の踏み台にしかなれない君の生まれの不幸を呪うがいい」
「くッ! 謀ったな、貴様ぁぁーッ!!」
踏み台にされた彼には、もう怒りの気持ちを言葉にする事しかできず、その体は地球の重力に導かれ、汚物の中へと沈んでいった。
『飛鳥さん、あなた、最低です』
「ふん、バレていたか……だがな、命、最終的に──俺が勝てばよかろうなのだーッ!!」
仮面を汚物の穴に投げ捨て、身元を隠す事をやめた飛鳥は、そのまま一人目的地に向けて走り始めた。
彼の進行を止めようと、通路から様々な障害物が現れるが、最大の難関を越えられた今、飛鳥の勢いはそんなちゃちなトラップでは止められなかった。
『むう……』
「ハッハッハァッ! 無駄無駄ァッ!!」
戦闘要員である二人も、命の罠も回避され、もう彼を止める者はいなくなった。
腕っぷしだけならば、魚見焔も戦闘要員としての実力があるのだが、トレーニング後はスポーツパンツに上半身はタオルのみがデフォルトの彼女には、決定的に恥という要素が足りておらず、覗きに対しての戦力にはなりえなかった。
「たどり着いたぞ、俺のヴァルハラアァァーッ!!」
「……きゃあぁぁーっ!!」
神聖にて不可侵と思われていた空間に突然現れた飛鳥の姿を見て、医療班生徒達の少し遅れた悲鳴が脱衣所に響き渡った。
右を見ても左を見ても、肌色、肌色、肌色。みんなすぐにしゃがんでしまった為、大事なところは見ることができないが、それでも、この光景は思春期の高校生には充分興奮できる空間となっていた。
「綾瀬、綾瀬はどこだ!? ここにいないと言うことは……奥かッ!!」
グルリと脱衣所を見回し、目標を発見できなかった飛鳥は、昂る興奮に身を任せ、そのまま脱衣所の更に奥、浴槽への扉へと手を伸ばす。
「騒がしいわね、何事? 虫でも出て──」
「あっ……」
「…………」
扉に伸ばした飛鳥の手が掴んだもの、それは少し大きめの女子の──カグヤの生乳であった。
「ちがっ、コレにはわけが!」
「この虫がああぁぁーッ!!」
「ぐほあぁーっ!!」
「さーて、他に何か言うことは?」
「……もう一回触らせ──いってぇぇっ!!」
「そこは素直に謝れ、この変態が!!」
顔面、それも顎をえぐるような全力パンチを叩き込まれ、飛鳥の体は宙を舞った。
「大体、ここにいる時点でおかしいのよ! 覚悟できてんでしょうね?」
「フッ、そんなものは──ない!」
立ち上がると同時に体を反転、一直線で出口へと突き進む。ここから逃げ出せば勝ちだ、飛鳥はそう思っていた。
「女子脱衣所ロック!」
「なっ!? どうやって!」
「この艦はねぇ、艦長である私の音声認識でも動くのよ……さて、ボロ雑巾にしてあげるわ」
「まて、話せばわかる」
「わかるかぁーッ!!」
その場にいた女子達から、本物の暴力というのを骨の髄まで味あわされた結果、体がボロボロになる代わりに、飛鳥は何かに目覚めかけた。
……
「せーのっ!」
「バカ、やめろ! やめて、やめてください!」
トドメに飛鳥を待っていたのは、あの汚物への穴であった。
複数人に掴まれ、身動きの取れない飛鳥は、呆気なく穴へと吸い込まれていった。
「うおぉぉーっ! まだだ、まだ終わらんぞーッ!」
わずかな隙間に指をかけ、最後まで抵抗をやめない飛鳥。しかし、彼を穴へと誘うのは、上に立つ女子だけではなかった。
「!? なんだ、何かに引っ張られて……」
「さっきはよくもやってくれたなあぁぁーっ! 飛鳥あぁぁぁーっ!!」
汚物の中から、先程踏み台にされた少年が飛鳥の足へと手を伸ばし、自分のいる世界へと引き込もうとする。
「やめろバカっ! 脇役の分際で主人公の足を引っ張るな!!」
「誰が脇役だーっ!」
「クソッ、こんなところで落ちるわけには、落ちるわけにわあァァーッ!!」
必死の抵抗もむなしく、飛鳥の体は落ちていった。
こうして少年達の覗き大作戦は、首謀者が汚物へと消えることで幕を閉じ、BF団は壊滅した。
……
一方、そのころ。
「はぁ、またやっちゃった……これじゃあ、また怖がられちゃうよ……」
あの後、一人の男を再起不能のレベルまでボコボコにしたところで我に帰った零は、ドンヨリとした気分のまま艦内をトボトボ歩いていた。
──そこに
「あ、あれは──阿久津君……頑張れ私、今日こそ打ち明けるんだ、今日こそ……!」
グッと拳を強く握り、その瞳にやる気を灯しながら前進を開始した。
一方、その相手は……
「はぁ、また医療班の女の子に怖がられちゃった……。ただ指に針刺しただけなのに……」
可愛い趣味により怪我をしたうえに、またも女の子に怖がられ、そのショックにより、ショボンとした表情で艦内の廊下をフラフラと歩いていた。
その先に現れたのは、同じ悩みを抱える零であった。
「あ、あれ、一ノ瀬さんだ……。一ノ瀬さんなら、本当の事言えるかな? 僕と違ってホントに怖いし……うん、言ってみよう……!」
残る気力を振り絞り、その目をやる気で燃やしながら、こちらも前進を開始した。
(打ち明ける、打ち明ける、打ち明ける、打ち明ける……)
(言う、言う、言う、言う、言う……)
(──ッ! 阿久津君のあの目、怒ってる!? い、今打ち明けたら、絶対にイタイことされる!)
(──ッ! 一ノ瀬さんのあの目、怒ってる!? 今言ったら、絶対にボコボコにされる!)
((いつも通りにいかないと、やられる……!))
その結果──
「おい、何ジロジロみてんだよ、阿久津よぉ。溜まってんのか? お前」
「あ? テメェには関係ねぇだろうが、犯すぞコラァッ!」
二人の悩みが解決する日は、まだまだ遠いようだった……。