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第十九話 艦長、三帝貴族戦です。

 ……バイオレッド出撃前、エーテリオンブリッジ


「敵、更に増加……飛鳥さん、押されています」

「くっ、もっと援護できないのか!?」

「エーテリオンを前線に突っ込ませば可能ですが?」

「それでは逆に飛鳥の負担になる! くそっ、私はやはりなにもできないのか……」


 相馬は自分の不甲斐なさに嘆きながら、机に両手を当てうつ向いた。


「……ん、はいこちらブリッジ──ああ、終わりましたか、分かりました」

「終わった? 何の話だ──おい、なんのつもりだ!」


 どこかと通信を終えた命は相馬の元へと行くと、彼の体を机から引き離し、そのままブリッジから追い出そうとする。


「貴方は私たちと合わないので、ここから出ていって下さい」

「何!? バカなことを、だったら誰が艦長代理をすると言うのだ!」

「代理ぐらいなら、私でも十分です。貴方はここに必要ありません」

「──ッ! 必要……ないだと……?」

「ええ、貴方が戦う場所はここではありません──前線です」

「……まさか」


 命の言葉の意味を理解した相馬は、その真意を確かめるように彼女の目を見る。


「ええ、機体の修理が終わりました。貴方が飛鳥さんを助けたいと言うのなら、今すぐ出撃してください」

「だが、私では……」


 先日の戦いでの失態や、打ち明けられた事実が、彼の足をその場に繋ぎ止める。


「……彼女も待ってますよ、貴方が来ると信じて」

「貴理子が……待っている?」

「はい、“そーいう機体”ですから」

「そういうって……おい!」


 無重力空間を利用し宙に浮いた相馬をブリッジの外へと突き飛ばすと、その扉を閉め艦長席にサッと座る。


「さてと……」

「随分アッサリと座るんですね」

「私は小さいことにはこだわらないので……ま、席が変わったところで、そう簡単に戦況は変わりませんが……あとは相馬さん達の活躍次第ですね」


 命はブリッジから追い出した男の活躍を期待する一方で、期待されている男は命の強引な行動に腹を立て、文句を呟いていた。


「まったく、アイツは何を考えて……」

「相馬さん!」

「貴理子か……機体について何か聞いているか?」

「はい。ですが、それは口で説明するよりも、見ていただくほうが早いかと」

「……わかった」


 貴理子の言葉を素直に受けとめた相馬は、彼女に連れられるまま、格納庫へと向かって足を進めた。


「お、やっと来たか」

「繁先生、機体は?」

「ん、コレだよ、コレ」


 親指で背後に存在するEGを指差すが、その姿を見た相馬は思わず声を詰まらせた。

 人型とはかけ離れたその巨大な物体は、敵であった大型アモールを思い出させる。


「これは……EGなのか?」

「機体名はバイオレッド──ま、パイロットが二人必要だがな。お前らようにシステムを改造してある。火器管制と副兵装のお前は後ろ、機体操縦と主兵装の貴理子は前に乗れ」

「……私が、貴理子と?」


 繁は先端の紫色の部位と、後方の赤色の部位を指差して搭乗を促すが、相馬は再びその場に立ち尽くす。


 しかし、そんな彼の手を取る者が、そこには一人いた。


「……!」

「行きましょう相馬さん。どんな困難も、二人で背負えばきっと乗り越えられます──だから!」

「──フッ、ああ、そうだな」


 二人で背負う──それは先程自分が言った事だ。

 自らの失敗を恐れていた相馬だったが、

その言葉を思い出した相馬は、恐れることなく彼女の手を取った。


「チッ……あー、ケツが痒いぜ、まったく」


 北井へと走る二人を見送る繁は、ポリポリと服の上から尻を掻き、出撃準備を完了させた。


「三番隊隊長、赤城相馬」

「同じく、三番隊副隊長、葵貴理子」

「バイオレッド──出る!!」


 十を超えるブースターユニットが火を吹き、巨体は瞬く間に最高速を迎え、宇宙を駆けて行った。



 ……



「ヘッ、弱いからって女の腰巾着に成り下がったか、この雑魚がァーッ!!」

「腰巾着で結構! それならば、いつも共にいられるというものだ!!」

「抜かせッ!!」


 自分より弱い存在が、自分に対して調子に乗った態度で接してくる事に腹を立て、ブラムのトラキアントは変則軌道でバイオレッドへと接近する。


「相馬さん!」

「左一番から四番発射!!」

「そんなトロいミサイルで──!」

「遅いのはお前だッ!」


 バイオレッドから放たれたミサイルに気を取られたブラムの隙を突き、急旋回したバイオレッドは主武装の大型ガトリング砲をトラキアントへと浴びせる。


 しかし、ブラムも並のパイロットから抜き出た実力の持ち主。トラキアントを無理矢理動かし、銃線から大きく離れ攻撃を回避する。


「チィッ! デケェくせになんて小回りしやがる、それにトラキアント並に速いだと!?」

「機体に振り回されている貴様と、機体能力を最大限に発揮できる私達とでは、レベルが違う!」

「ほざけ、このアマがァーッ!!」

「……よし、追ってきたな。貴理子、例のエリア──いけるな?」

「勿論です、相馬さん!」


 トラキアントを仲間達から引き離し、さらには自分達の戦いやすい場所への誘導に成功した二人は、そのままトラキアントを引き連れて、攻撃を仕掛けるポイントへと移動を開始する。



 ……



「こちら奇襲部隊の三蔵、作戦は失敗! 人員は無事、機体はアイン、フィアーが軽傷。パイロットを降ろし次第再出撃する」

「了解しました……と、なると──敵、増えちゃいますね」


 命の言葉に反応するように、新たなワープゲートが敵側の艦隊後方から現れる。


「正面の艦隊後方にワープ反応!」

「さて……状況は悪化する一方ですね──通信?」

「命か、カグヤは!?」

「……作戦は失敗したようです、まだ敵側かと」


 いっそいつものノリで死んだとでも言ってしまおうかと思う命だったが、そんなことをしてしまえば二度と彼と話すことはできないだろうと理解している命は、ありのままの事実を述べた。


「くっ……」

「姫様はディオスに連れられて姿を見失った。単独での移動だ、前方の艦隊にはいないだろう」


 ジャンナの言葉を聞き、飛鳥はディオスの行動を予想する。

 目の前の敵の群にはいない。だとすれば──


「ジャンナ、ExGのある場所を教えてくれ」

「……位置はここだ。だが、今戦場にいるものとは別格の高性能のアモールが数十機は常駐している。特定の人物以外は敵と見なされ──」

「あの艦隊にいないなら、もうそこしかないだろ?」

「……ああ、わかった、貴様の穴は私達が埋める。だから行け!」

「助かる、ジャンナ」

「……頼むぞ、神野飛鳥」


 戦いを経て、彼の実力をよく知るジャンナは、飛鳥にカグヤの事を任せ、ローゼスを駆り迫るアモールを撃墜していく。



 ……



「オイオイオイオイ、大口叩いてどこまで逃げるつもりだよ!」

「どうした、自慢の機体では追い付けないのか? ノロいな」

「テメッ──くっ、ここは……デブリ群か!」


 目の前を飛び回るバイオレッドに気を取られていたブラムも、機体から発せられる危険信号を耳にし、自分の周囲の状況を知る。


 宇宙の星々、巨大な岩石の塊が漂う宙域。今のバイオレッドやトラキアントの高速戦闘状態では、衝突はおろか、接触するだけでも機体に重大なダメージを与えるだろう。


「アイツ、減速もしないで……」

「なんだ、大口を叩いておいて隕石群が怖いのか? この臆病者」

「ッ──上等だ、このクソ野郎ども! そんな図体で行けるもんなら行ってみやがれ!!」

「言われなくともそのつもりだ!」


 眼前から流星の如く降り掛かるデブリを、貴理子はその目で全て見切り、最適のコースを選定して突破していく。


 しかし、それはブラムにとっても同じであった。

 むしろ、小回りの利くトラキアントにとって、この程度の障害は大きな問題にはならなかった。


「フン、テメェらはこのトラキアントをデブリごときでどうにかできると思ってんのか!?」

「思っているからやっている!」

「何ッ!? ミサイルデトネイターユニット、いつの間に分離させて──!」


 先行するバイオレッドから切り離されていたミサイル発射ユニットは、デブリを避けて獲物を追うブラムとってはデブリの一部と見なされ、その存在を悟られることなく射線上にトラキアントを迎え、小型のミサイル群が上下左右から一斉に放たれる。


「くぅっ! だが、このトラキアントにはーッ! 当たらねぇんだよッ!!」

「だろうな。だが、お前にもう逃げ場はない!」


 ミサイルの爆発を潜り抜け、尚も接近するトラキアント。しかし、その四方はデブリに衝突したミサイルによって生み出された小粒の隕石に囲まれ、後退も回避も不可能となった。


「デブリの壁か? だがな、隙だらけの背中見せてるテメェらを倒すぐらい、簡単なんだよッ!!」

「……お前はこの機体がバイオレット()ではなく、バイオ“レッド”と呼ばれているか知っているか?」

「知るわけねぇだろうがァァァーッ!!」


 目の前の獲物に対し、鋭利な爪を構えて襲い掛かるブラムにとって、相馬の言葉はどうでもいいことであった。それが例え“自分を追い詰める”事であっても……。


「ならば見せてやる──こういうことだッ!!」

「ッ──分離!?」


 バイオレッドは全身のロック装置を解除する……すると貴理子の乗る小型戦闘機と、相馬の愛機であるレッドへと分離し、後ろ向きで合体していたレッドは必然的に迫るトラキアントと対峙することになった。


「落ちろぉぉぉーッ!!」


 バイオレッドの主武装であるガトリング砲は、レッドの両腕に繋がれており、その銃口を正面に向けて乱射した。

 正面の敵に、それを回避する術はない。


「俺を──ナメるなァァァーッ!!」


 故に、ブラムは最良の選択肢──前進を選択する。

 銃弾をその身に浴びつつも、細かい動作により急所への被弾を避け、すれ違い様にレッドの両肩を切り裂き、更に進行を続ける。


「くっ、貴理子ーッ!!」

「最初にこっちに撃ったガトリングがアイツの武装なら、目の前に飛んでるコイツは、ただのフライトユニットってことだよなぁッ! だったら女! テメェから殺す!!」

「……バイオレッドのレッドは相馬さんのレッドのことだ、ならば、貴様はバイオの意味を知っているか?」

「だぁかぁらぁぁぁーっ、知るかって言ってんだよォォォーッ!!」


 トラキアントはその両爪で貴理子へと斬りかかるが、その寸前に獲物である小鳥はその姿を“小人”へと変化させる。


Blue(ブルー)Assist(支援用)Isolation(分離型)Option(兵装).……つまりコレもEGだッ!!」

「人型に変形した!? だが、そんなナイフでッ!!」


 レッドの支援兵装である現在のブルーに搭載されている装備は、一本のナイフと両腕に内蔵されているバルカン砲のみであった。

 ブラムにとって、そんな装備は無いにも等しい貧弱な物……しかし、貴理子は動揺も、焦りもなく、冷たくその一言を呟いた。


「コレで十分だ……」

「コイツ、このデブリの山を!?」


 高機動であるトラキアントですら不可能と思われていた辺りの小粒デブリの中を、バイオは巧みな動きで掻い潜り、トラキアントの頭上へと現れる。


「上か! ハッ、返り討ちに──なっ!? トラキアント、なんで動かねぇッ!!」


 リーチの違いを活かし、カウンターを仕掛けようとするブラム……しかし、機体の腕が、足が、一切可動しない。


「相馬さんが貴様の機体を傷つけたおかげで、小口径のバルカン砲でも関節部を“全て撃ち抜けた”……あとはこれで!!」

「デブリの嵐を自由に泳ぐだけじゃなく、その中から関節部を正確に撃ち抜くだと? ククッ、アーッハッハ!! テメェッ“強すぎんだよ”!」


 デブリを抜け舞い降りたバイオは、トラキアントの脳天にナイフを突き立て、猛獣にトドメを刺した。

 相手を称賛する言葉と共に脱出ポットが作動し、間もなくしてトラキアントは力尽き爆破した。


「ジャンナ様、敵前線部隊、行動が遅くなりました!」

「ブラム隊のアモール……まさか、ブラムを倒したのか?」

「ともかく、今が好機のようだな……」

「隊長、どこに!?」


 動きが遅くなる敵を切り捨てながら、刹那は目の前に現れた戦艦へと進軍する。


「約束を果たしにな──大輝、お前はエーテリオンを守れ!」

「ま、守れって……」


 アモールの処理をしながらも、一人でその戦場から去っていく隊長の姿を目で追う大輝は、このままでいいのか、と考えるが、すぐに行動に移すことはできなかった。


「ハッ、戦況なんて分かったもんじゃねぇが、今が攻め時なんなら、いくしかねぇよな!!」

「勝手に前に出てんじゃねぇ!」

「ちょっと、二人とも!」

「テメェとフィアーはここで待機だ! 目の前の獲物は私が貰う」

「だから、勝手に独り占めにすんじゃねぇっていってんだろ!」


 時同じくして、戦場に参戦した二番隊も、部下の二人を残し、隊長と副隊長は敵陣へと突っ込んでいった。


(これで三蔵君達は安全だよね……頑張らなきゃ、失敗した分、隊長の私が!)

(失敗したのは僕が弱かったからだ、だから今度は絶対に誰も傷つけさせない!)


 無論、戦果が欲しいわけではなく純粋に仲間を守るために……。



 ……



「……あれか」


 まるで辻斬りのように部隊を分断する彼女は、一つの戦艦を発見する。

 その甲板には何かを待つように立つ一機のEG──紛れもなくそれは彼女との再戦を望むウルカ卿であった。

 彼の命令か、戦艦は一切の攻撃を行わず、甲板に敵機であるツクヨミを迎える。

 それほどこの艦の主は、出会って間もないはずの敵である刹那の事を、自らの好敵手として信頼しているのであった。


「……待っていたぞ。異国の騎士、神崎刹那」

「残念だが私は武士だ、騎士ではない」

「そうか、それはすまない……だが、互いの道に違いはあれど、同じ剣の道に生きる者には変わりない……再度刃を交えようか…」

「フッ、ああ、そうだな……」

「人工重力を発生させよ!」


 ウルカの命令を聞くなり、ブリッジにいる彼の部下は甲板にローメニアの地と同等の重力を与える。


「やはり、地に足がつかなくてはな」

「その配慮、感謝する」

「では始めよう。全機、この決闘が終わるまで一切の攻撃を止めよ!」

「命、こちらに味方を呼ぶな」

「よくわかりませんが、負けないように頑張ってください」


 この瞬間から、宙域には二機のEGのみが戦うことを許された戦場が形成された。


「アールパイス艦長、ウルカ・ファウスト……アルテリアスパンデイア──」

「エーテリオン所属、一番隊隊長、神崎刹那……アルテリアスツクヨミ──」

「行くぞ!」

「参る!」


 二機は地を蹴り互いの距離を詰め、剣の間合いへと突入した。


「月下神斬流連の型──既朔三日月きさくみかづき!!」

「美しい……それでいてこの強さ。素晴らしい、素晴らしいぞ、神崎刹那!」


 キレのある連撃を賛美の声と共に捌き、反撃の構えを取るウルカ。

 この数年間、彼をここまで昂らせた相手は刹那をおいて他にはいなかった。


「では、この突き──捌き切れるか」

「月下神斬流鋼の型──満月!」

「周囲全てに対する防御! なんという技だ」

「そちらこそ、中々の素早い突き──油断の隙もないな」


 互いに美しい技の数々を繰り出し、その決闘は見る者の視線を釘付けにする。

 その一方で、美技の欠片も感じさせない戦いが勃発しているとも知らずに……。



 ……



「オラオラオラオラオラァッ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」


 怒声と共にアインの両手が、ツヴァイの砲火が敵を左右から一掃していく。


「チッ、ゴキブリどもか! キリがねぇ」

「弱音吐いてんじゃねぇぞ!」

「黙ってろ、テメェから先に潰すぞ!!」


 相も変わらず平常運転の二人の戦いを、勿論、恋の悩みを抱える三十路の男は見逃すはずもなく、味方のアモールを掻き分けて彼らの前へと姿を現した。


「見つけたよ、僕の運命の人!」

「げっ、あの変態野郎!」

「性懲りもなくまた来やがったか」

「はは、酷い言われようだ。だが、僕も本気だ。こうなったら力ずくでも奪っていくよ! 君というたった一人の存在を!」


 言い分は滅茶苦茶であるが、アルゴのパイロット能力は機体の性能もあり二人にとっては脅威の相手であった。


「来るぞッ!!」

「遅いよ!」

「チッ、だがここなら!!」


 ローメニアの重力下とは違い、無重力空間のここでは、アインの両腕の動きは比べ物にならないほどのスピードで宇宙を駆けた。

 にもかかわらず、彼はそれをスルリと避け、剣を持ってアインへと接近する。


「宇宙空間ならスピードが速いみたいだけど、やっぱり本体は隙だらけだよ!!」

「させるかよッ!!」

「おっと、二人の仲を邪魔する恋敵かい?」

「わけのわからねぇことヌカしてんじゃねぇ!!」


 全身の銃口が、仲間に危害を加えようとするアルゴに向けて火を吹いた……が、アルゴは反撃する素振りも見せずにそれを嘲笑うかのように避ける。


「ふふ、そんな力押しじゃ、女も私も落とせないよ!」

「余所見してる暇あんのかよ!!」


 彼の背後からアインの両腕が飛来するが、容易くその手を掴むと、勢いを生かしたままツヴァイへと放り投げる。


「残念だけど、大きい分反応を掴みやすくてね、それに、小回りも利かないから動きも読みやすい!」

「ぐうっ!」

「宗二!」


 ツヴァイの方へと視線を向けるアインの前に、ケイオンは被さるように彼女の前へと立つ。


「あとは君だけだ、まだ抵抗するかい?」

「くっ、こんのぉぉぉーっ!!」

「若さゆえの過ち、そんな君も好きだけどね!」

「きゃぁぁぁーっ!!」


 両手の無いアインは足のブレードで反撃を試みるが、ケイオンはそれを避け、腕の二本の棒をアインへと当てる。

 そこから流れる電流はアインの全身へと走り、搭乗する零までも痛みが伝わる。


「暴徒鎮圧用の電機ステークだ、効くだろう?」

「オイ、零!」

「……ゴメンね、宗二さん……いつも酷い事言って……私、あなたと違って、強がってただけなの、だから、ホントは──あぁぁぁーっ!!」

「零!」

「弱気になる君も好きだよ、だから私の──!」


(零さんも、僕と同じ……ッ!)


「くっ! 零さんから離れろぉぉぉーっ!!」


 今まで知ることのなかった事実を知った宗二は、ただ彼女を助けたい、その一心で機体を起こし、攻撃を繰り出す。

 そこに策や狙いなどというものはなく、アルゴにとってそんなものは当たるはずもなかった。


「まったく、だから君は邪魔なんだってば!!」

「ぐあぁぁぁーっ!!」


 機動性を活かした動きでツヴァイの眼前へと移動したケイオンは、その腹部に思いきり蹴りを入れ、ツヴァイを遥か後方へと吹き飛ばす。


「さてと、続きを──あれ?」


 邪魔者も遠ざかり、後は二人の空間──と思い振り返るアルゴだったが、そこに零のアインの姿はなかった。

 物陰に隠れて奇襲を行うつもりか? アルゴは周囲を見回すが、アインの居場所は物陰ではなく、ツヴァイの隣であった。


「大丈夫、宗二さん!?」

「……ゴメン零さん、僕も──君と一緒なんだ!」

「え?」

「君が、その、怖かったから、僕も、その──張り合って!」

「そう、だったんだ……ゴメンなさい、私のせいで」

「こっちこそゴメン」


 その後もゴメン、ゴメンと反復し言い合う二人を見ていると、アルゴは胸の辺りがムカムカし、しきりに尻が疼いた。


「……なんなんだこの甘酸っぱいボーイミーツガールの空間は! これが愛の波動か!? こんな空気、私の若い頃には味わえなかっぞ……!! くっ、これでは私が悪者みたいではないかァァァーッ!」


 胸の中から込み上げてくる衝動を解決するために、アルゴは二人に向かって武器を構え攻撃を仕掛ける。


「!──零“ちゃん”、この話はあとでね」

「うん、わかった宗二“くん”」

「まずは──」


 優しい顔立ちとなっていた二人だったが、それを邪魔しようと迫る醜い“オッサン”を確認するなり、その表情はいつもの顔つきに戻っていった。


「変態ロリコン犯罪者の始末からだァァァーッ!!」

「行けッ、零!!」

「言われなくてもわかってんだよ、宗二!!」

「動きにキレが増している……恋愛効果とでもいうか!!」


 宗二の作り出す弾幕、それを背後に迫る零。その動きは今までのアルゴの知る挙動よりも格段に上回った動きであった。


「五月蝿ぇんだよ、行き遅れのオッサンがぁぁぁーッ!!」

「オッサン言うな! 正面から堂々と──と見せかけて、本命は後ろッ!」


 背後を取ろうとするアインの腕を回し蹴りで一蹴すると、余裕を持った態度で彼らの甘さを指摘する。


「フッ、私に騙し討ちを仕掛けるなんて、二十年──」

「黙れっての!!」


 しかし、アルゴの目の前にはすでに腕の無いアインが迫っていた。


「まさか、あの弾幕を抜けてくるとは……だが、それも読んでいた!」


 ブレードを手に迫るアインを迎え打とうとするアルゴ。

 狙いは足攻撃に対するカウンター……しかし、アインはアルゴの予想する攻撃の素振りを一切見せなかった。


「ったく、さっきから騙すだの本命だのわけのわからねぇこと言いやがって……」

「? どういうことかな?」

「ハッ、喜べ──全部“本命”だ!!」


 足による攻撃を待っていたケイオンに対し、アインの放った一撃は、ケイオンの顔面に対しての、EGのスペア腕による右ストレートであった。


「何っ!? 腕を飛ばしたら、手がなくなるのではないのか!?」

「腕利きのメカニックに副腕用意させたんだよ!! それとなぁ、弾いたぐらいじゃどうにもなんねぇんだよ、私の腕は!!」


 正面の攻撃に気を取られていたケイオンに、追い討ちをかけるように主腕による攻撃がケイオンの背中を抉る。

 そしてケイオンはアインの両足に挟まれ、身動きを取ることが出来なくなっていた。


「くっ、メインカメラに続いて背中まで……しかも彼女を捕らえるつもりが、逆に捕らえられた……いや、これは喜ぶべき──なっ!?」

「キャッチアンドリリースだ、弾幕の海に帰りな!!」

「やめっ──ぎゃぁぁぁぁぁーっ!!」


 ケイオンを掴んだアインはその場でグルグルと回転し、その勢いのままツヴァイの放つ銃弾の嵐の中へと投げ飛ばす。


 視界も無く、機体制御も出来ないケイオンは、その攻撃を一身に受け、瞬く間に大破していった。


「ヘッ、ナイスコンビネーション」

「当然だな。他の雑魚も片付けるぞ!」


 協力して倒した強敵を前に二人は横に並ぶと、拳と拳小突き、残りのアモールの殲滅へと向かっていった。


「ふぅ……敗因は甘い波動による冷静さの欠如かな……さて、そろそろあっちも頃合いかな?」


 残る一人の仲間の戦いの終わりを、脱出ポットの中から一人予見する。



 ……



「……私の負けのようだな」


 剣の切っ先を向けられ、自らの負けを認めたのは、刹那であった。

 しかし、その結果にウルカは満足する様子はなく、どこか激昂を抑えるように口を開く。


「何故だ……何故最後の一撃、貴様は手を抜いた! 刃を伸ばせば私より先にその刃が届いたはずだ! 防御もそうだ、剣の形を少しでも変えれば、もっと余裕をもって戦うことが──!」


 エネルギーの刃、その変幻自在のエーテルブレードの利点を一切利用しなかった刹那に対し、ウルカは神聖な決闘を汚された気持ちをぶつけるが、刹那は悪びれる様子もなく、キョトンとした表情で、その問いかけに答える。


「……貴様は一体何を言っている、伸ばすだの形を変えるだの、そんな物はもう剣ではない」

「何……!?」

「剣とは己の心の形、不動であり、強固な物でなければならない。今では仕方なくこの剣を使っているが、元々使っていた刀と大きさは一切変えていない。それが私の剣の道だからな」

「…………フッ、ハッハッハッハ、そうか……私もまだ未熟であったか……ならば、私も君のその道に準じて、戦おうではないか……誰か、我が剣を持って参れ」


 不動の信念を持つ刹那の言葉に自分の甘さを感じたウルカは、艦内に待機するアルテリアスに使い込まれたEGの剣を運ばせる。


「これは、私の長年使ってきた剣だ……しかし、私は時代の流れに流され、道を外れ、今の剣に魂を売ってしまった……だが、ようやく思い出すことができた、私の歩む道がなんであるか!」

「そうか……では、同じ道に立つものとして、もう一戦交えようか……とはいえ、私の刀は──」


 一度ジャンナに断たれ、その後持つことの無くなった刀。その存在を振り返る最中、一人の男の声が耳に入る。


「隊長ーっ!」

「その声、大輝か!? 何故ここに」

「繁先生からの預かり物です。それと俺だって同じ部隊の隊員なんですよ? 飛鳥が濃いからって、置いていかないでくださいよね!」

「ふ……ああ、そうだな」


 スサノオが投げる新たな武器を手に取ると、その白い鞘から刃を抜き取る。

 不形ではなく、不動の刃。白刃の刀をゆっくりとウルカへと向け、構えを取る。


「フッ、互いに準備が整ったようだな……では──」

「ああ──」


 対エーテルブレード用に開発された刀……刀身の刃を引っ込め、代わりにエーテルを纏う機能を持つそれを刹那は作動させること無く、決闘へと挑む。


 実体を持つ刀と剣がぶつかり合い、何度も何度も火花を散らす。その二人の闘いには、一時の油断も隙も許されない──正に真剣勝負。


「ああ、思い出す、思い出すぞ昔の戦を……この風、この肌触りこそ、私の求めた闘いだ!」

「ああ、私も今、猛烈に興奮している!」

「もらったぞ!」

「まだッ!」


 振り下ろされる剣を刀が弾き、振りかぶる刀を剣が止める。その緊張感、その充実感が二人を昂らせ、闘いの最中にも関わらず、その顔は笑っていた。


「このまま永遠に戦いたいところだが、私には隊長として、あのクラスの一員として成すべきことがあるのでな。これで終わらせる……月下神斬流奥義──無月!!」

「奥義だと……だが、こちらも容易にはやらせん!」


 刹那の持つ最大の攻撃に警戒しつつも、パンデイアはその剣を力強く握り、眼前のツクヨミに一閃を仕掛ける。


「そこだッ!」


 しかし、剣を振り払った目の前にツクヨミの姿はなく、ウルカは完全に彼女の姿を見失った。


「消えただと!?」

「月下神斬流奥義無月……動きと気で相手の注意を惹きつけた後、瞬時に気配を消し、相手の死角へと移動することで、相手に消えたと錯覚させる……本来ならばそこから斬撃と移動を交互に行う技だが、今回は殺し合いではないからな……これで終わりだ」

「……フッ、見事だ」


 背後に立ち、その背中に刀を構えるツクヨミの姿を背部モニターで確認し、ウルカは悔しくも満足した表情で自らの負けを認め、彼女の腕を称えた。


「……そして一つ、確かにわかった。君のような者がいるエーテリオンが、人を洗脳し、自分勝手な行動を取るとは思えない……恐らく、あの時の姫様の言葉は全て事実なのだろう……」

「あ、ああ……うむ」


 地球で自分勝手な行動を繰り返した挙げ句、世界中に洗脳電波を流した事を思いだし、刹那は言葉を詰まらせるが、ここで余計なことを言うとややこしくなるので、ウルカの信じるエーテリオン像を壊さぬように、仕方なく肯定した。


「よし、我々が討つべき真の敵は君達ではない……ディオス・N・バックスだ!」

「ウルカ殿……」

「聞け、我に従う全ての者よ! 姫を利用せんとする真の逆賊を討ち果たすため、これより我は全力を持ってディオス率いる軍へ反旗を翻す! 我と志を共にする者よ、ついて行くと言うのなら止めはせん。剣を取り我と共に戦おうぞ! 我を阻むという者よ、かかってくると言うのなら止めはせん。剣を取り我と戦おうぞ! さあ、我と戦う者はおるか!」


 シン、と、ウルカに対する通信は一切無く、その場に静寂が満ちる。


「では、我と共に戦う者はおるか!!」

「イエス・ユア・マジェスティ!!」


 ウルカに従う全ての部下が、その場その場に起立し、敬礼と共にその意思を示す。


「ならば進め! 敵はディオスに属する者全てだ!!」

「おおおおおぉぉぉぉぉーっ!!」

「援軍感謝します、ウルカ殿」

「勘違いをするな、我は自らの道に従っているだけだ」

「そうですか……では、偶然にも同じ道のようですから、手を取り共に歩みましょうか」

「フッ、それは心強い。楽しい旅路になりそうだ」

「あっれー……置いてかないでって言ったのに、なんか俺置いてかれてない? ちょっと待ってくれよ!」


 二人で進軍する後ろ姿を見て、一人置いてきぼりの大輝は慌ててその後ろに着いていった。


 三帝貴族が敗れ、諸悪の根源たるディオスの野望も、徐々に崩壊していく。


 この戦いの終決もあと僅か……。

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