逃走
始めての小説。楽しんで頂けたら幸いです。
今思えば何故いつもは電車で行く所を自転車で行ったのだろう。
いつものように最寄りの駅までは自転車で行って、そこから2駅分電車にのればよかったのだ。
そうすればこんなことに巻き込まれる心配はなかったのに。
心に中でそんな風に思いながら、俺はその黒い水晶のような球を握りながら潜んでいた。
6月某日。いつものように火野に誘われて最寄り駅の2つ先の駅のゲームセンターへ向かった。今日はいつも遊んでいるゲームのアップデートなのだ。
駅に着くと、火野が待っていた。
「よし、じゃあいざ出陣しますか!」
火野がそう言い、俺たちはゲームセンターに向かった。
ゲームセンターにつくと、そのゲーム周辺には人だかりができていてその一角だけい異様な雰囲気を発している。
「あちゃー…やっぱ遅かったかー」
火野はそう言いながらもすでに列に並んで、順番を待っていた。
「早い早い!」
俺は歩くスピードを速めて火野の後ろにつく。
「うむ。だいたい満足な結果だな」
火野は今日出てきたカードと対戦成績を携帯で見ながらそうつぶやく。
「お前はいいよ…俺なんて勝てねぇわカード雑魚だわでひどい一日だったよ…」
俺はがっくりと肩をおとす。その日は結局お互い10回ずつやって、お金が尽きたのでこうしてもう帰途についているのだ。
お互いあの試合は撤退したほうがよかっただの言い合いながら駅で別れ、その雲行きの怪しい空の下、駐輪場に止めてあったロードバイクを漕ぎ始めた。
裏道を走っている最中、誰も通りに人がいないことを不思議に思ったりはしなかった。耳にイヤホンをつけて、気分よくスピードを出しながら角を曲がると、でっかいトラックが止まっていて、まわりにはスーツを着た人たちが驚いた顔でこっちを見ていた。
「おい!なんでここに人がいる!」
そんな声もイヤホンで気が付かず、俺はスピードを緩めることなく通り過ぎようとした時、イヤホンをつけていても聞こえるくらいの轟音が響く。振り返ってそれが拳銃によるものだと気づくのには時間がかかったようにも思う。
「嘘でしょ!?」
反射的に逃げることが頭に浮かんだ。しかしすでに前には新しく現れた黒服がいてそいつも拳銃を向けていた。
死んだと思った。とっさに左に重心を傾ける。傾けると同時に轟音が響き、自分は今大変なことにまきこまれているだとこのとき実感した。そこからは必死だった。運よくすぐ横の民家の門は開いていて、駆け込み、無我夢中で庭を駆け抜け、今度は、民家と民家の間に隠れる。
「絶対に逃がすな!見つけ次第殺せ!」
そんな声が聞こえて、体は弛緩する。しかし、たじろいでいる暇などなく急いでまた隠れる場所を変える。あたりの民家の明かりは全部消えていて、人の気配などまったく無かった。そんな時ふと思った。さっきのでっかいトラックは大きな死角になるし、あの付近には確実に相手の仲間の一人はいるはず。ある程度逃げてあそこに戻れば何故自分がこんなことに巻き込まれたのかわかるのではないかと。トラック付近にいた黒服は3人。前に現れたのと合わせて、4人。また、まだ自分が発見されておらず、こちらもむこうを発見してないことから、相手はいても10人はいないと推測できるのではないかと。
そこから10分ほど逃げ、再びトラックが見える位置に場所を移す。黒服は2人トラックの近くで待機していた。黒服も声が聞こえそうな距離にまで近づき、耳を澄ます。
「……ええ、目撃者の追跡は現在8名で行っております。何故エリア内に入ることができたのかは不明ですが、一般人なので我々が確実に捉えて殺害します。」
それでは失礼いたします、と黒服は電話を切る。改めて自分は本当に命の瀬戸際にいるのだと実感する。
「それにしても、なんでこのエリアに入ってきたんでしょうかね?」
片方の黒服がもう一方に聞く。
「わからん。だがあの球を見られたかもしれない以上は確実に殺さないと、俺が殺される」
「結局あの水晶みたいなのなんなんですか?」
「俺も知らねーよ。ほらさっさと探してこい」
そう会話した後、もう一方は短く返事をして、その場を離れる。
思った以上に相手は自分がまだ逃げている事に焦りを抱いておらず、少し希望が見えた気がした。
「その水晶がなくなれば、そっちにも人員を割かなくちゃいけないことになるな…」
そう思った俺は、今度はトラックの下に身をひそめる。黒服は携帯を手に取って、どこかへ連絡を入れる。
「申し訳ございません。現在まだ目撃者を発見できておりません………はい、水晶はヘリで移動を再開させますので今助手席においてあります。………いえ、今周辺には自分しかおりません。空輸班はあと10分ほどで到着いたしますので、またこちらから連絡させていただきます。それでは失礼いたします」
その会話を聞いていた俺は黒服が携帯をしまう拳銃を持っていない瞬間を逃さなかった。
素早く黒服の足元から這い出て、黒服の首を絞める。始め黒服は暴れていたが、すぐ泡を吹いて気絶した。そして、助手席の箱を手に取って、すぐ身を隠す。
トラックの付近にもういる必要がないので、すぐさま移動を開始する。いくらトラックの死角かあるからと言って、気絶した仲間を発見すればさすがに焦りを抱いて、応援等を呼ぶだろう。
しばらく離れたところで、箱を開けて水晶を確認する。
「なんかこれが希少なものとは思えないんですけど…」
そう思うほど水晶は美しい輝きを放っているわけではなかった。大きさは片手にちょうど入るくらいであろうか。これをどこに隠そうか考えていると、いきなり近くをサーチライトのような光が照らした。
「ヘリコプター!?」
見えるだけで上空には3機ものヘリが飛んでいて、それぞれがサーチライトで付近を照らしていた。
「まずいな…」
下手に動けば発見される。かといってここから動かないわけにもいかない。
「これ水晶取らないほうがよかったんじゃ…」
そんなことを思いながらも、この場から動くことを決意する。
とりあえず駅のほうへ駅のほうへ向かっている最中、不思議な気分だった。周りに人の気配はなく、車も通っていない。さらには、発砲しているのにまったく警察も来る気配がない。聞こえるのはヘリの音のみ。その不思議な感覚は正直嫌いではなかった。そう思いながら通りを駆け抜けようとすると、いきなり凄まじい光に照らされた。
「そこを動くな!」
ヘリから男が警告する。すぐさま逃げようとするが、上空から足元に銃が乱射され、そんなことはさせないと伝わってくる。ロープを伝って武装した隊員らしき人が下りてきて、自分が今絶対絶命のピンチにあることを肌で感じることができた。
「それを地面において、下がるんだ」
そんな警告に対して、
「今すぐそちらの全武装を解除しろ。さもなくばこの水晶は今この場で割る」
そういうと、一瞬たじろいだがすぐ、
「もう一度だけ警告する。それを地面において、下がるんだ」
「どうせ置いてもそのあと殺されるんだろ?こちらももう一度だけ警告してやろう。今すぐ全武装を解除しろ。さもなくばこの水晶は今この場でたたき割る」
どうしますかと、銃を向けた隊員らしき人物がヘリに目を向ける、そして
「やむをえん、撃て」
そう宣告する。俺は無我夢中でその手に持つ水晶を前にだし、身を守ろうとするが、非情にも轟音は響く……