第一話 艦長、そっちは味方です。
世界がWCの侵略によりエーテルの存在を恐れる一方、変態技術国家と名高き日本は、エーテルの発見当初から、その未知のエネルギーに興味を抱き、研究に力を注いでいた。
エーテルの特性や性質、その使用と導入方法、そしてエーテル生成方法……それら全てを、対WC用兵器開発をそっちのけで独自に調べ上げた日本は、結果的にWCの侵略から国を守る、そう、あくまで“自国の自衛のため”という名目で、エーテルを使用する兵器を作り上げることに成功したのであった。
たとえ日本から遠く離れた地域で粋に暴れまわっていたとしても、勘違いしてはいけない、これは自国の自衛のためである。艦長が「あいつらは日本に来るわ! 日本はああいうのに狙われやすいんだから、絶対よ、絶対!」などと根拠のない発言で、いつも無理矢理お偉いさんを言いくるめ、明らかに日本だけでは止まらず、地球圏内全てを守ろうとしているようにも感じるが、それは気のせいである。
「遊撃魔導戦艦エーテリオン、定刻どおりにインド洋から大西洋に転移しゅーりょー、各部異常なーし」
自国防衛を掲げるその艦は、何故かインド洋からやってきた。
副艦長、兼通信士、兼その他戦艦の諸々を担当する自他共に認める天才少女、茨命が、いつも通りのローテンション口調で各部のチェックを一瞬で調べ終える。
まるで適当にやっているように見えるが、彼女の仕事は見かけによらずいつも完璧であった。
「オッケー、それじゃ、貧相な攻撃で残った残り四十機全部落とすわよ。全機出して!」
「りょーかーい、左右カタパルト展開開始。完了次第、一、二番隊、その後三番隊の皆さん、出撃どうぞ」
艦首両舷から動物の前足のように前方に突き出した二本のカタパルトの入り口が、上下にゆっくりと開かれた。
「それじゃあ切り込み隊長セッちゃん、レイちゃん、いっちゃって!」
「ちゃんは余計だ」
両カタパルトに機体の足を固定させた二人が、この船の艦長である月都カグヤに対し、突然付けられた呼び名の不満を同時に言い放った。
「まったく、これだから堅物キャラとキレキャラはノリが悪いわねぇ……まぁ、いいわ、ちゃちゃっと出撃しちゃって!」
「はぁ……堅物、か……一番隊隊長、神崎刹那、エーテリアス、出るぞ!」
「レイちゃん、か……いやいや、そんな可愛い名前なんて似合わねぇっての! 一ノ瀬零、隣と同じやつで出るよ!」
艦内カタパルトから勢いよく大西洋上空に飛び立った“ソレ”は、その場にいた何も知らない海軍の度肝を再び抜かせた。
彼等の目の前に現れたのは、戦闘機とは程遠い形状──人型ロボットが空を飛行する姿だった。右手には機体に合わせたスケールの銃を持ち、腰には近接用のブレードまで備え付けられていた。
米軍クルーは「これが十年間の日本の変態技術の成果だというのか?」「いや、それにしては進化しすぎだろ常識的に考えて!」「ははは、日本の技術には参ったな!」などと思い思いのことを口走りながら、目の前の状況を呆然と見送っているうちに、戦艦からは計十機の同じ機体が空を舞っていた。
「全EG出撃を確認」
「よーし、それじゃあ、本艦はこれから対空ミサイルを発射しつつ、艦砲射撃の届く距離まで全速全身よ!」
「……えーっと、進まないとダメですか? 戦線はみんなに任せればどうにかなると思うから、僕達は後方で……」
中性的な顔立ちをした操舵手はゆっくり振り返り、聞いても無駄だと分かりつつもカグヤに軽い意見を述べてみた。
「なに女々しいこと言ってんのよ、だから男の娘って馬鹿にされんのよ、光」
「僕の名前は“ひかる”です、ひかりじゃありません!」
「男なら黙って全速全身よ! GO、GO、GO!!」
「セクハラ反対です! もう……どうなっても知りませんよ!」
カグヤのいつも通りの戦術もへったくれもない滅茶苦茶な命令を、白雪光はいつも通り投げやり気味に実行に移した。
とはいえ実際のところ、こんな無理無茶無策に無謀を上乗せした命令にもかかわらず、なんだかんだで今まで上手くいっているので、口では嫌だと言いながら、光自身それほど危険だとは感じてはいなかった。
「焔ちゃん、射程に入ったらミサイル全門開放全弾発射よ! 主砲と副砲の準備も今のうちに済ませといて」
「了解、ミサイル発射管全門開放! 主砲、副砲発射準備開始!」
カグヤのノリに、魚見焔はなんの問題もなく同意し、ポキポキと手を鳴らし気合いを入れると、馴れた手つきで戦闘体制を整えた。
二人共、ド派手なドンパチが大好きな、いわゆる似た者同士なのである。
だが、楽しそうな二人には悪いがとは思いながら、命はゆっくり振り返り、口を開いた。
「……えーっと、全弾ですか? 一発ウン千万円のミサイルを、全ての発射管から全部ですか?」
「そうよ、何か問題ある?」
「問題ですか? 日本政府の財政難に拍車がマッハでかかります、そして採算を取るために様々な税金が跳ね上がりますよ?」
艦長であるカグヤの質問に対し、命は冷静にマジレスを返すと同時に、無気力で無機質な目で「やめろ」と訴えかけるように見る。
──が、そんなものでこの艦長が折れるわけもなく。
「フン、知ったこっちゃないわ。だいたい、増税が怖くて世界平和が守れるわけないのよ! そう、敵を前にしてミサイルの出し惜しみなんて、逆に許されないわ! 撃ってこその戦艦、撃ってこその戦場、撃たなきゃ撃たれる、それだけなんだから!」
「はぁ、もう好きにしてください……」
「艦長、ミサイルの射程圏に入ったぜ!」
「っしゃあ! 全弾発射、ってーッ!」
「あぁ、また国債が増える……」
戦艦後方の大型発射管から16、側面に備え付けられている左右四つの中型発射管から64、前方に目掛けて一斉に発射される。このたった一瞬で、いったい人間が一生の内に稼ぐ額が空の彼方に飛んでいったのだろうか? 命は考える気もしなかった。
「次弾装填後再発射よ!」
「……光、主砲有効距離への到達は?」
「え、もうすぐで到着しま──いえ、させます!」
「だ、そうです艦長。どうしますか?」
命はこれ以上撃たせまいと光に声を掛け、光はその意図をすぐに察し、艦の速度を上げた。
この艦に搭載されている残りの武装は、主砲と副砲と対空砲火用のバルカン砲だが、実弾を使う副砲とバルカン砲も、ミサイルに比べれば安いものだし、エーテルをビームのように発射する主砲に至っては、艦の自給自足によりタダ。遠距離からミサイルを撃ち尽くすよりは、とっても経済的であった。
「ん? んー、焔ー、主砲と副砲はもう撃てるの?」
「おう、大丈夫だぜ!」
「フフン、よーし、それじゃあ撃つわよー! やっぱり戦艦の華は、スッとろいミサイルなんかより大口径の主砲よねー」
だったら何故撃った、命と光は同じ事を思ったが、そんなもの答えは決まってる。
──ただ、撃ちたいからだ。
「よし、範囲内に入った。目標、一番密集しているところ。いけるぜ艦長!」
「オッケー、主砲、副砲、ってーッ!!」
カタパルトを覆う左右の甲板に取り付けられている200cm二連エーテル収束砲から、緑色の閃光がカグヤの命令と共に一斉に放たれた。主砲はエーテルによってバリアを展開しているWCを軽々となぎ払い、八体の敵影が一瞬で消えた。
ちなみに中央に飛び出たブリッジの下方左右に備え付けられている副砲(120cm電磁加速砲)は、早い動きのWCにまったく当たる気配を見せなかった。
「艦長、敵一機がこちらに向かってます」
「焔、弾幕張って、敵を近づけさせないで」
「了解!」
艦の自動対空砲が、迫る一機に向けて集中砲火を開始した。しかし、そんな弾幕をものともせず、WCの機体は砲撃を掻い潜り、自らの攻撃圏内までに接近した。
「撃墜失敗。敵の攻撃、きます!」
「回避ーッ!」
ズドン!!
カグヤの命令もむなしく、艦がガクンと揺れた。小型機の攻撃──エーテルをまとっての捨て身の突進攻撃が、右カタパルトの側面に直撃した。小型WCの攻撃手段が捨て身故に、立て続けに次の攻撃がないのが不幸中の幸いだった。
「ちょっと光! 回避って言ったらちゃんと避けなさいよ!」
「そんな無茶言わないでくださいよ! 直撃したの回避って言われた三秒後ですよ!?」
「三秒あれば充分でしょうが! 今時のアニメの操舵手なら、艦長が回避って言ったら全部回避するのよ!」
「これ現実! アニメじゃない、アニメじゃないですから!」
「んなこと知ってるわよ! それよりもさっさと立て直しなさい、光。まったく、敵が来るなんて前線は何やってんのよ!」
艦長、ここが前線です。と、言いいたいところだが、言ったところでこの艦長がわざわざ敵を目の前に引き返す訳もないので、命は黙って被害箇所の確認を済ませた。
一方そのころ前線では……。
「ちょこまかちょこまか、鬱陶しい!!」
いつも通り二番隊隊長の零が癇癪を上げながら、敵を次々に仕留めていた。現代っ子はキレやすい、の典型的な例だった。
そして、そんな典型例が同じ隊にもう一人……。
「ぎゃーぎゃーわめいてんじゃねぇぞ! ぶっ殺すぞこのアマ!!」
キレキャラ男子代表の阿久津宗二が、耳元で叫び散らす隊長に向かって怒声を上げる。
「はぁ? やれるものならやって見なさいよ! ま、無理だろうけどな」
「んだとコラァ!!」
「はぁ……何でツンギレキャラがウチの隊長と副隊長なんだ……?」
「何か言ったか、ハゲ?」
「……なんでもありません」
零と宗二を同じ隊にもつ悲劇の隊員であり、寺の息子故にツルツル坊主頭の桑島三蔵は、二人から少し距離を取り、離れた位置で戦闘を再開する。触らぬケンカに祟りなし、だ。
「そもそもアンタは、その当たらない銃で何体敵を落としたってのよ? ただ撃ちたいだけならペイント弾でも撃ってな、下手くそが!!」
「あぁん!? もういっぺん言ってみろ!」
「ああ、何度でも言ってやるわよ、お前は──プツッ」
そのあまりの騒がしさに二番隊以外のパイロットが二人との通信を切断した。あの歪んだ関係で今まで一度もフレンドリーファイアをする傾向は見せないので、アレで一応敵味方の分別はついて戦っているのである。
「まったく……」
毎度の出来事とはいえ、一番隊の刹那は呆れて文句もいえなかった。
「──まぁ、こっちも大概か」
二番隊の問題が二人の素行の悪さだとすれば、一番隊は一人のバカが問題を起こしていた。
「おらおらッ! 人類をなめてんじゃねぇぞ異性人ども!! 今世紀最強の主人公兼一番隊副隊長の神野飛鳥様が来たからには、テメェらの悪行もこれまでだ!」
「なぁ飛鳥ぁ、主人公は自分のこと主人公なんて言わねぇと思うぜ?」
「細かいことはいいんだよ、大輝。カッコよければな!」
──全然カッコよくねぇよ。
そう言ってしまうのは簡単だが、子供の頃からの飛鳥との腐れ縁である神谷大輝は、彼の安っぽいプライドを守る為に言うのを控えた。
大輝自身、腐れ縁故に飛鳥が悪いやつではないことは理解している。ただ、高校生になり、ようやく厨二病が治り始めた矢先、巨大戦艦と共にロボットに乗って戦うという、厨二にとっては夢のような舞台に立たされたから、症状が改善するどころか、物凄く悪化しただけなのだ……。
「神野はいつも通り威勢がいいな」
「そ、そうッスね」
「しかし、威勢がいいのは構わんが……隊列を乱して猪突猛進するのは、あまりいいことではないな」
「そう……ッスね」
「くらぇッ! 横一文字斬りーっ!!」
九機がほぼ同じエリアで戦闘を繰り広げる一方で、飛鳥は単騎で次から次へと敵に向かって突っ込んでいた。
こんな無茶な特攻をして、毎回異能生存体の如くピンピンして帰ってくるので、ある種主人公らしいといえばらしい能力を持ち合わせているともいえるが……やはり周りからしては彼は主人公ではなく、悩みの種以外の何者でもなかった。
一番隊のバカ騒動、二番隊の喧嘩騒動、そして残った三番隊は……。
「神野飛鳥―っ!!」
敵の大群に囲まれた飛鳥の元に、更に単機で飛び込む奴がいた。声の主は三番隊隊長、赤城相馬、その身につけた眼鏡と、まとめたがりの性格からついたあだ名は──委員長。
「んだよ委員長、そんな大声上げて」
「貴様が隊の規律を乱しているから、わざわざ忠告をしに来たんだ!」
「はあ? 自分だって部下置いて一人突っ込んできてるじゃねぇか……」
「僕は隊長だから許される……が、貴様は違う。副隊長は神崎刹那の指揮に従い行動をする必要がある……そうだろう」
「バカだな委員長、ロボット物の主人公ってのは命令違反と命令無視が勲章なんだよ。だから俺の行動には一切問題はない!」
「問題しかないだろうが、このバカ野郎が!!」
「なっ、誰がバカだ! このガリベン眼鏡!」
「言ったな貴様……」
「テメェが先に言ったんだろうが……」
二番隊の例の二人が喧嘩しながらも敵味方の区別がつけられるとするならば、この二人にはそれができない。
つまり撃ち合うのだ──仲間同士を。
二機は互いに銃を向け、容赦なく引き金を引いた。射撃が苦手な飛鳥の弾丸は、相馬には当たらず後方の敵に当たり、射撃が得意な相馬の弾丸は、技量の高い飛鳥に難なく回避され、また後方の敵に当たる。
「てめぇ……危ねぇだろうが!!」
「撃ってきたな! 万死に値するぞ!!」
二人は貴重な銃器を投げ捨て、迷うことなくブレードを手に取り、激しい雄たけびと共に切りかかる。
「でえぇぇぇーい!!」
「いやぁぁぁーッ!!」
剣と剣がぶつかり合い激しい火花が散る。器用にも周囲から飛び交う敵からの攻撃を全て避けているのは、二人の実力か、あるいは単なる運のおかげなのだろう。
これも今日に始まったことではないので、周りは仲間同士撃ち合う二人を放って、目の前の敵に集中していた。
──ただし、ある一名を除いてである。
その一名の現在の状況は、言うなれば集中してやっているゲームの最中に、親がTV画面の前で掃除機をかけらるのと同じ状況、その存在がとても邪魔に感じ、その場からいなくなってほしいと思うのだ。
大抵の子供は我慢するだろう、だが、中には癇癪をあげて叫んだり、手を出す子供だっている……エーテリオンの艦長席に座っているのは、“そういうタイプの子供”なのである。
「あーあ、また始まった。こりゃまた怒るな」
ズズズとジュースをすすった命は、聞こえてくるであろう叫び声にそなえて耳を手で覆った。
「だーっ! 目の前でうろちょろうろちょろと、ことごとく私の邪魔してくれて!!」
痺れを切らしたカグヤが苛立った声を上げて、艦長席から立ち上がる。そして……。
「焔、主砲最大出力!」
「おう、任せろ!」
《注意、友軍機です。注意、友軍機で──ピー》
「準備できたぜ!」
カグヤから命令を受けた焔は、注意表示など全く気にせず、主砲の出力を限界まで引き上げ、二機のEGをロックオンした。
「フン、私の邪魔する奴はね、みんな敵よ……主砲発射──どっちも死ねぇーッ!!」
さすがに最初の頃は律儀に「艦長、そっちは味方です!」だの「じょ、冗談ですよね?」だの「マジでやるのか?」だの言っていたブリッジメンバーだったが、二番隊の喧嘩、バカと委員長による仲間同士の撃ちあい斬りあい──そして、艦長による喧嘩両成敗が、エーテリオン内では一種の様式美ある恒例行事にまで発展しており、今では皆、指示にしたがい、その一部始終をぼーっと傍観するのみだった。
──だって、突っかかると面倒だから。
「高エーテル反応……後ろから!?」
「またあの艦長かっ!!」
二人は間一髪で回避行動を取り、主砲は機体の横を抜けていった。
「チッ、外したか──再発射準備!」
外れた主砲が敵を数機撃墜するが、そんなことはカグヤにとってはどうでもいいことで、今のカグヤにとって重要な事実は、狙った目標に対して攻撃を外したことである。今まで一度も奇跡的に当たっていないとはいえ、本人は当てる気満々で撃っているのだから。
「姫都カグヤッ! やはり君は艦長に相応しくない!!」
「そうだそうだ!! 俺と変われ!」
「貴様も相応しくない!! やはり皆をまとめる器のある私が──」
「戦場で味方同士でドンパチやってる連中に、文句なんて言われたくないわよ!!」
「どうせ艦長なんて、菓子食いながらジュース飲んでるだけでもつとまるんだろ!? 戦艦乗って旨い菓子食ってる奴がそんなに偉いのかよ!」
「い、今は食べてないわよ!」
「ホントかよ」
実際、カグヤが飲み食いしながらこの戦場に来たのは事実だった。その証拠に艦長席の机の上には食べかけのポテチの袋と、飲みかけのジュースの入った紙コップが置いてあった。
「うるさいわね、女の子はね……お菓子を食べないと死んじゃうのよ!」
「はっ、座るだけの仕事なんだ、そのうちブクブクと太る──」
《注意、友軍──ピー》
「死ねえぇぇーっ!!」
再び艦から飛鳥のEG目掛けて、怒りの閃光が伸びた。発射された閃光を飛鳥は難なく回避するが、案の定(?)敵はとばっちりを受けて撃墜された。
「艦長、今ので最後の敵が──って聞いてないかぁ」
「てめぇ、一度ならず二度までも!」
「うっさいバカ飛鳥、死ねッ!」
「はぁ……バカばっ──ん、電文?」
『貴殿らの健闘に感謝する。しかし、貴殿らが今行っている行為は、立派な領域への侵入行為である。よって一七○○までに本領域内から立ち去らない場合は、貴殿らを敵対勢力とみなし威嚇無しでの砲撃を開始する』
「恩を仇で返しますか……光、今何時?」
痴話喧嘩を繰り広げる艦長を放っておき、勝手に電文を読んだ命が光に尋ねる。
「えーっと四時五十五分です」
「有余五分かー、せっかく助けたのに随分な要求なことで」
「だいたいあんたは、いつもいつも主人公主人公って──!」
できれば話しかけたくないほどの険悪な顔だったが、そうも言っていられないので命は口を開く。守った相手に撃たれて死ぬなんて展開は誰だって嫌なのだ。
「艦長、後五分で後ろの方々が砲撃してくるそうです」
「なによ、全艦轟沈させられたいですって? いいわ。焔、主砲発射準備」
「イヤイヤイヤ、やらないでくださいよ艦長!? 大人しく帰ればいいじゃないですか!」
「……冗談よ、私がそんなことするわけないでしょ?」
(どう見ても喧嘩の腹いせでやりそうだったんですけど……)
「いつの間に戦闘が終わったか知らないけど、終ったならこんなところからはスタコラサッサよ。全機帰投、光、適当に日本の近くまでワープよ」
「わかりました。移転用エーテル生成開始と同時に前方に活性放出」
「艦の使用エーテルを転移用に切り替えて、予備のエーテル生成炉も起動しなさい、機体を全部固定したならそっちのエーテルも使いなさい。後ろから撃たれるのは勘弁よ!」
カグヤは命令を出しながら艦長席に深く腰を掛け、制帽を深くかぶり直す。
「了解、艦内エーテルの切り替え……終了。転移までの時間ギリギリ五分以内です!」
「光は今からエーテルの活性化よ、多少時間稼げるでしょ」
「は、はい!」
「命は艦内放送、転移で揺れるから体の固定を呼びかけなさい。焔は問題ないと思うけど艦の武装チェック」
「了解」
「りょーかい」
(真剣なときはすごい真面目のに、何でいつもはアレなんだか……二重人格キャラ?)
命はカグヤに言われたことをちゃんとこなしながら、チラリと艦長の様子を見る。まるで別人のような、とても真面目な、艦長らしい顔つきだった。
「転移まであと五秒、……四……三……二……一……」
「ワープ!」
「僕の台詞取られた!?」
真面目な顔つきから一変して、いつも見せるような満面の笑みでカグヤは高らかに声を上げた。
出現と同じ形状の光の輪を作り出したエーテリオンはその巨体を輪の中にくぐらせ、大西洋からその姿を消していった。
……
「転移完了、無事日本領空に到着しました」
光のリングと共に二度のワープで、戦艦エーテリオンは懐かしの故郷を目前としていた。
「そ、んじゃ警戒態勢解除」
「了解、警戒態勢を解除します」
「あー、疲れた。まったく、来るなら授業終わりじゃなくて授業中に来いってのよ」
カグヤは先ほど被り直した制帽をポイッと机に投げ、赤桃色の髪を軽く整えた。
戦闘も終え、ようやく休めると思った、そんなところに……。
「かーぐーやーッ!!」
「あ、飛鳥!? な、何よ、一体」
「さっきはよくも撃ってくれたな、当たったらどうすんだ!」
「アンタが目の前でうろちょろするのが悪いのよ、このバカ!」
「毎度毎度飽きませんね」
「これが若さかー」
「いや、私達同い年だろ?」
戦闘後に艦長席で言い争いが繰り広げられているのを、いつも下の席でただただ見ているだけなのが三人の日常だった。
「だいたい高校生になってまで何が主人公よ! アンタなんてどーせロクな主人公じゃないわよ、クズよこのクズ主人公!」
「このっ、調子乗ってんじゃねーぞ!」
自称主人公を名乗る飛鳥は、つい頭にきてカグヤをデスクに押し倒す。ブリッジに夕日が差していることもあって、どことなく学園エロゲーのワンシーンのようであるが、その雰囲気に恋愛特有の甘酸っぱさなどはかけらもなかった。
「ちょっと何すんのよ、私は艦長なのよ!」
「残念だったな、戦闘がないときの俺達はただの学生同士なんだよ!」
「くっ! ちょっと命、光、焔、助けなさいよ!」
「私の腕っ節じゃ神野さんの相手は無理です」
「右に同じく、僕達ひ弱なんで」
「腕っぷしには自信あるけど、面倒だからパース」
「この薄情者どもーっ!」
「さぁて、これからどうしてやろうか……」
ニヤニヤと悪い顔を作り、右手でニギニギと空を掴みながら近寄っていく。
余談だがカグヤの胸のサイズはDと、男なら誰しも一度は触りたい、揉みたいと思うほど発育がよい。あくまで余談であり、この展開には一切の関係はない──はずである。
「ちょっと、その台詞は主人公は主人公でも、痴漢とか陵辱ゲーの主人公じゃない! やっぱりアンタは主人公じゃなくて最低の屑だわ!!」
「うるさい! こうなったらどこまでもやってやるぜ、全身全霊でお前のその胸を──!!」
ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!
飛鳥がカグヤの胸に近づける手が、突然鳴り響く音と共にピタリと止まる。頭に響くほどのけたたましい警報音、WCの出現警報である。
「……命、敵は?」
「場所はここから100km先、規模は小数です」
「あっそ、じゃあ出撃は三番隊だけでいいわね。総員、第一種、戦闘、配備、これからは艦長の指揮に従う、よ、う、に」
飛鳥の顔に一粒の汗が流れ、カグヤの顔はゴミ虫でも見るかのように恐ろしいものに変貌していた。それもそのはず、警報と共に二人の関係が同学年の男女から上司と部下に変わってしまったのだから、今の状況は飛鳥にとって最悪で、カグヤにとっては優勢といえる。もちろん今までの状態をカグヤがなかったことにするわけもなく、その右手は怒りで握り締められていた。
「飛鳥、その手を離しなさい」
「できれば離したくないかなぁ……なんて」
「艦長命令よ、離しなさい。そして、その場に逃げずに待機よ」
「都合で女と艦長を使い分けるんじゃねぇよ……」
「返事は?」
「りょ、了解……」
腫れ物に触るようにゆっくり慎重にカグヤから手を離し、その場から一歩下がる。
「手を後ろに組んでまずは私に一言」
「……すみませんでした」
「聞こえない」
「すみませんでしたァッ!!」
「よーし、中腰になって歯を食いしばりなさい」
「了解」
飛鳥はカグヤが殴りやすいであろう高さまで頭を持っていき、歯を食い縛った。カグヤがゆっくりと握った拳を振りかぶると、次の瞬間、飛鳥目掛けて……カグヤの膝蹴りが炸裂した。
「がはっ! 殴るんじゃねぇのか……よ」
「膝で、殴ったのよ」
顎を狙う容赦のない蹴りを喰らった飛鳥は、その場にドサリと崩れ落ちた。
「あー、あー、医療班、医療班、負傷者が出たので担架持ってブリッジまで、どーぞ」
「ふん!」
意識を失いぶっ倒れた飛鳥に、日頃の鬱憤を込めてさらに鳩尾に一発蹴りを入れると、カグヤはふんぞり返って席に着いた。
その後、現れたWCに対し、戦艦による地獄の砲火が放たれたのは、言うまでないだろう……。