高坂ゾンビーズ
「すみません――ゾンビーズ違いでした」早乙女くんが申し訳なさそうに言った。
「いやいやいやいや、これがまた一見かけ離れているように感じるけど、あのゾンビーズにも通ずるものがあるんだってば」オレは帰ろうとする早乙女くんを必死に留めようとする。
「そうそう真賀田くんの言う通りだよ。確かにあの有名なゾンビーズっぽくはないけど、原点は一緒だって」オレの唯一無二にして以心伝心の相棒である犀川も言い宥める。
「うちの大学でゾンビーズという名前のバンドが活動していると聞いたものでして、ゾンビーズ好きとして期待しましたが――」早乙女くんはため息をつく。
「僕が好きなのは、その、イギリスの六十年代のロックバンドのゾンビーズであって、僕が期待したのは、その――」早乙女くんはオレと犀川をじっと見ている。
「僕がやりたいのはゾンビメイクでライブをやるようなデスメタルバンドじゃないんですよ――。ご、ごめんなさい」早乙女くんは脱兎の如く教室を出て行った。
――デスよねぇ。
大東文化大学東松山校舎二号館のだだっ広い教室には、数少ない貴重な貴重なバンド見学者を逃したオレと犀川がぽつねんと残って居た。いかつそうなゾンビメイクを施しているのがまたなんとも情けなかった。
「またダメだったなぁ――。学食で何か食って帰るか。あ、その前にメイク落とさなきゃな」犀川はいつもみたいにヘラヘラ笑う。
何故オレと犀川がゾンビメイクを施したデスメタルバンド(二人だから厳密に言えばバンドではなくデュオなのだが)を組むに至ったか――。
最初は二人ともフォークソングが好きで、アメリカのサイモン&ガーファンクルとか日本の某柑橘系デュオとか某小さな袋系デュオみたいな感じなのを目指していた――。
が、しかし、オレと犀川の地味なルックスと躍動感の無い地味なフォーク曲ではあまりにもパッとせず、ライブをやるも、オーディエンスが捌けていく一方だった。因みに、オレ達のまわりのバンドはロックやらパンクやらメタルばっかりだった。ちやほやされているあいつらが羨ましいと感じなかったといえばウソになるだろう。
そして去年のハロウィンの頃、あまりの人気の無さにやけっぱちになったオレは、何を思ったか街中のハロウィンムードに流されるがままにゾンビに扮し、趣味のカラオケで習得したデスボイスを発揮し、得意のメタル特有のギターコードを駆使し、犀川を巻き込んでハロウィン限定のデスメタルバンドを組んだ。オレがギター・ボーカルで犀川がベース。ドラムは居なかったから芹澤とかいう暇人を雇った。それから海外の有名なデスメタルやブラックメタルバンドをテキトーにコピーしてライブをやった。よくわからない英語の歌詞の部分とか舌が回らないところの歌詞はテキトーに「ヴォォオオオオオオ」って叫んでおいた。演奏がダメなところもテキトーに暴れてノリで誤魔化した。
これがまあ意外と好評を博した。
ゾンビに完全に扮しているデスメタルバンドもめずらしいのだろうか、何回かライブハウスでライブをやったのだが、フォークをやっていた頃は居ないに等しいレベルだったオーディエンスもうなぎ登りにと増えていった。増ぇぇ。
「オレ達いけるんじゃね?」「ああ、こりゃいけるぜ」とオレと犀川は誇りにしていた大事な大事なフォーク魂をいとも簡単に捨てて、デスメタル万歳デスメタル様様という心境であった。デスメタルの方が女子も「カッコいい」って言ってくれるし。
犀川&真賀田ファンクルという名前でフォークデュオとして活動していたオレ達だったが、もうデスメタルバンド・ゾンビーズとしての活動に浮かれていた。否、浮かれまくっていた。新しいオモチャを手にした子供が如しのはしゃぎっぷりであった。・
そんな中、ドラムの芹澤が突然辞めると言い出した。理由は「オレ、ビートルズとかオアシスみたいなバンドがやりたい」との事であった。正に音楽性の違いというやつだ。やはり才能溢れるバンドには付きものだなとオレは思った。
それでも尚、完全に天狗になっていたオレ達は、「芹澤ぐらいのレベルのドラマーなど幾らでも居らぁー。カラオケでも行こうぜー腹減ったなー」とまたドラムを探す事にした。
が、なかなかそう都合良くはドラマーが見つからなかった。探してみると意外と居ないものである。ゾンビ―ズに興味を示してくれた人は居るには居たが、「デスメタルを演るのはいいけど、デスメイクをやるのはちょっとね」という感じであった。そんなこんなで二人のデスメタルデュオになってしまったゾンビーズは、ライブ活動を全くしなくなり、なおざりでおざなりになっていった。そして、しょうがなく大学内でドラマーを募集していたのだった。
「なあ犀川、オレ達のゾンビーズはもうお終いなのかな」
ヘラヘラしていた犀川だったが、いつになく真剣な表情でオレを見てきた。
「何言ってんだよ、真賀田。またフォークをやればいいじゃないか」
「――犀川」
オレは犀川のどこまでも真っ直ぐな熱い眼差しに射られ、二人で「ビッグになってやるぞ」とフォークギターを担ぎだした初心のフォーク魂を思い出した――というのはまあウソで、やっぱりデスメタルの方がカッコ良くてまわりにもちやほやされるからやっぱりデスメタルがやりたいよなぁと思った。
「よし、犀川。二人だけでもデスメタル演ろうぜ」
「お、おう、真賀田」
オレがエレキギターをめちゃくちゃに掻き鳴らしながらデスボイスで「単位がなんだ! ドラマーがなんだ! ヴォォオオオオ青春ゾンビィィイイ」と叫ぶ。それに合わせて犀川が地獄の蓋を開けたような――とは言い過ぎだが、迫力のある低重音ベースラインを刻む。
「ヴォォオオオオオオ」
――ああ、お母さん、デスメタルは最高デス。
――ヴォォオオオオオオ
犀川のベースが止まる。
「あれ? 真賀田、今なんか遠くからデスボイスしなかった?」
「えっ? オレ以外に誰かが?」
――もしかすると、デスメタル志望者かもしれない。ゾンビーズに興味があるやつが来てくれたのかもしれない。
「ちょっとよく聞いてみ。絶対声したから。ベース弾いてるから耳には自信ある」
――ヴォォオオオオオオ
「なっ、今確実に声したでしょ?」
確かに犀川の言うとおり、デスボイスがどこからか聞こえた。
――しかし、一体誰が?
――バタン
音のした方――二号館教室のドアの方を見やると、そこにはゾンビが居た。
――ヴォォオオオオオオ
「す、すげーよ、真賀田。ゾンビメイクまでしちゃってるよ。本物みたいだよ」
「そ、そうだな。一体何人居るんだ、これ?」
わらわらとゾンビが二号館教室に入ってくる。その数――ざっと十人近くは居るだろうか。
――ヴォォオオオオオオ
「す、すごい。みんなデスボイス上手だね」犀川はかなり興奮している。
「そ、そうだな、なんか、なかなか本格的だよなぁ。ま、オレの方が上手いけどねっ」
ゾンビ達はよろよろと二号館教室の階段を降りてくる。
「あれ? ねぇ、真賀田、あの先頭のスーツにマッシュルームカットのゾンビ、芹澤じゃない?」
「あ、本当だ。ブリティッシュロック同好会に入ったって聞いたけど、デスメタル魂を思い出したのか?」
芹澤の他にも、基礎演習の授業で一緒になる小松坂くん、軽音楽部の田口くん、國文學研究会の風並くん等が居た。皆気合いの入ったゾンビメイクである。
「と、とりあえず、歓迎してあげようよ」
「そ、そうだな。みんなよく来てくれた。オレはゾンビーズのリーダー・真賀田だ。みんなは見学者か? ドラム志望者か?」
――ヴォォオオオオオオ
「すげー。熱意あんだなー。よし犀川、ちょっと演ってやろうぜ」
オレ達は即興で、有名なデスメタルナンバーのサビパートを演ってやった。勿論、ドラム抜きだが。
ゾンビ達はよろよろとオレ達の方に近づきながらも、微妙にリズムにノッてくれている様であった。その様はちょっとマイケル・ジャクソンの『スリラー』のPVみたいだった。もっとも、マイケル・ジャクソンの後ろで踊るゾンビみたく踊りのキレは良くないけど。
「な、なんだかノリ方まで本格的だね。もしかして演劇部とかなのかなぁ? これゾンビの演技なのかなぁ?」犀川は若干慄いている。
「いやいや、芹澤も居るし、デスメタル志望者だろ」
ゾンビ達はよろめいたりうめいたりしながら、徐々に徐々にオレ達が居る教壇の方へ近づいてくる。
「おまえらぁあああ、デスメタルは好きかぁあああ?」唐突に犀川がゾンビ達に向かって叫んだ。
――ヴォォオオオオオオ
「真賀田、これみんなやる気あるみたいだね。やったね」
ちょっとゾンビメイク、というかまるで本物のようなゾンビっぷりにビックリしたけど、ここに居るゾンビ達は皆オレ達のゾンビーズを見に来てくれたのである。この中に未来のゾンビーズのドラマーも居るかもしれないのである。
そう思うと、オレは途端に嬉しくなってきた。
「歓迎しよう、オレ達はゾンビーズだ」
オレと犀川はゾンビ達を歓迎するべく、握手をしに行った。本格的なゾンビメイクなのかちょっと変な臭いがした。
――ヴォォオオオオオオ